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空飛ぶクリスマス・コーヒー

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***


 安心する匂いがしている。

 まるで修治さんに頭を撫でてもらっているような、そんな安心感。

 ぼうっとした目を開けたら、室内はまだ明るくて。明かりが灯されたままだった。その割には、空気はずいぶん冷え込んでいる。

 いつの間にベッドで寝たのだろう。腕に抱いたパンダが、俺が動くとうにうに一緒に動く。

 修治さんがくれた、大切なクリスマスプレゼント。

 壊さないようにゆっくり起き上がった俺は、コタツで突っ伏したまま眠っている修治さんを見つけた。肩がとても寒そうだ。

 すぐに理解した。彼が寝かせてくれたのだろう。

 音を立てないようベッドを抜け出し、シーツを一枚引っ張った。それを修治さんの肩に掛けてあげる。テーブルに置いたパンダは、そんな俺を見守っている。

 ぐっすりと眠っているのか、起きる気配はない。明るい髪は、見掛けよりも少し硬そうだ。そうっと触れてみると、やっぱり少し硬い。

 ドキドキしながら寝顔を覗き見る。俺とは違って物腰は柔らかいし、誰にでも好かれる人。俺みたいな口下手な奴の話もちゃんと聞いてくれる、優しい大人の男性。

 今まで出会ったどの大人とも違う。俺を見掛けで判断したりしなかった。

 たった三歳しか違わないのに。俺も三年後には、修治さんのようになれるだろうか。

 キュッと唇を噛み締めた俺は、破裂しそうな心音に負けないよう、握り拳を作って耐えた。



 修治さんにとって俺は、ただの弟みたいな存在で、バイトの後輩でしかない。



 分かりきっているけど、でも、俺は……。



 眠っている修治さんを見ていると、胸が苦しくなって仕方がない。中卒後、恋愛が多感になる年頃をバイトばかりしていた俺にとって、恋がどんなものなのか知らなかった。

 分かっているのは、男が男を好きになるのが、世間では間違っているということ。

 修治さんのように優しい人には、優しい彼女が似合っているということだ。

 俺じゃ相手にならない。

 それでも嬉しかった。お泊まりしたのは初めてだったから。 

 これが最後かもしれない。

 後悔したくない。

「…………!」

 静かに気合いを入れた俺は、今にも口から心臓が飛び出して来るんじゃないかと思うほど、ドキドキしながら顔を近づけた。

 キスをした事はない。

 映像で見た事しかない俺は、握り拳に汗を掻きながら、硬い修治さんの頬に、自分の唇を押し付けた。

「……ふぐっ」

 奇妙な声を出した修治さんが、ハッとしたように目を開けている。黒い瞳が俺を捕らえた。



 俺は。



 咄嗟に。



 動きを止めてしまった。



「……素喜……君?」

「…………!!」

 早く離れなければと思うのに、緊張すると動きを止めてしまう癖がある俺は、どうして良いか分からずパニックになった。

 きっと俺のキスが悪かったせいで、修治さんが起きてしまったのだろう。

 謝らなければと思うのに、口は縫い合わせたように動かない。

 間近で瞼をしばたかせた修治さんは、そうっと彼の方から離れてくれた。

「……ええと。都合良く解釈して良いのかな」

 問い掛けの意味が分からなくて、唇を噛み締めた。



 嫌われた。



 きっと嫌われたに違いない。



 どうしよう。



 どうしたら良い!?



「……ぅう」

「……え? ええ!?」

 馬鹿だ。何で泣いているんだ、俺は。

 余計に修治さんを困らせてしまうだけなのに。ボロボロと情けないくらいに涙が零れ落ちていく。膝の上で握り拳を作った俺は、俯く事しかできなかった。

「……素喜君? どうしたの? 何で泣くの?」

「……ごめ……なさい……」

「キスのこと? 良いよ、謝らなくて。まあ、食い込むほど唇を押し付けられたのは初めてだけどね」

 俺の涙を拭うように、大きな手が頬に添えられた。伺うように引き寄せられ、最終的には修治さんの胸の中に収まっていた。しがみ付いて良いのか分からなくて、やっぱり泣いた。

「……実は僕も、キスしたんだ。ごめんね」

「…………?」

「眠っている素喜君のおでこに、チュッて。我慢できなくて」

「…………!」

 俺のおでこに?

 手で押さえても、分かるはずがなくて。慰めるために嘘を言ったのだろうか。

 目元を拭ってくれる修治さんは、困ったように笑っている。

「どうしようか」

「……?」

「僕ね」

「……?」

「君が好きなんだ」

「…………!!」

 おでこに、触れるだけのキスが落とされた。

 驚きのあまり、涙が止まってしまう。瞬きすら忘れた俺は、そっと頭を撫でられて、急激に恥ずかしくなって俯いた。

 嘘だ、修治さんも俺の事が好きだなんて。

 だって彼にはもっと、俺なんかよりできた人が似合っている。

 俺が居たら邪魔になるだけなのに。

「……ええと。ごめんね? 言うつもりは無かったんだけど……キスしてくれたのなら、ちょっとは脈があるのかな~って思ったんだけど……」

「俺……!」

 こういう場合、何を言えば良いのだろうか。

 言葉が引っ込んで出てこない。答えを待つように、じっと見つめられるとなおのこと。

 引き結んだ俺の口元にどう解釈したのか、ポンッと頭を軽く叩かれた。

「無理しなくて良いから。一緒に居るの、気持ち悪いよね。……ごめんね」

 頭に乗っていた手が離れていく。立ち上がった修治さんは、服を着替えようとしている。

 出ていくつもりかもしれない。

 俺がここに居るから、気を使って。

 そんなのは駄目だ。優しい修治さんが俺なんかに気を使うことはない。

 急いで立ち上がった俺は、彼の背中に抱き付いた。

「……素喜君?」

「……き……だ!」

「ごめん、聞こえないよ」

 喉が震えて上手く言葉が出ない。そんな俺を分かってくれているのか、修治さんはちゃんと待ってくれる。

 俺に合わせてくれる。

 いつだってそうだ。

 修治さんは俺を待ってくれる。



 一緒に居たい。



 これからもずっと、一緒に居たい。



 俺は男だけど。



 修治さんも男だけど。



 側に居て欲しい……!


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