妖艶幽玄絵巻

樹々

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妖艶幽玄小巻

4-2

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***



 夕飯は紫藤の好きな和風ハンバーグにした。すり下ろした大根を掛け、醤油を掛けて食べるものだ。以前、テレビで見掛け、作ってみればとても気に入ってくれた。

 煮物とお浸しも作り終え、後は夕飯の時間になった頃にハンバーグを焼くだけになった。日が落ちてしまうには時間があり、先に洗濯物を取り込んでおこうと二階に上がっていく。リビングから続く階段から下を見てみれば、紫藤はお昼寝中なのかうとうとしている。

 なるべく音を立てずに上がり、二部屋を通り過ぎながら廊下を行く。突き当たりから左には、ベランダに通じるドアがある。鉄でできたそのドアは、鍵を開けて押すと、いかにも重たそうに軋んだ音を立てて開いた。

「申し訳ありませぬ。今日は力を頂いておりませぬ故、見えませぬ」

 一言断ってから外に出ていく。ベランダには結界を張っていない。家の中だけ、霊を遮断している。そのため力をもらっている時は、ここに居る霊達と話したりしていた。

 時が流れても、彷徨う魂が無くなることはない。紫藤のように常に見えれば話し相手くらいにはなれるのだが。霊感の無い俺では、力をもらっている時しか彼らの心の支えになれない。常連の霊達はそのことを知っているので、きっと新しい霊に話してくれているだろう。

 乾いていた洗濯物を手早く取り込み、一礼しながら家に戻る。静かにリビングまで戻ると、紫藤はまだ寝ている。テーブルを囲むように三つあるソファーの一つで、頭を揺らしていた。点けっぱなしにしていたテレビの音が子守歌のようになっているのだろう。ぐっすり眠っている。

 苦笑しながら空いていたソファーに洗濯物を置き、紫藤の隣に座った。うとうとと揺れている頭が傾いていかないよう、肩を引き寄せる。長い白髪が顔に掛かり、くすぐったさに声を出さずに笑った。

 こうしている時、心から安堵する。紫藤と共に生きているのだと実感する。

 テーブルに広げられた玩具を見つめ、テレビから流れてきた歌に顔を上げた。

「この歌は……」

 思わず聴き入った。

 あまり現代の歌を熱心に聴く方ではないけれど。

 初めてこの歌を耳にした時、まるで自分達のようだと思ったほど、重なって。

 もちろんそうでないことは分かっている。でも、初めて聴いた時は涙がこみ上げそうになるほど、胸が熱くなった。

 紫藤の肩を抱いていた手に、自然と力が入る。歌番組なのか、若い歌手が熱唱している。

 瞼を閉じて聴き入った。静かな室内に、温かな歌だけが響く。紫藤の白髪を無意識に撫でながら、顔を擦り寄せた。

 やがて歌は終わりに近付いていく。

 最後のフレーズが近付いてくる。

 じんっと熱くなる胸を抑えきれずに、紫藤の滑らかな頬に触れた。

 歌と、俺達が、重なる。

「……君を愛してる……」

 口ずさむように囁いた。

 歌が終わり、拍手が聞こえている。

 余韻に浸りながらそっと瞼を開けた俺は、間近に漆黒の瞳を見つけて。

 放心したように口を開き、白い頬を赤く染めた紫藤が俺を見つめていて。

「………………!!」

 咄嗟に距離を取るように顔を離した。起きていた紫藤がなおも俺を見つめている。

 頬が赤くなるのを抑えられない。全身が火照っていく。

「……ぁ……ぁの……こ、これは……」

 座り直しながら、何と言えば良いのか悩みに悩んだ。主に向かって「君」と言ってしまったことも、「愛してる」と囁いてしまったことも。

 言葉がみつからず、ソファーに座ったまま硬直した俺の膝に、紫藤の白髪が散った。甘えるように膝に寝転んでいる。

「……お主はあの歌が好きよの。いつも耳を澄ませておる」

「……紫藤様……」

「私も好きだぞ。お主を重ねて聴いてしまう」

 赤い顔を隠すように、白髪が広がっている。どうしたものかと硬直した手を握り込んだ。テレビはもう、違う歌手に移っている。ロックなのか、派手な歌が響いた。

 紫藤が煩そうにコントローラーを手にして電源を落としている。静かになった室内で、なおも膝に寝転んでいる。

「……のう、清次郎」

 呼び掛けられ、ヒクッと喉が鳴った。慌てて咳払いし、喉に気合いを入れる。

「な、何でございましょうか」

 テレビの方を向いていた紫藤の、長い白髪に触れた。時がどれほど経とうと、サラサラした髪は痛みを知らない。顔が見たくて、掻き上げてやった。

 赤い耳が見える。頬も赤く染まっている。

 そろりと仰向けになった紫藤は、赤い顔のままはにかんだ。

「これから先も頼むぞ。何十年、何百年、何千年経とうとも…………私を愛してくれ」

「……紫藤様」

「愛してくれ……」

 伸ばされた手に、顔を傾けていく。熱くなっていた唇に重ねた。

「何十年、何百年、何千年経とうとも、愛しております」

「私も愛しておるぞ」

「……はい」

 笑い合いながら、もう一度重ねた。

 紫藤の唇は熱く、火照っている。

 知らず、心臓が速く脈打ち始めた。悟られないよう、そっと離れた俺の顔を、紫藤が掴んでいる。潤んだ瞳に見上げられ、喉を鳴らすと覆い被さっていく。

 紫藤の体をソファーに降ろし、折り重なるように体重を掛けていく。フカフカしたソファーに埋もれた紫藤が俺の黒髪を掻き上げている。少し長めに伸ばされた黒髪は、後ろへ掻き上げられた。

「……美しい瞳だ。強く、輝いておる」

「紫藤様こそ」

「時代が変わり、青い瞳を持つ者も珍しゅうはなくなったが……やはりお主の瞳が一番輝いておる」

 顔を引かれ、合わさった唇から熱い舌が滑り込んでくる。受け止めながら彼のシャツのボタンに手を掛けた。一つ、一つ外していくと、白い肌が露わになる。

 いつもの俺なら、ソファーでするのははしたない、と止めるのだが。

 紫藤自らこれが良いと選んだ、フカフカしたソファーを汚したくはないのだが。

「……焦っておるの」

「紫藤様こそ……」

「お主が熱い告白をするからだ」

 俺のトレーナーを引っ張っている。捲り上げられながら、脱がされたトレーナーが落とされるのを横目で追った。暖房に温められた室内は寒くはないけれど、素肌に当たるソファーの毛に少しだけ恥ずかしくなる。

 俺一人だけでは恥ずかしい。彼のズボンに手を掛けると引き下ろしていく。褌ではなく、ブリーフになった下着も腰を支えながら脱がせてやった。



 数え切れないほど抱き合ってきた。



 急速に変化した時代の中で、互いの存在を確かめるように。

 悲しみを慰めるように。

 苦しみを和らげるように。

 俺達は抱き合ってきた。

「清次郎……」

 呼ばれ、腰を抱いたまま体重を掛けていく。腰の下に通した腕に、重みが掛かる。少し仰け反った紫藤が小首を傾げて見せた。

「……どうした?」

「せっかく紫藤様が選ばれたソファーです。汚してはと思いまして」

「お主という男は……もう少し見境無く抱いても良いと申しておろう」

「されど……気持ち良さそう昼寝をされている姿が愛しいのです。少しくるしゅうございましょうが、ご辛抱を」

 細いけれど引き締まった両足を抱え上げた。背中だけをソファーに残した紫藤が、協力するように力を抜いている。

 見えた秘部に舌を伸ばす。潤いを与えるようにゆっくりと舐めていく。紫藤の体だ、どこにでも口付けることができる。足でも、ここでも、前にでも。どれほど愛しても、愛し足りない。

「ぅ……うん……ん……ぁ……」

「ん……気持ち良いですか?」

「うむ……熱い」

「ではもっと、熱くしましょう」

 舌を差し込んでいく。紫藤の足が跳ね上がる。落とさないよう腰を支え、ヒクつく体を捕まえる。

「ぁ……ぁあ! ん……はぁ……!」

 白髪が広がり、紫藤が仰け反っている。長い足がソファーの背もたれに掛かり、もう片方が所在なげに揺れている。

 その足を掴み、安定させながら潤っていくその場所を愛した。彼のモノが緩やかに立ち上がっていく。

「清次郎……!」

 息を乱す紫藤を見つめながら、ヒクつく秘部から舌を抜いた。指を当て、更に広げていく。長い指を入れると、それだけで紫藤が息を詰めた。

「……焦らすでない!」

「解さねばなりませぬからな」

「……もう……良い! はよう入れてくれ……!」

「そうはいきませぬ」

 二本差し込み、充分に解していく。

 正直なところ、今すぐ繋がりたい気持ちは山ほどあった。入れて、乱して、抱き締めたい。

 しかし充分に解さなければならない。紫藤に辛い思いはさせたくない。

 三本目も入れて、早く入れろと暴れる紫藤を抑え込みながら、そこを潤した。

「清次郎! もう……我慢ならぬ……!」

「……それは俺も同じです」

「……何?」

「これ以上は……俺も我慢なりませぬ故……!」

 紫藤の体を抱え上げた。もどかしい手で自分のジーンズのチャックを降ろし、腫れ上がっていたモノを取り出した。

 そこへ紫藤の体を抱き締めながら繋がらせる。解された熱い中へ、突き上げた。

「はぁ……! ……ぁ……ぁ……ぁ……んん……ぁあ!」

 腰を支えながら下から突き上げる。俺の膝の上で仰け反った紫藤の白髪が後ろへ流れてはサラサラ揺れる。

 シャツが大きくはだけ、袖にわだかまっている。滑らかな肌に口付けながら、突き上げる力を強くした。



 体がたまらなく熱い。



 先ほどの歌がそうさせるのか。



 愛しくて。



 愛しくて。



 どれほど愛しても、足りないほどに。



「……ん……ん……ぁ……ん」

「紫藤様……」

「熱い……の」

 俺の顔を抱いた紫藤が、黒髪を撫でてくれる。抱き締める腕に力を込めると、微笑まれた。

「それほど……ん……抱きたかったか……」

「……はい」

「愛しい奴だ……」

 後ろを締めてくる。狭い中を進む刺激に体が震える。

 紫藤自ら腰を振り始めた。俺の肩に手を乗せ、突き上げる律動に合わせてくる。

 互いの息が乱れていく。

 素肌を愛撫する俺の手に、紫藤の手が重なった。

 絡まった視線に吸い寄せられる。合わせた唇が、震えるほど熱がこみ上げる。紫藤の白髪が、汗をかいていた俺の体に貼り付いた。

 彼の唇が離れ、俺の肩を滑っていく。腰を撫でる俺に笑いながら愛撫を施してくる。

 ゆっくりとソファーに戻した。フカフカしたソファーの毛に埋もれる紫藤に寄り添っていく。

「……ふふ、夜まで待てと言うたお主が、夕飯も食べずに励むとはの。それほどあの歌に刺激を受けたか」

「紫藤様こそ……」

「私はいつでもお主を誘っておるぞ!」

「左様でしたな」

 笑い合いながら、互いの体を求めた。時折、紫藤に抱かれている体だ、胸の突起を押されると弱かった。俺の体を這っていく白い手を意識してしまう。

 負けじと、彼の胸の突起を口に含んだ。優しく舌で押すと肌が赤らんでいく。

 健康的に肉が付いた体は美しいままだ。現代の男でも、紫藤の美しさに目を奪われる者は多い。



 守らなければ。



 この人を。



 俺の主を。



「……紫藤様」

「ん……どうした?」

「あの歌……CDを買ってもよろしゅうございましょうか」

 綺麗な白髪を掻き上げてやった俺に笑っている。

「言うておろう。お主が欲しい物も遠慮なく買って良いと。お主はもう少し、自分のために我がままになって良いのだぞ」

「……ありがとうございます。されど……」

 腰を進め、白い体を抱き締める。肩に抱え上げた足が腰を浮かせている。折り重なりながら頬に口付けた。

「今のままで充分、楽しゅうございますから。欲しい物はそれほどありませぬ」

「欲のない男よの……ぅん」

 良い所に当たったのか、甘い吐息が唇に掛かる。そっと口付け、紫藤にしがみ付かせると腰を速めた。

「欲なら……ありますぞ」

「ぁ……はぁ……ん……なん……だ?」

 腰を引き寄せ、深く繋がった。痺れたように手を震わせる彼を見下ろしながら、幾つも口付けを落としていく。

「紫藤様だけは、誰にも渡しとうありませぬ」

「……清次郎」

「離しませぬ」

 囁き、熱い舌を絡めた。吸い上げ、唇を潤し、何度も重ね合わせる。

 吐息が混ざり合う。

 中が熱くなっていく。

 思い切り抱き締めた時、彼の中で達していた。ぶるりと震えた紫藤も、俺の腹に擦られて達している。

 力が抜けていく彼を暫く抱いたままでいた。折り重なったままソファーに寝転んでしまう。気を付けていたのに、フカフカのソファーが少し汚れてしまった。後で綺麗に拭いておこう。

 今はまだ、離れたくない。

 汗ばんだ体を寄せ合った。

「……のう、清次郎」

「はい」

 俺の黒髪に、紫藤の手が差し込まれる。くしゃくしゃと撫でられた。

「ずっと一緒だの」

「……はい。ずっと一緒です」

 微笑み、お腹を空かせた彼のために体を起こした。そっと抜き取り、抱き上げる。

「手早くシャワーだけ浴びましょう」

「うむ」

「今夜は和風ハンバーグですよ」

「おお! それは楽しみだの!」

 俺の胸に抱き付いた紫藤が嬉しそうに笑ってくれる。その顔を見ると、心の底から嬉しくなる。

 二人揃って浴室に入ると、シャワーを捻った。お湯に変わったことを確認してから、紫藤の体に掛けてやる。

「お主も掛かれ。風邪を引くぞ」

「俺は大丈夫ですよ」

「ほれ、はよう」

 腕を引かれ、一緒になってお湯に掛かった。互いの体を洗い合い、冷える前に上がってしまう。手早く体を拭いた俺は先に着替えてしまう。脱衣所には常に浴衣を用意していたので、風呂上がりはいつも浴衣だった。

 ようやく下着を履いている彼を振り返り、濡れた長い白髪をまとめて持ち上げ、タオルでくるんでやった。

 まだ濡れていた背中を拭き、下着を履いた紫藤に浴衣を羽織らせる。俺が紺色、紫藤は桃色だった。

 さすがに浴衣だけでは寒く、羽織も肩から掛けてやる。

 浴衣や着物を着ると、江戸に戻ったような錯覚が起きる。家の中と、紫藤と話す時だけは、昔のままの口調を保っているけれど、外では現代語に直している俺だ。色々な自分が居る中で、やはり江戸が懐かしい。

 紫藤と二人きりで家に居る時は、遠慮はいらなかった。家具が現代でも、心は江戸だ。

「さ、テレビでも見ていて下され。焼いてきます」

「うむ!」

 跳ね飛ぶようにソファーに向かった彼を見送り、自分は台所に立った。フライパンに火をかけ、ラップをしていた肉を取り出した。温まった所でハンバーグを焼き上げていく。もう一つのコンロでは味噌汁も温めた。

 肉を焼く間にお茶も入れた。ご飯をよそい、温まった味噌汁を注ぐ。お盆に乗せ、リビングまで運ぶとテーブルに置いた。

 足早に戻り、煮物とお浸しと箸もお盆に乗せて運ぶ。そして焼き上がったハンバーグを刻んだキャベツの隣に置いて、最後に運んだ。

「できましたよ」

「美味そうだの!」

「お口に合えば宜しいのですが」

「清次郎が作る物は何でも美味い!」

 両手を合わせた彼に合わせて、俺も手を合わせる。二人揃って頭を下げた。

「「頂きます」」

 真ん中のソファーに居る紫藤とは直角に座っている。ここに居れば彼が零した時、すぐに拾えるからだ。

 昔はがっついて食べていた俺だが、今はゆっくり味わって食べている。時の流れの中で、少しずつ現代の生活に合わせるようになった。

 何でもない一日が、今日も過ぎていく。

 紫藤と過ごす、何でもない一日が。

 これからも続くのだろう。



 紫藤蘭丸が生き続ける限り。



 清次郎も生き続ける。



「……ご飯粒が付いていますよ」

「うむ?」

「ここです」

 紫藤の頬に飛んだご飯粒を摘んで口に入れた。照れたように笑う彼に、俺も笑い返す。

 明日も穏やかでありますように。

 紫藤が笑って過ごせる日でありますように。

 願った俺は、伸びてきた紫藤の手に首を傾げる。

「お主も付いておったぞ」

「これはお恥ずかしい」

「どんどん付けるが良いぞ!」

 俺の頬に飛んだご飯粒を口に入れた紫藤は、にこにこと楽しそうだ。

 その笑顔が、何よりも愛しい。



 明日も紫藤が笑える日でありますように。



 繰り返し願った俺は、彼の笑顔に、笑顔で応えた。






小巻四 完

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