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第一幕
奇ノ二十一『思春期』
しおりを挟む土井七海は、なかなか口を開かなかった。
せっかく清次郎が用意したすき焼きを食べている時も、四人揃ってお茶をしている時も。
開き掛けては、閉じてしまう。
よほど自分の言葉が怖いらしい。俺が彼の力を持っていたら、もっと有効に使うのに。
例えば空を飛ぶとか、食べたい物を出してみるとか。便利に使えると思うのに、七海は力を使うのを嫌がった。
「お前さ、もっとポジティブに考えてみろよ。使い方によっちゃ、すっげー良いと思うぜ?」
俺の隣に座っている七海に言ってもフルフルと首を横に振っている。もう一度風呂に入ってさっぱりした彼は、俺のティシャツと短パンを着ている。彼の服は全て濡れていたから、洗濯してもまだ乾いていなかった。
俺も同じ様な格好のまま、敷いた布団の上で胡座をかいた。四人で寝るからと、二階の和室に運んでいる。
「もったいねぇな。俺にその力があればさ、この変なの、封じられるのによ」
俺の中に居る悪鬼を封じて、外に出ることだってできるだろうに。
七海は凄い力が嫌いだなんて。いっそ、俺にその力をくれたら良いのに。
ぼやいていると、ドアが開いた。布団を抱えた清次郎が入ってくる。慌ただしく敷くと、もう一組取りに行った。
悠々と入ってきた紫藤は、清次郎が敷いた布団に座っている。
「少々狭いの」
「そりゃ男四人だとな」
「ほれ、可愛い清次郎。こちらへ来るが良い。私が隣で寝てやる故な」
「つか、手、出すなよ?」
嬉しそうな紫藤にそう、ツッコンでおいた。七海がいくら清次郎に似ていても、まだ十五歳だ。中学を卒業したばかりの彼に変なことをしないだろうかと不安になる。
「ふんっ。する訳がなかろう」
じろりと睨まれた時、またドアが開いた。せっせと運んだ清次郎が布団を整えている。
「暫くは四人で寝るからな。明日、もう一組買ってこよう」
「せめーって」
「それも明日だ。もう少し荷物を整えれば余裕があるからな。今夜は我慢してくれ」
清次郎は快活に笑い、俺の左隣にきた。
「ほれ、七海。お主はここぞ」
紫藤はポフポフ布団を叩き、七海を呼んでいる。ここ、というのは紫藤の左隣で。
俺の右隣は七海になるから、紫藤と清次郎で俺達を挟んで眠るらしい。
「良いの? エッチしなくて」
心配して清次郎に聞けば、頭を押さえ込むようにくしゃくしゃと撫でられる。
「余計な詮索はしなくて良い!」
「甘いな、達也。湯を浴びる時に……」
「紫藤様!」
清次郎が鋭く止めている。
ああ、と閃き、ニヤリと笑って見せた。
「風呂場でエッチ済みってか?」
「達也!」
「良いじゃん、隠すなって清兄」
健康的な肌を赤らめた清次郎は、コホンッと咳払いを一つすると視線を外すように明後日の方向を向いている。
無言のまま移動した七海が不思議そうに首を傾げたから教えてやった。
「この二人エッチするなか……ふがっ!」
「達也! いい加減にしなさい!」
清次郎が本気で怒りかけていた。これ以上からかうと、明日の朝飯に影響が出そうだ。この辺で止めておこう。大人しく口を閉じた俺の目の前で、紫藤が自慢げに胸をそらせた。
「良いか、可愛い清次郎よ。私と清次郎は熱き恋仲なのだぞ!」
「し、紫藤様!」
「心も体も繋げ、魂さえも一つにしておる。故に、清次郎を兄として慕うことは構わぬが、恋仲になることは許さぬ。良いな?」
真面目にアホな事を言っている紫藤にぶっと吹き出した。慌てたように清次郎が止めに行っているけれど、もう七海には理解できてしまったようだ。
俯く首筋が真っ赤になっている。
「その様な事を軽々しく言わないで下さいと何度も何度も申し上げておりましょう!」
「この家で共に過ごすのだ。万が一があってからでは遅い!」
「ありませぬ!」
「いいや、お主は優しい故、すぐに誰かれ構わず笑顔を向けるであろう! 清次郎と可愛い清次郎では、どちらに嫉妬すれば良いのか迷うではないか!」
大人二人が口論になっている。あふっと欠伸した俺は、ゴロリと転がった。
「お前も寝ろよ。長くなりそうだしよ」
促せば、コクリと頷き、どうしてか手拭いを取り出した。それを自分の口に銜えながら後ろで結んでいる。
「お前、何やってんだよ!」
跳ね起きた俺に、口論していた二人も振り返る。
口を封じるように手拭いを巻き付けた七海に、二人の目が静かに見開いた。
「……その様な物、着けずとも良い」
巻き付けたばかりの手拭いを清次郎が外してやっている。七海が取り返そうと手を伸ばしても、大きな手が握り締めて止めた。
「紫藤様がおられる。見たであろう? お前の力が出たとしても、紫藤様が全て吸って下さる。案ずるな」
「そうだぞ。私を信じよ」
今度は紫藤に頭を撫でられ、七海は大人しくなった。無言で頷くと、横になっている。紫藤も隣に寄り添うと、不器用そうな手で頭を撫でてやった。
「さあ、寝ましょう」
清次郎が明かりを消し、豆電球に変わった室内で俺達はそれぞれに寝転がる。三組しかない布団で男四人がくっつきあって眠った。
「お休みなさいませ、紫藤様。達也、七海もお休み」
「お休み~」
「うむ」
俺と紫藤が応えると、少し間をおいてから、か細い声が聞こえた。
「おやすみなさい」
と。
微笑んだ清次郎は、仰向けになったまま目を閉じている。俺も習って仰向けになった。
右隣の七海もまた、上を向いている。紫藤だけは、七海に寄り添いながら目を閉じた。何かあればすぐに止めるためだろう。
俺達は四人で眠る。一番に眠った紫藤の寝息に誘われた俺も、すぐに意識を手放した。
***
体が重たい。
息が苦しい。
何かに縛られているかのように、身動きができない。
まさかまた、影が来たのか?
そう思うと、鼓動が跳ねた。もがきながら身を捩るけれど、一向に体の自由はきかない。
早く紫藤に知らせなければ、焦りながらなんとか目を開けた俺は、苦しいだけでなく、少し暑いことにも気が付いた。
「…………!!」
思わず叫びそうになった口を引き結ぶ。重たい重たいともがいていた俺の体は、清次郎に抱き締められていた。顔が彼の胸に埋まり、息苦しかったらしい。重たかったのは、逞しい彼の腕が俺の腰に乗っていたからだった。
清次郎は熟睡していた。静かな寝息が俺の頭に掛かっている。腰に乗った腕は重たくて。
なにより、恥ずかしい。
今まで紫藤と清次郎の三人で眠ったことがあっても、彼に抱き締められたことはなかった。
なんとか彼の腕から抜け出そうと、重たい腕を持ち上げる。そうっと抜けだそうとした俺の動きを敏感に察知した清次郎が、ぼんやりと青い瞳を開いた。
「……紫藤様?」
寝ぼけているのか、俺を紫藤と間違えている。違う、紫藤はあっちだ、と教えようとした俺は、一際強く抱き寄せられてしまった。今度は両腕を使って胸に抱き留められてしまう。
「……ん……紫藤様……」
ちゅっと、おでこで音が鳴った。目が見開いてしまう。
なおも清次郎の唇が迫る。逃げようとすればするほど、子供を宥めるかのようにキスが降ってくる。頬や鼻先にまでキスされた。
「せ……清兄……!」
必死に彼の顔を押し退ける。冗談じゃない。俺は紫藤ではないし、兄と思っている人にキスされたくない。
重たい両腕から逃げるため、少し強引に胸を押し退けようとした手を握られた。また、清次郎の目が開く。
起きてくれたか、ホッとした俺は目の前で微笑んだ清次郎に不覚にもドキッとしてしまう。青い瞳は、とても愛しそうに俺を見つめている。
「蘭丸様……」
囁いた声は、俺を妙な気持ちにさせた。心臓が馬鹿になったみたいに煩く鳴っている。
清次郎に手を引かれた。頬に大きな手が添えられる。
清次郎の大きな唇が、ゆっくりと近付いた。
「…………!!」
唇に重なる一瞬前に、自分の手で口を塞いだ。その手の甲に、清次郎の唇が当たる。軽くキスした清次郎は、大人しくなった俺に満足そうに目を閉じて寝入った。
相変わらず、重たい腕が俺の腰に乗ったままで。
バクバク煩い心臓をどうしてくれるんだ、とすやすや眠る清次郎を睨んだ。
反則だ。紫藤が色気がある男だというのは知っていたけれど。清次郎に色気があるなんて聞いていないし、感じたこともないのに。
普段は呼ばない蘭丸様と、あんなに色気たっぷりに呼ぶなんて。二人きりの時はやっぱり、大人なのだろう。
眠気がすっかり取れてしまった俺は、清次郎の腕を腰に乗せたまま背後を振り返ってみる。そこでは紫藤にしがみ付かれた七海が居て。彼もまた、寝苦しそうにもがいているところだった。
俺も、七海も、誰かと一緒に眠ることに慣れていない。
暫く七海を見つめた俺は、もう一度清次郎の腕を持ち上げた。今度は素早く抜け出してしまう。そして隣の七海の体を引っ張り、紫藤の腕から助け出すと全身で抱き上げた。横抱きにできるほど、俺の腕は丈夫じゃないから。半ば引きずって布団から離れた。
すると紫藤がもぞもぞと動き出す。探すように手が布団の上を動き、清次郎は清次郎で青い瞳をぼんやり開いた。だらりと力を抜いている七海を膝に乗せて支えながら見守っていると、紫藤がずるずると移動していく。
「……紫藤様?」
清次郎の呼びかけに応えるように、紫藤が隣まで転がった。見つけた紫藤の体を自然に抱き寄せた清次郎。さっき俺にしたように、おでこにキスを落として宥めている。紫藤は紫藤で、清次郎の体に抱き付いた。
二人はぴたりと寄り添っている。その姿を見て閃いた。
この二人はいつも、この体勢で眠っているのだろう。清次郎の右に紫藤が眠る。三人で寝ている時に、清次郎が俺を抱き締めることはなかった。
それは俺が彼の左隣に寝ていたからだ。今回、清次郎は端っこに来て、俺が彼の右隣になってしまったから、紫藤と間違えて抱き寄せられてしまったらしい。
迷惑な二人だ。一人笑いながら、七海を引きずって紫藤の隣に寝かせた。解放された七海は、小さく丸まって眠り続けている。
そうっと動いた俺は、紫藤と清次郎に布団を被せ、七海に一枚、俺に一枚掛けて転がった。これでもう、抱き寄せられることはないはずだ。
ましてキスされることもない。
眠っている七海の顔を見つめながら、清次郎の微笑んだ顔を思い出す。もし、手を当てなかったら、大きな唇にキスされていたかもしれない。
キスって、どんな感じだろう?
七海の唇を知らず知らず見つめていた俺は、我に返ると自分の太股を抓った。
何を馬鹿なことを。
被った布団に丸まった。跳ね上がった鼓動は、なかなか元には戻らなかった。
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