妖艶幽玄奇譚

樹々

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第一幕

奇ノ四十三『子供の成長』

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 この手に刀を持っていたなら。



 きっと抜いていた。



 それほどの怒りがこみ上げたけれど。





「……いつの間にか、達也の心が大きく成長していたようです」

 ソファーに座り、目の前に座った北条一希に話すともなく話した。主である紫藤蘭丸と、弟のように可愛がっている達也と七海は、特別機関のメンバーに囲まれ、遊んでいる。

 心路が作ったシューティングゲームを大画面で操作している達也は、彼をてごめにしようとした剣と笑っていて。

 腰に手を当てられると、パンッと叩いて払っている。

「人の過ちを許せるほど、成長してくれたのは嬉しいですが……二度目があれば、見逃せなくなります」

「はい、承知しています。隊長の管理は、徹底します」

 一希は深々と頭を下げている。慌てて体を起こしてもらった。

「北条様が詫びることではありません」

「隊長を止めるのが副隊長の務めですから」

 そう、鋭い目を緩め笑った一希は、手にしていた書類を差し出している。

 特別機関に剣が居る時は、いつも俺にべったりくっ付いている紫藤も、今日ばかりは達也が心配なのだろう、遠巻きにしながらも側に居てやっている。時々、剣の舐め回すような視線を受けては、長い白髪を浮き上がらせていた。

 シューティングゲームで盛り上がっている背後を気にしながらも、渡された書類に目を通す。

「新潟県の方なのですね」

「ええ。若いですが、刀を作る技術は高いと有名です。霊力も高いので、面倒な説明も必要ないかと思います」

「それは助かります」

「いつ頃発たれますか?」

「そうですね。達也には、ずっと家で我慢してもらっていましたから。旅行も兼ねて、連れ出してやろうと思っていますので……来週くらいには」

「では、日にちが決まりましたらご連絡下さい」

「宜しくお願いします」

 一希と話をまとめた。

 腕の良い刀職人のもとを訪れるため、一希には橋渡しを頼んでいる。刀に破壊の珠を埋め込んでもらうためだ。

 俺に持たせると、紫藤は言う。

 特別に帯刀許可が下りている今、江戸の頃と同じように、紫藤に力をもらって、それで闘うことは充分可能だと言ったのだが。

 他の霊媒師が居ない以上、俺の力を上げておく必要があると言う。達也を守るため、いざという時に備えておくと。

 一希に珠を託してはと、進言したことがある。彼なら信頼できるし、力も充分だから。

 だが、紫藤は頷かなかった。現代の人間に珠を預ける事は避けたいという。珠を巡って、争いが起こることを恐れているようだった。

 紫藤が俺にと、考えているのなら従う。なにより、達也のためだ。あの子を守るために、もう、持つ事は無いだろうと思っていた刀を再び手にしている。

「いずれ、俺達のもとを離れたら、特別機関の方々にお願いしたいと考えています」

「はい。隊長も、達也君の霊力は高く買っているようなので、ゆくゆくはこの機関に入ってもらえたらと思います」

 ああ、と一希は続けた。

「隊長の監視は徹底しますので」

 真顔でそう言った一希に、思わず吹き出した。

「お願いします!」

「はい」

 一希も鋭い目元を緩め、笑っている。

 穏やかに話していた俺達は、シューティングゲーム以上に盛り上がっている、というか騒がしい後ろが気になった。

 振り返れば、剣が達也と七海に詰め寄り、興奮気味に叫んでいる。

「……どんな形でしたか!? 大きさは! 色は!!」

「そ、そんなまじまじ見てねぇし!」

「ぼ、僕も……!」

「もう、じれったいですね!!」

「こ、これ! それ以上近づくでない!」

 手を伸ばしては、剣に触れることを躊躇っていた紫藤が、達也と七海が危険と判断したのだろ、後ろからシャツを引っ張っている。

 それでも剣は、二人に詰め寄る顔を戻さない。

「間近で見たのでしょう!? なんて羨ましいんです……!!」

「……つかさ、見てどうすんだよ。なあ?」

「うん……」

 達也と七海は、訳が分からないと首を捻っている。だが、剣の興奮はますます上がっていく。白い肌は赤く血走って見える。

 腫れている頬に当てられたガーゼを引き剥がしそうなほど、その興奮度合いは高い。

「何を話しているのでしょうか?」

「……まあ、だいたい想像はつきますが……」

「北条様?」

 俺の前に座っている一希は、盛大な溜め息をついている。大きな両手で、顔を隠すように覆ってしまった。

 背後では、まだ剣の興奮状態が続いている。

「見てどうするなんて……決まっているじゃありませんか。見れば触りたくなるものです。触って、反応を楽しんで、味もしっかり味わっておくんです」

「……味? 味って何だよ」

「……何なら、教えて差し上げましょうか?」

 剣の目つきが変わった。達也の顎を摘み、上を向けさせると微笑んでいる。

 また、手を出す気か。立ち上がりかけたけれど、側に居た心路が止めてくれる。剣の手を取り、抱きついた。

「駄目だ! 絶対駄目!」

「……もう、心路は可愛いですね。嫉妬ですか?」

「訳わっかんねぇな」

 頭を掻いた達也は、シューティングゲームの続きをするためコントローラーを握り直している。隣には克二が座り、二人で競争するようだった。

「僕も兄さんと何度か入ったけど、大きかったな~。何でこんなに成長するのか、不思議だったよ」

「……それで? 具体的にお願いします!」

 心路を抱き締めたまま、今度は克二の方へ詰め寄っていく。いったい、何の話をしているのだろう。

 首を傾げながら聞いていたら、初音までもが加わった。

「私も偶然見ちゃった時は驚いたな~」

「…………!!」

 顔を覆って下を向いていた一希が、飛び起きるようにソファーから立ち上がった。その顔が僅かに赤くなっていく。

 初音を見つめ、彼女もまた一希を見つめ、にこりと笑っている。

 その肩を剣が揺さぶった。

「抜け駆けなんていつの間にしたんですか!?」

 本当に、何の話なのか。一希の手が震えるほど動揺するなんて。

 話の内容が分からず、俺一人が浮いている。

 聞いても良いだろうか、硬直したように立っている一希を見上げた。

「う・そ、で~す。さすがに見る機会はありませんから」

 微笑み、剣の額を指先でつついた初音。一希にもウィンクしている。

 どさりと、一希が重たい体をソファーに沈めた。心底ホッとしている姿に、ますます気になってしまう。

「あの、皆様は何を話されているのでしょうか?」

「大した事ではありません。話すのも疲れるほど呆れた内容で……」

 体中の力が抜けてしまったかのように、一希はソファーに沈んだ。

 一方、背後では話がどんどん盛り上がっているようだ。

「隊長も兄さんと一緒に入れば良いのに」

「弟のあなたが説得して下さいよ。私はいつでも一希を受け入れる心構えはあるのに」

「隊長! 僕は!?」

「心路は心路だよ。お前は抱きたい。でも一希に貫かれたい。どちらも私だ」

「……その下心さえなきゃ、入ってくれんじゃね?」

「おや、男に下心がなくてどうしますか」

 堂々と宣言した剣は、徐に振り返る。微笑み、優雅に歩いてくると、一希の前で立ち止まる。

「一希」

「……何ですか」

「私にも見せて下さい、あなたの一物を」

 はっきりと、頼んだ剣に目が見開いた。

 一物、そうか。

 そういう話しか、とようやく理解した。

 達也と七海は、一希とお風呂に入ったと話していたから。凄い筋肉で、俺よりも横幅があったと話していた。

 その話がずれていき、そういった話になったのだろう。

「……見せません」

「良いじゃないですか。子供達だけに見せるなんてずるいですよ。私にも見せて下さい」

「子供達には何の邪気もありませんが、あなたは邪気の塊ですから。見せられません」

 顔をしかめさせ、断った一希に、剣の目がきらりと光っている。

 白い手が、一希に伸びようとして、素早く俺の方へ来た。

 咄嗟に腕を弾いたけれど、もう一本の手が死角から伸びてくる。下半身を、躊躇も無く握られた。

「なっ……!」

「せ、清次郎!!」

 前々から思っていた。

 剣の動きは、予想がつかない上に素早い。

 こうも防ぎ難いとは。

「……やはり清次郎さんも素敵な大きさです! 一希はこれ以上……!」

 興奮気味に叫ぶと、飛び込むように押し倒されていた。口付けだけはと、顔を背けて退けた。頬を掠っていった唇に血の気が引いてしまう。

 駆け寄ってくる紫藤達の気配を感じた時、体重を掛けていた剣の体が浮いた。

 腰を掴み、抱き上げた一希が助けてくれる。

「まったく! 今日くらいは大人しくなると思っていましたが」

「ずるいではないですか! お前の一物をこうも易々と見られたんですよ! 私が何度チャレンジしても失敗してきたというのに!」

「………………」 

 何か言おうとして、口を開いた一希は、結局何も言わずに剣を降ろしている。説教する気力も失くしたのだろう。

 大きな大きな溜め息をつき、剣の背中をそっと押して遠ざけた。

 けれど、諦め切れない剣が抱き付いている。俺を助けに来た紫藤に手を引かれながら、二人を見守った。

「一希……立派な一物です。自慢して良いんですよ」

「…………もう、何を言えば良いのやら」

「さ、遠慮なく披露して下さい」

 剣の両手が、一希のズボンのチャックに掛かる。いそいそと脱がせようとしたけれど。

 願いは叶わなかった。紫藤を庇うように後ろに下がり、一希が背負い投げた剣の足が当たらないよう気を付ける。

 床に叩き付けられた剣は、苦しそうに横たわった。

「隊長! ……このデカブツ! 隊長に何するんだよ!」

「投げて欲しくなければしっかり握っていてくれ」

 駆け寄った心路が助け起こす様を見下ろしながら、両手を叩いて埃を払っている。

 一度、溜め息をつくと顔を引き締めた。

「まったく…………困った人だ」

 そっと笑った一希は、自分の位置に戻っていく。その後ろ姿と、倒れている剣を交互に見つめ、俺も密やかに笑った。

「……清次郎? どうした?」

「いえ、何でもありませぬ」

 紫藤の腰を支え、シューティングゲームに夢中になっている達也のもとまで連れていく。克二と勝負しているのか、コントローラーを握る手に力がこもっている。

 七海が応援し、初音が笑う中に紫藤を加えた。後ろから画面を見る振りをしながら、心路に抱き起こされている剣を遠くに見る。

 一人仕事に戻った一希の背中を見つめ、心路に口付けた剣は立ち上がった。

 その顔はいつもの剣で。

 迷いはない。

「……絆……のようなものか」

「ん? 何か言うたか? 清次郎」

 手に汗握る攻防に、一緒になって盛り上がっていた紫藤が振り返る。

 生涯の主の顔を見つめ、皆がゲームに夢中になっていることを確かめ、滑らかなおでこに素早く口付けた。

 紫藤の目が見開いていく。

「せ、清次郎?」

「……申し訳ありませぬ」

 そっと抱き寄せると、もう一度口付けた。ゲームの音と、皆の歓声が響く中で、紫藤を抱き締めた。

 主の体はとても温かかった。

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