抱き締めても良いですか?

樹々

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抱き締めても良いですか?

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「じゃあな、杉野」
「お疲れ様でした。マジで気をつけて下さい。気安く人に親切にしたら駄目ですよ」
「わかった、わかった」
 ヒラヒラ手を振って車に乗りこんだ。杉野も自分の車に乗りこむと、俺が出るまで待っているので先に出た。真っ直ぐにマンションへ向かう。
 被害者を、もう出したくない。
 次、狙われる可能性があるのが男Ωなら。
「……杉野に読まれたか」
 俺が惹きつけられないか、と思っていた。防犯カメラの少ない場所で張っていたら遭遇できるのではないかと思って。もちろん、自己犠牲にするつもりはない。杉野や他の警察官に見張ってもらったうえで、だ。
 それでも、ヒートにはなってしまうだろう。杉野に釘を刺されてしまうとは。
「成長したな、あいつも」
 自分を囮にするのは止めよう。マンションに辿り着く頃には日付が変わろうとしていた。もう、浩介も寝ているだろうと思っていたけれど、起きて待っていた。
「ただいま。寝てて良かったのに」
「連絡が無いものですから心配で」
「ごめん。捜査に集中してた。暫く遅くなると思うから、先に寝てて良いからな」
「……抱き締めても良いですか?」
 靴を脱いで上がった俺に、浩介が両腕を広げている。その腕の中に入ってやった。
「断らなくて良いって」
「はい……」
「心配掛けてごめん。ちゃんと、連絡する」
「そうして下さい」
 抱き締める腕は強かった。少し、震えている気がして。
「どうした?」
「……何でもありません」
 俺の肩に顔を埋めたまま動かない。広い背中をポンポン、叩いてやった。
「大丈夫。俺は強い」
「知っています。ですが、抗えないものもあるでしょう?」
「そうだな。お前の腕はバッキバキで動けないな」
 笑った俺に、やっと腕を放してくれた。遠慮がちに頬に触れられる。
「夕飯は?」
「腹減ってるけど、先にシャワー浴びてくるよ」
「分かりました。その間に温めておきます」
「いいって。先に寝てろ。お前だって仕事あるだろう?」
「あなたが食べ終わるまで待ちます」
 浩介はそう言うと、キッチンへ向かっている。寝ろといってもききそうにないので、急いでシャワーを浴びに行った。
 先に入っていたはずなのにパジャマを着ていなかった。シャツにスラックスを着ていたのは、俺に何かあった時にすぐに出られるためだろう。もしかしたら、そろそろ探しに出ようとしていたのかもしれない。

『浩介君に気をつけてあげてほしい』

 瑛太の言葉が蘇る。浩介は桃ノ木病院で働いている。事件のことは知っているはずだ。俺に何かあったのかもと、気を揉んでいたのかもしれない。
 慌ただしく体を洗うとリビングへ戻った。温められたスープとハンバーグに腹が鳴る。
「寝る前に食うと太るかもな」
「太っても構いません。あなたが居て下さるなら」
「……お前、殺し文句も覚えたな」
 椅子に座るとビールを開けようとしている。
「あ、暫く酒はいい。呼び出しがあるかもしれないから」
 犯人が愉快犯であるなら動く可能性が高い。いつでも出られるようにしておきたい。
 ハンバーグを頬張った俺をじっと見つめた浩介は、何か言いたそうに口を開き掛けた。けれど何も言わずにいる。食べる俺を見つめ続けている。
「捜査から外れろ、って言いたいんだろう?」
「……はい」
「先輩達にも言われた。でも、俺は捜査に加わる」
「言ってもきかないということは、分かっています」
「俺はΩを守りたい。五人目の犠牲者は出したくない」
「……はい」
 俺の言葉に頷いてくれた。
「無茶だけはしないで下さい」
「分かってる。杉野にも釘さされたよ。皆、心配性だな」
 笑った俺に、浩介は笑わない。どうしてか、泣きそうな顔をしていて。握っていた箸を置いた。
「浩介。俺に話したいことが無いか?」
「……いえ、何も」
「そう、か。分かった」
 無理には聞かない。浩介が話したいと思ったら、話してくれたら良い。残りの夕飯を詰め込むと歯を磨きに行った。いつでも出られるようにしておかなければ。
 リビングに戻ると、浩介はパジャマに着替えていた。明かりを消して、俺の手を握って歩いて行く。ベッドに二人で寝転ぶと、腰を抱き寄せられていた。
「……甘えん坊だな、今日は」
「あなたが……消えてしまいそうで」
「消えないさ。ここに居る」
 胸元に顔を埋めている浩介の背中を撫でてやった。しがみつく力は強い。子供のような姿に戸惑いながらも、頼ってくれる浩介を守りたくて抱き締めた。
「大丈夫。大丈夫だから」
「……はい」
 何度も背中を撫でていると、やがて浩介は眠ってしまった。腰に回った彼の重たい腕を感じながら俺も瞼を閉じて眠った。
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