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第二巻
巻ノ十五『主の鼓動』
しおりを挟む『信じるぞ、清次郎』
真っ直ぐな言葉だった。
『私はいつでもお主の味方だ。お主から言葉を聞いた以上、私に迷いは無い』
俺を信じてくれた、ただ一人の人。
『良いな、清次郎! 私を信じて待て! 生きて待て! 約束だぞ!』
夢の中でさえ、紫藤蘭丸という存在は、俺に力をくれた。
生きる力をくれた。
異国の血が混ざっていようとも、青い目をしていようとも。
忌み嫌われてきたこの血も、紫藤にとってはどうでも良い事だった。
紫藤蘭丸は、俺を無条件で愛してくれる。
その想いに、応えたい。
今度こそ、命をとして守りたい。
一生を捧げて。
紫藤の側に仕えたい。
覚醒した意識が、室内を素早く確認した。もはや癖だった。目が覚めたら周りを確認し、自分が生きているのかどうかを知る。
土井家を逃げるように飛び出してからというもの、俺の青い目を見ては異国の民だと言われ、時には石も投げられてきた。
追っ手から逃れるために、ずいぶん遠い地まで旅を続けて二年。
俺を拾った紫藤蘭丸は、この目を美しいと言った。
自分の美しさなど棚に上げて。
こんな体を、欲し続けてくれる。
俺を。
信じてくれる。
そろりと体を動かせば、俺の肩に額を埋めるようにして紫藤が眠っている。薄暗い室内には蝋燭が一本、灯されているだけであった。
右腕を持ち上げようとして、まだ腫れている痛みに顔をしかめる。骨は繋げてくれたようだが、完全に治ってはいなかった。
持ち上がる左腕で紫藤を抱きかかえると、寝かされていた布団の中に導いた。額に手を当てれば、少し熱が残っている。
「……紫藤様」
眠る顔に掛かっていた白髪を指で丁寧にどかした。深く眠り込んでいるのか、触ったくらいでは起きない。
「紫藤様……」
頬に手を添えた。ゆったりと撫で上げる。やつれた顔は、疲れを表している。
胸に巻かれていた晒しを外してみれば、ほとんどの傷が塞がっている。大きく抉れていた場所の皮が薄いくらいで、血は止まっていた。
どれほど力を注いでくれていたのだろう。腰を抱き寄せ、胸に抱いた。白髪が俺の頬を擽ると、目頭が熱くなってくる。
「紫藤様……紫藤様……」
細い腰を抱き締め、滑らかな額に口付けた。
ポタリと、堪えきれず流れた涙が紫藤の鼻先に落ちていった。
「……ぅん?」
むず痒そうに鼻を擦った紫藤が目を覚ました。ぼんやりと瞼を開け、胸に抱いていた俺を見上げている。
黒い瞳が俺を見つめ、飛び起きている。
「清次郎、どこぞ痛むのか!? どこだ! すぐに治してやるぞ!」
「……いいえ、どこも痛くはありませぬ。紫藤様のおかげで、清次郎は生きております」
「しかし……泣いておるではないか」
涙を拭うように掌で包まれる。その手を掴みながら、何とか笑って見せた。
「嬉しかったのです」
「……嬉しい?」
「紫藤様は俺を信じて下さった。それがとても嬉しかったのです」
「清次郎を疑うなど、愚かなことだ」
動かない俺の右腕を手に取った紫藤は、真っ直ぐに伸ばしなおしている。仰向けにされた俺は、左足も同様に伸ばすように置かれた。
「もう少しで繋がる故、我慢するのだぞ」
「今宵はもう、ようございます。酷く疲れておいででした」
「なに、構わぬ。お主が元気になれば、おぶってもらえば良いだけだ」
覆い被さってきた紫藤は、柔らかく唇に触れてくる。すぐに入り込んだ舌に合わせながら、目を閉じた。
そうすると紫藤をより深く感じる。
もう、何度彼とこうして唇を合わせただろうか。
吐息すらも俺の中へ入ってくる。
熱い、紫藤の熱が俺の中へ。
「……ぅん……ん……ぁ……はぁ……はぁ」
「感じて……おいでですか?」
「さすがに……これだけ力を使えばの。お主も先ほどまで元気になっておったのだぞ。それを………………な、何でもない! さ、もう一度だ」
「もしや、手で……?」
「甘いぞ、口に決まって…………いや、の、飲んではおらぬぞ!?」
「紫藤様……」
両手を振って否定する彼に、呆れながらも笑みが零れる。
寝ている間にされていたとは。手の早い彼に困ったものだと思うのに、今宵は俺も、彼と触れ合いたくて。
とはいえ、右腕と左足が使えない。彼を抱きたくても、体を動かし、傷口が広がればまた迷惑を掛けてしまう。
チラリチラリと俺の様子を伺う紫藤に手招きし、俺の体に覆い被さってもらった。
「今宵はもう、よろしゅうございます。紫藤様も休まれて下さい」
「しかし……」
「もう少し元気になられてから、骨だけ繋げて頂ければ充分です。せめてもの恩返しを……させて下さいませ」
「……ぁ……ぁ……せ、清次郎……?」
今、自由に動かせるのは左手だけだった。彼の着物の隙間に左手を差し込み、緩い褌を解いてしまう。引っ張れば簡単に外れる彼の褌を側へ置き、剥き出しになった形の良い尻に手を這わせた。
それだけで白い肌が赤く染まっていく。かなり敏感になっているようだ。目の前にある着物の襟元へ軽く噛み付きながら引っ張った。露わになった肌へ、柔らかい口付けを落としていく。
「申し訳ありませぬが、もう少しこちらへ」
「う、うむ……」
胸の突起を口に含みながら、紫藤の熱いたぎりを手にした。すでに熱い塊になっている。俺の顔を抱き込むように胸にした紫藤は、荒い息を弾ませ始める。
「……ぁ……清次郎……! なんと熱い手だ……!」
「紫藤様のここも……熱い……」
「ぅん……清次郎……」
俺の顔を掻き抱くように抱き締めている。口と左手のみで、彼を愛するのは難しいかに思われたけれど。震えている彼の腰が、しっかり感じていることを教えてくれる。
カリッと突起を噛んだ時、崩れ落ちるように俺の体に覆い被さった。息がしづらくなってしまう。
「……せいじ……ろう……! もう、我慢ならぬ……!」
「……紫藤様?」
「お主が欲しい……!」
言葉の意味を計りかねた俺は、肩に噛み付くように口付けられている。着物を広げるように脱がされ、褌も外された。仰向けのまま動けない俺を見つめた紫藤は、自分の指を口に含んで濡らしている。
まさか、抱くつもりか。
強張った俺の体は一瞬で、もう、それでも構わないと思った。
この体は全て、紫藤の物だ。
「清次郎……良いな?」
「……はい」
「傷が広がったらまた、塞いでやる故。しばし我慢せよ」
「承知」
「……ぅん……ん……下準備は面倒よの……!」
俺のモノを口にくわえた紫藤は、濡らした指を自分の秘部へと埋め込んだ。
少し、面食らった。
てっきり俺が抱かれると思っていたから。
必死になって秘部を解している紫藤を見ていると、訳もわからず胸が熱くなってくる。
ああ、駄目だ。
今宵は何もかもを忘れて、紫藤と過ごしたい。
「紫藤様、俺がします。こちらへ尻を向けて下さい」
「……そ、それは……ちと恥ずかしいぞ……」
白い肌を赤らめている。ユラユラと揺れる蝋燭の炎のように、彼の瞳も揺らいだ。
「今更です。薬を塗れと、俺に尻を向けた事もありましょう?」
「あ、あの時は必死だったのだ! に、二度もできぬ!」
「ならば俺の手の届く場所まで来て下さい」
「う、うむ」
肩から着物をひっかけたまま、彼はじりじりと俺の方へ近付いた。左手を伸ばし、手が届く場所まで来てもらえば。
彼の腫れ上がったモノが、ちょうど俺の顔の前に来ている。その事に気付いた彼は、血相を変えて離れようとした。
「お待ちを」
「は、恥ずかしいであろうが!」
「紫藤様とて、何度も俺のをして下さっています」
「私が好きでやっていることだ! こ、この様なこと、お主はせんで良い!」
腰を引こうとしたので、無理矢理捕まえる。腹筋だけで上半身を起こし、目の前にある彼のモノを口に含んだ。
「……ぅ……んん」
まるで操る糸の切れた人形のように、大人しくなった紫藤は、俺が体を戻すと反対に覆い被さるような形になっている。手早く尻に手を回し、中を探って解していく。
その間、なるべく丁寧に舐め上げた。初めてするので、合っているのかは分からないけれど、歯だけはたてないようにし、舌で愛撫を繰り返す。
「……ぉ……ぁ……ぅん……ふっ……ぁはっ……!」
俺の頭にしがみ付いた紫藤は、サラサラと着物を滑らせながら身悶えている。指を三本まで増やした頃、彼のモノを解放した。
「どうでしょうか? お嫌ではありませんでしたか?」
不安になって問えば、覆い被さっていた体を起こしている。目尻に涙を溜めた彼は、キッと睨んできた。
「嫌なわけがなかろう! もう、知らぬぞ! 痛いと言うても止めぬ!」
「紫藤様……?」
「この様に……愛されたのは初めてだ……!」
耳元に囁いた紫藤は、立ち上がっていた俺のモノへ手を添えている。後ろ手に握ったまま、狙い定めて繋がった。
「……はっ!」
白髪を跳ねるように後ろへやった紫藤が、俺の腹に跨るように繋がっている。肩から滑り落ちた着物から袖は抜かず、腰の辺りに巻き付けた。
白い体だ。
焼ける事を知らない、白い獣。
自ら動く紫藤を、穴が空くほど見つめ続ける。微笑んだ紫藤に、左手を伸ばした。すぐに手を握ってくれる。
「お主の……体が……もう少し……治ったら……ぅん……ぁあ……清次郎……!」
「……口惜しゅうございます……」
俺の腹の上で淫らに揺れる彼を見上げながら、唇を噛み締めた。小首を傾げる仕草にますます想いが募る。
「俺が……愛しとうございました……!」
「……ふ……ふふふ。そうか……そうか!」
前後に揺られ、左右に振られ。
彼の動きに、俺は翻弄されるばかりだ。
せめて右腕が動けばまだ、何かできたかもしれないけれど。今の俺は紫藤の手を握る事しかできない。
眩しい姿を見上げる俺に、紫藤は微笑むばかりだ。
「お主もとうとう……私の魅力に気付いたようだ……! ぅん……では、あれはもう……良いな?」
「……あれとは?」
うっすらと滲んだ汗すら、紫藤にかかれば美しくなる。終わったらすぐに布団に入れなければ。風邪がぶり返してはいけない。
そう、心配していた俺の顔の横へ両手を付いた紫藤は、間近で楽しそうに笑っている。腰の動きは止めずに。
「七日に一度など拷問よ! お主が抱きたいと思うた時は抱け。私が抱いて欲しいと思うた時は触れてくれ」
「……紫藤様」
「それと、私に抱いて欲しい時はそう、言うのだぞ?」
軽い口付けを落とした紫藤は、俺の首筋を吸っていく。
「お主は私の物だ。そして私はお主の物だ」
「はい」
「怪我が治ったら、好きなだけ抱け。楽しみにしておる」
深い口付けを落とした紫藤は、腰の動きを速めている。
俺はそっと、彼のモノを左手で握った。意図を察した紫藤は、腰の動きだけに集中している。その動きに合わせて、彼のモノを手で梳いていく。
ああ、本当に口惜しい。
今宵ほど、紫藤を欲したことはない。
彼を抱き締めたくて仕方がない。
「紫藤様……もう……!」
揺れる彼に告げれば、俺の胸に手を這わせるように抱き付いた。キュッと後ろを締めてくる。
「……ぅぐっ!」
「……ぅんん……!」
紫藤の中へ放った俺を追い掛けるように、彼もまた白濁を吐き出した。互いの胸が彼のモノで汚れている。
いつもなら、俺が全て綺麗にしてから彼を寝かせるのだけれど。
「……もう……寝ようぞ……さすがに……力が入らぬ……」
「俺もでございます……」
乱れた息を整えるのが精一杯だった。彼が俺から少し離れ、抜き取ると隣に寝転んでいる。布団はぐしゃぐしゃになったが、拭く余裕も無かった。
寝転ぶ紫藤を左腕一本で抱き込み、半脱げの着物だけでも着せてやる。肩を隠すように着物を引っ張り上げた俺に、彼はクスクス笑っている。
「あいも変わらず世話好きよの……」
「また風邪がぶり返してはなりませぬ」
「その時は今度こそ、お主が看てくれよ?」
「承知しました」
着物を着せ終えた俺は、改めて紫藤を胸に抱いた。スッポリ収まった彼は、強く背中を抱いてくれる。
主のもとへ戻った俺の体は、休息を求めてまた眠った。
紫藤の寝付きの良い寝息が、俺の子守歌だった。
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