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空飛ぶクリスマス・コーヒー
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安心する匂いがしている。
まるで修治さんに頭を撫でてもらっているような、そんな安心感。
ぼうっとした目を開けたら、室内はまだ明るくて。明かりが灯されたままだった。その割には、空気はずいぶん冷え込んでいる。
いつの間にベッドで寝たのだろう。腕に抱いたパンダが、俺が動くとうにうに一緒に動く。
修治さんがくれた、大切なクリスマスプレゼント。
壊さないようにゆっくり起き上がった俺は、コタツで突っ伏したまま眠っている修治さんを見つけた。肩がとても寒そうだ。
すぐに理解した。彼が寝かせてくれたのだろう。
音を立てないようベッドを抜け出し、シーツを一枚引っ張った。それを修治さんの肩に掛けてあげる。テーブルに置いたパンダは、そんな俺を見守っている。
ぐっすりと眠っているのか、起きる気配はない。明るい髪は、見掛けよりも少し硬そうだ。そうっと触れてみると、やっぱり少し硬い。
ドキドキしながら寝顔を覗き見る。俺とは違って物腰は柔らかいし、誰にでも好かれる人。俺みたいな口下手な奴の話もちゃんと聞いてくれる、優しい大人の男性。
今まで出会ったどの大人とも違う。俺を見掛けで判断したりしなかった。
たった三歳しか違わないのに。俺も三年後には、修治さんのようになれるだろうか。
キュッと唇を噛み締めた俺は、破裂しそうな心音に負けないよう、握り拳を作って耐えた。
修治さんにとって俺は、ただの弟みたいな存在で、バイトの後輩でしかない。
分かりきっているけど、でも、俺は……。
眠っている修治さんを見ていると、胸が苦しくなって仕方がない。中卒後、恋愛が多感になる年頃をバイトばかりしていた俺にとって、恋がどんなものなのか知らなかった。
分かっているのは、男が男を好きになるのが、世間では間違っているということ。
修治さんのように優しい人には、優しい彼女が似合っているということだ。
俺じゃ相手にならない。
それでも嬉しかった。お泊まりしたのは初めてだったから。
これが最後かもしれない。
後悔したくない。
「…………!」
静かに気合いを入れた俺は、今にも口から心臓が飛び出して来るんじゃないかと思うほど、ドキドキしながら顔を近づけた。
キスをした事はない。
映像で見た事しかない俺は、握り拳に汗を掻きながら、硬い修治さんの頬に、自分の唇を押し付けた。
「……ふぐっ」
奇妙な声を出した修治さんが、ハッとしたように目を開けている。黒い瞳が俺を捕らえた。
俺は。
咄嗟に。
動きを止めてしまった。
「……素喜……君?」
「…………!!」
早く離れなければと思うのに、緊張すると動きを止めてしまう癖がある俺は、どうして良いか分からずパニックになった。
きっと俺のキスが悪かったせいで、修治さんが起きてしまったのだろう。
謝らなければと思うのに、口は縫い合わせたように動かない。
間近で瞼をしばたかせた修治さんは、そうっと彼の方から離れてくれた。
「……ええと。都合良く解釈して良いのかな」
問い掛けの意味が分からなくて、唇を噛み締めた。
嫌われた。
きっと嫌われたに違いない。
どうしよう。
どうしたら良い!?
「……ぅう」
「……え? ええ!?」
馬鹿だ。何で泣いているんだ、俺は。
余計に修治さんを困らせてしまうだけなのに。ボロボロと情けないくらいに涙が零れ落ちていく。膝の上で握り拳を作った俺は、俯く事しかできなかった。
「……素喜君? どうしたの? 何で泣くの?」
「……ごめ……なさい……」
「キスのこと? 良いよ、謝らなくて。まあ、食い込むほど唇を押し付けられたのは初めてだけどね」
俺の涙を拭うように、大きな手が頬に添えられた。伺うように引き寄せられ、最終的には修治さんの胸の中に収まっていた。しがみ付いて良いのか分からなくて、やっぱり泣いた。
「……実は僕も、キスしたんだ。ごめんね」
「…………?」
「眠っている素喜君のおでこに、チュッて。我慢できなくて」
「…………!」
俺のおでこに?
手で押さえても、分かるはずがなくて。慰めるために嘘を言ったのだろうか。
目元を拭ってくれる修治さんは、困ったように笑っている。
「どうしようか」
「……?」
「僕ね」
「……?」
「君が好きなんだ」
「…………!!」
おでこに、触れるだけのキスが落とされた。
驚きのあまり、涙が止まってしまう。瞬きすら忘れた俺は、そっと頭を撫でられて、急激に恥ずかしくなって俯いた。
嘘だ、修治さんも俺の事が好きだなんて。
だって彼にはもっと、俺なんかよりできた人が似合っている。
俺が居たら邪魔になるだけなのに。
「……ええと。ごめんね? 言うつもりは無かったんだけど……キスしてくれたのなら、ちょっとは脈があるのかな~って思ったんだけど……」
「俺……!」
こういう場合、何を言えば良いのだろうか。
言葉が引っ込んで出てこない。答えを待つように、じっと見つめられるとなおのこと。
引き結んだ俺の口元にどう解釈したのか、ポンッと頭を軽く叩かれた。
「無理しなくて良いから。一緒に居るの、気持ち悪いよね。……ごめんね」
頭に乗っていた手が離れていく。立ち上がった修治さんは、服を着替えようとしている。
出ていくつもりかもしれない。
俺がここに居るから、気を使って。
そんなのは駄目だ。優しい修治さんが俺なんかに気を使うことはない。
急いで立ち上がった俺は、彼の背中に抱き付いた。
「……素喜君?」
「……き……だ!」
「ごめん、聞こえないよ」
喉が震えて上手く言葉が出ない。そんな俺を分かってくれているのか、修治さんはちゃんと待ってくれる。
俺に合わせてくれる。
いつだってそうだ。
修治さんは俺を待ってくれる。
一緒に居たい。
これからもずっと、一緒に居たい。
俺は男だけど。
修治さんも男だけど。
側に居て欲しい……!
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