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第2章 訳ありバーテンダーとパティシエの秘密

◆1 眠るパティシエ

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――部屋の中に、ゆるく紫煙が流れている。

ここは、Bar『ななつ星』の二階。コンクリート打ちっぱなしの飾り気のない空間に、生活に必要な家具や家電が一式揃えられている。広くはないが一人で住むなら充分問題ない居住スペースだ。

部屋の一番奥に置かれているベッドの上に、放り出されたように眠っている人間がいた。
さっきまで、階下の店内にいた青年。
多分、大抵の人間からはごく普通の若者に見えるだろうが、その身体には何か良くないモノ――『穢れ』が取り憑いている気配がある。

浄化の為に、清めのカクテルを飲ませたところ、かなりの拒絶反応があった。
身体の自由が利かなくなり意識を失って昏倒する……そんな強い反応だ。
だが効き目はあったものの気絶しただけで、それだけでは
結局、店は臨時休業にして、この若者に憑いているモノを何とかすることにしたのだが……

この部屋の主、バーテンダーの久我蒼真は、咥え煙草のままベッドに近付いて、上から「彼」を見下ろしている。

(白くて軽くて薄い……)

この男を抱きかかえて、二階まで上がった蒼真の感想はそれだ。

(ちゃんと食ってるのか?)

触った感触で筋肉はきちんと付いていると分かるが、成人男子としてはかなり体重が軽い。ベッドを軋ませないように顔の横にそっと手をついて、あらためて近くから覗き込む。

シミひとつない滑らかそうな肌や、明るい色の髪。よく見ると睫毛も色が薄い。全体的に色素が薄いのが特徴的で、もしかしたら海外の血が入っているのかもしれないな、と思わせる外見だ。

(そういえば、瞳の色も薄かった)

気を失う直前、信じられないものを見るような目でこちらを見つめていた、薄茶色の瞳。カラーコンタクトなどではなく、この男のそれは天然だろう。
騙された、というショックがありありと伝わる顔をされて、流石に気が咎めたが――

(穢れさえ祓えれば、それでいい)

相手がどう思うかなど、いちいち気にしていたらこの仕事はできない。
蒼真はとっくの昔に、そう割り切っている。

ただ、もう一つ気になったのは。
そこはかとなく、甘い匂いを漂わせていること。
思わず、髪に鼻を寄せて、すん、と匂いを確認してしまった。

(バターとか……バニラ、か?)

……甘いものを主食にしていそうな、ふわふわしたイメージが浮かんでくる。
色白で華奢で、中性的な見た目と、甘い匂い。
身体も大きく筋肉質。どちらかと言えば色黒で、瞳も髪も真っ黒な自分とは、本当に真逆だなと苦笑してしまう。

ベッドから離れ、身元を確認する為に一緒に持ってきた荷物の中身を改めさせてもらうと、ケーキ屋と思しき店のカードが、財布から何枚も出てくる。
あるひとつの店だけ、同じカードなのに何枚も入っていた。もしかしたら、ここが勤め先なのかもしれない――だとすれば、身体から漂う匂いにも納得がいく。

運転免許証には「葉室尊」と名前があった。20歳。
自分より8歳も下か。
確かに、見た目にもまだ少年らしさの名残が見てとれる。
自分とは身体の作りが違い過ぎて、うっかり乱暴に扱うと壊れそうだな……などと、そんなことを考えていると、

「おーい、蒼真ー。お客さん、どんな様子だ?」

気が抜けるようなのんびりした声が聴こえて、出入り口の扉から端正な男の顔が覗いた。蒼真の相棒――細いシルバーフレームの眼鏡をかけた、一見、穏和そうな雰囲気を持つ千秋清和は、蒼真の従兄弟だ。
そしてこの店の店主、兼料理人でもある。
部屋に入って来た彼は、好奇心を滲ませた表情を浮かべながらベッドに近付いて来た。


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