王道ですが、何か?

樹々

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第一王道『異世界にトリップ、てきな?』

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「先輩が好きです! だからキスしたくなりました!」

「え、君、僕が好きだったの? 男だよ?」

「知ってます! 空手、柔道、有段者で、他のスポーツもバリバリこなせる肉体派だってことは」

 仰向けに転がってしまった僕にしがみついている萩野の背中をポンポン叩いてやる。

「だからって、勝手にキスしたら駄目だと思う」

「……はい。すみませんでした」

「おかげで変な夢見たよ」

 サキュバス化したハリスから甘い匂いがしていたのは、この部屋の香りのせいだろう。さきほどから甘い匂いが漂っている。アロマだろうか。

「ビジネスホテルにしては、雰囲気が独特だね」

「……ここ、ラブホテルです。倒れた場所から一番近かったから」

「ああ、どおりで。これがラブホテルなんだ」

 萩野の背中をポンポン叩きながら、ラブホテルの中を観察してしまう。ベッド周りに置かれているあれは何だろう。手を伸ばそうとしたら止められた。

 腕を突っぱね、僕を見下ろしている萩野。その目は、少し潤んでいた。

「先輩が好きだって、言いましたよね」

「うん、聞いた」

「無防備すぎませんか? またキスしますよ?」

「あ、それは止めてくれ。たぶん、今度は吐く」

 萩野の唇を意識すると、うっぷと嗚咽してしまった。眉間に皺を寄せてしまった僕に、萩野の目がますます潤んでいく。

「そ、そんなに気持ちが悪かったですか……? 男だから?」

「いや、言ったろう? 君だけじゃないんだ。僕はキスが嫌いだ」

 口元を手で押さえ、吐くことだけは我慢した。意識するなと自分に言い聞かせる。酒が入っているので、一度吐くと止まらないかもしれない。

 無心になろうとする僕に、萩野が体を起こしている。僕を引き起こすと、背中をさすってくれた。

「キスが嫌いって……何かあったんですか?」

「思い出したくない」

 萩野の手を払いのけてしまう。背中を向けると、胸元にこみ上げてくる気持ち悪さをどうにか抑えることができた。

 思い出してはいけない。

 あれはもう、終わったことだ。

 深呼吸をして、心を落ち着けた僕とは違って、萩野は血の気の引いた顔で肩を揺さぶってきた。

「先輩! 誰に襲われたんですか!?」

「え?」

「そんなトラウマになるようなことが!? 誰です! 俺がぶっとばしてきます!」

「君、ボクシングやってたよね? 洒落にならないから」

 学生時代は体を鍛える目的でボクシングをやっていた萩野。彼が本気で殴れば、人間が空を飛ぶだろう。

 物騒なことを言わないでほしい。胸を撫で下ろし、吐き気を堪えた僕の前で、しゅんっと肩を落としている。

 その姿が、子犬のように見える。なんとなく、頭を撫でてやった。

「先輩、どうしてもキスできませんか?」

「どうしてそんなにキスしたいの」

「そりゃー、好きな人とはしたいじゃないですか。キスとか、あれとか……」

「何で?」

「何でって……」

「僕はそういうの、分からないんだ」

 大学の頃、何人かの女の人と付き合ったことはある。最短、三日で振られたけれど。

 遊びに行って、急に彼女がキスをしようとしてきたから、思わず嗚咽を漏らしてしまった。酷く傷つけてしまって申し訳なかったと思っている。

 どうして人と人はキスをするのだろう。

「男女のセックスは分かるんだ。子供を産むためだろう?」

「……!」

「でも、キスはしなくても良いじゃないか。そもそも、男同士でセックスする意味が分からない」

 理由を求めて萩野を見つめてみた。彼も僕を見つめ返している。

 長い両腕が、僕に伸ばされた。後輩に抱き締められてしまう。

「あったかくないですか?」

「いや、ちょっと苦しい」

「本当に?」

 少しずつ体重を掛けられると、仰向けにされてしまう。腰を抱かれ、肩に顔を埋められ、全身が萩野に覆われた。

 重い、思うのと同時に、彼の体温に心地よさも感じる。なんとなく、彼の腰に手を回してみた。

「ね、あったかいでしょう?」

「まあ、確かに」

「先輩……」

 そうっと萩野が顔を寄せてくる。彼の唇が視界に入ると反射的に嘔吐いてしまう。

「ぅぐっ!」

「や、やっぱり駄目ですか?」

 せっかく収まった吐き気がわきおこる。口を押さえる僕に、彼は心底、寂しそうな目をしてみせる。

 子犬め。

 どうしてこんな僕に懐いてくれるのだろう。告白してきた女性達でさえ、僕を振ってきたというのに。

 男なのに、人を本気で好きになったことがないのに、僕ですら僕のことを面倒なやつだと思っているのに。

 好きだと言ってくれるのか。

 幻の耳が見えた気がして、萩野の頭を撫でた。そうすると少しだけ落ち着いた。
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