34 / 152
抱き締めても良いですか?
12-2
しおりを挟む***
朝になり、出勤してきた浩介がドアを開けている。ソファーで力尽きていた私に驚いて駆け寄ってくる。
「どうされましたか? 緊急オペでもありましたか?」
「浩介君、聞いてない? 真澄が大人になったんだよ!!」
「……何ですって」
浩介の目が鋭く尖る。続いて入ってきた茜が慌てて訂正している。
「もう! 沢村さんが誤解するでしょう! 瑛太さんが提案したことをしただけですよね?」
「全くもって失言だった!!」
浩介に抱きついた。受け止めてくれる友達に泣いてしまう。
「何をおっしゃったんですか?」
「味覚を治すのに、Ωが直接触れたら良いんじゃないかって言っちゃって……」
「それで?」
「キスをしただけですよ。愛歩君は、真澄君に治って欲しかっただけだと思います」
茜に引き戻され、膝枕をしてもらった。大切な弟のファーストキスが、私の失言で失われてしまった。
でも。
「感謝してる。今朝、真澄から電話があったよ」
茜に頭を撫でてもらいながら浩介を見つめた。
「味覚が、治ってるって。朝ご飯がすっごく美味しかったって」
「……本当に?」
「うん、これから真澄に会いに行こう」
起き上がり、茜のおでこにキスをした。
「行ってくるね」
「はい。行ってらっしゃい」
茜は笑って見送ってくれた。
夜勤上がりに、浩介と一緒に実家へ向かった。助手席でそわそわしてしまう。運転している浩介も、口角が少し上がっていた。嬉しいのだろう。
実際に真澄が食べている所が見たい。気持ちが急いてしまう私達は、家に着くと真っ直ぐに真澄の部屋を目指した。
「真澄!」
「あ、お帰りなさい、兄さん、浩介さん」
ソファーに座っていた。隣に滑り込む。
「本当に、味覚が戻っているの? 愛歩君を庇うためじゃないよね?」
「もう、疑り深いな。今朝はね、スムージーとお粥と、野菜スープだったよ。愛歩君がいないからヘルシーにしたって」
「何味だった?」
「スムージーの中にたぶんバナナが入ってたと思う。野菜スープはカレー味だったよ。子供の頃、僕が好きだったからかな」
味覚がまだあった時の記憶で味を思い出そうとしている。嘘をついているようには見えない。私達が話している間に、浩介が果物を取ってきていた。カットされたリンゴとメロンを置いている。
「どうぞ」
「ありがとう、浩介さん」
真澄は躊躇いなくリンゴを口に入れた。もごもご噛むと笑っている。
「甘いよ」
「……真澄」
「リンゴもメロンも、甘くて美味しいよ」
いつも苦しそうに飲み込んでいた。どんなに甘い果物も、浩介お手製の美味しいケーキも、いつしか感じることができなくなった真澄。
右手を見れば噛んだ跡がある。小さな傷でも、真澄には命取りになる。血が止まらず、流れ続けてしまうからだ。
それが、自分の力で血を止めている。確実に、体が変化してきている。
これが、運命の番の力なのか。
「……兄さん、泣かないでよ」
「だって……お前が笑って……食べて……!」
「うん。愛歩君のおかげだね。傷も、もう怖くないよ」
「ああ! 本当に! 素晴らしい!」
愛しの弟を抱き締めた。浩介がへたれたようにしゃがみ込んでいる。その広い肩を抱き寄せると三人で抱き合った。私達は兄弟のようなものだから。
「浩介さん、いつもありがとうございました。可愛いお弁当作ってくれて」
「私は……大したことは……!」
「兄さんも、綺麗なゼリーや可愛いケーキを選んでくれてありがとう」
「泣くよ……泣くから止めて……!」
真澄の優しい言葉に涙が止まらない。どうかこのまま、味覚が戻ったままでありますように。真澄がもっと元気になって、外に出られますように。
願うように抱き締めた。抱き返すその両腕は、力強かった。
「そうだ、真澄。お前のタオルちょうだい」
零れてしまった涙を拭きながら、忘れてはいけないことを思い出す。
「僕のタオル?」
「うん。枕カバーとかも良いな。浩介君」
「はい」
浩介が洗ったタオルを取ってくると、真澄の首に巻いている。そうして昨晩、真澄が寝ていた枕カバーを外している。持ってきていたビニール袋に入れた。
「そのタオルも持っていくから」
「何に使うの?」
「愛歩君のヒート強いから、きっと辛いと思う。真澄との相性が良いからね、プレゼント」
「それなら新しいタオルの方が」
「いいや? 真澄が良いんだよ」
タオルをなるべく真澄の肌に当てた。不思議そうにしながらも、愛歩のためだと言うとタオルにスリスリしている。ちょっと焼けるけれど、真澄の舌を治してくれたお礼だ。
今日は夕方から出勤だから、久しぶりにお昼を一緒に食べようと思う。
「私は戻ります。これを届けて参ります」
「うん、ありがとう」
浩介には秘書の仕事もある。タオルと枕カバーを手に戻っていった。心なしか足取りが軽い。
「血液採らせて。検査したい」
「うん」
骨と皮のようだった真澄の腕は、肉付きが良くなり力強く脈を打っていた。
0
お気に入りに追加
342
あなたにおすすめの小説
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
完結・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら、激甘ボイスのイケメン王が甘やかしてくれました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
ダブルスの相棒がまるで漫画の褐色キャラ
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
ソフトテニス部でダブルスを組む薬師寺くんは、漫画やアニメに出てきそうな褐色イケメン。
顧問は「パートナーは夫婦。まず仲良くなれ」と言うけど、夫婦みたいな事をすればいいの?
純情なる恋愛を興ずるには
有乃仙
BL
事故に遭い、片足に後遺症が残ってしまった主人公は、陰口に耐えられず、全寮制の男子校へと転校した。
夜、眠れずに散歩に出るが林の中で迷い、生徒に会うが、後遺症のせいで転んだ主人公は、相手の足の付け根の間に顔が埋まってしまう。
翌日、謝りに行くものの、またしても同じことが起きてしまう。
それを機に、その生徒と関わることが増えた主人公は、抱えているものを受け入れてもらったり、彼のことを知っていく。
本来は、コメディ要素のある話です。理由付けしたら余分なシリアスが入ってしまいました。主人公の性格でシリアスをカバーしているつもりです。
話は転校してからになります。
主人公攻めで、受けっぽい攻め×攻めっぽい受け予定です。
きみがすき
秋月みゅんと
BL
孝知《たかとも》には幼稚園に入る前、引っ越してしまった幼なじみがいた。
その幼なじみの一香《いちか》が高校入学目前に、また近所に戻って来ると知る。高校も一緒らしいので入学式に再会できるのを楽しみにしていた。だが、入学前に突然うちに一香がやって来た。
一緒に住むって……どういうことだ?
――――――
かなり前に別のサイトで投稿したお話です。禁則処理などの修正をして、アルファポリスの使い方練習用に投稿してみました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
傷だらけの僕は空をみる
猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。
生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。
諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。
身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。
ハッピーエンドです。
若干の胸くそが出てきます。
ちょっと痛い表現出てくるかもです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる