抱き締めても良いですか?

樹々

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抱き締めても良いですか?

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「こらこら、どうした、私の心臓」
「桃ノ木さん?」
「ああ、こっちの話」
 心拍数が上がっている。熱いコーヒーを飲んで落ち着かせようとしたけれど上手くいかない。目の前の、若い男Ωの子が、私の心臓を騒ぎ立てている。
「困ったな」
「あ、そ、そうですよね。迷惑、ですよね……」
「君、彼氏は? 居るの?」
「……振られました。僕も、少し無理してたから……」
 フォークを置くと俯いてしまった。
「無理?」
「男Ωと付き合ってくれるαって、なかなかいなくて……。やっと付き合ってくれる人を見つけたけど……この間のことで誤解されて……」
 また男を誘ったのかと怒鳴られ、別れたと言う。肩を落とすその体に手を伸ばしそうになって、ペシッと自分で叩いて止めた。
 本当に、私はどうしたのだろう。大きめに切ったショートケーキを口に入れた。糖分摂取をして脳を活性化させなければ。
「……ヒートの時、あんな風に守ってもらったことが無くて」
 ポツリと、呟いた男Ωの子。膝に置いた手が震えている。
「番を持っている人だと思ってたけど、マスターに聞いたらまだ番は居ないって聞いて……」
 そっと顔を上げている。私を見つめた男Ωの子は、紅い唇を噛み締めた。
「好きに……なりました! ごめんなさい……!」
 勢い良く席を立った彼は、頭を下げると帰ろうとした。
 その細い腕を、思わず捕まえた。引き寄せてしまう。座ったまま見上げた顔には、涙が流れていた。
「どうして泣くの?」
「ご、ごめんなさい……」
「謝ることないでしょう?」
 手で拭ってやると濡れた瞳が見つめてくる。
「気持ち悪く……ないですか?」
「どうして?」
「男Ω……だから」
「私の先日のお見合い相手は、筋肉質な男Ωだったよ」
 残っている涙を拭ってやると美人が復活した。なんとなくサラサラしている髪を撫でてしまう。
「うーん……よしっ」
 立ち上がると右手を差し出した。
「お付き合いから、してみよう」
「……ぇ」
「お恥ずかしながら、仕事が忙しくて付き合ったことがなくて。Ω病棟ができるまであまり時間を取ってあげられないかもしれないけど、それでも良ければ」
 この子が気になっている。その気持ちを今は受け入れてみよう。
 琴南慎二の存在が、まだ心に引っかかってはいる。けれど、これほど熱烈に告白されたら、心が動くかもしれない。
 差し出した私の右手を見つめた男Ωの子は、両手で包むように握ってきた。ふわりと笑っている。

 心臓が、口から飛び出す勢いで飛び跳ねた。

「嬉しいです……!」
 ギュッと握られた右手が震えてしまう。
「あの、僕、寺島茜って言います。桃ノ木さんのお仕事の邪魔はしません。僕も医者になりたくて……あの?」
 震えている右手に気付いた茜が心配そうに見つめてくる。目の前に居る茜の存在に、腰から崩れ落ちてしまった。
「え!?」
 左手で顔を覆ってしまう。こんなことは初めてだった。
 今まで、それなりにモテてきた。高校生の時はたくさんのΩに告白をされた。可愛い子だって居た。
 でも、笑った顔にこれほど腰が砕けたことはない。慎二でさえ、良いな、と思ったくらいで砕けたりはしなかった。
「だ、大丈夫ですか? 気分が悪いんですか?」
 一緒にしゃがんだ茜の顔をまじまじと見つめてしまう。
「参ったな……やられた」
「あの……」
「急にごめんね。君を抱き締めても良いですか?」
 私の問いに、戸惑いながらも頷いてくれる。しゃがんだまま抱き込むと、細い体はすっぽり収まった。その体温はとても心地良い。
 なんとなく背中を撫でてみた。茜がそっと肩に顔を乗せてくる。細い両腕が遠慮がちに私の腰に回った。抱き締める腕に力を込めてしまう。
「前言撤回。茜さん」
「は、はい」
「明日、時間ある?」
「夕方からなら」
「うん、デートしよう」
 おでこを付き合わせながら誘えば、またふわりと笑ってくれる。
「はい!」
 花開くような可愛い笑顔に、私は完全に恋に落ちていた。

~*~

「ぅん?」
 薄暗い室内で目が覚めた。腕の中にはよく眠っている茜が居る。私が愛し育てたΩは新しい命を宿している。
「夢、か……可愛かったな~」
 今より細くて、αを恐れていた頃の茜。私に番になりたいと叫んだ姿を今も覚えている。結果的に、私の方が茜に惚れ込んでしまった。
 笑っている顔が、あまりにも眩しくて。これほど私に気を許してくれた子を守りたくて。自然とお互いに番になることを意識した。お互いの両親にも紹介し合い、番になった。
 そして今では子供もできた。無事に育つよう、サポートを頑張らなければ。
「茜さん似になりますように」
 お腹を擦ると目を閉じる。安心して眠る私のΩを抱き締めた。
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