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空飛ぶクリスマス・コーヒー

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 コーヒーが染みたシャツをすぐに洗濯機に放り込んだ後、急いでバイト先に向かった。地元では有名な大きな玩具店。クリスマスまでが勝負の玩具店では、あの手この手で玩具を売る時期だ。

 そこでバイトを始めて一年。それなりに慣れ、店長にも良くしてもらっている。真面目だけが取り柄の僕は、いつものように裏口から入り、制服に着替えると早速売場に出た。

 倉庫から商品を運び、ディスプレイまで手がけるのが僕の仕事になる。レジ打ちも一応、教えられたけれど。男の僕より可愛い女の子のアルバイトが、この時期はレジに立つことが多い。ちなみにサンタクロースのスカート版だ。今時のサンタクロースは可愛い女の子でもなれるらしい。

 そして何故か今日、僕にもサンタクロースの制服が渡された。まあ、良いけど。モコモコした分厚い真っ赤な生地に身を包んだ僕は、倉庫から玩具を運び出す。

 時折、子供達に追い掛けられながら、所定の位置に向かった僕は、玩具売場の一角で佇む少年を見た。僕の肩ほどしかない少年は、じっと、何か一点を見つめている。シャープな横顔は真剣そのもので、そうっと手を伸ばした。

 まさか万引きか。

 僕は緊張した。

 あまり事を荒げるのは好きじゃない。もし、彼が商品を懐に入れた時は、静かに注意をしよう。見守っていた僕の目の前で、少年はある玩具を手にした。

 そして。

 ギュッと。

 胸に抱き締めている。

「…………ふふ」

 思わず笑った少年。

 鋭い目元が緩み、引き結んでいた口元には笑みが浮かんでいる。

 彼が手にした玩具は、撫でると動く、パンダの玩具だった。ディプレイ用のもので、今人気の玩具の一つだ。僕が今まさに、補充をしようとしている商品で。

 幸せそうにパンダの背中を撫でている少年は、まるで生きているかのように優しい手つきで玩具と戯れている。

「可愛い……」

 身長は高くないけれど、声変わりは終えているのか低いトーンなのに。

 僕は。

 パンダの玩具に笑みを浮かべた少年に。



 ズキューンだった……!!



 何かがキタ気がする。

 胸に一撃を打ち込まれた感じだ。

 荷物を運んでいた事をすっかり忘れてしまうほどに、笑っている少年に目を奪われてしまう。

 僕が見ている事も知らずに、パンダと戯れていた少年は、笑みを浮かべながらこちらを向いた。



 目が合った。



 鋭い目元と、白い肌。

 でも頬の辺りだけが赤味を帯びている少年の顔は。

 数時間前に会った、山本君だ。

 彼も僕に気付いたのか、笑んでいた顔が素に戻り、次いでキュッと口元を引き締めてしまった。

「………………!!」

 驚いた山本君は、慌ててパンダを元の位置に戻そうとしたけれど。他の玩具に当ててしまい、バラバラと商品が落ちてくる。

「………………!?」

「ああ、待って! そのままで! 微妙な配置で置いてるから!」

 カートを押して駆け寄った。まずは落ちた商品を並べ直さなければ。テキパキと詰め込んだ僕は、パンダを手にして右往左往している山本君に向き直る。

「やあ、まさかまた会うとは。山本君、だよね」

「…………!?」

「僕、榎本修治。山本君の下の名前は?」

 話しながらも商品整理は忘れない。新しく運んできた商品を空いていた棚に詰め込みながら聞いたけれど。

 山本君は顔を硬直させたまま動かない。パンダを僕に返そうと突き出している。

「良いよ、もう少し触っていても。それは見本だし。可愛いよね、パンダ。僕も好きだよ。これ、お勧めします」

 なかなか良くできた玩具だと思う。ぬいぐみのような柔らかさが少し足りないけれど、耳の下の辺りを撫でると、うにうにと動き出す。山本君が微笑んでしまうのも分かる。

「お一ついかが?」

「…………か……ね……ない」

「そっか。残念」

「…………もと……き……」

「ん?」

 突き出していたパンダを彼に戻してあげれば、ギュッと胸に抱いている。

 正直に言おう。



 キュンッときた……!



 何だか可愛く思えてしまう、鋭い目を持つ少年山本君に、僕は少しやばい感情を抱き始めているようだ。

 気付いたけれど、どうせ今後、彼に会うことは無いだろう。

 この場だけの感情ならば、素直になっておいても良いかもしれない。サラサラとしている彼の黒髪を見つめながら、上目遣いに僕を見上げる彼に、ノックダウン寸前だった。

「素喜……です。名前……」

「山本素喜君か。可愛いね」

「…………可愛くなんか……ねぇ」

「気にしてる? ごめん、ごめん。それより、バイト……どう?」

 素喜君が気になりつつも、仕事は仕事。高い位置の商品を詰め込むため、脚立を出してくる。三つほど小脇に抱えながら、上の棚にも商品を補充している僕に、彼はボソリと呟いた。

「クビ……」

「……ごめんね」

「あんたのせいじゃ……ない。掛けたのは……俺だから。服……は?」

「すぐに洗ったから大丈夫。そう言えばどうしてコーヒーを零したの? あの零し方は凄かったからね」

 まるでコーヒーカップが宙を飛んだかのようだった。背中から掛けられたのは初めての経験だ。

「客が……ぶつかった」

「ああ、それでね。ごめんね、彼女が強く言っちゃって」

「……あんたの彼女?」

 僕が商品を取るため、脚立から降りようとしたのを察した素喜君は、パンダを置いて、商品を取ってくれた。それを受け取りながら笑った。

「まさか。僕はブランド品のために限定の彼氏になる気はないよ。第一、そんな余裕無いからね」

「……?」

「ま、君ももう少し歳を取ったら分かるよ」

「……おっさんくせぇ」

 クスッと笑った素喜君。



 やばい。



 反則的な笑顔だ。

 商品を棚に詰め込むため、と自分に言い聞かせながら上を向く。運んできた商品を全て入れた僕は、脚立から降りて彼の頭に手を乗せた。

「ありがとう」

「……貸し借り無しだ」

「そうだね。ついでに、バイトしてく?」

「…………え?」

「それ、買いたかったんじゃないの?」

「…………!!」

 白い肌が、面白いように赤く染まる。色白の人はほてると良く分かる。

 キュッと口を引き結んだ素喜君は、別に、と小さく呟いた。

 その顔は、喉から手が出るほど欲しい、と言っている。

「僕から店長さんに話してあげるよ。一日だけでも働けば、それを買うお金はできるだろうし」

「…………本当に?」

「うん。履歴書は用意できる?」

「……できる」

「じゃ、決まり。明日で良いかな?」

「…………あの!」

 下から見上げないで欲しい。

 いけない感情に流されそうになる。

「……く、クリスマスまで、は、は、働け……ますか!?」

 最後は怒鳴るように、僕に迫ってくる。売場に来ていたお客さんが何事かと僕達を振り返った。

 握り拳を作っている彼の肩を撫でて宥めつつ、ポンッと頭に手を乗せた。

「頼んであげる。訳ありみたいだし。僕の知り合いのせいでバイト、駄目になったみたいだしね」

「……ち、ちが……! あんたの……せいじゃ……」

「良いから良いから。おいで。顔だけでも見せておこう」

 カートを押して先を行く僕に、慌ててついてくる素喜君。

 僕としても、彼がここでバイトしてくれるのは嬉しい。

 そうすれば、クリスマスまではずっと、一緒に居られるから。

 鼻歌を歌いながら倉庫に戻った僕は、早速店長のもとへ素喜君を連れていった。
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