抱き締めても良いですか?

樹々

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抱き締めても良いですか?

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***

 朝になり、出勤してきた浩介がドアを開けている。ソファーで力尽きていた私に驚いて駆け寄ってくる。
「どうされましたか? 緊急オペでもありましたか?」
「浩介君、聞いてない? 真澄が大人になったんだよ!!」
「……何ですって」
 浩介の目が鋭く尖る。続いて入ってきた茜が慌てて訂正している。
「もう! 沢村さんが誤解するでしょう! 瑛太さんが提案したことをしただけですよね?」
「全くもって失言だった!!」
 浩介に抱きついた。受け止めてくれる友達に泣いてしまう。
「何をおっしゃったんですか?」
「味覚を治すのに、Ωが直接触れたら良いんじゃないかって言っちゃって……」
「それで?」
「キスをしただけですよ。愛歩君は、真澄君に治って欲しかっただけだと思います」
 茜に引き戻され、膝枕をしてもらった。大切な弟のファーストキスが、私の失言で失われてしまった。
 でも。
「感謝してる。今朝、真澄から電話があったよ」
 茜に頭を撫でてもらいながら浩介を見つめた。
「味覚が、治ってるって。朝ご飯がすっごく美味しかったって」
「……本当に?」
「うん、これから真澄に会いに行こう」
 起き上がり、茜のおでこにキスをした。
「行ってくるね」
「はい。行ってらっしゃい」
 茜は笑って見送ってくれた。
 夜勤上がりに、浩介と一緒に実家へ向かった。助手席でそわそわしてしまう。運転している浩介も、口角が少し上がっていた。嬉しいのだろう。
 実際に真澄が食べている所が見たい。気持ちが急いてしまう私達は、家に着くと真っ直ぐに真澄の部屋を目指した。
「真澄!」
「あ、お帰りなさい、兄さん、浩介さん」
 ソファーに座っていた。隣に滑り込む。
「本当に、味覚が戻っているの? 愛歩君を庇うためじゃないよね?」
「もう、疑り深いな。今朝はね、スムージーとお粥と、野菜スープだったよ。愛歩君がいないからヘルシーにしたって」
「何味だった?」
「スムージーの中にたぶんバナナが入ってたと思う。野菜スープはカレー味だったよ。子供の頃、僕が好きだったからかな」
 味覚がまだあった時の記憶で味を思い出そうとしている。嘘をついているようには見えない。私達が話している間に、浩介が果物を取ってきていた。カットされたリンゴとメロンを置いている。
「どうぞ」
「ありがとう、浩介さん」
 真澄は躊躇いなくリンゴを口に入れた。もごもご噛むと笑っている。
「甘いよ」
「……真澄」
「リンゴもメロンも、甘くて美味しいよ」
 いつも苦しそうに飲み込んでいた。どんなに甘い果物も、浩介お手製の美味しいケーキも、いつしか感じることができなくなった真澄。
 右手を見れば噛んだ跡がある。小さな傷でも、真澄には命取りになる。血が止まらず、流れ続けてしまうからだ。
 それが、自分の力で血を止めている。確実に、体が変化してきている。

 これが、運命の番の力なのか。

「……兄さん、泣かないでよ」
「だって……お前が笑って……食べて……!」
「うん。愛歩君のおかげだね。傷も、もう怖くないよ」
「ああ! 本当に! 素晴らしい!」
 愛しの弟を抱き締めた。浩介がへたれたようにしゃがみ込んでいる。その広い肩を抱き寄せると三人で抱き合った。私達は兄弟のようなものだから。
「浩介さん、いつもありがとうございました。可愛いお弁当作ってくれて」
「私は……大したことは……!」
「兄さんも、綺麗なゼリーや可愛いケーキを選んでくれてありがとう」
「泣くよ……泣くから止めて……!」
 真澄の優しい言葉に涙が止まらない。どうかこのまま、味覚が戻ったままでありますように。真澄がもっと元気になって、外に出られますように。
 願うように抱き締めた。抱き返すその両腕は、力強かった。
「そうだ、真澄。お前のタオルちょうだい」
 零れてしまった涙を拭きながら、忘れてはいけないことを思い出す。
「僕のタオル?」
「うん。枕カバーとかも良いな。浩介君」
「はい」
 浩介が洗ったタオルを取ってくると、真澄の首に巻いている。そうして昨晩、真澄が寝ていた枕カバーを外している。持ってきていたビニール袋に入れた。
「そのタオルも持っていくから」
「何に使うの?」
「愛歩君のヒート強いから、きっと辛いと思う。真澄との相性が良いからね、プレゼント」
「それなら新しいタオルの方が」
「いいや? 真澄が良いんだよ」
 タオルをなるべく真澄の肌に当てた。不思議そうにしながらも、愛歩のためだと言うとタオルにスリスリしている。ちょっと焼けるけれど、真澄の舌を治してくれたお礼だ。
 今日は夕方から出勤だから、久しぶりにお昼を一緒に食べようと思う。
「私は戻ります。これを届けて参ります」
「うん、ありがとう」
 浩介には秘書の仕事もある。タオルと枕カバーを手に戻っていった。心なしか足取りが軽い。
「血液採らせて。検査したい」
「うん」
 骨と皮のようだった真澄の腕は、肉付きが良くなり力強く脈を打っていた。

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