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第3章

第6話 娘たちが夜な夜な会話してた 

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 ※リムラシーヌ視点


 時は流れ、寮生活となる王立学園への出発前夜。
 デビュタントを済ませたリムラシーヌは一人の女性として成長を遂げていた。

 いよいよ実家での最後の時間。
 過ごし慣れた部屋の姿見の前に立ち、手を伸ばした。

 鏡に映る自分の手が重なり合う。
 本来であればひんやりとした感覚が手のひらから伝ってくるはずなのに人肌の温もりを感じる。

「いよいよだね、シーヌ」

「そうだね。私もちょっぴり緊張してる」

 同じ顔、同じ声。それなのに、話し方も考え方も好みも異なる二人がそこにいた。

「ずっと聞かなかったけど、リムはルミナリアスのことをどう思っているの?」

「意地悪」

 リムラシーヌのいう一人の少女の中には二つの人格がいる。

 一人はリムと呼ばれ、本来の体の持ち主。
 もう一人はシーヌと呼ばれる転生者。ただし、産まれた時から同じ体に宿っているのだから他人というよりも姉妹同然に思っている。

 当然ながら二人の意思は共有しており、基本的に隠しごとはできない。

「私は嫌いじゃない」

「私は嫌い。だって、あいつ私のことを振って別の女を選ぶんだもん」

 シーヌには前世の記憶の一部がある。
 年齢や名前は覚えていないが、自分がプレイした乙女ゲームのことだけは鮮明に覚えていた。

 このことを隠すことはできず、幼少期からリムには伝えてあった。
 だからこそ、婚約式をドタキャンするという暴挙に出たのだ。

「どうして婚約破棄なんてされるの?」

「そんなのは重要じゃないんだよ。私はヒロインを引き立てるだけの当て馬。そういう役どころなんだから」

「でも、ルミナリアス殿下は私の目を見て話してくれたわ。シーヌが言うような悪い人には思えないよ」

「……どうしても」

「え?」

「どうしてもリムがルミナリアスと結ばれたいなら従うつもり」

「やっぱり意地悪。今更、お父様にやっぱり婚約したいなんて言い出せないのは分かってるくせに」

「それにね、ルミナリアスが自分を振った女に頭を下げて考え直して欲しいなんて言うとも思えない」

「私じゃ、シーヌには勝てないよ」

「でも、さっきのは本心だよ? 本当にリムがルミナリアスを好きなら全力でくっつけるよ。アリシアなんてクシャポイだよ」

「うぅ。それはちょっと酷い」

「まぁ、この体はあなたのものなんだから委ねるわ」

「そんなこと言わないで!」

 勢いよく手のひらを打ち付けたことで、鏡の一部にヒビが入り、シーヌは小さな悲鳴を上げた。

「美しい景色も、花の香りも、お料理の味も、お父様たちの声も、温もりも、全部を一緒に感じてるんでしょ? 私たちは二人で一人なんだよ」

「……そうだね。ごめん。もう言わない」

 シーヌとして過ごす時間が増えれば増えるほどに、彼女は胸が締め付けられた。

 自分が転生していなければ、リムラシーヌという少女は何も知らないまま、ただ運命を受け入れられたのではないか。

 あるいは同じ転生者であるパパが何とかしてくれたのではないか。

 よそ者の自分がリムラシーヌの未来を勝手に変えてしまって良かったのだろうか。

 それこそ、リムがルミナリアスに好意を抱いているのに素直に祝福することができない自分が気に入らなかった。

「私はシーヌがやめろと言うなら、ルミナリアス殿下のことは何とも思わないようにする」

「無理だよ。だってリムが嘘をつくと私も心が痛いもん」

「それでも。私は自分の気持ちに蓋をしてみせる」

「似合わないことはやめなー。私が諦めた方が手っ取り早いんだからさ」

「じゃあ、シーヌはどんな男の人が好きなの?」

「そう言われるとなー。んー、あ、パパみたいな人。いくつになってもママのこと大好きじゃない? あんな感じの人」

「えぇ……」

「リムは思春期と反抗期が丸かぶりしてるからね。嫌悪感バリバリって感じ」

「難しい言葉を使わないでっていつも言ってるのに。また私の知らない単語ばっかり」

「それが親子ってことよ。……そっか。そうだよね」

「シーヌ?」

「ううん。なんでもない。もう寝よ。明日は長時間馬車に揺られるんだからさ」

 この瞬間、シーヌの頭の中にはピロン! という無機質な電子音が反響していた。

 リムの反応を見る限り、彼女には聞こえていないらしい。
 こういう違いを見せつけられると余計に自分が異物あるいは異端なのだと思い知らされた。

(私はパパの匂い嫌いじゃないんだよなぁ)

(ちょっと理解できない)

「っ!? 思考読みはずるい! 早く寝なよ」

「だって六歳の時みたいに夜な夜なお父様を部屋に招いていたら嫌だもん」

「だから何回も謝ったじゃん。しつこい女は嫌われるぞぉ」

「はいはい。おやすみなさい」

 これがリムとシーヌの関係性。
 互いに深く理解し合い、足りないところを補いながら生きている。

 少なくともリムはこのままの生活が続いて欲しいと思っていた。

 しかし、シーヌはこの生活にもいつか終わりが来るのではないかと予感していた。


 翌朝。
 晴れ渡った空の下、馬車に乗り込む直前に大好きな母――リューテシアに抱きしめられたリムラシーヌは父の元へ向かった。

「シーヌ、リムを頼んだ。昔から愚直すぎる所があるから周りが見えなくなるようなら助けてやってくれ。あと、男っぽい服装はあまりさせるな」

「はーい。もう十何年も一緒だから今更、慣れっこだよ」

 シーヌは笑みを絶やさないが心の中はわずかに曇った。

(そうだよね。パパはリムの方が大切なんだから。私は護衛くらいにしか思ってないよね)

 少し不貞腐れるシーヌは父からの「リム」という呼び声に意識を持っていかれた。

「シーヌを頼んだ。昔から一言多い子だ。クラスメイトといざこざが起こる前に止めてやってくれ。あと、その後のフォローも。意外と傷つきやすいからな」

「そんなことはいちいち言われなくても分かっています」

 ぷいっと素っ気ない態度を取るリムとは反対にシーヌの心は満たされていた。

 シーヌの気持ちは当然のようにリムにも伝わる。
 だからこそ、余計に複雑な心境だった。

「じゃあね、パパ! 絶対に手紙書くから!」
「行ってきます、お母様」


◇◆◇◆◇◆


 ※ウィルフリッド視点


 小さくなる馬車を眺める俺はリューテシアの肩を抱いた。

「これで良かったと思う?」

「娘たちへの対応としては百点だと思いますよ。それとも王立学園への入学の件ですか?」

「全部だよ。俺の選択は間違っていないだろうか」

「それは誰にも分かりません。あの子たちがどんな未来を望み、掴むのか。あの頃のウィル様と同じように悩みながら邁進するのでしょうね」

「……ハァ。今日から屋敷が広くなるな」

「あら、わたしは久しぶりの二人きりでワクワクしていますよ?」

 おのれ、リューテシア。
 この年になっても俺をドキドキさせようというのか。いいだろう、受けて立とう。
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