妖艶幽玄奇譚

樹々

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第一幕

奇ノ五十一『ライバル?』

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 來夢の家にある風呂は、大きかった。

 湯気が立ち昇る浴槽も、大人六人は入れそうで。体を洗う場所も、広々としている。

「あいつ、やっぱすげーのかもな」

「うん」

 お互い腰にタオルは巻いている。まるで温泉に来た気分になってちょっとハイテンションだ。

 三個重ねて置いてあった洗面器を取ってくると、浴槽のお湯をすくって体にかけていく。俺の隣に座った七海も一緒になってお湯を掛けている。

 意識しないよう、七海の体をなるべく見ないようにしながら浴室を見渡した。

「古風っつーのは分かるけど、シャワーくらいは欲しいな。現代っ子だぜ、俺達」

「僕はこういうのも好きかな。温泉には行ったことないけど、こんな感じなんだよね?」

「バ~カ! 今時の温泉はシャワーもあんだぞ?」

「そうなの?」

「そうだよ」

 俺も行ったことはないけれど。テレビで見た事はある。

 テレビのリポーターが紹介している温泉には体を洗う場所がちゃんとあって。そこにはシャワーも並んでいる。俺達、若い世代も行きやすいようにだろう。

 もしシャワーが無かったら、体を洗ってから入るためには浴槽から掬うことになる。そうなると面倒で、たぶん俺ならそのまま入ってしまうだろう。

 そんな事を考えながら頭を洗っていた俺は、ふと、手を止めた。

「蘭兄と清兄って、温泉とかって行くのか?」

「行ったことはあるかもね」

「……蘭兄は男湯? 女湯?」

「え?」

「どっちだと思う?」

 体の構造では男だ。

 でも、男なのに男を惹き寄せる魅力がある紫藤が、その他一般客と一緒になって服を脱いだらまずいのではないだろうか?

 昔は夜這いが酷かったと、清次郎が言っていた。守るのが大変だった、と。

 今の時代でも、他の男と一緒に入ることは難しいのだろうか。

「蘭兄が脱いだらすげんじゃね?」

「……達也君も……興味あるの?」

「俺はねぇよ。確かに顔は綺麗だけどさ、あの焼き餅のめんどくせぇ姿知ってっからな。俺はパス!」

 わしゃわしゃ頭を洗い終えた後、浴槽に溜められたお湯を洗面器で掬って頭に流した。短い髪だ、すぐに泡は切れる。

 顔に流れるお湯を手で拭った後、七海はどうなのか聞いてみたくて見てみれば。

「……七海?」

 何がそんなに楽しいのか、七海は俺を見つめて笑っていて。

「……んだよ」

 そんな、可愛い顔で見られると、困る。

 とは言えず、ツルツルしているおでこを軽く拳で押した。

 それでも笑っている七海は、洗い終えた体にお湯を掛けている。

「僕も、蘭兄さんも、清兄さんも、本当のお兄さんだと思ってるから。そういうふうに考えたこともないよ」

「だよな。つか、時々、蘭兄じゃなくて、蘭姉だけどな!」

 何で男なのだろう。不思議でたまらない。

 それにくらべて清次郎は、男、だ。どこからどう見ても、男だ。

 強くて、優しくて、俺と七海の絶対的な兄になっている。特に七海にとってはご先祖様になる。いつか七海も成長したら、男、になるのだろうか。

 チラリと隣を見てみれば、一生懸命目を瞑って髪を洗っているところだった。泡が目に入ると痛いから嫌だと、俺と一緒に入っている時から固く目を瞑っていた。

 細い肩を滑っていく泡をドキドキしながら見つめてしまう。できることなら、このまま可愛い七海のままで居て欲しい。肉食系にはならず、草食系のままで。

 思った自分に恥ずかしくなる。髪を洗っている七海から少し離れて浴槽に体を沈めた。程よく温かいお湯が気持ち良い。気持ちを落ち着かせてくれた。

 数分後、髪を洗い終えた七海も浴槽に浸かった。腰に巻いていたタオルはお湯の中では漂ってしまうため、浴槽の縁に置いた。

 隣の七海の裸は、視界に入らないようにした。絶対、見ない。見てはいけない。自分に言い聞かせる。

 湯気でぼやけている浴室の天井の一角を見つめながら、話を戻した。

「やっぱ一般客と入るなんてできねぇだろうな~」

「貸切なら入れるんじゃない?」

「そうなるだろうな。あ、でもそれだとさ」

「何?」

「蘭兄の鼻息荒くなるな。うん、ぜってーなる」

 二人きりで、結構、景色が良い露天風呂に入っているとしよう。

 男前清次郎が隣に居るわけだ。黒髪は濡れて、青い瞳が紫藤を見つめているわけで。

「あ、つか清兄の方が積極的かもな。俺達居なかったらさ、遠慮しねぇと思うし」

「清兄さん、僕達に遠慮してるの?」

「そりゃしてんだろう。何だかんだでさ、清兄、蘭兄にめっちゃ甘いからな~」

 俺達と一緒の部屋で寝ている限り、事に及ぶことはないだろう。その分、風呂場で何かをやっていることは気付いていた。

 急にマットを買ってきて置いたり、風呂に入っている時間が長かったりする。

 七海は特に気付いていなかったけれど、俺はなんとなく、分かっていた。

「俺達いないと、すんげーエッチしてるかもしれねぇぜ?」

「……すんげーエッチって、何?」

「わかんねぇけど、すげーんだよ」

「……わかんない」

 お湯の中で膝を抱えた七海は、コテンと俺の肩に頭をもたげた。

「…………!」

 心臓が飛び出すかと思った。濡れた七海の黒髪が、俺の肩に貼り付いている。

「……ん」

 もぞもぞ動くと、俺の肩の良い位置に頭を移動させている。そのまま瞼を閉じると、熱に火照った息を吐き出している。

「このお湯、ちょっと熱いね……」

「そ、そうか?」

「のぼせそう……」

 もう、のぼせたような声を出している。俺に体を預けてリラックスしている七海は、そのまま眠ってしまいそうだ。

「お、おい! 寝るなよ?」

「ぅん……」

「七海! おいって!」

 肩を掴んで揺すってみた。このままくっ付いているのは危険だ。

 火照った頬を見るのも、紅く色づいた小さめの唇を見るのも。

 何より、裸で接触はまずい。

「七海!」

 焦って顔を見てみれば。

 瞼はしっかり閉じられ、頬を火照らせたまま眠っていた。

「……おい……マジでまずいんだって」

 ひたひたと頬を打っても目を開けない。抱えていた膝も崩れ、俺の体により沿ったまま深い眠りに入っている。

 今日一日、歩いていたから疲れたのだろう。スー、スー、と幼い子供のような寝息をたてている。

「……七海」

 こんなにまじまじと、寝顔を見たのは初めてだった。意外に長い睫は伏せられ、湯気に濡れている。

 俺に全部預けて、眠っている。

「七海……」

 ドキドキしながら、腰に腕を回した。やましい気持ちからではない。俺の肩から滑り落ちてお湯に沈まないためだ。

 そう、自分に言い聞かせながらちょっとだけ引き寄せた。濡れた彼の髪に鼻先を近づけてみる。洗ったばかりの湿った髪からは、シャンプーの良い匂いがした。

 そっと、頬に手を当ててみる。たったそれだけで心臓がバカみたいに鳴り響く。

 俺の方を向く様に傾ければ、紅い唇が良く見えた。



 惹かれてしまう。



 自分が自分じゃなくなったみたいだ。

 体が勝手に動いてしまう。

 駄目だと分かっているのに、紅い唇に惹き寄せられるままに顔を傾けていく。

 もう少しで触れそうな距離まで近づいた時だった。

 浴室のドアがガラッと勢い良く開いたのは。

「おせーぞ!! クソガギ共!!」

 すっぱだかで入ってきた來夢。勢い良く開いたドアの音に、寝ていた七海がビクッと体を揺らして跳ね起きた。咄嗟にだろう、俺の体にしがみ付いている。

「何? 何?」

 ギューギュー抱きつかれても、何も言えない。強張ってしまった体をどうすることもできない。

「達也君?」

 上目遣いで見上げられても応えられない。目の前にどっかりと座った來夢に視線を固定した。

 爆発しそうなほど鳴っている心臓の音を、どうか七海に悟られませんようにと願いながら。

「あ、あんた! いきなり入ってくんな! ビックリすんだろ!」

「俺の家の風呂だ。俺がいつ入ろうと勝手だろうが」

「そりゃそうだけど……」

 わしゃわしゃ髪を洗った來夢は、俺達にどけ、と手で指示しながら隣に入ってくる。浴槽に足を投げ出しながら浸かった來夢は、盛大な息を吐き出した。

「ふ~~生き返る~~」

 一仕事後のお風呂は格別だ、なんて言いそうな雰囲気の來夢のおかげで、どうにか俺の心臓は元に戻りつつある。

 七海にキスしようとしてしまった後ろめたさから、まだ、彼の顔を見ることはできないけれど。

 もの凄くビックリしたけれど。

 黙って七海にキスしようとした行為を防いでくれたのには感謝した。

「お前達、もう上がれよ。長風呂はよくねぇぞ」

「おっさんみてーだな」

「あ? んだと?」

「ちがった。ヤンキーだ」

 長いオレンジ色の髪を掻き揚げた來夢は、けっ、と唾を飛ばしそうな顔で俺を見た後、七海を指差している。

「ほら、ガキはさっさと上がれ。マジでのぼせるぞ」

 指差す方向を恐る恐る見てみれば、七海の目がトロンとしていた。フラフラ、フラフラ、頭が揺れている。

 それでも俺が上がらないからだろう。腕にしがみ付いたまま待っている。

「行こうぜ、七海」

「……うん」

「ほら、しっかりしろって」

 フラつく体をドキドキしながら支えてやった。浴槽の縁に置いていたタオルを腰に巻いてやる。

「……んで隠すんだよ。女か、お前」

「い、いいだろ! ほっとけ!」

 俺が危ないから隠しているとは言えず、七海を支えてやるけれど。もう、限界なのか体がずいぶん火照っている。腰を支えてやりたいけれど、自分に自信がない。

「……ったく、世話が焼ける」

 ザバッと上がった來夢が、フラフラしている七海を横抱きに抱え上げた。自分はすっぱだかのまま歩いていく。

「ちょ、ちょっと!」

「おら、お前も来い」

 低い身長なのに、見れば腕の筋肉が凄かった。体もずいぶん引き締まっている。顔立ちは女の子のようなのに、体は立派な男だった。

 浴室から出ると、ひやりとした空気が出迎えてくれた。冷房が効いているのだろう、火照ってしまった体に気持ちが良い。

 七海を床に下ろした來夢は、俺にバスタオルを投げてよこした。

「拭いてやれ。飲み物持ってくっからよ」

「あんた、意外に良い人なんだな」

「意外は余計だ」

 ふんっと鼻を鳴らした來夢は、バスタオルを腰に巻き付けて出て行った。

 その間に七海を拭いてやろうとバスタオルを被せてやる。ぼーっとしている七海は、頬を赤らめたまま眠ってしまいそうだ。

「寝るなよ? 服着てくれ」

「……うん……ごめんね」

「いいって。ほら、立てるか?」

 拭いてやった後、立たせてみた。空気がひやりとしているからか、どうにか立ち上がっている。フラフラしながら下着に手を伸ばしたので、その間に俺も急いで体を拭いた。

 倒れはしないかと気にしながら、下着とティシャツ、短パンを急いで着たころ、どうにか七海も着替え終えた。相変わらず頬は真っ赤だ。

 手を引いて廊下に出れば、よたよたついてくる。冷たい水を一杯もらって飲ませようと廊下を歩いて行けば、グラスを三つ持った來夢が帰ってきた。

「ほら、牛乳だ。風呂上りには丁度良い」

「サンキュー! 七海、飲めるか?」

「……うん」

 來夢からコップを受け取った七海は、少しずつ飲んでいく。倒れないよう腕を掴んだまま、俺も牛乳を貰ったのだが。

「……ん? 何かちげくね?」

「あ?」

「……つかこれ、牛乳じゃねぇだろう?」

「ガキは甘いの好きだろう?」

「……何入れたんだ?」

 ゴクゴク、ゴクゴク、一気に飲み干した來夢は、ぷはっと息を吐き出しながら、当たり前のように言った。

「カルアミルクだ。美味いだろう?」

「……って、それ酒じゃん!! 俺達未成年だぞ!」

「…………酒じゃねぇだろう? 甘いし」

「酒だよ!!」

 嘘だろう、という來夢の呟きを聞いている暇はなかった。七海を振り返ればもう、飲み干してしまっている。

 赤かった顔が、ますます赤くなっていく。酒なんて飲んだ事がない七海は、ふーっと意識を飛ばしてひっくり返った。

「な、七海!」

 どうにか片腕で受け止めた。七海が握っていたコップがコロコロと転がっていく。ぐったりと力を抜いた体は、完全に眠ってしまった。

「七海! 七海!!」

「……ぅん……」

 目元が真っ赤だ。焦る俺とは対照的に、來夢はわしゃわしゃ頭を掻きながらそっぽを向いた。

「ま、良いじゃねぇか」

「よくねぇよ!」

「運んでやるからぎゃーぎゃー言うな」

「……いい!」

 もう一度七海を横抱きにしようとした來夢から庇った。七海の腕を取り、どうにか自分の背中に背負う。清次郎や來夢のように横抱きにはできないけれど、背負うぐらいなら俺でもできる。

 肩に乗った七海の熱い息を感じながら顔を上げた。

「水、飲ませてやりたいんだけど」

「冷蔵庫にミネラルウォーターが入ってる。取ってきてやるよ」

「酒入れんなよ?」

「入れねぇよ」

 しつこい、と俺の頭を小突いた來夢は、腰にバスタオルを巻いたままの姿で歩いて行く。

 俺は俺で七海を背負ったまま別の廊下を急いだ。布団を敷いてもらっている部屋まで歩き、ぐったりしている七海を寝かせてやる。

 完全に酔っ払っていた。体がふにゃふにゃしている。体のどこに触れても熱い。

「七海、しっかりしろ」

 まだ乾いていない黒髪をタオルで拭いてやりながら声を掛けた。半分開いた口からは、少し苦しそうな息が漏れている。

 早く來夢が戻ってこないだろうか。頭を撫でながら待っていると、ペットボトルを持って帰ってくる。

「ほら、水。扇風機も取ってきたぞ」

 投げられたペットボトルを受け取った。蓋を開けて七海を抱き起こす。

「七海、水飲んでくれ。体火照りすぎだ」

 口元にペットボトルを持っていくけれど、起きてはくれなかった。スイッチを入れられた扇風機が程よい風を送ってくるけれど、熱い七海の体を冷ますことはできない。

「やべーよ、飲まねぇし」

「しゃーねぇな。貸せ」

「……何すんだ?」

「口に突っ込んでやれば飲むだろう?」

「……あんた豪快すぎんだよ!」

 危うく渡し掛けたペットボトルを急いで戻した。七海とペットボトルを守る。

「じゃあどうすんだよ? お前が口移しで飲ませるのか?」

「…………ぇ?」

「だから。意識がねぇんだ。突っ込むか口移しか、どっちかだろう? 言っておくが、俺は突っ込むしかしねぇからな」

 指差され、戸惑った。

 口に直接突っ込んで、無理やり飲ませるか。

 或いは、映画なんかで見たように、口移しで飲ませるか。



 …………口……移しだって!?



 それはつまり、キスだ。

 キスして、飲ませるということか。

 ぐったりしている七海の、少し開いている唇を見つめてしまう。弱々しい息を吐いているこの唇に、俺の唇を合わせて飲ませる。

 考えただけで体がおかしくなりそうだ。七海を支えている腕が震えてしまう。

 でも、七海のためだ。

 火照っている体を一刻も早く冷ましてやるためだ。

 意識が無くて、飲ませる手段が無いから、口移しで飲ませてやるだけ。

 七海だって分かってくれる。

 水分を取らせてやるためなのだから。

 ゴクリと唾を飲み込み、カタカタ震える手でペットボトルを自分の口に持って行こうとした俺は、ひょいっと簡単に奪われてしまう。

 止める間も無く、來夢は七海の口に、ペットボトルを押し込んだ。後頭部を支え、傾けたペットボトルから水を流し込んでいる。

「……んぐっ! んんー……」

 いきなり水が入ってきたからか、意識を取り戻した七海の目が開いた。流し込まれる水を半分以上、零しながらもどうにか飲んでいる。

「できるだけ飲め。中から冷やさねぇとな」

 七海が目を開けたからだろう、零れないよう傾きを調節した來夢は、少しずつ飲ませ続ける。半分以上無くなったところでペットボトルを離した。

「まだ喉乾いてるか?」

「……僕?」

「わりぃな。酒だったんだとよ。濡れちまったな」

 そう言って、七海が着ているティシャツを脱がせてしまった。細い体が晒される。わしゃっと頭を撫でたかと思うと、抱きかかえるようにして七海を寝かせている。

「冷房は好きに使え。でも寝冷えしねぇようにな」

「……ありがとうございます」

「じゃあな。あ、飯は七時に取るからな。ちゃんと起きて来いよ?」

 俺の頭をポンッと叩いた來夢は、スタスタと出て行った。

 一人、動けなかった俺を残して。

「……達也君?」

 上半身を裸にされた七海が俺を呼んでいる。フルフル、フルフル、震えている俺の手を心配そうに握った。

「どうしたの? 達也君もきついの?」

 心配そうに見上げている七海に、グッと奥歯を噛み締めた。精一杯冷静になりながら首を横へ振る。

「き、着替え持ってくるから。まだ寝るなよ?」

「うん、ありがとう」

 素直に頷く七海に背を向け、眉をつり上げた。今すぐ來夢の額にヘッドバットをしたい気持ちをどうにか抑え込む。



 あのヤロー……! キスのこと意識せたくせに……! 服まで脱がせやがって……!!



 色々と煮えたぎる。來夢が七海に対して何も感じていないことは分かっているけれど。俺の目の前で七海の服をこうもあっさり脱がされるとは思わなかった。

 紫藤や清次郎が脱がせる分には全く気にしたことはないけれど。第三者の人間が脱がせると、こんなに怒りが込み上げるとは思わなかった。



 七海に、触れられるのは、嫌だった。



 怒りに震える手で七海の鞄を開けると、着替えのティシャツを取り出してやる。七海に気付かれないよう、大きく息を吸って吐き出した俺は、待っているはずの彼を振り返ったけれど。

「……寝るなって言ったのに」

 七海はまた、眠っていた。お湯で火照っていたうえに、酒まで飲んだからだろう。両手を投げ出したまま眠っている姿に、怒りも忘れて苦笑した。

 手にしたティシャツを起こさないよう着せてやる。寝汗をかかないよう、冷房のスイッチを入れて温度を少し高めに設定しておいた。後は扇風機の風で充分、涼しい。

 首振りの扇風機が気持ちの良い風を作ってくれた。七海の黒髪が時折、揺れている。赤味を残す頬をそっと両手で包んだ。

「……お休み、七海」

 風に吹かれて覗いたツルツルしたおでこに、ほんの少しだけ唇で触れた。

 七海のおでこは、とても熱かった。

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