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優勝の行方(90~91)

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 ダンは、セーブルの視線に気がつかない振りをして、よそを見た。
 どう考えても、カチェリーナとオフィーリアとパンチナは結託している。
 将来の王国のスリートップだ。
 実際のところ、相手が一人でも手に負えないのに、三人も出てきて、王子は、儂にどうしろというのだろう?
 何かできるとでも、思っているのか?
 頼らないでほしい。
 対する男側のスリートップは、セディーク、ダン、セーブルである。小粒感が否めない。
 早く、どこかに落着してくれないかなあ?
 などと、ダンの頭の中では思考が渦巻いている。
 オフィーリア、何とかしろよ。
 そう思って、オフィーリアの顔をうかがうと、オフィーリアは、にこにこと楽しそうに微笑んでいた。
 おそらく、ダンの葛藤など、見抜いている。
 ということは、オフィーリア方面からの打開は、不可能だ。
 あー。
 頭の中で、ダンは、自分の頭を強く抱えた。
 王子も抵抗なんか試みないで、さっさと降参しちゃえばいいのに。
 儂だったら、そうするな。
 うん。すぐ、そうする。
 それができないのは、若さということか?
 将来の夫婦生活の主導権とか、国民に対する王としての威厳とか、もしかしたら、王子は、そんなこと考えていちゃったりするのかな?
 王都の民の前で、嫁に負けるにはいかないだろう、とか。
 そんなの、逆らっても無駄なのに。
 そのへん、父親であるセディークはうまかった。
 民間人から王家に入って、なんだかんだとカチェリーナをうまくいなしつつ、子宝にも恵まれ、王国も発展させた。
 カチェリーナも、表舞台では、セディークを立てている。
 いや、べつに裏では馬鹿にしているとか、そういうわけではないけれども。
 そこは、二人とも、大人だということなのだろう。
 儂だって頑張ったよ。
 じゃじゃ馬娘みたいなオフィーリアを、よく乗りこなして、ここまでやってきた。
 乗りこなされたのは、儂の方かもしれないけどさ。
 老練なカチェリーナやオフィーリアと比べれば、パンチナは、まだ、子供だ。
 若さがなければ、これだけの観衆がいる中に、こう堂々とは乗り込んでこられない。
 身長もちっさいし。
 あ!
 そこも含めて、カチェリーナとオフィーリアの作戦なのか。
 衆人環視で、セーブルをパンチナが尻に敷いていると見せつけることで、『かかあ天下は王家の伝統』は、ちゃんと引き継がれていると印象づける。
 実際は、王家に限らず、どこの家庭も、大体は『かかあ天下』だ。
 そのほうが、家庭内はうまくいく。
 実感として、国民たちも、安定形はそうであるのだとわかっていた。
 今後の国家にも、伝統が引き継がれているのであれば、アスラハン王国は安泰だ。
 セディーク一世という不世出の王の次代も、アスラハン王国は心配いらないという、またとないアピールになっていた。
 セーブルの治世を、やりやすくするための、高度な政治術だ。
 やるなぁ、あいつら。
 王子、包囲網は、突破不可能です。

               91
「ダン!」
 と、誰かがダンの名前を呼んだ。
 ダン・スラゼントスの意識は現実に戻ってきた。
「ダン!」
 呼んでいるのは、セーブルだ。
 ダンは、ずっと明後日の方角を向いていたかったが、仕方なく、セーブルに向きなおった。審判が、選手から目を逸らし続けているわけにはいかなかった。
「ルール上、パンチナちゃんは、試合に参加できるのか?」
 セーブルが、こすずるいことを言っている。
「転生勇者シレン杯への参加資格は、あらゆる王国の者とされています。問題はないかと」
「パンチナちゃんは、まだ、帝国国籍だ」
「ひ!」
 と、ダンは息をのんだ。
 道楽息子が、失言をかましている。
 自分が、ずっと、先延ばしにしてきたというのに。
 パンチナの背後で闘気が揺れた。
 昇り龍の首が一本二本と増えていく。八岐大蛇やまたのおろちだ。
「パンチナ・クルス様は、王子の許嫁。全国民が、既に王国の姫と慕っております」
 ダンは、日和ひよった。
 王子一人より、スリートップだ。
「じゃ、名前は? パンチナ・クルスなのに、ナックルスだって。なりすまし詐欺だ」
「我が妻、オフィーリアは、友人から、オフィっちゃんと呼ばれています。ナックルスは、パンチナ・クルスからの愛称でしょう。問題はないかと」
 パンチナが、両手に持っていたトンファーを地面に投げ捨てた。
 カラン、コロンと、左右のトンファーがぶつかって音を立てた。
「変装する気でこんなもの握っていたけど嫌いなのよ。本当は、素手で殴るのが一番好き」
 パンチナの両手には、皮革に金属板を貼ったグローブがはめられている。
 右手で拳を握りしめて左掌を、左手で拳を握りしめて右掌を、パンチナは何度か、自分で自分の掌にパンチを繰り返して、「よし」と、セーブルに向き直った。
 セーブルは、ガクブルだ。
「い、いま、変装って言ったよね? ほら、なりすましだよ、なりすまし!」
 ダンは、聞き流した。
「お義母かあ様」
 パンチナは、落ち着いた口調で、カチェリーナに声をかけた。
 闘技場と王庭の間は距離があったが、風の精霊の加護により、声は、都合よく届いたり届かなかったりするようになっている。誰の都合かは、ここではふれない。
「セーブルちゃんを、ちょっとボコっちゃってもよろしいかしら?」
「許す」
 カチェリーナの言葉は、闘技場と観客席全体に響き渡った。
 パンチナは、にやりと笑った。
「必殺ボコボコ拳を見せてあげる」
「こ、殺したら、失格だよ」
「じゃあ、必中ボコボコ拳」
 じゃあ、で、どう変わるのかは、よくわからない。
 会場全体が、固唾かたずをのんで、パンチナの動きを見守った。
 セーブルが握る木刀の先が、震えている。
 ゆらっ、
と、思った瞬間には、パンチナの姿はかき消えた。
 セーブルの眼前に立っている。
 パンチナは、セーブルの木刀を握ると、むしり取った。
 パンチナグローブの掌側は、金属やすりだ。
 薄い金属でできたやすりが何枚も貼られて、掌の動きを損ねることなく、かつ、手も斬られないようになっている。木刀ではなく、真剣であっても、握れる逸品だ。
「必中ボコボコ拳!」
 パンチナは、セーブルの木刀を投げ捨てた。
 左右のパンチを、セーブルに叩き込む。
 咄嗟に、セーブルは両手を挙げて、頭と顔をガードした。
「ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコぉっ!」
 パンチナのボコボコラッシュを全身に受けて、セーブルは崩れ落ちた。
 確かに、必中だ。
「勝者ナックルス!」
 ダンは、自分の役割をまっとうした。
 セーブルは生きているはずだと、今は信じたい。
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