詩「墓に泣く」

有原野分

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墓に泣く

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その墓石は、
自身の数億年に及ぶ経過を
悲しく想像して泣いた。

「雨がフロントガラスを叩いていた」
と、父は言った。その日、私は
遠く離れた大阪の
惰性的な同棲の果ての、怠惰な台所、その上
 に寝転んでいたのだが、ふと
その日は大阪も雨で、虫の知らせだろうか
私は電話の残響で、それが訃報の知らせだと
 直観的に知った。

数年前、幼い頃から飼っていた愛犬が
老衰で亡くなった。駆け付けた私
と、精神を病んでいた兄は、
その〈ペロ〉という名の犬を、山に埋め
 た。それは
子犬をもらいに行った際に、母の手を
ペロペロと、舐めたから〈ペロ〉と
 名付けられた。

思えば、人間臭い犬だった。
ずるがしこく、鼻が利かず、足腰が弱っ
た晩年も、父の腕を噛んでまで、脱走を試み
 たそうだ。

思えば
、人間らしくない
 兄だった。
仙人のような貧乏が刺す暮らしで
「施設は働いても時給10円なんよ」と、笑顔
で言う、いつも懸命な兄は、父の
迎えを待つ隙間に、未来を切り裂く為の鋏に、
 負けたのだった。

私は、その部屋を今でも覚えている。
生暖かい、血溜まりに浮かぶ、無
数の手形、足形が、私の鼻腔に火傷を残した


死んだ人間の書類を探して、役所に
 死んだと届け出ないと、どうやら人は
死んだと認めてもらえないようで、
 その点〈ペロ〉は、死ぬ間際に、
母の手をペロっと舐めて、
 眠るように死んだそうだ。

(…人間は死ぬことすら自由にできないのか

私はいまだ夢に見る。
完全に敗北した、あなたの夢を、あなたが
寂しくない様に、私はあなたの夢を夢に見て。

その墓石は、
自身の数億年に及ぶであろう死の変圧を、悲
 しく想像して、むせび泣く。
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