62 / 84
第2章
第21話 自白させた
しおりを挟む
場所は王立学園から離れた廃墟。
王宮の地下で厳重に保管されていた青い薔薇を握り締めるアーミィ・イエストロイ公爵令嬢は、言われた通りに一人でこの場所に出向いた。
「マ、マリキス様。私です、アーミィです」
「お前一人か?」
「……はい」
「例のものは持ってきたんだろうな」
暗闇の中で唯一、光輝く青薔薇が照らす先で人影が揺れる。足音を反響させて、フードを目深に被ったマリキス・ハイドが現れた。
「良い子だ。水の魔術の適性があるのは嬉しい誤算だった。それに黒薔薇と青薔薇の知識もな。さぁ、それを寄越せ」
「その前にお聞かせください。本当にマリキス様は好きな人を奪われたのですよね?」
アーミィの震える声にマリキスは鼻を鳴らして肯定とした。
「そうだと何度も言っているだろう。お前を認めてやれるのはオレだけなんだから、オレの言葉だけを信じていればいいんだ」
「……そうですか」
ためらわずに歩み寄ると、マリキスはアーミィの手から青薔薇を奪い取った。
「これであの女も終わりだ。ついでに王都に住む貴族、大臣共も一網打尽だ。王族にまで手を伸ばせなかったのは残念だが、内乱が勃発するのは時間の問題だろう。すでに隣国で青薔薇の買い取り先も決まった。これでこの国も終わりだな」
アーミィは涙を流しながら、マリキスの元を去る。
自分が転生するよりも前にこの世界で何が起こったのか知らず、ただゲームの世界に転生したのだから自由に生きられると思ったアーミィは突発的に推しであるマリキスの元へ向かった。
最初は面会することもできなかったが、公爵令嬢であることを仄《ほの》めかし、金で看守の一人を買収した彼女は短時間だけマリキスと言葉を交わした。
その結果、アーミィはマリキスに嘘をつかれた。
自分は無実の罪で投獄されている。
自分から好きな人を奪い、陥れた男に復讐したい。そのために力を貸してくれないか。
何もできないなんて言わないでくれ。あなたは女神だ。
オレをここから出してくれ。頼む。
そんな言葉をいくつも投げかけられた。
いくらゲームの知識があったとしても転生して間もないアーミィはマリキスの言葉を鵜呑みにしてしまった。
学園に戻されたアーミィは謹慎中にも関わらず、ゲームの知識を用いて女子寮を抜け出し、偶然出会った名も知らぬ臨時講師の教え通りにイミテーションドロップを作成。魔力の知覚まで出来るようになった。
絶対に会えないと思っていた前作の攻略対象であるマーシャルに水の魔術を習い、マリキス様の言った通り私は何でもできるのだ、と自信をつけたアーミィは遂に知識を披露してしまう。
「黒薔薇には死の呪いがあります。治療法は青薔薇だけ」
これは『ブルーローズを君へII』をプレイしていなければ知り得ない情報だ。
当然、マリキスは知らなかった。
この話を漏らしたことで、マリキスは監獄ユティバスを脱獄後に南の孤島で黒薔薇を採取し、王都で無作為にバラなくという暴挙に出た。
もちろん、リューテシア・ファンドミーユには必ず渡すつもりだった。手に入らないのなら、死をもたらすことで彼女の最後の男になろうとしたのだ。
そして、ブルブラック伯爵には黒薔薇の呪いと妻殺しの真実を突き付けて精神的に追い詰めるつもりだった。
これでマリキス・ハイドの復讐は果たされたように思えたが、またしてもアーミィ・イエストロイの口添えによって計画変更を余儀なくされた。
唯一の治療法である青薔薇が王宮の地下に保管されていた、と聞いたからだ。
アーミィに再び王宮へ忍び込み盗んで来るように指示を出し、今日この場所でマリキスは青薔薇の受け渡しを要求した。
「これでオレの勝ちだ」
「どこからどう見ても負けだが、余の勘違いであるか?」
「っ!?」
暗がりだった廃墟の外壁が破られ、陽の光が差し込む。
マリキスを中心にして、彼を囲むように配置されている王国騎士団と魔術師がなだれ込んだ。
それらを率いているのは次期国王ルミナリオ王太子である。
「謀ったな、アーミィ!」
「違う。アーミィ・イエストロイは俺の指示に従ったんだ」
「……ウィルフリッド……ブルブラック……ッ!!!!」
見せつけるようにアーミィの肩に手を置いたのは、マリキスから愛する女性を奪った男の息子。愛する彼女の面影を持つリューテシアをも奪っていった憎き相手だった。
「嘘をつくな! その女も同罪だ。いや、オレよりも酷いぞ! オレを脱獄させて、青薔薇を盗み出したんだからな!」
「気づかなかったか? 彼女は二重スパイってやつだ。この件は全て俺が彼女に頼んだ」
「あはは、あははははは。お前の入れ知恵か、ウィルフリッド・ブルブラック。お前という奴は本当にオレをイラつかせるなッ!!」
「俺は判決を下せない。でも手を下すことはできる。これでいいだろ、ルミナリオ」
ただの伯爵の息子であるウィルフリッドには何の権限もない。しかし、罪人に罪を自白させることはできる。
「うむ」
静かに頷くルミナリオは大きく息を吸い込み、低い声で告げた。
「マリキス・ハイド、貴様を国家転覆罪で極刑に処す。連れて行け」
二年前の卒業式の時とは違い、乱暴に拘束されたマリキスの手から青薔薇が落ちる。
「青薔薇がっ! オレの青薔薇がッ!!」
しかし、それはガラスのように砕け散り、風に流された。
マリキス・ハイドは過去の記憶を消し去られている。
だからこそ、奇跡の魔術師であるウィルフリッド・ブルブラックの意思によって青い薔薇を自在に作り出せることを知らなかった。
王宮の地下で厳重に保管されていた青い薔薇を握り締めるアーミィ・イエストロイ公爵令嬢は、言われた通りに一人でこの場所に出向いた。
「マ、マリキス様。私です、アーミィです」
「お前一人か?」
「……はい」
「例のものは持ってきたんだろうな」
暗闇の中で唯一、光輝く青薔薇が照らす先で人影が揺れる。足音を反響させて、フードを目深に被ったマリキス・ハイドが現れた。
「良い子だ。水の魔術の適性があるのは嬉しい誤算だった。それに黒薔薇と青薔薇の知識もな。さぁ、それを寄越せ」
「その前にお聞かせください。本当にマリキス様は好きな人を奪われたのですよね?」
アーミィの震える声にマリキスは鼻を鳴らして肯定とした。
「そうだと何度も言っているだろう。お前を認めてやれるのはオレだけなんだから、オレの言葉だけを信じていればいいんだ」
「……そうですか」
ためらわずに歩み寄ると、マリキスはアーミィの手から青薔薇を奪い取った。
「これであの女も終わりだ。ついでに王都に住む貴族、大臣共も一網打尽だ。王族にまで手を伸ばせなかったのは残念だが、内乱が勃発するのは時間の問題だろう。すでに隣国で青薔薇の買い取り先も決まった。これでこの国も終わりだな」
アーミィは涙を流しながら、マリキスの元を去る。
自分が転生するよりも前にこの世界で何が起こったのか知らず、ただゲームの世界に転生したのだから自由に生きられると思ったアーミィは突発的に推しであるマリキスの元へ向かった。
最初は面会することもできなかったが、公爵令嬢であることを仄《ほの》めかし、金で看守の一人を買収した彼女は短時間だけマリキスと言葉を交わした。
その結果、アーミィはマリキスに嘘をつかれた。
自分は無実の罪で投獄されている。
自分から好きな人を奪い、陥れた男に復讐したい。そのために力を貸してくれないか。
何もできないなんて言わないでくれ。あなたは女神だ。
オレをここから出してくれ。頼む。
そんな言葉をいくつも投げかけられた。
いくらゲームの知識があったとしても転生して間もないアーミィはマリキスの言葉を鵜呑みにしてしまった。
学園に戻されたアーミィは謹慎中にも関わらず、ゲームの知識を用いて女子寮を抜け出し、偶然出会った名も知らぬ臨時講師の教え通りにイミテーションドロップを作成。魔力の知覚まで出来るようになった。
絶対に会えないと思っていた前作の攻略対象であるマーシャルに水の魔術を習い、マリキス様の言った通り私は何でもできるのだ、と自信をつけたアーミィは遂に知識を披露してしまう。
「黒薔薇には死の呪いがあります。治療法は青薔薇だけ」
これは『ブルーローズを君へII』をプレイしていなければ知り得ない情報だ。
当然、マリキスは知らなかった。
この話を漏らしたことで、マリキスは監獄ユティバスを脱獄後に南の孤島で黒薔薇を採取し、王都で無作為にバラなくという暴挙に出た。
もちろん、リューテシア・ファンドミーユには必ず渡すつもりだった。手に入らないのなら、死をもたらすことで彼女の最後の男になろうとしたのだ。
そして、ブルブラック伯爵には黒薔薇の呪いと妻殺しの真実を突き付けて精神的に追い詰めるつもりだった。
これでマリキス・ハイドの復讐は果たされたように思えたが、またしてもアーミィ・イエストロイの口添えによって計画変更を余儀なくされた。
唯一の治療法である青薔薇が王宮の地下に保管されていた、と聞いたからだ。
アーミィに再び王宮へ忍び込み盗んで来るように指示を出し、今日この場所でマリキスは青薔薇の受け渡しを要求した。
「これでオレの勝ちだ」
「どこからどう見ても負けだが、余の勘違いであるか?」
「っ!?」
暗がりだった廃墟の外壁が破られ、陽の光が差し込む。
マリキスを中心にして、彼を囲むように配置されている王国騎士団と魔術師がなだれ込んだ。
それらを率いているのは次期国王ルミナリオ王太子である。
「謀ったな、アーミィ!」
「違う。アーミィ・イエストロイは俺の指示に従ったんだ」
「……ウィルフリッド……ブルブラック……ッ!!!!」
見せつけるようにアーミィの肩に手を置いたのは、マリキスから愛する女性を奪った男の息子。愛する彼女の面影を持つリューテシアをも奪っていった憎き相手だった。
「嘘をつくな! その女も同罪だ。いや、オレよりも酷いぞ! オレを脱獄させて、青薔薇を盗み出したんだからな!」
「気づかなかったか? 彼女は二重スパイってやつだ。この件は全て俺が彼女に頼んだ」
「あはは、あははははは。お前の入れ知恵か、ウィルフリッド・ブルブラック。お前という奴は本当にオレをイラつかせるなッ!!」
「俺は判決を下せない。でも手を下すことはできる。これでいいだろ、ルミナリオ」
ただの伯爵の息子であるウィルフリッドには何の権限もない。しかし、罪人に罪を自白させることはできる。
「うむ」
静かに頷くルミナリオは大きく息を吸い込み、低い声で告げた。
「マリキス・ハイド、貴様を国家転覆罪で極刑に処す。連れて行け」
二年前の卒業式の時とは違い、乱暴に拘束されたマリキスの手から青薔薇が落ちる。
「青薔薇がっ! オレの青薔薇がッ!!」
しかし、それはガラスのように砕け散り、風に流された。
マリキス・ハイドは過去の記憶を消し去られている。
だからこそ、奇跡の魔術師であるウィルフリッド・ブルブラックの意思によって青い薔薇を自在に作り出せることを知らなかった。
13
お気に入りに追加
152
あなたにおすすめの小説
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う
ひなクラゲ
ファンタジー
ここは乙女ゲームの世界
悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…
主人公と王子の幸せそうな笑顔で…
でも転生者であるモブは思う
きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
悪役令嬢の独壇場
あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。
彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。
自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。
正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。
ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。
そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。
あら?これは、何かがおかしいですね。
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
家族内ランクE~とある乙女ゲー悪役令嬢、市民堕ちで逃亡します~
りう
ファンタジー
「国王から、正式に婚約を破棄する旨の連絡を受けた。
ユーフェミア、お前には二つの選択肢がある。
我が領地の中で、人の通わぬ屋敷にて静かに余生を送るか、我が一族と縁を切り、平民の身に堕ちるか。
――どちらにしろ、恥を晒して生き続けることには変わりないが」
乙女ゲーの悪役令嬢に転生したユーフェミア。
「はい、では平民になります」
虐待に気づかない最低ランクに格付けの家族から、逃げ出します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる