妖艶幽玄奇譚

樹々

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第一幕

奇ノ三十一『甘い誘惑』

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 室内の電気はわざと点けていた。

 ベッドに横になった兄貴のパジャマのズボンをずり下げ、自分から顔を寄せていく。

「隼人……いつになく積極的だね。どうしたの?」

 キングサイズのダブルベッドは、身長の高い俺達で横になると少し狭く感じた。

 双子の兄幸人と共に東京に転勤になって間もなく、福岡へ移動になった。訳が分からない人事異動に戸惑いはしたけれど、兄貴と一緒だったので何処でも良かった。

 二人で借りたアパートは、少し狭い。急遽の引っ越しだったため、部屋を充分に調べることができなかった。おかげで東京から持ってきたキングサイズのダブルベッドは一つしか置けない。

 俺が使っていた黒いベッドを一つだけ置いた寝室。

 だから。

 いつも兄貴に抱かれた。

 交番勤務の俺と、刑事の兄貴。

 帰る時間帯が違うし、帰って来られない時もある。

 だからだろうか、俺が先に帰って寝ていても、隣りに滑り込んだ兄貴にいつの間にか裸にされて抱かれているし。先に帰って寝ている兄貴が起きないよう、細心の注意を払いながらベッドに入っても、すぐに目を開け抱かれてしまう。

 ベッドが一つというのは、問題があるだろうか。

 この頃、思う。

 そんなにがっついてしなくても、逃げはしないと兄貴に言えば。微笑みながら囁かれた。


『ずっと我慢してきたんだ。まだまだ触れ足りないよ』


 と。言いながら脱がされ、まだ寝るには早いと抵抗した俺を難無くベッドに押し倒して抱いた兄貴。抵抗しきれない俺もまた、兄貴とずっと、触れ合いたかったのだと密かに思い知っていた。

 思い知って、どうしても我慢ができなくなった。

「……隼人?」

 硬さを増す兄貴のモノを丁寧に口の中で愛撫しながら、ズボンを脱がせてしまう。抱く気だった兄貴は下着を着けてはいなかった。

「……ぁ……はぁ……隼人……可愛い子だ……」

 脳に直接響くような、痺れる声を聞きながら愛撫を続けた。引き締まった太股を撫でていく。臑まで丁寧に撫でると、弱い太股をゆったりと撫でてやった。

 兄貴の息が上がっていく。モノから一度、唇を離すと太股を緩く広げた。内側の、少し柔らかい部分に歯を立てながらキスをした。

「ぅん……」

 感じている声に、俺の体も興奮してくる。

「気持ち良いか?」

「ああ……とても気持ち良いよ……」

 俺を褒めるように頭を撫でてくれる。風呂上がりにそのまま乾かした俺の黒髪は、少し跳ね飛んでいた。飛び出している髪の毛を摘んで遊んでいる。

「兄貴……」

 首筋にキスをしながら、パジャマの上着に手を掛けた。ボタンを外し、広げた胸元にキスを降らす。張りのある胸板に軽く歯を立てると、兄貴の上半身がベッドに沈んだ。追い掛けてはキスを繰り返す。

「ぅん……ん……本当に……今日はどうしたの? 何かあったのかい?」

 舌で突起に触れる俺に、たまらないと微笑んでいる。腫れているモノに手を這わせ、ゆっくりと扱けば唇にキスされた。

「隼人?」

「……俺が、積極的になったらおかしいか?」

 俺のパジャマのボタンに手を掛けた兄貴は、丁寧に外しながら微笑んでいる。同じ顔とは思えないほど、色気がある。

「いいや? 大歓迎だよ」

 腰を引き寄せられると胸の突起を口に含まれていた。

「……ぁっ!」

 含んだまま、舌先が何度もなぞるように動いている。腰が震えるほど感じてしまう。兄貴のモノを握る手がカタカタ震える。

「あ……兄貴……!」

「ん……ちゅっ……ずずっ」

「うっ……!」

 ずんっ、と下半身に熱がこもる。分かっているのだろう、パジャマの上からなぞられた。

 このままではまずい。兄貴の舌技が始まると抵抗できなくなる。

 震える体に力を込め、上半身を起こした。兄貴の舌が突起から離れる。

 何か言われる前に彼の唇をキスで塞いだ。兄貴の中に舌を差し込んでいく。こちらに入られると、負ける。

 俺より長い黒髪を掻き上げながら、深いキスを繰り返す。兄貴の舌は俺の舌を迎え入れ、喉奥まで来いと言っているかのように自由にさせてくれる。



 兄貴の機嫌は上々だ。



 俺から仕掛けたのも、喜んでくれている。



 兄貴の舌を吸い上げ、モノを手で愛撫しながら体重を掛けた。深いキスを外すと、濡れた唇が光って見えた。

「隼人……もうたまらないよ……!」

「俺もだ……兄貴……」

「今度は私が愛してあげる」

 極上の微笑みを見つめながら、ゴクリと生唾を飲み込んだ。

 同じ顔の双子の兄貴。

 俺には無い、左目の下にあるほくろを親指でなぞりながら、ずっと胸に秘めていた想いを打ち明けた。

「今夜は……俺が……抱きたい」

 伸ばし掛けた両腕をピタリと止めた兄貴は、まじまじと俺を見上げている。弾んだ息を整えながら、兄貴の胸に触れた。

「……誰を?」

 掠れた声に、負けるな、と自分を励ましながら顔を寄せた。恥ずかしくて、顔から火が噴きそうだ。黒髪から覗く耳に囁いた。

「あ、兄貴を……抱きたい」

 両腕で抱き締めた。

 二人で居ることが当たり前になっていて。

 同じベッドで何度も抱かれて。

 いつしか、俺も兄貴を抱いてみたくなった。

 俺の体に感じて、色っぽい顔をしている兄貴だ。俺が抱いたらどうなるのだろう?

 もっと、もっと色っぽくなるに違いない。

 兄貴を愛したい。

「兄貴……抱きたい」

 駄目だとは言わないはずだ。兄貴は俺に惚れているし、俺だって兄貴が好きだ。

 いつだって俺のことを大事にしてくれたし、俺の頼みなら聞いてくれる。特別機嫌が良い日を選んだ。きっと、受け入れてくれる。

「兄貴…………ぇ?」

 愛撫を続けようとした俺の手が、そっと払われた。体重を掛けていた俺を押し退けている。

 無言でベッドを降りた兄貴は、脱がせたパジャマのズボンを拾うと履いてしまった。

「あ、兄貴!?」

 背中を見せる兄貴の肩は、少し震えていた。

「……すまない」

 そう、一言だけを残して、寝室を出ていってしまった。

 追い掛けようとした体から力が抜ける。ベッドの上から動けなくなった俺は、呆然とドアを見つめることしかできなかった。



 拒まれるかもしれないと、ほんの少しだけ心配していた。



 でも、ここまで拒絶されるとは、夢にも思わなかった。



 へたりこんだ体は動かない。熱を上げていた体は、急速に冷えていった。

 一人きりの大きなベッドは、虚しくて仕方がない。兄貴に拒絶されるなんて。

「……んでだよ……!」

 枕を殴った俺は、微かに聞こえてきたシャワーの音に唇を噛み締めた。俺が触れた場所を洗い流しているのだろうか?

「……そんなに……嫌なのかよ!」

 ベッドを降りると、パジャマを脱ぎ捨てた。適当に服を着ると、鞄に服や下着を詰め込んだ。財布とカードを確かめ、寝室を飛び出した。

 シャワーの音はまだ聞こえていた。



 今、出てくれば思い留まるのに。



 願うように浴室のドアを見つめたけれど。兄貴は出てこなかった。

「くそっ!」

 髪を掻き回し、玄関のドアを開けると外へ飛び出した。雨が降っていたけれど関係ない。エレベーターに乗り込むと壁を叩いた。

 一階まで降りたところで雨の中、走っていく。兄貴に追いつかれないよう、どこへ行ったか分からないよう、とにかく走った。街灯の明かりだけが灯る細道は薄暗い。



 どうせ追ってはこないだろう。



 思うのに、追ってきて欲しいと思う自分もいて。



 苛立ちだけが募る。

「くそっ……くそっくそっくそっ……!!」

 叫びながら走った。雨水が足下を跳ねていく。視界は悪く、目に入る雨に瞼を強く閉じた。

 眩い光が体を照らし、クラクションが鳴り響く。閉じていた瞼を開いた時、大型トラックが視界いっぱいに広がった。

 ハンドルを切った大型トラックが横向きになったけれど、雨水でタイヤが滑ってくる。俺の体に接触する。



 ドクン。



 ドクン……ドクン……。





 ドックンッ!





 体中から黒い影が噴き出した。接触しようとしたトラックを弾き飛ばす。片輪で滑ったトラックが横転し、後方から来ていた車が次々に停まった。

 大通りまで走っていたのか、近くのコンビニから騒音を聞きつけた人々が出てくる。ガソリンスタンドの従業員が、携帯を手にこちらを見ながら電話している。

 きっと警察が来るだろう。

 トラックの運転手は無事なのか。

「ぁ……ぁっ……うぅ……」

 膝をついた体を起こすことができない。影が次々に溢れ出てくる。誰かに引っ張られているような、強い力が吸い寄せようとしている。

「大丈夫ですか!? どこか怪我を!?」

 トラックの運転手を助け出している人と、俺を助けようとしてくれる人が、大通りに溢れた。胸を押さえる俺に、親切な人々が肩を貸してくれたけれど。

 胸が苦しくて仕方がない。

 頭の中に霞がかかる。


【兄じゃ……!】


 いつか聞いた、男の声が聞こえてくる。頭を押さえて蹲った。誰かが支えてくれているけれど、その手すら怖くて振り解く。


【兄じゃ……! あに……さま……! 兄様……!!】


「うぁ……うああぁぁ――!!」

 叫んだ俺の体を、誰かが後ろから抱き締めた。長い両腕が俺を包み込んでくれる。

「すみません! 弟は発作を起こしています! どこか休める場所へ!」

「あに……さま……」

「しっかりしなさい、隼人!」

 頬を打たれ、カタカタ震えた。影はまだ、俺を包んでいる。何処へ行こうというのか、俺を連れて行こうとしている。

 震える体は、兄貴の背中に背負われた。ガソリンスタンドの一角に寝かせてくれる。従業員に貸してもらったタオルと毛布で体を包まれた。

「大丈夫ですか? 救急車も呼びましたので」

「ありがとうございます。少し休めば落ち着きます。それよりもトラックの方をお願いします。警察が来るまで、ここに居ますので」

 俺が飛び出したことによる事故だ。警察官として、事情聴取を受けなければいけないけれど。

 まともに話せそうにない。奥歯が噛み合わない。

「隼人、いつも札を身に着けていなさいと言っただろう……!」

「兄貴……! 影が……また影が……!」

「落ち着いて……飲まれないで……!」

 兄貴は紫藤蘭丸に貰った札を、俺の服の中に差し込んだ。後ろから抱き締めながら、携帯を取り出している。

 数回コールが鳴ったけれど、相手が出なかったようだ。もう一度コールしている。

 今度は繋がったのか、矢継ぎ早に話している。

「弟が……隼人が! 影がまた出てしまって……!」

〔落ち着いて下さい。今、紫藤様が達也の悪鬼を封じています。こちらからの繋がりを断ち切れば、隼人様の悪鬼は繋がることができないはずです〕

「しかし……!」

〔終わり次第、そちらも封じます。携帯はこのままで。渡していた札を巻いて準備をしていて下さい〕

「……分かりました。できるだけ早くお願いします!」

〔はい〕

 兄貴はもう一枚、札を取り出すと携帯に巻いている。それをぼんやり見ながら、意識が遠のいていくのを感じた。



 達也……? あっき……?



 何のことだろう。ずるりと崩れ落ちた俺の体を抱き締めた兄貴は、何度も俺を呼んでいたけれど。

 霞がかかった意識を戻すことは出来なかった。

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