アロカシアと気付き

アロカシアと気付き

　「お兄ちゃん、『いじめ』って何？」

　俺は、弟のその言葉に、何も返すことが出来なかった。テレビでは「いじめ撲滅」を主題テーマにした番組が流れている。一人のびしょ濡れの女子高生が、周りの女子達にひたすら「ごめんなさい、ごめんなさい」と泣き叫んでいる。
　弟はまだ小学校にも入っていない歳なので、まだ「いじめ」なんていう言葉を知らないのだろう。きょとんとした顔で俺に聞いてきた。

　「ごめんなさい。もう、許して下さい」
俺の脳裏には、一人の男子の怯えた声が響く。
「あぁ、何だ？　聞こえねぇよ！」
俺の声だ。
「お前が俺に喋るなんて千年早ぇんだよ！」
俺は一昨日の、そいつを力強くゴミ捨て場に蹴ったあの時のことを鮮明に覚えている。まさにこの女子高生のように悲しく、怯えた表情だった。

　「お兄ちゃん、お兄ちゃん。ねぇ……」
何も知らない弟は悪気なく俺に「いじめ」について聞いてくる。俺は何も答えられない。いや、答える資格すら、無いのかもしれない。
　「優ゆう。『いじめ』はね、お友達を悲しませることなのよ」
母さんが俺の代わりに答えてくれた。母さんは俺がその「いじめ」をやっている、加害者ということは知らないはずだ。
　「へぇー。とっても悪いことなんだね」
弟のその返答に俺はその場から逃げ出したくなった。その言葉はどんな刃よりも鋭く、どんな岩よりも重かった。同時に、あいつの涙とテレビの中の子の涙も俺の心を締めつけた。
　「そうね。強つよし、ちょっと来なさい」
母さんは優しい声で、だけど何かをはっきり伝えようとする強い意志も秘めたような声で、俺を台所キッチンに呼んだ。
　「明日、登校したら、しっかり貴方の思いを伝えなさい」
「え？」
「きっと許してくれるわ。確かに『いじめ』は悪いこと、とても許されることでは無いと思うわ。だけど、貴方がしっかりと謝れば、相手の子もきっと許しくれる。その後の行動次第で、『いじめ』を挽回出来るはずよ。
———頑張ってね———」
そう言い残し、母さんは包丁を握って夕食の準備を始めた。

　そうだ。明日、謝ろう。もし許してくれなかったとしても、謝り続けよう、許してくれるまで………

　僕は、日曜の昼下がりの青空を眺めながら、そう思った。
　アロカシアの葉が、風になびいて、俺の背中を押している。