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第3章 赤い炎に照らされて
縮む、距離感
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「――ね、宮代さんは? 何してる人だったの?」
ビールでもう目のまわりが赤くなってきている佐伯に話を振られて、沙織は目を白黒させた。
「えーと、あたしも結婚してて、小学生の子供が二人いて。歳は、この中で一番上だと思います。次は三十八です。夫とは、結婚十……三年目だったかな。
家で普通にお母さんやってました」
いい歳のおばさんだと早めにアピールしないと居心地の悪さが残りそうだったので、沙織はさっさと年齢と実情を告げた。
すると、佐伯が目を丸くした。
「へー。子供いるんだ。若いね、宮代さん」
「いや、全然若くないです。佐伯さん達とは違いますよ。髪とかも、白髪凄いし」
ぶんぶん横に手を振って、沙織は被りっ放しだったキャップを取った。
帽子を被っているから、白髪がぐんぐん伸びているのが見えないのかもしれない。
「生え際とか酷いですよ。子供産んでからほんと凄くて、年取っちゃったなあって」
何とか沙織が冗談めかして笑うと、すぐに西島が首を振って否定した。
「全然気にならないって。若いよ、ほんと。俺も最初会った時、同い年か年下かと思ったし」
「うん。ていうか、宮代さんって可愛いと思う」
佐伯が続いてそう頷いて、西島がさらに言う。
「宮代さん美人だし、そんな大きい子供がいるようになんてちっとも見えない」
二人の反応に、沙織は驚いた。
「いえっ、あの、可愛いとか美人とか、絶対ないですから……っ。本当にそんな、気を遣わないでください」
お調子者らしい佐伯のみならず――西島までもが見え透いたお世辞を言うので、慌てて沙織は話を逸らした。
「ええと、あの……。永瀬さんって、お子さんはまだなんですか? あっ、でも去年結婚したばっかりですもんね。なら……」
すると、向かいで飲んでいる永瀬が一人静かに答えた。
「いや、奥さん妊娠してまして」
「あ……。じゃあ、心配ですね」
まずいことを聞いてしまっただろうか?
でも、家族を心配する気持ちは沙織も同じだ。
すると、佐伯が缶ビールを傾けて言った。
「だけどさあ。こうも誰とも会えないと、どうしたらいいかわかんないよね、実際。
だから、宮代さんのSOS見た時さ、俺ら全員でガッツポーズよ? やっと人に会えたー! って。しかも、こんな可愛い女の人だし」
「そうそう。この辺探しまわって宮代さんの声が聞こえた時、本当に嬉しかった。無事に見つけられてよかったよ」
西島も頷く。
「見つけてもらって、本当に感謝してます。一人じゃもう、どうなっちゃうんだろうってばっかりでしたから」
沙織は、膝に頭をつけるようにして頭を下げた。
それにしても――盲点だった。
SOSに、年齢も書いておくべきだった。
名前だけ書いたら、確かに若い女と勘違いしてもおかしくないかもしれない。
彼らはたぶん、名前の字面だけで沙織が若い女だという印象を先走らせて、今もそれを引きずっているのだ。
可愛いだの美人だのなんて、彼らに会うまで久しく言われたことのない台詞なのに。
特に、こんな年下の若い男を相手には……。
「あのう……。青森からここまで歩いてきて、本当に誰とも会わなかったんですか? たとえば、その……行き倒れた人とかにも?」
沙織が訊くと、西島が神妙な顔になった。
「そう――なんだよね。がっかりさせて申し訳ないけど……。青森から来たから、山とか森とかいろいろ見たんだけど、動物とかは普通にいるっぽい。なのに、人間だけがいないんだ。宮代さんもおんなじ風に感じたと思うけど……。……死体とか、そういう形跡も一切なくて。俺らがいた施設くらい深い地下スペースがある建物もいくつも見つけたんだけど、誰もいなかった。
何があってこうなったのか、本当にちっともわからないんだよ」
……話しているうちに、地面に着いている西島の手がだんだん沙織に近い辺りに来た。思わず目を焚き火の方にやると、今度は佐伯と目が合う。どうやら、ずっと沙織を見つめていたようだ。
佐伯の目尻が、笑いを含んでいるように垂れている。
「本当に、不思議だよねえ」
酔いがまわってきているのか――。
両隣の男は、……どちらも少しずつ沙織の方に距離を詰めてきているようだった。
「ということは……。地下にいたから生き延びられたってわけじゃないのかもしれないですね、あたし達」
沙織は目を瞬いて、縮んだ距離感に気づかない振りをして小さくなって、また焚き火を眺めた。
「うん。そう思う」
佐伯の向こう隣に座っている永瀬が、沙織を見て頷いてくれた。
「積もった大雪が解けるのを待って、東北の大規模な街とかをまわって東京まで歩いて――やっと一人見つけたわけだけど。でも、さすがにもう何人かくらいは生き延びてるんじゃないかと思いたい。どこにいるかはわからないけどね」
「そうですね……」
何となく――永瀬は、西島と佐伯に挟まれて沙織が困っていることを察してくれているようだった。
♢ 〇 ♢
……いざ寝るという段になって、どうなることだろうとハラハラしていたら、西島が寝袋を貸してくれた。
「え、でも……。西島さん、寝袋あるんですか」
「ない。から、どっかで探そう。地下まで店舗があるホムセンとか、あとはどっかの避難所とかがあれば、こういうのは絶対見つかるから。それまでは、宮代さんは寝袋使って。俺らは、交代で寝袋使うから」
「そうそう。気にしないで」
佐伯も頷く。
何度か押し問答して、永瀬にも諭されて、沙織は三人から少し離れたところで寝袋に潜り込んだ。
寝袋の中は、西島の匂いがした。
……何だか、最初に会ったあの時のように西島の力強い腕に抱きしめられているような気がした。
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読んでいただいてありがとうございました!
もしよろしければ、この後もぜひぜひ読んでみてください!
ビールでもう目のまわりが赤くなってきている佐伯に話を振られて、沙織は目を白黒させた。
「えーと、あたしも結婚してて、小学生の子供が二人いて。歳は、この中で一番上だと思います。次は三十八です。夫とは、結婚十……三年目だったかな。
家で普通にお母さんやってました」
いい歳のおばさんだと早めにアピールしないと居心地の悪さが残りそうだったので、沙織はさっさと年齢と実情を告げた。
すると、佐伯が目を丸くした。
「へー。子供いるんだ。若いね、宮代さん」
「いや、全然若くないです。佐伯さん達とは違いますよ。髪とかも、白髪凄いし」
ぶんぶん横に手を振って、沙織は被りっ放しだったキャップを取った。
帽子を被っているから、白髪がぐんぐん伸びているのが見えないのかもしれない。
「生え際とか酷いですよ。子供産んでからほんと凄くて、年取っちゃったなあって」
何とか沙織が冗談めかして笑うと、すぐに西島が首を振って否定した。
「全然気にならないって。若いよ、ほんと。俺も最初会った時、同い年か年下かと思ったし」
「うん。ていうか、宮代さんって可愛いと思う」
佐伯が続いてそう頷いて、西島がさらに言う。
「宮代さん美人だし、そんな大きい子供がいるようになんてちっとも見えない」
二人の反応に、沙織は驚いた。
「いえっ、あの、可愛いとか美人とか、絶対ないですから……っ。本当にそんな、気を遣わないでください」
お調子者らしい佐伯のみならず――西島までもが見え透いたお世辞を言うので、慌てて沙織は話を逸らした。
「ええと、あの……。永瀬さんって、お子さんはまだなんですか? あっ、でも去年結婚したばっかりですもんね。なら……」
すると、向かいで飲んでいる永瀬が一人静かに答えた。
「いや、奥さん妊娠してまして」
「あ……。じゃあ、心配ですね」
まずいことを聞いてしまっただろうか?
でも、家族を心配する気持ちは沙織も同じだ。
すると、佐伯が缶ビールを傾けて言った。
「だけどさあ。こうも誰とも会えないと、どうしたらいいかわかんないよね、実際。
だから、宮代さんのSOS見た時さ、俺ら全員でガッツポーズよ? やっと人に会えたー! って。しかも、こんな可愛い女の人だし」
「そうそう。この辺探しまわって宮代さんの声が聞こえた時、本当に嬉しかった。無事に見つけられてよかったよ」
西島も頷く。
「見つけてもらって、本当に感謝してます。一人じゃもう、どうなっちゃうんだろうってばっかりでしたから」
沙織は、膝に頭をつけるようにして頭を下げた。
それにしても――盲点だった。
SOSに、年齢も書いておくべきだった。
名前だけ書いたら、確かに若い女と勘違いしてもおかしくないかもしれない。
彼らはたぶん、名前の字面だけで沙織が若い女だという印象を先走らせて、今もそれを引きずっているのだ。
可愛いだの美人だのなんて、彼らに会うまで久しく言われたことのない台詞なのに。
特に、こんな年下の若い男を相手には……。
「あのう……。青森からここまで歩いてきて、本当に誰とも会わなかったんですか? たとえば、その……行き倒れた人とかにも?」
沙織が訊くと、西島が神妙な顔になった。
「そう――なんだよね。がっかりさせて申し訳ないけど……。青森から来たから、山とか森とかいろいろ見たんだけど、動物とかは普通にいるっぽい。なのに、人間だけがいないんだ。宮代さんもおんなじ風に感じたと思うけど……。……死体とか、そういう形跡も一切なくて。俺らがいた施設くらい深い地下スペースがある建物もいくつも見つけたんだけど、誰もいなかった。
何があってこうなったのか、本当にちっともわからないんだよ」
……話しているうちに、地面に着いている西島の手がだんだん沙織に近い辺りに来た。思わず目を焚き火の方にやると、今度は佐伯と目が合う。どうやら、ずっと沙織を見つめていたようだ。
佐伯の目尻が、笑いを含んでいるように垂れている。
「本当に、不思議だよねえ」
酔いがまわってきているのか――。
両隣の男は、……どちらも少しずつ沙織の方に距離を詰めてきているようだった。
「ということは……。地下にいたから生き延びられたってわけじゃないのかもしれないですね、あたし達」
沙織は目を瞬いて、縮んだ距離感に気づかない振りをして小さくなって、また焚き火を眺めた。
「うん。そう思う」
佐伯の向こう隣に座っている永瀬が、沙織を見て頷いてくれた。
「積もった大雪が解けるのを待って、東北の大規模な街とかをまわって東京まで歩いて――やっと一人見つけたわけだけど。でも、さすがにもう何人かくらいは生き延びてるんじゃないかと思いたい。どこにいるかはわからないけどね」
「そうですね……」
何となく――永瀬は、西島と佐伯に挟まれて沙織が困っていることを察してくれているようだった。
♢ 〇 ♢
……いざ寝るという段になって、どうなることだろうとハラハラしていたら、西島が寝袋を貸してくれた。
「え、でも……。西島さん、寝袋あるんですか」
「ない。から、どっかで探そう。地下まで店舗があるホムセンとか、あとはどっかの避難所とかがあれば、こういうのは絶対見つかるから。それまでは、宮代さんは寝袋使って。俺らは、交代で寝袋使うから」
「そうそう。気にしないで」
佐伯も頷く。
何度か押し問答して、永瀬にも諭されて、沙織は三人から少し離れたところで寝袋に潜り込んだ。
寝袋の中は、西島の匂いがした。
……何だか、最初に会ったあの時のように西島の力強い腕に抱きしめられているような気がした。
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