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空飛ぶクリスマス・コーヒー
2-3
しおりを挟む修治さんの腰に必死にしがみ付いた。彼の背中に顔を押し付けた俺は、玉砕覚悟で言葉に出した。
「……す……き……!」
「……素喜君……?」
掠れた声では、まともな言葉が出てこない。唾を飲み込み、喉を潤した俺は、もう一度勇気を振り絞った。
「好き……だ! 行かない……で……!」
緊張のせいか、言葉はとぎれとぎれで。ちゃんと聞こえただろうか。
しがみ付いていた俺は、その手を握られる。
「……ありがとう」
優しい声がして。俺の手をゆっくり撫でてくれる。
ふっと力が抜けた。広い背中に頬をすり寄せてみる。寒い室内で冷えた頬が、そこだけ温かくなった。
「こっち向いて欲しいな」
腕を外された。そのまま腕を引かれ、正面から抱き留められる。
室内は酷く寒いのに、修治さんの胸はとても温かくて安らいだ。頬だけじゃなく、体全体がほっこり温まってくる。
背中を撫でてくれた修治さんは、俺の黒髪に手を差し込みながら顔を寄せてきた。
「僕達、両想い、ってことで良いんだよね?」
「…………!」
声が出ないので、何度も頷いた。
「良かった……! 素喜君と会えなくなるって想像したら、僕も泣きそうだったよ」
顔を上に向けられた。コツンとおでこが当たっている。
「……大好きだよ」
「……俺……も!」
ここで逃げたらきっと、一生後悔する。何とか返せた俺に目元を緩ませた修治さんは、俺の頬に包み込むように触れている。彼の手は少し冷たくて、温められた俺の頬に馴染むように熱を持ち始めた。
「嬉しいな~! ……キス……したいな。駄目?」
「…………!?」
小声で打ち明けられ、身が竦んだ。
キス、とはどのキスだろう?
おでこ? 頬?
それとも……唇!?
グルグルと目まぐるしく考えが移り変わり、混乱した俺は、ギュッと目を瞑った。
「……それって、了解ってこと?」
問われても分からない。ひたすらに瞼を閉じ続ける。
ドラマではそうだったから。キスをする時は瞼を閉じるものだと思っている。
奥歯を噛み締めた俺は、柔らかく触れた修治さんの唇をおでこに感じた。
次は右頬に。
かと思えば左頬に。
鼻先を掠めた彼の唇は、そっと俺の唇に重なった。
その頃には、俺の体から力が抜けていて。修治さんの服を握っていた。
「……ファーストキス?」
聞かれて耳が真っ赤になる。ぎこちなく頷く俺に、そう、と呟いた。
「……素喜君」
呼ばれて、何とか顔を上げた。
俺だけかと思っていた。
顔が真っ赤になったり、心臓が煩いくらいに鳴っているのは。
でも。
見上げた修治さんの顔も真っ赤で。
抱き付けば煩いくらいに心臓が鳴っていて。
俺と同じくらい緊張している。
目元を赤くした修治さんは、真っ直ぐに俺を見つめた。
「僕とお付き合いして下さい」
「…………!!」
「お願いします」
真剣な顔をして言われた。
キュッと引き結んだ唇が動かなくなった俺は、精一杯頷いた。
「……良かった!」
俺の方こそ良かった。ちゃんと分かってくれた。
もう一度、確かめるように顔を寄せてくる。俺はギュッと瞼を閉じて待っていたけれど。
目覚まし時計が鳴り響いた。思わず動きを止めた俺達は、閉じていた瞼を開いて笑ってしまう。
「時間だね。送って行くよ」
「……い、いいよ。ここからだと、遠いし」
「だからだよ。車は無いけど、自転車はあるから。送ってあげる」
そう言った修治さんは、テキパキと身支度を整え始めた。吊られた俺も、借りていたトレーナーを脱いで私服に着替える。菓子パンを一つくれた修治さんは、後で温かい飲み物でも買ってあげる、と俺の手を引いた。
「さ、行こうか。パンダはどうしよっか」
「……ここに、置いてて良い?」
そう、問えば。笑顔で頷いてくれた。
「良いよ。また遊びにおいで」
「……うん!」
大事なパンダは、修治さんに預けておこう。パンダがここにあれば、行っても良いかと言いやすい。
一度抱き締め、ベッドの上に置かせてもらった俺は、にこりと笑った。
俺がちゃんと素直になれるように、見守ってくれよな。
最後に一撫でして、ジャケットを羽織った俺は、振り向く間もなく抱きすくめられていた。背中が温かい。
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