妖艶幽玄奇譚

樹々

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第一幕

奇ノ六十五『二人』

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 お互いに、声が出ないよう、努めていたけれど。
「ぅん……!」
 力を使いすぎた紫藤の体は、熱く、汗ばみ濡れている。
 合わせた唇から漏れる声をできるだけ自分の唇で塞いだ俺もまた、彼に与えられた破壊の力のせいで熱が冷めそうにない。
 別荘へ戻ってすぐ、隼人と幸人が使っていた寝室に運び入れた隼人の体。彼に刺さったままになっていた矢に、兄の幸人は青ざめた。
 まだ危険だからと、彼を部屋の外へ出すのは苦労した。当然だろう、生きている体に害は無いといくら説明したとしても、視覚的な痛みが兄としての心を傷つけている。
 だからこそ、早く熱を発散させ、彼を部屋に入れてやりたい。眠っている隼人がいつ目覚めるかも分からないベッドの上で、俺と紫藤は折り重なっていた。
 紫藤が隣に寝かせている隼人を、彼の中の悪鬼を、気にしているからかなかなか解放できずにいる。唇を合わせたまま、猛っている彼のモノと俺のモノを一緒に刺激しているけれど、弾けた熱は僅かだった。
 はだけた紫藤の浴衣。腫れを残す彼のモノ。
 時間が無い。
 紫藤を隼人の側から離す訳にもいかない。
 折り重なっていた体を起こした俺は、中途半端にずらしていたジーンズと下着を脱ぎ捨てた。
「清次郎……?」
 弾けたばかりの熱から潤いをもらい、自身の秘部へと指を当てた。ためらっている場合ではない。紫藤が見上げる中で、指を突き入れた。
「くっ……!」
「……!!」
 紫藤の視線が俺の顔に集中している。綺麗な白髪を一撫でして微笑んで見せた。
 充分に解す時間も惜しい。立派に張り詰めた紫藤のモノの上に跨がった。
「あぁ……んぐっ!」
 紫藤の声を唇で塞いだ。狭い中を行くせいか、紫藤がフルリと震えている。全てを受け入れた俺は、ベッドを軋ませないよう僅かな律動と収縮だけで紫藤を刺激した。
 彼の体温が上がっていく。俺の肩を握りしめ、腰を押しつけるようにしてすぐに達した。中に、紫藤の熱が注がれる。その刺激に俺も追って熱を解放できた。彼の腹に散ってしまわないよう手で押さえながら。
「……どうだったでしょうか?」
「たまらんことをするでない……! このような……なんという色気……!」
 それは満足できたということだろうか。息を乱す彼にホッとする。慣れない体位だ、気持ち悪くなってもらっては困る。
 そっと秘部から引き抜きながら、用意していたタオルで彼の体を拭っていく。風呂に入れてやる時間もない。息を整えている体に浴衣をきちんと着せてやる。
「もう、良い。お主だけでも風呂に入ってまいれ。すまんの、たまらん色気に我慢できなんだ」
「そうさせて頂きます。後で冷たいタオルをお持ちします」
「うむ。窓を開けたら幸人を入れてやれ」
「はい」
 中に出されているので、少し動きがぎこちなくなってしまう。簡単に拭いただけなので、着替えもしないと濡れてしまっている。足下がおぼつかないけれど、どうにか窓を開けてやる。吹き込む風を確認し、顔を引き締めた。
「……口惜しいの。状況が状況故、お主の色気を我慢せねばならぬとは」
「隼人様の無事が確認できましたら……」
 見つめてくる紫藤を振り返る。すぐ側にあるドアの外には幸人が待っているので、囁くように告げた。
「熱い夜を」
「……! せ、清次郎……!?」
「隼人様を頼みますぞ」
 主に告げ、追いかけてこないように素早くドアを開けた。待っていた幸人と視線が合う。
「さ、どうぞ」
「隼人は!?」
「まだ眠っています。紫藤様のご指示に従って下さい」
 駆け込む幸人と入れ違い、俺は階段を足早に降りていく。風呂場へ急ぎ、汚れてしまった服を全て脱ぎ捨てた。中に出されていたものだけでも洗い流しておきたい。
 浴室で簡単に体を洗った俺は、脱衣所に置いていた浴衣に着替えると、紫藤のために洗面器に水を張り、タオルを持つと二階に戻った。
 室内では、刺さっていた矢を抜かれた隼人がまだ眠っていた。その手を幸人が握っている。
「では、ここに来てからずっと、様子がおかしかったのだな?」
「はい。この子は、私の誘いを滅多に断りません。それがもうずっと、キスさえしていませんでした」
 紫藤は隼人の様子について聞いているようだった。洗面器をテーブルに置き、浸したタオルを絞ると、紫藤の首筋に当ててやる。窓を開けていても蒸し暑い。そろそろ良いかと窓を閉め、冷房のスイッチを入れた。
 程なくして冷たい風が室内に流れる。腕を組んだ紫藤は、眠る隼人の顔を見つめている。
「封印の珠を体内に入れた時に、悪鬼ではなく隼人が眠ったのであろう」
「紫藤さんと清次郎さんが隣に居るからと、拒まれてきましたが。その程度のことでこの子が私を拒むはずなどないというのに……!」
「判別はできるか?」
「ええ。してみせます」
 ギシッと、音を立てながらベッドに乗った幸人。眠っている隼人に覆い被さるように、腕を突っぱねながら見下ろしている。
 紫藤が右手を隼人の胸と腹の間に翳した。紫藤の手から放たれる淡い緑色の光りに、隼人の封印の珠も応えるように共鳴している。
 隼人の瞼が震え、ぼんやりと目を開けている。俺もベッドの側に寄ると、いつでも押さえ込めるように待機した。
「……隼人?」
「ん――……兄貴? おはよ……」
 瞼を擦り、背伸びをしている。
 のんびりしている隼人に、ゆっくりと幸人は口付けた。
 重なる唇、受け入れている隼人。
 一度離した幸人は、今度は深く口付けている。隼人の首の後ろに手を回すと、角度を変えては熱い舌を絡めた。
「ん……! あに……き!? なに……あさっぱらから盛るなっ……ぅん」
「私の……隼人!」
「兄貴……? どうしたんだ?」
 唇だけでなく、首筋にも口付けている幸人。暴走している兄に戸惑いを見せた隼人の目が紫藤と俺の顔を認識した。
 腕を組んで見守る紫藤と、その側でいつでも動けるように身構えている俺と。
 首筋を吸われながら、その瞳が大きく丸まった。
「ああああぁぁ兄貴!? 二人が何で俺たちの家に!?」
「ここは別荘だよ。覚えていないの?」
「別荘!? 今日から行くはずだろう!? ていうか、は、恥ずかしいって!」
 幸人の肩を押して離そうとしている。逆らうように幸人が顔を近づけた。
「キスしたい」
「は……はぁ!? いや、だってそこにお二人が……!」
「キスしたい。今したい。誰が居ようと関係ない」
 囁きながら、隼人の唇に口付けている。俺たちを見ては顔を真っ赤にしている隼人。幸人を強引に押し戻している。
 力では隼人の方がやや上のようだ。唇が離れるとベッドから起き上がろうとしている。
「キスして、隼人……」
 押し戻された幸人の体が微かに震えている。一度、悪鬼に弟を奪われている。もしかしたらまた、悪鬼が操っているかもしれないと不安なのかもしれない。
「兄貴……? 何で泣いて……」
「キスして欲しい……お願いだよ、隼人」
 堪えきれずに幸人の目から涙が零れ落ちた。隼人の頬に流れ落ちていく。
 兄の涙に、隼人は俺たちを見て、幸人を見て、顔を真っ赤にしながら唇を噛みしめている。
「何で泣いてんのかわかんないけど、すっげー恥ずかしいけど!」
 幸人の頬を両手で包み、紫藤と俺から見えないよう唇を隠した隼人は、引き寄せると口付けた。
「これで満足か? だだっ子兄貴?」
 長い両腕で抱き締めている。幸人もまた抱き締め返した。
「私の隼人……!」
「こら! 兄貴! また泣いてるし」
 隼人の肩に顔を埋めた幸人は涙を止めることができないようだ。それは安堵した心からくるものなのだろう。紫藤もそう感じたのか、組んでいた腕を解いた。
「意識ははっきりしておるかの?」
「すみません、今日からお世話になるのに、ご面倒をおかけしてしまって」
「隼人様、もう、修行を初めて二週間は経っています。覚えていらっしゃらないでしょうか?」
 俺の言葉に、隼人が眉根を寄せた。
「二週間?」
「はい」
「え……ちょ、ちょっと待って下さい」
 隼人は何かを確かめるように自分の体を見ている。反射的にお尻に触れた彼は、ますます眉根を寄せている。
「あんなに抱かれたのに痛くない……」
「キスマークも薄れているだろう? 最後に抱いたのは、別荘へ発つ前の晩だからね」
「だから、昨晩だろう? しつこいくらい俺を抱いただろう!? 暫く抱く回数が減るからって!」
 信じられないと首を横へ振っている。宥めるように幸人が隼人の髪を撫でている。
 つまり、隼人の記憶は、別荘に発つ前の晩まで、ということになる。紫藤と俺が合流した時にはもう、悪鬼に変わっていたということか。
 紫藤に会ってから入れ替わっては、悟られると思ったのか。
 隼人の振りをして、ずっと封印の珠の扱い方を学んでいたとは。
「落ち着け、隼人。私にも非がある。まこと白崎の言うとおり、達也をひいきしておった。お主の中の悪鬼を甘くみてもいた」
 紫藤は右手を伸ばしている。気付いた幸人が隼人を引き起こし、背中から抱き締めなおしている。
「これより改めて修行に入る。お主を二度と、悪鬼に渡しはせぬぞ」
「紫藤さん……」
「暫く私の封印の珠とお主の中に入れた封印の珠を繋げる。珠の存在を常に感じよ」
 封印の珠同士が共鳴するかのように、互いに緑色の光を放っている。自分の中に封印の珠が入っていることすら知らなかった隼人は、光っている胸と腹の間に手を当てている。
「温かい……」
「修行は明日より始めるぞ。今宵はもう、休め」
 紫藤が立ち上がるのに合わせて俺も立ち上がる。先に部屋を出た紫藤を追いかけた。
 ドアは締めておいた。鍵は壊れてしまっているけれど、あまり聞かれたく無いだろうと思って。
「ちょ……兄貴!? 顔……顔やばいって!」
「心配かけたんだ……覚悟しなさい!」
 身長の高い二人が暴れているようだ。隣の部屋に戻ろうとした紫藤の背を押し、階段を指さした。目線で下の階のソファーへ行くよう促す。軋み始めたベッドの音が廊下まで聞こえてきている。
「なんと……! もうか!?」
「その様で」
 驚く紫藤を促し急いで階段を降りていく。二人が抱き合っている部屋の真下はまずい。対角線上にあるソファーまで歩くと紫藤を座らせた。
 一部しか点けていなかった明かりを全て点けてしまう。足を組んでブツブツ呟く紫藤の隣にそっと座った。
「私とてお主のたまらん色気を我慢したのだぞ! 今宵くらい大人しくできぬのか」
「不安なのですよ。目の前で、愛しい方が姿を消したのです」
 確かめても、確かめても、不安は拭いきれないだろう。隼人の中の悪鬼が完全に封印できたと分かるまでは。
 二人が出てくるまで時間がかかるだろう。疲れている紫藤のために、甘いコーヒーでも淹れようと腰を浮かし掛けたら止められた。
「まこと不愉快極まりないが、白崎に電話してくれ」
「白崎様、にですか?」
「…………うむ」
 顔中に皺を寄せながらも、電話をする相手は白崎剣だと言う。怪訝に思いながらも直接、剣に掛けた。
 数度コールが鳴ると、繋がった。
[もしもし、白雪です]
「白雪様ですか。大変申し訳ありません。白崎様に掛けたつもりでしたが」
[あ、間違っていませんよ。隊長は今、寝かせているんです]
 そう言った初音は、誰かと一言二言話している。程なくして、聞き慣れた声が聞こえた。
[もしもーし! 清兄?]
「達也か! 体はなんともないか? 今、紫藤様に替わるからな」
 剣ではないけれど、達也の元気な声を紫藤も聞きたいだろう。すぐに携帯を渡してやる。耳に当てた紫藤は、顔を綻ばせた。
「無事か」
[おう! 俺はピンピンしてる。七海もいるよ]
「ふむ。安堵した。怪我はないかの?」
[俺はね。でも、俺のせいで隊長の右手が折れてるし、首に痣ができてる。この人に、守ってもらったよ]
 今も、そう言っている。顔を綻ばせていた紫藤の眉間に皺が寄る。
「白崎を起こしてくれぬかの」
[え、蘭兄がしゃべるの? マジで? 隊長と?]
「聞かねばならぬことがある故な」
[えー。めっずらし……あ、ちょっと……]
 達也の声が途中で途切れた。雑音が数秒続く。紫藤も俺も何かあったのかと携帯に耳を澄ませていたら、艶やかな声が流れてきた。
[蘭丸さんのたってのご指名とは。寝ている場合ではありませんね]
「ちっ!」
[おや、指名しておいていけずな反応ですね]
 紫藤が思わずだろう、携帯を耳から離している。プルプル手を震わせながら、耳から少し距離を置いて携帯に話している。
「達也の様子はどうだ? 悪鬼はどうであった?」
[繋がりは絶てたようですよ。七海君の言霊が二人の繋がりを絶ち切りました。達也君の意識もハッキリしています。ご心配には及びません]
「……お主は?」
 小さな声だった。顔中に皺を寄せながら、剣の様子も聞いている。今にも携帯電話を放り投げてしまいそうなほど、嫌悪しているというのに。
[おや? 私の心配をなさるなんて珍しいですね~ふふ。抱かれてみたくなりましたか? 私はいつでも……]
「強がるでない。お主のことはまこと好かぬ!! 心底好かぬ!!」
 怒りに白髪が広がっている。隣に座っている俺の手を痛いほど握ってくる。
「だが、彷徨う霊達に対する態度については、好ましいと思うておる。悪霊に対するお主の姿に、私の考えも少し変わった故な」
 そう、話す紫藤は、そっと目を閉じている。今までのことを思い返すかのように。
 悪霊に変わった魂は、生きている人間に影響を及ぼす。そのため霊媒師達は、悪霊に対して滅することを優先する。溜まってしまった力を削ぎ、あの世へと送る。悪霊になってしまった経緯まで、考えることは少なかった。
 けれど、白崎剣は、悪霊にも手を伸ばす。札で力を吸えるのならできるだけ吸い、霊に戻せるのなら戻してやろうとする。悪霊になる前に手を打とうとする。
 死んでなお、苦しまないように。
 どうしても戻せなかった悪霊、強い悪霊には厳しく対処するけれど、救いを求める霊達の手を、彼は握り締めてきた。
「まだ、私は皆の下へ行ってやることができぬ。皆にとってはお主が頼りであろう。達也にとってもな」
 だから、と電話を握り締めている。俺はその体を抱き締めた。
「今少し、倒れるでないぞ」
[……ふふ、そんなに柔ではありませんよ。処理することが山積みですからね]
[あ、まだ起きちゃ駄目ですって]
[蘭兄! 隊長めっちゃフラフラだぞー!]
[達也君、いけないお口ですね。塞ぎますよ?]
[おう、やれるもんならやってみろってんだ。雪ちゃんのが強いって分かってんだからな]
[ちゃんと冷やさないと。言霊で治せたら良いんですけど]
 電話の向こう側は賑やかになっている。達也と七海の元気な声も聞こえている。
 ホッとしたように笑った紫藤は、電話口に再び出てきた達也と話している。
「他にも聞きたいことがある。達也、お主にもだ」
 話は長くなりそうだ。俺は一度席を立つと、甘いコーヒーを淹れに行く。
 紫藤は時折笑いながら、けれど真剣な目をしたまま話していた。
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