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第一幕
奇ノ二十七『侍の決意』
しおりを挟む俺の手の中に、ふがもが、暴れている紫藤が居る。何とか抜け出そうとしている主を笑いながら押さえ、引きずるようにしてドアから離れた。
「ふぁなふぇ! せいひろう!」
「しっ! 子供らには子供らの、仲直りの仕方というものがございます。俺達が出ていくことではありませぬ」
「しふぁし……!」
紫藤の口を手で押さえたまま、階段まで引きずった。そこに紫藤を座らせ、抱き寄せるようにして動きを封じつつ、口からそっと手を離してやる。
大きく息を吸った紫藤が立ち上がろうとしたので、両腕で抱き締めた。
「離さぬか! 清次郎!」
「せっかく仲直りしたのです。もう暫く、二人だけにしてやりましょう」
「しかしく、く、く……口付けなど……! 早すぎるではないか!」
「まあ、そうかもしれませぬが……せっかく出来た二人だけの時間なのです」
「二人だけの時間だと!? そのような不埒な時間など……」
「蘭丸様と、俺の、二人だけの時間です」
興奮している紫藤の耳に囁いた。ピタリと、動きが止まる。まじまじと俺の顔を見つめ、ふんっ、とそっぽを向いている。
「そのような言い方はずるいぞ!」
そう言いながら、肩に顔を乗せてきた。腰を抱きながら、長い白髪に触れた。サラサラと指に通し、遊ぶ。くすぐったそうに笑っている彼に、俺も笑ってしまう。
「こうして二人、ゆっくりするのも宜しいかと」
「……うむ」
「……例の依頼は、お受けになるのでしょう?」
もたれかかる重みを受け止めながら言えば、綺麗な眉を内に寄せている。
「……二人を置いて行くのは心配ぞ」
「されど……轟様でも払えぬほど、強い悪霊が発生しているのです。紫藤様が行かねばなりますまい」
主の白髪を撫でながら言いつつも、俺も達也と七海を置いて行くのは心配だった。
紫藤が三つの珠の力を融合させ、鳥の姿を達也と七海に見せたことは、本当に嬉しいことだった。紫藤が心から二人を信頼し、かつ心を許している証拠だからだ。
二人の前だと言うのに、どうしても気持ちが抑えられなかった。早く紫藤を甘やかしたくて、浚うように抱き上げていた。
寝室に入り、すぐに紫藤に口付けた。二人ベッドに倒れ込み、感情のままに甘い口付けをしていた時だ。紫藤の服に手を掛け、脱がせている最中に俺の携帯電話が鳴ったのは。
知らぬ振りをしようかとも思ったけれど。スッと、意識は正常に戻っていった。呼び出し音が、個別に設定していた特別機関からのものだったからだ。
音が鳴らなければ、気持ちのままに紫藤を抱いていただろう。その気になっていた紫藤が鼻息荒く催促していたけれど、電話の内容が気になった。詫びつつ、携帯の通話ボタンを押していた。
そこで知らされた、依頼の件。相手は北条一希、特別機関の副隊長だった。何となく、気まずく思ったけれど、声には出さなかった。
彼から現状を聞き、これ以上は依頼を先に延ばせない事を紫藤に伝えた。達也と、そして七海の側を離れられないため、どうにか特別機間のメンバーに持ち堪えてもらっていたけれど、それも限界が来たようだと。
この後のことを細かに話し合った。紫藤が出向かなければ払えない悪霊の数と、達也と七海の事まで綿密に計画を立てた。
「なるべく早く、終わらせましょう」
「……いや! やはり今の二人を二人きりにするのは危険ぞ! 達也が何をするか分からぬではないか!」
「二人は互いを友と思うておるのです。紫藤様と美祢様と、同じなのですよ」
懐かしい人の名を出せば、押し黙った。紫藤が友と認め、親しくしていた女性、桂美祢の名前には弱いらしい。俺の腕にしがみ付いてくる。
「……お主はずるいぞ!」
「左様で」
「…………どうしても行かねばならぬのか」
「紫藤様の力を待つ者は多くおります。はよう、助けてやって下され」
この世に残ってしまった霊達。なりたくてなった訳ではない悪霊の姿。彼らを解放し、無事にあの世へ送り届けてやる。それが霊媒師としての、紫藤の誇でもあるはずだ。
「彼なら、任せられます」
「……もよや、またしても他人を入れることになろうとは」
「信頼できるお方です」
「分かっておる」
ふんっ、と鼻息を吹き出す紫藤を愛しく思いながら、胸に抱いた。大人しくなった主は、俺の腕の中で目を閉じている。子供のように甘える彼を胸に抱きながら、これからの事を頭に思い描いた。
素早く、的確に、依頼をこなす。
そして一秒でも早く、この家に戻って来なければ。
「……さ、今日はもう、寝ましょう」
「そうだの。二人にはいつ、言うのだ?」
「明日の夕刻にでも」
「……うむ」
ポンッと紫藤の背中を叩き、腰を抱きながら立ち上がった。ちょうどその時、カチャリと音がして。
ひょっこり、ドアから覗いた達也の顔。俺達を見ると、ニヤリと笑っている。
「お邪魔様!」
「……達也」
「七海~。まだラブラブかかるってさ~~」
ドアを閉めてしまった達也に溜息が出る。
溜息が出るけれど、楽しいのも事実。
紫藤と俺が生きる時間の中にできた、掛け替えのない存在が二つ。
「……守らねばなるまい」
「はい。そのためにも急ぎましょう」
「うむ!」
長い白髪を手で弾いた紫藤は、凛とした横顔を見せている。颯爽と歩く主の一歩後ろをついて歩きながら、俺も顔を引き締めた。
四人で寝ている和室のドアに手を掛ける。ドアを開けた俺は、飛んできた枕を反射的に叩き落とした。
続けざまに飛んできたもう一つの枕もパンッと手で弾く。
「……清兄! そこは顔面ブロックだろ!」
そう、文句を言った達也に苦笑した。頬を膨らませる彼の隣では、七海がにこにこと笑っている。笑顔を取り戻した彼に微笑みながら、枕を一つ、拾う。
「すまんな。この程度の攻撃で当たっていては、侍とは言えぬ故!」
なるべく軽く、達也の顔目がけて枕を投げた。バフッと顔で受けた彼が仰向けに倒れていく。大の字になった彼は、悔しそうに両手足をバタつかせた。
「くっそ~~! 侍ずりぃ~~!!」
「あはは! まだまだ甘いぞ、達也!」
「ふんっ! 清次郎を狙うとは百年早いぞ!」
後ろから入ってきた紫藤が、自慢げに胸を反らしている。偉そうに胸を張る彼を見上げた達也は、そっと枕を手にすると、紫藤の顔面めがけて投げつけた。
取ることはできた。
紫藤を守るのが俺の役目だ。
だが。
「……痛いではないか!」
見事に顔面で枕を受けた紫藤が、落ちた枕を拾っている。それを達也に向けて投げつけた。素早く逃げた達也が、七海と一緒になって紫藤に向かっていく。
「七海! 捕まえろ!」
「うん!」
「こ、これ! 二人掛かりとは卑怯な……ぶふっ!」
七海に手を出せない紫藤は、腰に抱き付かれあたふたしている間にもう一つの枕を顔面に受けている。七海共々倒れ込み、顔を押さえて呻いている。
「……せ、清次郎! 助けてくれ!」
主の叫びに、応えない訳にはいかない。紫藤を押さえ込みに入った達也と七海をそれぞれ両腕に捕まえた。そのまま布団の上に転がしてしまう。
「……清兄、強すぎ!」
「褒め言葉として受け止めておこう!」
紫藤を抱き起こしながら笑った。
顔を押さえて呻く紫藤を腕に抱きながら、その白い頬に軽く口付けた。
「俺の命より大切な主だ。強うあらねばな」
腕に抱いてそう、宣言した。達也の口が大きく開き、七海の顔が赤くなっていく。
紫藤の顔は興奮で真っ赤に染まった。
「清次郎……! 男前過ぎるぞ……!」
ひしっと抱き付く主を抱き留めながら、達也と七海に片目を瞑って見せた。二人は互いに顔を見合わせると、肩を竦めて笑った。
彼らが大人になるまで。
独り立ちできるまで。
四人で一緒に。
「……さ、遊びはここまでだ。二人とも、寝るぞ」
「うぃ~っす。つか、エッチすんなよ?」
「余計な心配はしなくて良い。さ、紫藤様も」
しがみ付く紫藤を布団に押し込め、電気を消した。豆電球の淡い光が優しく照らしている。俺の右隣に陣取った紫藤と、その隣に転がった七海。一番端に達也が転がる。
「達也、七海、お休み」
「お休み~」
「お休みなさい」
きちんと返ってきた二人の返事に頷き、熱心に俺を見つめている紫藤の白髪に手を差し込んだ。
「紫藤様も、お休みなさいませ」
彼の腰に腕を回し、引き寄せた。
「……うむ!」
満足そうに胸に収まった紫藤は、しっかりと俺の腰に腕を回してくる。
「ひゅーひゅー、熱いね!」
口笛を吹いて冷やかした達也は、七海を引っ張り寄せている。
「お邪魔じゃね?」
「……ふふ、そうだね」
二人の笑う声を聞きながら、目を閉じた。
この幸せを守ろう。
紫藤と俺が生き続ける限り。
二人を守ろう。
達也と七海に気付かれないよう、俺の腰を二度叩いた紫藤。そっと目を開ければ、俺を見つめている。
言葉無く頷き、おでこに口付けた。目を細めた彼は、小さく頷いた。
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