妖艶幽玄奇譚

樹々

文字の大きさ
上 下
36 / 84
第一幕

奇ノ三十三『愛と愛』

しおりを挟む


 遠い時の中で出会えた人。

 とても、とても、愛しい人。

 死してもなお、共に居たい。

 どのような姿になっても良い。

 ただ、共に。

 魂さえも溶け合うほどに。



 あなた様の側に。



 あなた様と共に。



 永久に。



 どれほど時が流れようとも。





「……ずっと……ずっと……永久に……」

「隼人……! 隼人!」

 揺さぶられ、愛しい人の声が遠のいた。

「隼人! しっかりして、隼人!」

 遠のいたはずなのに、愛している人の声が聞こえている。

 どういうことだろう? 震える瞼を開いた。

 飛び込んできた、俺と同じ顔。左目の下にある黒子が、双子の兄の幸人だと教えてくれる。

「兄貴……?」

「……隼人!!」

 抱き締められ、訳が分からなかった。体はだるくて仕方がない。

 ここはどこだろう? ぼんやり見上げた天井は白く、借りているマンションではなかった。

「兄貴……? 俺……?」

「影は……見えないかい?」

 囁かれ、体を跳ね起きさせた。

 そうだ。トラックにひかれそうになった時、黒い影が体から噴き出した。頭の中に声が響き、体と意識がもっていかれそうになったはずだ。

「影は! 影はどうなったんだ!?」

「……もう、見えていないね?」

 兄貴の胸元を掴んで叫んだ俺を落ち着かせるように、頭を撫でてくれた。

 恐る恐る、自分の体を確認した。噴き出していた影は消えている。

 ホッとしたら、力が抜けてしまった。

「ここはどこだ……? トラックの人は……」

「今はまだ、病院だよ。横転したけれど、運が良かったのか軽い怪我で済んだって。後で一緒に、お見舞いに行こう」

「警察は……」

「私が話しておいた。発作を起こして、道路に飛び出してしまったことになっている。さっき、特別機関から連絡が入って、事後処理をしてくれることになった」

「特別機関が? 何でだよ」

 一般の警察官に、特別機関が介入してくることはない。俺が起こしてしまった事故だ、俺が責任をもって処理する必要があるのに。

 何故、特別機関が出てくるのだろう?

 説明を求めた俺に、兄貴の目は迷っていた。俺の跳ねている髪を撫で続け、額に軽いキスをされた。

「お前を一秒でも早く家に戻すためだ」

「……俺を?」

「紫藤さんと清次郎さんが来てくれることになった。その時に、全て話して下さるそうだ。私もまだ、詳しい話は聞かされていないんだよ」

 唇にもキスをした兄貴は、俺の腕を引いた。寝かされていたベッドから降ろされる。

「お前の性格上、巻き込んでしまった方に挨拶もなく帰れないだろう? タクシーに待ってもらっている。急ごう」

 何が何だか、分からなかった。兄貴の手に引かれるままに病室を出て、処置を終えて病室にいるトラックの運転手の所まで行くことになった。

 訳が分からなくても、俺のせいで運転手に怪我をさせてしまったのは事実だから。誠意をもって謝った。彼も不注意だったと、発作を起こした俺を心配してくれていた。

 挨拶が済むと慌ただしく兄貴に手を引かれ、病院の外に連れ出された。止まっていたタクシーに手を振り、呼び寄せると俺を車内に押し込んでいる。

 自分も後部座席に座り、住所を告げても落ち着かない様子だった。足を揺らすようなことはしなかったけれど、顔が強張っていた。

「なあ、兄貴。どうなってんだよ」

「……私はとても後悔したよ」

 兄貴は髪を掻き上げ、俯いた。いつも綺麗に整えている髪が、雨に濡れてそのまま乾いてしまったせいか、少しパサついている。

「お前からほんの一瞬でも逃げた自分が許せない」

「……兄貴」

「お前の前では常に、強い兄でいたい。情けない姿は見せたくない。そう、思った自分をどれほど後悔したか……!」

 手を組み合わせ、震わせている。

「私が拒まなければ、お前が危険な目に遭うことはなかった! あんなに苦しませることはなかった……!!」

「兄貴!」

「私が……! 私が……!!」

「兄貴!」

 両手の指が手の甲に食い込んでいた。力尽くで離させる。また握り締めてしまわないよう、俺の手を挟んだ。

 タクシーの運転手がチラチラとこちらを見ていた。同じ顔をした男が二人、何を揉めているのかと気になるようだ。兄貴に妙な噂がたってはいけない。

「落ち着けって、兄貴。もう、良いから」

 俺も我がままだった。完璧主義者の兄貴に、いきなり過ぎたんだ。もっと段階を踏むべきだった。

 兄貴の肩を抱いて、落ち着くまで待った。タクシーは雨の道を走り続け、寝静まった住宅街へと入っていく。

 俺達が住んでいるマンション前に横付けしたタクシーにお金を払い、大人しくなった兄貴の手を引いてエレベーターに乗った。

 部屋の前に着いても、兄貴は大人しかった。鍵を開けて中に入り、電気のスイッチを押した俺は、すぐに除湿のスイッチも押した。

「やっぱ雨が降ると、一段と湿気が凄いな」

 あの事は無かったことに、俺はそうすることにした。兄貴が苦しむくらいなら、抱く側に回らなくたって良い。

 今までどおり、兄貴が側に居てくれるなら。

 それで良い。

「シャワー浴びるか? 先に入って……」

 兄貴を振り返ったら、裸になっていた。

 息を飲んだ俺の方へ歩いてくる。

「お前を一人にはできないよ。シャワーを浴びるなら一緒に」

「……お、おう」

「さ、おいで」

 手を引かれ、気迫に押されるように連れて行かれる。

 脱衣所で服を脱がされた俺は、風呂場でされるのかもしれないと覚悟をしていたけれど。兄貴は俺の髪と体を綺麗に洗い、自分も丁寧に洗っただけだった。

 何も、されなかった。

 さすがに今日は、そんな気にはならないのだろう。髪を拭き、腰にバスタオルを巻いて部屋に戻った俺達は、時計を確認して笑った。

 午前三時を過ぎている。そろそろ寝ないと、体に悪いだろう。

 髪を軽く乾かし、ティシャツを着ようとした手を止められた。俺とは違い、乾かす時に整えた髪をサラリと揺らした兄貴は、そのまま歩いていく。

「おい、兄貴。何か着ないと風邪ひくぞ?」

 除湿は点けっぱなしで寝るつもりだ。裸のままでは不健康だ。鍛えていても、風邪をひく時はひいてしまう。

「兄貴!」

 様子がおかしい兄貴の手を振り解き、まさか具合でも悪いのかと額に手を当てた俺は。

「……抱いて良いよ、隼人」

 真正面から言われた兄貴の言葉に、鼓動が高く跳ねた。



***



 マンションの部屋の全てに、紫藤から貰った札が貼り付けられている。勤務に出る時は服にも見えないよう、貼り付けられている。

 霊が見えなくなるだけの効果だと思っていた。単純に喜び、安心していたけれど。

「は……やと……あまり……顔を見ないで……くれないか?」

 兄貴の胸の突起を唇で挟み、愛撫していた俺は、恥ずかしそうに両腕で顔を隠した彼に胸が疼いた。

「見せてくれよ」

「駄目……変な顔になってるから……」

「変な訳ないだろう? それなら俺だって、いつも変な顔になってるってことになるぞ」

「お前は可愛いから」

「……だから、同じ顔だって」

 兄貴の手を掴んで顔から引き離した。俺と同じ顔なのに、色気がある男。整えていた髪をベッドに散らせ、息を乱している。

 鍛えられた体はしなやかだった。硬さを増したモノに手を這わせ、その後ろへ滑り込ませれば、眉間に皺を寄せている。

「見ないでと言っただろう?」

「俺だっていつも見られてるんだ」

「仕返しかい?」

「まさか。もっと可愛い兄貴が見たいだけだ」

 俺用にと、いつも使っているローションを手に取った。兄貴が逃げないよう、体重を掛けながら左手に垂らしていく。程良く濡らした中指を兄貴の後ろへ宛った。

「……っ」

 目を瞑った兄貴は、やっぱり顔を隠そうとする。入口を潤しながら、少しずつ指を入れていった。ますます顔を覆った兄貴の手の甲にキスをした。

「……幸人」

 腕に沿って唇を滑らせていく。辿り着いた肩に軽く噛み付きながら首筋にもキスをした。程良く長い髪に鼻先を埋め、もう一度呼んだ。

「幸人……」

 見えた耳たぶにもキスをした。隠されている顔にもキスがしたい。手の甲や腕にキスを降らせ、中を探る指を二本に増やした。

「幸人……キスができない。顔見せてくれよ」

 奥を探りながら囁いた。ヒクヒクと震えている太股は、感じていると教えてくれているのに。肝心の顔が見えないから、実際はどうなのか分からない。

 抱く側は初めてだから。いつも兄貴がしてくれることを思い出しながらやっている。

「幸人……兄貴……」

 腰を引き寄せ、足を絡めれば、顔を覆っていた腕が離れた。

「可愛いという言葉は……使わないでくれ」

「兄貴?」

「隼人……」

 目元を赤くした兄貴は、俺の顔を引き寄せた。重なった唇はすぐに開き、熱い舌を絡めてくる。応えながら、兄貴の髪を撫でた。

 俺よりも柔らかい。良い匂いもする。秘部を探りながら、足を開かせるように軽く持ち上げた。

「ぁっ……はぁ……隼人……」

 兄貴が緊張したように、体を強張らせている。珍しい姿に、鼓動がどんどん速くなっていく。



 こんな兄貴がいたなんて。



 同じ顔の男の頬を一撫でした。左目の下にある黒子を親指でなぞってやる。

 汗ばんだ体を、初めてのこの瞬間を、生涯忘れないよう、目に焼き付けた。

「兄貴……!」

 抱え上げた両足を広げ、兄貴の中へ入っていく。狭いそこを突き上げ、奥まで入れ込んだ。

「ああっ!」

 すがり付いた兄貴の両腕が俺の背中に回った。繋がった場所の熱さに目眩がしそうになる。

「幸人……!」

 俺を受け入れた兄貴は、足をすり寄せた。短い息を吐き、力を抜こうとしてくれている。

 俺も初めての時は痛かったから。落ち着くまで、力が抜けるまで、待った。

「大丈夫か、兄貴」

 張りのある肌に手を這わせ、少し震えている体を労った。背中に回った両腕の力は強く、俺を離さない。

「兄貴……幸人……」

 耳に何度も囁いた。乱れてしまった髪に鼻先を埋め、腰を抱き締めた。

「……だから……拒んだのに」

 囁かれた言葉に顔を上げようとしたけれど。兄貴の右腕が俺の首をしっかり押さえた。顔が見えない。

「お前に心配されるなんて……」

「そんなことを気にしていたのか?」

「私にとっては重要だよ。お前の兄で、お前を支える男でありたいからね」

「……あのさ」

 ホールドされている首は諦め、兄貴の左足を大きく広げた。ますます首を押さえる力が強くなる。

「言うなって言われたけど……」

 腰を引き寄せ、突き上げた。広げた足が跳ね上がる。なるべく負担がないよう、ゆっくり、優しく、突き上げる。

 それでも最初は辛いだろう。汗ばむ兄貴の体に体重を掛けながら、耳に囁いた。

「本気で可愛いよ、兄貴」

「隼人……! 言うなと……あぅっ……!」

 奥を刺激すれば、ホールドされていた首が自由になった。素早く起き上がり、兄貴の右手をベッドに押さえつけた。

 見えた顔は、赤味を帯びている。

 いつもは涼しい顔をしている目元に、光るものが滲んでいた。

「……可愛い」

「……意地の悪い子だ!」

「だって、可愛いんだ。仕方がないよ」

 同じ顔に何をと思うのに。

 いつも俺の顔を見て可愛い、可愛いと言っていた兄貴の気持ちが、少し分かった気がする。

「……兄貴……幸人……ありがとう」

 俺を受け入れてくれて。

 側に居てくれて。

「ありがとう」

「……どうしたんだい?」

「別に。ただ、そう思っただけ」

「隼人……?」

 俺の頬に手を当てた兄貴の温もりを感じながら目を閉じた。

 子供の頃の事を思い出す。

 両親が信じてくれなかった霊の存在を、兄貴だけは信じてくれた。

 部屋の隅で泣く俺の前で両手を広げ、見えない霊に帰ってくれと言ってくれた。

 いつだって兄貴は俺の味方で、理解者だった。

「隼人? 何か見えるのかい?」

 兄貴の手は、温かくて。

 大好きだ。

「愛してる、兄貴」

 今日だって、助けに来てくれた。震えていた俺を抱き締めてくれた。

「愛してる」

 兄貴の手を取り、抱き締めた。

「ずっと一緒に居てくれ」

「……隼人」

「時々、また抱かせてくれよな」

 頬にキスをし、少し体を起こした。困ったように笑った兄貴の額にもキスをして、両足を抱え上げる。

 熱い中は、ずいぶん解れていた。兄貴はもう、顔を隠さない。

 足を抱え上げながら、体重を掛けていく。深く繋がったせいか、兄貴の顔が苦しそうに歪んだ。

「ぁ……はぁ……ん……隼人……隼人……」

「兄貴……幸人……!」

「ぅんっ……!」

 良いところに当たったのだろう、俺の肩を握り締めている。汗で貼り付いた黒髪は扇情的で。いつものクールなイメージとは違って見える。

「はっ! 凄い……腰……止まらないしっ!」

「は……やとっ!」

「兄貴……!」

 体を抱え込むように抱き締めた。弾けた熱が、兄貴の中で暴れている。

「……ぁ……ぁ……なんて……!」

 兄貴の指が俺の背中に食い込んでいる。力一杯抱き付かれた背中は、きっと赤い跡が残るだろう。

 残してくれて良い。兄貴を抱いた証しだ。

 顔を埋めた首筋に、俺も赤いキスマークを残した。

「…………何て元気な子だ。まだ暴れているよ」

 入れっぱなしだった俺の背中から手を引いた兄貴は、繋がった場所を指でなぞっている。

「とうとう、私も抱かれたね」

「……嫌……だったか?」

 あまり入れていてもきついだろう。そっと抜いてやった。広げていた足を戻しもせずに、溢れてくる白濁をじっと見つめている。

「兄貴……?」

 顔を寄せ、表情を確かめたら。

 世界が反転していた。

 たった今まで兄貴を抱いていたベッドで、俺が仰向けにされている。

 極上の微笑みで、見下ろされている。

「さて、隼人」

「……まさかとは思うんだけどさ」

 じりっと逃げ腰になった俺の腕をむんずと掴んだ兄貴は、自分の後ろへ当てている。ツーッと垂れていった白濁が、手に落ちてきた。

「こうして私も、覚悟を持って抱かれた訳だ」

「……う、うん」

「今度は私が抱く番だとは思わないかい?」

 にこりと、笑った顔が恐ろしい。

 顔をひきつらせながらベッドから下りようとしたけれど。体重を掛けられ、動けない。

「私をとても心配させたんだ。何処にも行ってしまわないよう、体を疲れさせてあげる」

「そ、それなら俺がまた抱くってことで……」

「駄目」

 一言、たった一言で動きを封じられた。

 ほんの数分前まで、俺の手で、俺のモノで、涙まで滲ませた人とは思えない。

「……泣いても止めないからね」

 宣言した兄貴は、俺が抵抗できないよう、形の良い唇で俺のモノをくわえ込んだ。

 絡まった舌は、俺から全ての力を奪っていった。

しおりを挟む

処理中です...