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第一巻
巻ノ十三『幽玄なる者』
しおりを挟む「……清次郎?」
呼び掛けても、返事は無かった。黒い物体が大地を抉り始めているというのに、私の目に、それらの光景は目に入らなかった。
清次郎の額から、赤い血が流れ落ちていく。その血が大地に染みつき、赤く、赤く、染めていく。
「清次郎……返事をせぬか」
俯せに倒れたまま動かない彼によろめきながら近付いた。跪き、彼の顔を覗き込んでも、動かない。
「清次郎……清次郎……!」
恐る恐る仰向けにした。
「……ぅ……」
小さく呻く声に、咄嗟に心臓へ耳を当てた。
「……生きて……おるのか。そうか! 生きておるのか!」
知らず溢れ出た涙が頬を伝った。かなりの衝撃を受けていたため、即死したと思っていた彼は生きている。
急いで涙を拭いながら、青い唇へ口付けた。飲み込んだ結界の残りを彼の体に伝わせる。その折り、私の中に眠る力の一部を彼の中へと注いだ。
傷口を少しでも癒やしてやる。このままでは血を流しすぎて死ぬこともあるだろう。時間が許す限り、彼に力を注いだ。
結界の力を全て彼に託し、彼の体そのものを霊から見えなくする。今、悪霊には私の姿も、清次郎の姿も見えていないだろう。
無差別に大地を攻撃している悪霊を見上げ、幾分か落ち着いた呼吸に変わった清次郎の頬を撫で微笑んだ。
「待っておれ。すぐに終わらせる」
攻撃が清次郎に当たってはまずい。早々に片を付けなければ。
「お主は二つの過ちを犯した」
緩んでいた着物を解き、肩から脱ぎ捨てる。一糸纏わぬ姿になりながら、右手を我が胸に当てた。
「一つは私の体に触れたこと。危うく清次郎以外のものに抱かれるところであったぞ」
飲み込んだ結界の力を借りて、私の体そのものを結界とすることで、押さえつけていた霊共を弾くことはできたけれど。もしも結界を飲み込んでいなかったならと考えるとおぞましい。
「二つ目は……」
ざわりと、私の白髪が浮かび上がる。目が見開き、体が膨張していく。
「私の清次郎を傷付けた事だ!! 断じて許さぬ……!!」
仰け反る喉が腫れ上がる。首が伸び、人の皮が破れていく。
体内に張った結界が持たないほどに、私の力が増幅されていく。気付いた悪霊が、こちらを見た時には遅かった。
【消えよ】
広がった口から力を吐き出した。一瞬にして巨大な悪霊を飲み込んでしまう。
逃げる事も、逆らう事も、許さない。
私の姿を見ることも。
空を漂った私は、悪霊が跡形もなく消えたことを見届けてのち、大地へ戻った。誰かに見られる訳にはいかない。
特に、清次郎には。
素速く人に戻った私は、脱ぎ捨てた着物を羽織った。横たえていた清次郎のもとへ戻り、彼がまだ、目を覚ましていないことを確かめ、ホッとした。
「お主にだけは、嫌われとうない……」
精気を取り戻した唇へ、想いを込めて口付けた。
***
清次郎を背負い、助兵衛坊主の海淵が居る場所まで戻った私は、そこに少女しか居ないことに眉を潜める。
「あの助兵衛坊主はどうした?」
【怒られるから先に降りるって】
「……ちっ。逃げおったな」
悪霊の中に居た、彼の魂の半分は戻ったはずだ。喰らわれていた大半の霊達も、それほど力を吸われて居ない者達は戻れたはずだ。
「お主も行け。満足したら逝くのだぞ」
【うん。ありがとう、お兄ちゃん!】
「礼は清次郎に言え」
【代わりにお兄ちゃんが言っておいて! じゃ、私行くね!】
「ああ。達者での」
ふわりと浮かんだ少女を見送り、手を振った。私も早く山を下りようと清次郎を担ぎ上げたのだが。
「……いかん。日頃の運動不足か」
すぐに倒れてしまった。これ以上、清次郎を抱えて歩くことは困難なようだ。身体の能力を上げるために使った力の反動も来ている。
仕方がなく、竹が立っている場所を選び、四隅に札を貼って結界を張る。悪霊は全て消滅しているので、問題はないだろう。人も霊も遮断し、後は雨が降らないことを祈るばかりだ。さすがに雨は弾くことができない。
荷物の中から布を取り出し、清次郎の下に敷いてやった。日が暮れてしまえば、ますます動けない。山の騒動に、村人が役人に知らせをよこしてしまったら何かと面倒だ。
「……清次郎を回復させるしかないか」
そっと覆い被さり、口付ける。硬い唇を割って舌を絡ませ、残っている私の力を注ぎ込む。
「……ぅん……熱い……お前は……ほんに熱い……」
触れ合っているとたまらなくなる。着物の襟元から広げ、手を這わせた。頭部の傷を気にしながら、彼の褌に手を掛ける。
「相変わらず……ぅん……きつく縛りおって」
片手では外れず、両手で解きに掛かる。何とか外した褌を放り投げ、帯紐も緩めた。逞しい体が露わになる。
「……お主になら……」
そっと、自身の秘部に手を当てた。彼の指も、ここに触れたかと思うと体に火が点いた。思い切って突き挿れ、再び広げていく。
「誰ぞに抱かれるくらいなら……お主に抱いて欲しい……のう……」
先ほど、彼は確かに私を抱こうとした。力を注いだため、感度が上がり、そういう気分になっただけかもしれない。
それでも、求めてもらえたのは嬉しかった。邪魔さえ入らなければ、あのまま抱いてくれたのに。
一つになれたのに。
「清次郎……良いか……?」
眠っている彼自身へ唇を寄せた。そっと口に含んでみる。脈打つそれを思い切って口内へ導いた。
「……熱い……清次郎の……熱……」
確か、吸い上げるはずだ。したことが無いので、霊に聞いた話しか知らない私は、歯を立てないよう舐め上げる。清次郎が来てからというもの、その辺を飛んでいた霊に話を聞いては、いつかの時に備えていた。
人との関わり方を知らない私を窘めながら、人としての生活を教えてくれた。
困ったように笑いながらも、私を受け入れてくれた。
「お主なら……清次郎……」
一心不乱に、彼を吸い上げる。息が乱れ始め、時折太股がヒクついている。ちゃんと感じているだろうか。確かめながら愛撫を施していると、立ち上がった彼のモノが硬くそそりたっている。
「……これで、良いはずだが」
後はこれを挿れるだけだ。破裂しそうな心臓を宥めながら、着物を脱ぎ捨て股越した。狙い定めて挿れようと、震える手で試みるけれどなかなか入らない。
「ええい……焦れったい! 何故入らぬ!」
私も、清次郎も、こもった熱に苦しくなってくる。早く繋がりたいのに、私が恐れているのか、手が震えて狙いが定まらなかった。
悪戦苦闘し、ツルリと滑っては握り直す。こうなったら上から座ろう。そうすれば自然と入るかもしれない。
少しだけ後ろへずれ、ドキドキしながら握り直す。
「恐れるな、私! 入る! 絶対入るぞ!」
気合いを入れ、座り込もうとしたその腕を取られた。
心臓が飛び出してしまいそうなほど驚いた。目を見開く私を、同じく目を見開いたままに見つめている清次郎が居る。
「な、何故……俺はいったい……!? これはどういう……!」
「……清次郎……折衝だ! 何も言わずに抱いてくれ!」
「し、しかし……!」
「……ぅ……ぁ……! 我慢の……ぅん……限界……!」
「紫藤様!!」
仰け反った私は、そのまま達していた。彼の胸に白濁を散らしてしまう。
目を丸くした彼は、言葉を失ったように呆然としている。蹲り、達した己に深く項垂れた。
「何と言うことだ……! 一人達するなど……なんたる寂しさ……!」
「紫藤様……俺は……生きて?」
辛うじて言葉を紡いだ清次郎に、涙目になりながら頷いた。
「うむ……生きておる」
「生かして……下さったのですね……」
項垂れていた私を逞しい腕が抱き締めてくれた。胸に抱かれ、彼の匂いを吸い込むと、それだけで熱が戻ってくる。
腫れている彼のモノが私の腹を押した。
「……紫藤様……俺も、体が熱いです」
「……おお! そうか! さあ、来い、清次郎!」
「怖くはありませぬか?」
私の秘部を遠慮がちに触りながら、優しい声音で訊ねてくれる。やはり清次郎はその辺の男達とは違う。
赤くなる頬を意識しながら、思い切り首を横へ振った。
「清次郎を恐れる事など無い!」
「左様で……本当に、よろしゅうございますか? ……俺を抱きたかったのでございましょう?」
なおも問い掛ける彼に笑ってみせる。
「確かに抱きたい。だが、今宵はお主に抱いて欲しい。心より思うておる」
「……承知致しました」
重なった唇。触れるだけの口付けに、顔が真っ赤になる。
「紫藤様……」
抱きかかえられ、仰向けにされた私は、掛かる重みにしがみ付いた。彼の頭部の傷はもう、すっかり良くなっていた。
***
清次郎は真面目な青年だ。
男は女と夫婦になるものだと思っているような、堅物。
そんな彼が。
男である私を抱こうと思ってくれただけでも、凄い進歩なのではと思う。
だから少しぐらいは我慢しなければ。
たとえ引き裂かれそうなほど、痛くても。
我慢しなければ……。
「……つっ! せ、清次郎! 裂ける! 裂ける!!」
「……これは……参りました。これほど狭いとは……」
「お主のが大きすぎるのであろう!」
充分に解したはずなのに。清次郎のモノが私の中に収まりきらなかった。裂けそうな痛みに涙が滲む。
「力を抜いて下さい」
「無理を言うでない! と、とにかく抜いてくれ! 死ぬ……!」
「……承知」
「……っ!!!」
挿れるのも痛いが、抜くのも痛かった。やっと出ていった時には、尻が裂けてしまうかと思ってしまった。荒い呼吸を繰り返す私を心配そうに見つめている。
「やはり男同士というのは無理があるのでは……」
「そ、その様なことはない! 解し方が甘かったのだ!」
「今宵は熱だけを吐き出しましょう。無理をさせたくはありませぬ」
「嫌だ!!」
起き上がり、叫んだ途端、痛みに丸まった。慌てて清次郎が荷物をあさっている。傷薬を取り出し、秘部に塗ってくれる。少し染みるが、滑りは良い。
それを見て閃いた。
「それだ!」
「何がでございましょう」
「それを中にも塗れ!」
四つん這いになり、尻を向けた。
「し、紫藤様……?」
「ほれ、はよう塗ってくれ。それで滑りが良くなるかもしれぬ」
「……は、はい」
尻を高く上げ、より中まで届くようにした。つぷりと挿れられた指に身震いしながらも、なるべく力を抜いた。
「……ぅん……冷たい……の」
清次郎の指が中を行き来している。意識すると体が反応を始めてしまう。
海淵の指とは違い、骨張っている感じがする。程良く長い男の指だ。私の指がひょろりと細いのとは違い、硬い清次郎の指。
「ぅ……ぅん……ふっ……ん」
指が三本になっていた。広げられると、背が仰け反ってしまう。まだ解しているだけなのに。握り拳を作り、堪え忍ぶ。今度こそ、彼と一緒にイキたい。
今夜を逃せば、いつまた清次郎がその気になってくれるかわからない。
「ぁ……ぁん……ん……はぁ……」
一際大きく広げられた。冷たい空気を感じたのは一瞬で、大きな質量を持つモノが挿し込まれている。
「ぁあ……あ……ああ……んあ……!!」
仰け反る背中に温かい存在を感じる。抱き締められ、肩に口付けられる。
「あまり煽って下さいますな……!」
切羽詰まったような彼の声が、耳に心地よく響く。私の胸に手を添え、労るように髪を撫でてくれる。
「清次郎……入ったのだな……?」
「はい……とても熱うございます……」
「私もだ……」
腹に回された手に、自分の手を重ねた。
軽い律動を受け、全身が痺れていく。痛みはなく、むしろ心地良い。
「清次郎……」
「はい」
「前が良い……これではお主が見えぬ……」
「承知致しました」
一度抜かれ、丁寧に私を返した清次郎を眩しく見上げる。この期に及んで、私を愛しんでくれるのか。ずいぶん息が乱れているのに。
私の両足を抱え上げた清次郎は、ゆっくりと入ってくる。入る時だけ少し痛かったけれど、後はもう、大丈夫だった。力を抜き、清次郎に任せる。
「……紫藤様」
「好きなだけ抱いて良い……傷はもう、塞がっておるでな」
「……俺がお守りせねばならなかったのに……」
「私が守りたかったのだ。気に病むな」
覆い被さってきた彼を受け止め、どちらからともなく口付ける。彼の手が私の体を這い、感じさせるように胸の突起をいじり始めた。
唇が下がり、霊共に付けられた跡を消すように口付けている。ピリッと走る痛みに、感じずにはいられない。
「紫藤様……」
熱い吐息と共に呼ばれる。彼の黒髪に手を差し込み、青い瞳を見上げた。
「俺は……」
言いかけて、口を閉ざしてしまった。小首を傾げた私の額に口付け、耳元に囁いた。
「もう……イキまする」
「……来い」
彼の首にしがみ付く。腰をしかと抱いた彼は、互いに達するため私の体を抱き寄せた。
「ぐっ……!」
「ぁあ……!」
中に迸るものを感じ、思わず清次郎の背中を引っ掻いた。痛みに顔をしかめた彼は、それでも私を優しく抱き留めてくれる。
「清次郎……!」
呼べば熱い口付けをくれた。
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