126 / 152
杉野保の先輩観察日記
その4『無自覚イケメン』
しおりを挟むスマホに入った連絡を見ながら、目の前で番の沢村浩介に作ってもらった弁当を豪快に食べている人を見つめた。
「先輩、また一緒にダンスしませんかってお誘い来てますよ」
コンビを組んでいる先輩・琴南慎二は口いっぱいに入れているハンバーグを飲み込みながら笑っている。
「勘弁してくれ」
「ま、今は一刻も早く番さんの所に帰りたいでしょうから、断っておきますね」
署内の同僚に返信を打つ俺に焦っている。
「べ、別に早く帰りたいとか、そういうことじゃなくて」
「じゃ、やります?」
「お前、俺、もう三十代だぞ。そういうのは若い連中がやるから良いんだろうが」
「先輩、肌艶良いし、全然いけますけど」
「お世辞言っても何も出ないからな」
ご飯を口いっぱいに詰め込みながら笑っている。自分がイケメンだと理解していない先輩は、ここ最近で肌艶も髪質も色気も良くなっていることに全く気付いていなかった。
同僚には先輩は遠慮すると伝え、人数が居なければ俺は参加することを伝えておいた。俺がここに移動したその年、忘年会の余興を任され、同僚にも参加してもらったから。
そして、頼み込んで琴南先輩にも参加してもらった。その時、先輩のずば抜けた能力を目の当たりにした。
「いや、ほんっと先輩って凄いですよね」
「ん?」
「たまにはとぼけた姿も見てみたいと思ったんだけどな-」
彼女お手製の弁当を口に詰め込みながら、あの日のことを思い出していた。
~*~
移動の年の忘年会の余興担当になってしまい、俺ができることと言えば高校生の時にやっていたダンスくらいだった。先に署内に居た同僚と、同僚の友達にも声をかけてもらい、俺を含めてダンス経験者五人が揃った。
人気グループのダンスを完コピするためには、あと一人必要で。顔が良くてすぐ捕まるといえば琴南先輩しかいなかった。
最初はかなり渋られた。ダンスをしたこともなければ、カラオケで歌ったこともないから、と。踊りながら歌うという、難易度が高いことはできない、と。
毎日頼み込み、しぶしぶ受けてくれた。休みを合わせ、公園に集合し、俺達が柔軟運動をしている間、先輩には人気グループの歌って踊っている映像を見てもらっていた。
それぞれ、振りを確認しながら数回踊っていると、映像を見ていた先輩が立ち上がった。
「まあ、なんとなくは分かったよ」
俺達に混ざって、一度、通して踊ってみることになった。多少、間違えてもぶつからないよう、俺達の方が気をつけなければ、と思っていた。
でも、その心配はまったく無用のものだった。琴南先輩は、自分が担当するパートを完璧に覚えていた。担当のダンサーの癖や歌い方までコピーしてしまった。
音痴だったら面白いのに、歌まで上手い上に声も良い。公園に居た若い奥様達が俺達、というより琴南先輩を見て黄色い悲鳴を上げていた。
同僚もその友達も、あまりの上手さに驚きすぎて終わっても声が出なくて。
「あれ、間違えてたか?」
確かめようと、映像を見に行こうとした先輩の背中を思わず叩いてしまった。
「化け物ですか!!」
「いってーな!」
「いや、マジこわっ!!」
ダンス経験も、カラオケ経験もない人間が、俺達より先に踊って歌えるようになるなんて誰が思うだろう。ハッとしたように同僚達も先輩に詰め寄った。
「琴南さんって本当に素人ですか!?」
「やったことないけど……」
「すっげー! キレッキレじゃないですか!」
「歌上手すぎて腰が砕けるかと思いましたよ!」
「セクシーすぎますって!」
「大袈裟だな」
笑っている先輩は、自分が化け物だと気付いていなかった。奥様達が集まってきていることも。
一度、休憩するため輪になって座った。同僚達は皆βだったから、顔合わせの時、男Ωの先輩に遠慮していたけれど、すっかり男の先輩の虜になっていた。
「先輩が運動神経良いのは知ってましたけど、こう、完璧にされると俺達の立場が無いっていうか」
「そんなこと言われてもな。お前が覚えろって言うから覚えたんだろうが」
ペットボトルからお茶を飲みながら苦笑している。片膝を立てている先輩に、同僚達が詰め寄った。
0
お気に入りに追加
342
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
気付いたら囲われていたという話
空兎
BL
文武両道、才色兼備な俺の兄は意地悪だ。小さい頃から色んな物を取られたし最近だと好きな女の子まで取られるようになった。おかげで俺はぼっちですよ、ちくしょう。だけども俺は諦めないからな!俺のこと好きになってくれる可愛い女の子見つけて絶対に幸せになってやる!
※無自覚囲い込み系兄×恋に恋する弟の話です。
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
貢がせて、ハニー!
わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。
隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。
社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。
※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8)
■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました!
■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。
■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。
イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?
すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。
病院で診てくれた医師は幼馴染みだった!
「こんなにかわいくなって・・・。」
10年ぶりに再会した私たち。
お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。
かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」
幼馴染『千秋』。
通称『ちーちゃん』。
きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。
千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」
自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。
ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」
かざねは悩む。
かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?)
※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。
想像の中だけでお楽しみください。
※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。
すずなり。
膀胱を虐められる男の子の話
煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ
男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話
膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる