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番外編

6-13

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***



 テレビ画面には、ラブソングを歌う大介の姿が映し出されている。ベッドに横たわったまま、テレビをずっと見ていた。

 何度も、何度も、再生した。

 修治が持ってきてくれた、カラオケ大会のDVD。大介の所だけを切り出して、DVDに焼いてくれた奥様達は修治に託し、彼が届けてくれた。

 修治がとても心配してくれていたのは分かっている。俺が泣いた理由を聞きたそうだった。

 言う訳にはいかない。修治に話せば、素喜にいく。素喜にいけば、大介の耳にも入る。

 こんな我がままな言葉、言える訳がない。



 側に居て欲しい。



 ずっと俺の側に。



「……大介」

 だらりと伸ばした両手が視界を掠めていた。歌が終わっては再生を繰り返す。大介が歌うラブソング。

 俺から話すつもりだった。帰るお金とホテル代を出してくれるのなら、大介も来てくれると思って。祭りが終われば、少しだけでも一緒に居られるし。

 でも言おうとして、想像してしまった。

 大介がラブソングを歌う姿を。



 その姿を見て、俺は正気でいられるだろうか?



 俺のために歌ってくれたら。

 そんな姿を見たら。

 離れたくないと、思ってしまうような気がして。

 家族のために東京に出ている大介だ。住み込み先で働ける条件は、彼にとってはかなり優遇された働き場所。

 若い頃からがむしゃらに働いてきた彼に向かって、側に居て欲しいなんて、口が裂けても言うことはできない。

 だからカラオケ大会のことは何も言わなかった。今までどおり、時々帰郷する大介と会うだけで満足しようと、自分に言い聞かせた。

 それなのに大介は帰ってきた。

 俺のために、ラブソングを歌うために。

「……馬鹿……やろう……! たまんないでしょ……!!」

 会いたくて。

 会いたくて。

 心が潰れてしまいそうだ。涙が溢れて止まらなくなってしまった。彼が困っているのが分かっているのに、弱い自分が出てきてしまいそうで。

 もう少しで言ってしまうところだった。ずっと側に居て欲しい、と。東京に帰るなと、喉奥までせり上がってきた。

 一晩かけて、ポーカーフェイスを戻したけれど、限界だ。



 会いたい。



 キスしたい。



「大介……!」

 一人きりの部屋が辛かった。働き始めたのをきっかけに、マンションの一室を借りている。家具もまだ、綺麗に整頓されていない部屋は殺風景で。

 大介が帰郷した時、寄ってもらおうと大きなダブルベッドを思い切って入れたのが失敗だった。こんなベッドに一人で寝るのは、よけいに大介を思い出してしまう。

 東京での就職が成功していれば良かった。彼には内緒で、東京に出ては就職先を探していたけれど。

 就職難が続く現状では、正社員としての雇い口は無かった。地元で採用された会社に決めるしか道は無くて。

 休みの日に会いに行けば大丈夫。就職したその時は思っていた。

 こんなに苦しくなるなんて、想像もできなくて。

「……大介……俺……駄目だ……」

 男なのに。女々しいと、彼なら言うかもしれない。

 テレビ画面の中で、目を閉じたまま歌う大介は、たまらないほど愛を囁いてくれる。何度聞いても、胸が苦しいほど幸せで。

 同時に辛かった。

 今すぐにでも、東京へ行きたいほどに。

 再生が止まったDVDに、また再生を押した。流れ始めた音楽に、携帯の着信音が重なる。

 思わず飛び起きた。大塚家からの着信だったから。大介から電話してくるなんて、滅多に無い。

 そうっと携帯を取り上げた。もしかしたら蓮司かもしれない。親方かもしれない。

 震える指で通話を押した。繋がった携帯に、痛いほど耳を押し当てた。
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