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抱き締めても良いですか?
14.遅まきの恋人生活
しおりを挟む警察署内の休憩スペースで項垂れていた。食べ終わった弁当箱は仕舞っている。テーブルにつっぷしていた俺に、後輩の杉野が笑っている。
「最近、百面相が凄いですね」
「聞かないでくれ……」
浩介が酒を飲んでくれなくなった。俺が泣いてしまったのがよほどショックだったようで、あれは快感が過ぎて自然と流れただけだから気にするなと言ってもきかない。頑なに飲まなくなってしまった。
どうすれば飲ませられるだろう。ほろ酔い気分の浩介を見たいのに、秘書面に戻ってしまった。テーブルにつっぷしたまま動けない。
「先輩、そんな時は一勝負いきましょう」
杉野が肘を突いて見せている。
「……鍛えてきたか?」
「はい。今日こそ勝ちます!」
起き上がると俺も肘を突いて手を握った。ガッシリ組んだ俺と杉野に、近くで休憩していた同僚達が集まってくる。
「おっ! 久しぶりだな! 杉野、今度こそ勝てよ!」
「もちろんです!」
「琴南、負かしてやれ!」
「俺に勝つにはまだ早いぞ」
同僚が俺達の手に重ね、合図を出してくれる。
「レディー……ゴー!」
グッと杉野の手に力が入る。受け止めた俺に、力尽くで倒そうとしている。
腕の長さと体格では、杉野の方が上だ。でも、腕相撲は腕力だけでは勝てない。拳を巻き込むように倒すと、杉野の手の甲をテーブルに押しつけた。
「あー!! また負けた!!」
「琴南つえーな!!」
「まだまだ甘いな、杉野」
「くっそ――!!」
今度は杉野がつっぷしている。同僚に肩を叩かれながら、ポンッと頭を叩いてやった。
「お前、癖があるんだよ」
「癖?」
「握った手が反ってる。それじゃ力がちゃんと入らない」
「……もう一回勝負!」
「受けて立とう」
第二ラウンドに周りが盛り上がっている。ジュースを賭けている者までいた。先ほどの同僚に合図を出してもらい、二回戦に突入する。
「レディー……ゴー!」
俺の指摘をちゃんと治して、手を巻き込むように握ってくる。先ほどより強く押されている。若干、俺の手が傾いた。
「行けるぞ、杉野!」
「琴南、踏ん張れ!」
声援を受けながら、必死に俺を倒そうとしている杉野の顔を確認し、手首の力を込めると巻き込んでいた杉野の手を反らせ、一瞬、力が緩んだ隙に一気に押し倒した。
「あ――!! やっぱ駄目か――!!」
「ジュース奢れ、ジュース!」
外野が盛り上がっている中、杉野は項垂れた。
「クッソー! 何でそんなに強いんですか!」
「まあ、浩介と一緒に鍛えてるからな。家にトレーニング機器があるし。でも俺も、浩介には勝ったことないんだよな」
勝負が終わったからか、皆が戻っていく。お祝いに貰ったコーヒーを受け取りながら笑った。
「番さん、ムキムキですよね。スーツ着てても分かるくらい」
「バッキバキだよ。あいつは桃ノ木家に降りかかる災いを許さないからな」
「その中に先輩もいるんでしょう」
「まあ、な?」
コーヒーを飲みながら受け流した。杉野も起き上がっている。
「先輩も細マッチョだし。筋肉カップルってことですか」
「あいつ、俺が男でも女でも気にしないってさ」
「バカップルー」
「拗ねるな拗ねるな。そのうち勝てるさ」
ジュースを買いに席を立っている。苦笑しながら、足を組んでまったりした。バカップル、確かにそうかもしれない。
どうにか浩介を俺に甘えさせようと奮闘しているのだから。浩介は、俺を甘やかしたいらしいが。
お互い、甘えて欲しいとは。
笑いが出てしまう。
「……こわっ」
「いちいち突っ込むな」
「すみません。女性陣が、イケメンΩの琴南先輩が、足を組んでミステリアスに物思いにふけっててカッコイー! って騒いでましたよ」
「へー。俺、イケメンって言われてるのか?」
「自覚無し? やだやだ。無自覚イケメンこわーい」
杉野が可愛く突っかかってくる。負けて悔しいと思うのは良いことだ。次、勝ちたいと努力する言動源になる。むすくれている可愛い後輩の、頭を撫で回してやった。
「今度一緒にジムでも行くか?」
「……遠慮しておきます。番さんの無言のプレッシャーで焼け焦げますから」
秘密の特訓で、今度こそ勝ってみせると息巻いている。オレンジジュースを飲んでいる杉野は、時計を確認すると立ち上がった。
「そろそろ休憩終わりですね」
「ああ。行こうか」
俺も立ち上がる。今日も午後から巡回に出る予定だった。
「ま、頑張れ」
「くっそ! 絶対次は勝ちますからね!」
「俺も浩介に勝ちたいな」
勝って、酒を飲ませたい。
だが、浩介の腕はバキバキで、俺が握ってもビクともしなかった。俺はそんなに弱いのかとショックを受けていたけれど、杉野や他の同僚や先輩には勝ててしまった。浩介が馬鹿みたいに強かったせいで、俺は知らない間に鍛えられていた。
「浩介としてみるか?」
「やです。腕折られそう」
「お前、浩介を何だと思ってるんだよ」
「先輩大好き鉄仮面」
「何だそれ」
笑ってしまう。パトカーに乗りこむと、仕事モードに切り換えた。
「行くぞ」
「はい」
おしゃべりはここまでだ。犯罪を減らすため、今日も巡回へ出た。
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