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プロローグ

その朝はまだ、日常だった

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「――あ、んん、陽ちゃん、は、恥ずかしい……」


 夫婦の寝室で身を悶えさせながら、宮代沙織みやしろさおりは夫の愛撫を受けていた。
 小学生の子供達は、少し前に登校していた。
 ベッドには、まだ朝の光が差している。

 夫の陽平とは、もう結婚十三年目になる。
 いかにも人が好さそうな風貌の十歳年上の夫と、いかにも気が弱そうな大人しい雰囲気の沙織。
 二人は平凡な夫婦で、でも、これまで仲睦まじくやってきた。

 十年以上もの間数え切れないほど夫に抱かれ、互いの感じるところはもうすっかり熟知している。

 ……けれど、ついさっきまで二人は、子持ちの〈パパ〉と〈ママ〉だったのだ。
 若い頃とは違った気恥ずかしさがあって、沙織は顔を背けた。

「身体、あんまり見ないで……」

 沙織は痩せ型だが、胸も小さいし、お腹もいかにも経産婦という感じで、身体つきに自信があるわけでもない。
 アラフォーの長年肌を合わせた妻の裸なんか、見てもしょうがないのでは……? と思うのだが、夫はそうは思わないでくれているようだ。
 夫は、沙織に優しく囁いた。

「大丈夫だよ、沙織ちゃんは綺麗だから。……ここ? 沙織ちゃん、ここが気持ちいいんでしょ」
「うん、そこ、いいよ……」
 
 沙織の奥に指を挿れて擦り、夫がベッドに横たわる沙織を見下ろす。

「……今日、口でしちゃ駄目?」
「だって……。生理、終わったばっかりだし……」

 夫は、行為の時は必ず沙織の秘処を口淫したがる。

 彼が言うには愛の証だそうだが、沙織としては口淫を受けるのはあまり好きになれなかった。
 気恥ずかしかったし、自分の陰部が綺麗だとも思えなかったから。
 されるより、する方が気が楽だった。

「あたしがしてあげるよ」
「じゃあ、お願い」

 今度は夫がベッドに寝転んで、沙織は彼のもう固くなっているそれを唇と舌で愛撫した。
 沙織のつたない愛の技巧を、それでも夫は喜んでくれた。

「気持ちいいよ、沙織ちゃん……」

 官能とか快感の前に、夫を気持ちよくさせてあげたいという沙織の気持ちを夫は喜んでくれる。
 そのことが、沙織は嬉しかった。

「……あ、やばい。イッちゃいそう。ありがとう、もういいよ。イく時は、沙織ちゃんの中でイきたいから。もう、挿れていい?」
「今日はゴム、つけてね……。この後、約束、あるから」
「うん」

 沙織は、ピルを常飲していた。
 だから、沙織に外出の用がない日は夫は生でしたがる。いろいろとリスクを説明したのだけれど――、それでもしたいほど、生での行為は気持ちがいいらしい。
 ベッドの脇で背中を丸めて避妊具をつけると、夫が沙織の太腿を開き、秘処に自分のものを押し挿れてきた。

「あ、あぁ……。挿入ったよ……。愛してるよ、沙織ちゃん」
「あたしも愛してるよ、陽ちゃん」

 二人は固く抱きしめ合って、激しく舌を絡め合った。

 ……今日は、夫も沙織も予定がある。
 だから、早く終わらせないと――なんて、たぶんお互いに冷静にどこかで考えていて。

 長年連れ添った夫婦のセックスは、性処理でもあるし、コミュニケーションでもあるのだけれど、……やっぱり二人の愛の絆だった。

「あんっ、いいよ。陽ちゃん、気持ちいいよ……」
「俺も、いいよ……。中まで凄い濡れてるね。ほんと、沙織ちゃんは濡れやすくなったよね。前はあんまり濡れなかったのに……」
「だって、凄く気持ちいいんだもん……。あぁ、そこ、イイよ……。あんっ、イきそう……。……あ、んんっ」

 一番奥のいいところを陰茎でぐりぐり突かれると、沙織はあっという間に身体をのけ反らせた。

「は、あぁっ……。いい、いいよ、イッちゃう、んんんっ……」

 感じるところを全部知っている夫に最奥を攻められ、……沙織は果てた。
 十年以上もかけて数えきれないほど夫に抱かれて、陰核で果てることに慣れ、中の浅いところでも絶頂し、最後に最奥で達する気持ちよさを知った後の沙織の感度は、……驚くほどに上がった。

 一度スイッチが入ってしまえば、秘処の感じる場所のどれかを擦られただけでも沙織は簡単に果てた。何度でも連続で果てることができた。本当に、天国にいるみたいな気持ちになることさえあった。

 互いの感じるところが隅々まで完璧にわかって、気持ちいいセックスを簡単にできるようになって……当然ながら、それなりにルーチンが決まって。

 それでもこんなに気持ちいいのだから、沙織は、愛のあるセックスというのは本当に素晴らしいと思った。

「ん、ぁん、気持ちいい、ひゃ、ぁ、イッちゃってるよ……」

 沙織が何度も果てるのを見て、夫も腰の動きを強めた。
 今日は避妊具をつけているから、生でする時のように簡単には果てず、夫は沙織のいいところを陰茎で突いた。

「ここ? 届いてる? いい?」
「うん……。あん、いいよ、気持ちいいよ。いいの、あぁん……」
「俺もイくよ。出るよ、ん、うぅっ……」

 最後に数回激しく沙織の中を突いて果て、夫が腰の動きを止める。

 二人は見つめ合い、舌を絡めてまたキスをして、やがて、夫が起き上がった。
 避妊具を外して陰茎を拭いて、それから夫は沙織の隣にごろんと寝転んだ。

「……今日、友達と会うんだっけ」
「うん」
「気をつけて行ってきてね」

 行為後の冷めなんかほとんど見せずに優しく微笑んで、夫は沙織を抱きしめてキスをした。
 もう結婚して十年以上経っているというのに、今も行為に夫の温かな愛を感じ、沙織は本当に幸せだと思った。


「パパも気をつけてね。仕事、頑張って。応援してる」
「ありがとう。ママも友達と楽しんできてね。行ってきます」


〈パパ〉と〈ママ〉に戻って、それでも、『行ってきますのキス』をして。
 二人は、手を振り合った。
 これが、今生の別れになるとも知らずに……。


(待ち合わせは昼だけど、早めに準備しなきゃ……)

 夫が去った後で、身支度を整えようと沙織は慌ただしく動き始めた。




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読んでいただいてありがとうございました!
特殊な公開形式の本作ですが、引き続き読んでいただけたら幸いです。

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