妖艶幽玄奇譚

樹々

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メリー・クリスマス

聖夜の優しい嘘-Ⅰ

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 都会の一角に構えた一軒家。政府が買い取った広大な土地の中にあるこの家は、江戸時代と呼ばれる頃から生きる私と、付き従う清次郎のための家だ。
 そして。
 ここは霊達の安らぎの場所でもある。
 私が留まる土地は不思議と霊力が溜まっていく。通常なら、そういった場所では悪霊へ変わりやすくなるのだが、ここは違う。混沌としていた霊達も、ここへ来ると溜まってしまった力が薄れ、正気を取り戻す。
 だから代々の特別機関の隊長達は、私達にこの土地に留まって欲しいと願う。時にはここへ悪霊を呼び寄せ、溜まった力を削いで送ることもある。私もここでなら人の目を気にせず力を使えるので異存は無い。
「紫藤様、申し訳ありませぬが、リースを取って頂けないでしょうか?」
「うむ」
 せっせとクリスマスに向けて飾り付けをしている清次郎は、私が渡したリースをドアに飾っている。花や鈴を付けたリースは実に華やかだ。
 庭にはすでに設置されたクリスマスツリーが存在を示している。これからそのツリーにも飾りを付けていく。去年使った飾りを箱から出している清次郎の周りには、影の無い子供達が群がっている。
 霊感の無い清次郎には見えない子供達。故に予め、力を与え見えるようにしている。時折笑っている清次郎と子供達を見守りながら、庭に置いている椅子に座った。

 清次郎は、クリスマスというものをあまり好んではいなかった。

【今年も派手になりそうだね】
「そうだの。子供らはきらきらした物が好きだと言うてな。壊れた物があった故、買い足したついでに少し増やしておる」
【いいね~。大人でも見てると気分が晴れるよ】
 去年も、ここでクリスマスツリーを眺めていた男は、ふわふわ浮きながら笑っている。
【ここは良い。温かい。死んでるけどさ】
 肩を竦めた男は、空を見上げている。もうそろそろ日が傾き始める。清次郎は手早く飾り付けを進めている。

『サンタクロースという者は、良い子にプレゼントを届けるそうです。では、貰えなかった子は? 悪い子だと?』

 日本に異国の文化が流れ込み、物が豊かになった頃。クリスマスという風習も広がっていった。本来の意味が何であるかは知らないが、サンタクロースが良い子にしているとプレゼントを贈るという。
 良い子にしないとプレゼントを貰えない、サンタクロースは来てくれない、親は子に言い、子供達は良い子でいようとする。いつしか定着したその風習が、清次郎は嫌いなようだった。
 数年前まで、クリスマスのためのツリーを飾ることも、ケーキを買うこともなかった。いつもの日常として過ぎていったクリスマスだったのだが。
「紫藤様! どうでしょうか?」
 飾り付けを終えた清次郎は、薄暗くなった中で光を灯している。赤や黄色、青色のランプがランダムに点灯し、ツリーの上部には大きな星も飾られている。
 雪だるまの形をした飾り、大きな赤い鈴、小さなリース等がふんだんに飾り付けられている。清次郎力作のクリスマスツリーの周りを子供達が飛び回っている。
【兄ちゃん凄い!】
【きれー!】
【触りたいなー】
 大きなツリーの周りを楽しげに飛び回る子供達は、皆、この世の者ではない。すでに死んでしまった彼らは、点滅する明かりに喜んでいる。
「今年も立派な物になったの」
「子供らが喜んでくれて良かったです」
 青い瞳を細めて笑っている清次郎。その大きくて無骨で優しい手を握った。


~*~


 特別機関の隊長・伊達政宗から連絡があった。私と清次郎が買い物に出ていた場所の近くで、そろそろ悪霊になりそうな霊が居る、と。
 今日はクリスマス・イブだった。多くの人が行き交う賑やかな中で、朧気な霊を見つけるのはなかなか至難の技だった。清次郎が特別機関と連絡を取り合いながら霊を探した。
 悪霊に変わってしまえばすぐに分かるが、霊力を観測できるようになってからは、悪霊になる前の段階で送り届けることが可能となっている。できるだけ間に合わせ、苦しませないようにしてやりたい。
 早く見つけてやらなければと目を凝らしていた私は、街の広場に設置された、大きなクリスマスツリーの側で佇む子供の霊を見つけた。たくさんの人がツリーを見上げ、写真を撮り、笑っているその中で、子供の霊はぼんやりと佇んでいる。
「あの者のようだの」
 意識が混濁しているように見える。困ったことに、周りに一般人が多く居る。清次郎と供に子供の霊に近づくと話し掛けた。
「どうした、このツリーが気に入ったのかの?」
 清次郎には力を与えていない。見えない彼は、私の視線から子供の位置を確認し、周りが怪しまないよう挟むように立っている。
「大きなツリーですね」
 相槌を打って見せた清次郎。しゃがんだ私は、子供と同じ目線になってみる。
「お主はそろそろ、旅立たねばならぬ。私が送ろう」
【お兄ちゃん、僕が見えるの?】
「うむ。あまり長い間、この世に居ては苦しかろう。このまま過ごせば、お主がお主ではなくなるぞ」
【……?】
「ふむ。いかんの、私の言葉は難しいか」
 なるべく現代の言葉を覚えようとしてはいるが、なかなか上手くいかない。清次郎に力を与え話してもらいたいが、ここは往来の場。彼は恥ずかしがるだろう。
「良いか、目を閉じよ・・・目を閉じて。しばし……少し? 待つ」
【……兄ちゃん、変なの】
 笑った子供は少し揺らいだ。ぼんやりとまたツリーを見上げている。
「ここは寂しいだろう? 目を閉じて、じっとしていて欲しい。そうすれば、苦しいことから解放される」
 清次郎もしゃがみ込むと、子供の霊が居る方を見つめている。ぼんやりしていた子供は、小さな手を伸ばした。
【ここで待っていたら、サンタクロースさんが見つけてくれると思うんだ】
「サンタクロースとな?」
 子供は頷いている。
【僕が良い子じゃなかったから、去年は来てくれなかったんだー】
 そう言った子供の霊力が不安定になり始めた。清次郎の携帯電話が鳴っている。特別機関の誰かと話しているのだろう。
「紫藤様、そろそろ危ないそうです」
「うむ。目を瞑れ。私に任せよ」
【まだサンタクロースさんに会ってないもん】
 子供はふわりと浮いてしまう。明かりが点滅しているクリスマスツリーの上の方へ飛んでいってしまう。
「紫藤様?」
「サンタクロースに会うと言うておる」
 立ち上がった私に、清次郎も立ち上がっている。
「サンタクロース?」
「ここに居れば見つけてくれると言うてな。仕方が無い、封印の珠を使うかの」
 このまま時間が過ぎれば悪霊に変わる。子供の霊は不安感からか、悪霊に変わる速度が早い。また、子供によっては一気に膨れあがってしまう者も居る。
 街の往来で悪霊になってしまえば追うのが難しくなる。一般人を巻き込んでしまうだろう。封印の珠の力を引き出そうとした私の手を清次郎が握った。
「俺にも力を下さい」
「しかし……んっ」
 両手で私の頬を覆った清次郎が口付けてくる。男同士の口付けに、周りに居た数人がざわついた。いつもなら恥ずかしがる清次郎が自ら口付けてくるとは。
 合わさった唇から力を送っていく。子供と話したいのだろうと、多めに送ってやった。
「やれやれ、こんな所で熱いラブシーンを演じるとは。ロマンチックですね」
 ポンッと気さくに叩かれた肩。清次郎の唇が離れていく。振り返れば特別機関の隊長・伊達政宗が立っていた。言葉はふざけているが、目は真剣な様子でツリーを見上げている。
「ラブラブしている時間は無さそうですよ」
「分かっておる。お主、あ奴らを少し離してくれまいか」
「もう、対処済みです」
 そう言った伊達の言葉どおりに、輝いていたクリスマスツリーの光が消えた。私達やツリーを見ていた一般人が何事かと騒いでいる。
「申し訳ありませんが、このツリーは漏電の可能性があるため点検に入ります。危ないので皆さんは下がって下さい」
 いつの間に呼んだのか、警察官も数人居る。広場一帯を封鎖していく。
「あまり目立つと後が面倒なんですがね」
「危ういのか?」
「ええ。この子は少々、霊感が強い子だったようです」
 ツリーの明かりが消えてしまったことで、子供は不安そうに飛んでいる。空を見上げ、サンタクロースを探しているのだろう。フラフラと飛んでいこうとしている。
 封印の珠に力を込め、こちらに呼ぼうとした。
「サンタクロースならここに居るぞ!」
 清次郎が呼びかけている。そうして私をグッと前に押し出した。何の事かと首を捻ってしまう。
「姿は変えているが、この人がサンタクロースだ」
 空を飛んでいた子供は、フラフラと降りてくる。私の前に浮かぶと、じっと見つめてくる。子供と見つめ合ってしまう。
【赤い服は? おじいさんじゃないの?】
「これは仮の姿だ。さ、どうしてサンタクロースを探していたんだ? 聞かせてくれないか?」
 警察官達は人が入らないように見張っている。伊達は漏電の確認をしている振りをするため木を調べる仕草をしている。耳はしっかりとこちらに向けて。
【あのね、お願いがあるの!】
 私をサンタクロースと信じることにしたのか、揺らいでいた霊力が少しはっきりしたものに戻っている。
【ママに会いたい!】
「ママ、とな?」
【僕ね、パパに叩かれても我慢したの! 頑張って良い子にしてたの! でも、去年は来てくれなかったから……】
 グラリと、力が揺れるのを感じた。咄嗟に子供の霊に触れた。そこから溜まってしまった力を少し吸い出してやる。清次郎が子供に問いかけている。
「叩かれた? 我慢した?」
【うん。ママが僕のせいで死んじゃって、パパも悲しかったの。お前のせいだーって叩かれても、我慢したの。我慢して良い子にしてれば、クリスマスにサンタクロースさんが来てくれて、ママをプレゼントしてくれると思って】
 話す度に子供の霊の力が揺れて溢れ出してくる。封印の珠で溜まった力を吸っているのに、子供の霊は苦しそうに頭を抱えた。
【良い子に……しなきゃ……! ママに会えないから……! だから……!!】
 もうこれ以上、待っていては危ない。子供の額に手を当てた私を清次郎が止めた。
「お前が欲しいのは、ママなんだな?」
【うん……! ママに……ママに会いたい! 良い子で……い……!!】
 最後まで言えなかった。子供の首がガクリと落ちている。サンタクロースに会えたと思った気持ちが溢れてしまったのだろう。止められない力が噴き出してくる。
「これ以上は待てぬ!」
「願いは叶う。この方が叶えてくれる」
 震えている子供の霊に語りかけている清次郎。今度はもう、私の手を止めなかった。溢れてくる霊力の場所へ手を翳し、吸いながらあの世へと導いていく。
「きっと会える。何も心配はない。安心して旅立ってくれ」
 清次郎の言葉に子供は笑っている。
【ママに会える?】
「きっと会える。優しい良い子だからな」
【……うん!】
 安心したように笑った子供は、悪霊になる前に旅立つことができた。光になって消えた子供を暫く見つめていた清次郎は、明かりを失ったクリスマスツリーを見上げている。
「……残酷ですな。良い子にしか来ないという言葉は」
 呟いた清次郎の背中を強く抱いてやった。
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