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第2章
第10話 友人を紹介してみた
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翌朝。
隣ですやすや眠るリューテシアを起こさないようにベッドを抜け出した俺は着替えを終えて、キッチンへと向かった。
「おはようございます、ウィルフリッド様。こんなにもお早いとは思わず、まだ食事の準備が出来ていません」
「構わないよ。リューテシアはいつもの時間に食事を摂るだろうから、よろしく頼む。俺にはサンドイッチを作って欲しくて」
「サンドイッチですか」
昨晩のうちに朝食は軽食で良いと伝えられれば良かったのだが、リューテシアとの会話が楽し過ぎてすっかり忘れていた。
「二つ頼めるか?」
「もちろんでございます」
サンドイッチを受け取り、寝室に戻るとむくりと起きたリューテシアが目を擦っていた。
「おはよう、リュシー。俺は王宮に行くから、ゆっくり準備するといい。夕食は一緒に食べよう」
「イエストロイ家の御令嬢のところですか?」
その言い方は聞こえが良くない。
ぎしっとベッドを軋ませた俺は、彼女のアホ毛を押えながら頭を撫でた。
「リュシーの心をざわつかせるような真似はしたくないが相手は公爵家の娘だ。悪印象は与えたくない。分かってくれ」
「……十分、理解しているつもりです」
リューテシアがそんなにも駄々っ子のようなことを言うのは珍しい。
珍しいというか初めてだ。
「俺はリュシーのそういう顔が見れて少し嬉しかったりするんだ」
「だから、意地悪するのですか?」
「そういうわけではないよ。マーシャルを紹介したらすぐに帰ってくる」
軽く額にキスをして離れようとした俺の腕をリューテシアが掴む。
そして、目を閉じた彼女は少しばかり唇を突き出した。
「行ってきます」
触れるだけの可愛らしいキス。
奥様を安心させるためにもさっさと面倒事を終えよう。
◇◆◇◆◇◆
王宮の門の前で待っていると、イエストロイ公爵家の紋章が描かれた馬車が停車した。
御者によって開かれた扉からすらりとした足が伸びて、ヒールが石畳を鳴らす。
「早いですね、先生」
「やぁ、本当に来るとはな」
「その手の物はなんですか?」
めざとい奴だな。
さっさと行ってしまった馬車を見送ることもしないアーミィは、俺の手に収まるサンドイッチを見てお腹を鳴らした。
「サ、サンドイッチ!」
「こんなに早く来て、朝食は済ましたのか?」
「まだです」
「一つあげるよ」
本当はいつ来るかも分からないお嬢様を待ちながら食べる予定だったけど、二つは必要なくなったからあげよう。
顔パスで王宮の門をくぐった俺は自由に使っていいと言われている庭園のベンチをアーミィに勧めた。
「本当にいいんですか?」
「公爵令嬢の口に合うか補償はできないけどな」
「サンドイッチ好きなので嬉しいです。いただきます!」
令嬢らしからぬ大きな口でサンドイッチにかぶりつくアーミィ。
俺はなんとも思わないけれど、マナー的には良くない。
「とっても美味しいです! こんな食べ物に出会えるなんて感動です!」
そうだろう。そうだろう。
めちゃくちゃジャンキーな味付けだからな。
某ハンバーガーチェーン店が恋しくて、シェフにお願いした秘伝のサンドイッチだ。不味いわけがない。
最初はリューテシアも目を見開いていた。
コーラがないのは残念でならないが、紅茶で我慢してもらおう。
朝食を終え、王宮の廊下を進む。
廊下ですれ違う人たちに会釈を返す度にアーミィは肩を振るわせて、自らも会釈していた。
「公爵令嬢でも頭を下げるんだな」
「失礼ですね。私だって最低限の礼節はわきまえているのです」
初対面の時から感じていたことだが、アーミィは貴族令嬢らしくない。
リューテシアかカーミヤ嬢かどちらに雰囲気が似ているかと問われれば、間違いなくリューテシアだ。
きっと良い友人になれるだろう。
「やぁ、マーシャル。少し時間を貰えるか?」
「おはようございます。王立学園への出向は終わったのですか? この一週間、ルミナリオ様の落ち着きがなく、色々と大変だったと聞いていますよ」
「なんだそれ。あいつが俺を推薦したってのに。まぁいいや、あとで顔を出すよ。今日はマーシャルにお願いがあって来たんだ」
アーミィはどこかと探せば、俺の背中に隠れていた。
頬を両手で覆い、体を丸める姿に呆れる。
――お前が紹介しろって言ったんだろ。
「ほら、アーミィ」
右にずれて彼女の背中を押すと、一歩前に歩み出てマーシャルの前でもじもじし始めた。
「あ、アーミィ・イエストロイです」
声ちっちゃ!
俺との初対面の時と大違いじゃないか。
なんでマーシャルにはそんなに乙女全開なんだよ。
既婚者差別か!?
「イエストロイ!? 公爵家の御令嬢がなぜ、あなたと!?」
「変な想像するなよ。この子はマーシャルに会いたかったんだってさ。魔術の才能がある。見てやってくれ」
「それは構いませんが……」
「アーミィ、一人で帰れるよな。俺はもう行くから気が済んだら学園に戻れ。家にも学園にも迷惑を掛けすぎるなよ」
「分かっていますよ」
一変してぷくっと頬を膨らませたアーミィをマーシャルに任せて、ルミナリオの執務室へと向うことにした。
「あ、先生! ありがとうございました!」
「あいよー」
適当に手を振る俺の背後ではマーシャルの爆笑する声が聞こえて、少しだけ不愉快だった。
「煩いぞ、マーシャル。後進を育てるのも大切な仕事だろ。頼むぞ、王宮魔術師様」
こうして、俺はアーミィとの約束を果たしたのだった。
隣ですやすや眠るリューテシアを起こさないようにベッドを抜け出した俺は着替えを終えて、キッチンへと向かった。
「おはようございます、ウィルフリッド様。こんなにもお早いとは思わず、まだ食事の準備が出来ていません」
「構わないよ。リューテシアはいつもの時間に食事を摂るだろうから、よろしく頼む。俺にはサンドイッチを作って欲しくて」
「サンドイッチですか」
昨晩のうちに朝食は軽食で良いと伝えられれば良かったのだが、リューテシアとの会話が楽し過ぎてすっかり忘れていた。
「二つ頼めるか?」
「もちろんでございます」
サンドイッチを受け取り、寝室に戻るとむくりと起きたリューテシアが目を擦っていた。
「おはよう、リュシー。俺は王宮に行くから、ゆっくり準備するといい。夕食は一緒に食べよう」
「イエストロイ家の御令嬢のところですか?」
その言い方は聞こえが良くない。
ぎしっとベッドを軋ませた俺は、彼女のアホ毛を押えながら頭を撫でた。
「リュシーの心をざわつかせるような真似はしたくないが相手は公爵家の娘だ。悪印象は与えたくない。分かってくれ」
「……十分、理解しているつもりです」
リューテシアがそんなにも駄々っ子のようなことを言うのは珍しい。
珍しいというか初めてだ。
「俺はリュシーのそういう顔が見れて少し嬉しかったりするんだ」
「だから、意地悪するのですか?」
「そういうわけではないよ。マーシャルを紹介したらすぐに帰ってくる」
軽く額にキスをして離れようとした俺の腕をリューテシアが掴む。
そして、目を閉じた彼女は少しばかり唇を突き出した。
「行ってきます」
触れるだけの可愛らしいキス。
奥様を安心させるためにもさっさと面倒事を終えよう。
◇◆◇◆◇◆
王宮の門の前で待っていると、イエストロイ公爵家の紋章が描かれた馬車が停車した。
御者によって開かれた扉からすらりとした足が伸びて、ヒールが石畳を鳴らす。
「早いですね、先生」
「やぁ、本当に来るとはな」
「その手の物はなんですか?」
めざとい奴だな。
さっさと行ってしまった馬車を見送ることもしないアーミィは、俺の手に収まるサンドイッチを見てお腹を鳴らした。
「サ、サンドイッチ!」
「こんなに早く来て、朝食は済ましたのか?」
「まだです」
「一つあげるよ」
本当はいつ来るかも分からないお嬢様を待ちながら食べる予定だったけど、二つは必要なくなったからあげよう。
顔パスで王宮の門をくぐった俺は自由に使っていいと言われている庭園のベンチをアーミィに勧めた。
「本当にいいんですか?」
「公爵令嬢の口に合うか補償はできないけどな」
「サンドイッチ好きなので嬉しいです。いただきます!」
令嬢らしからぬ大きな口でサンドイッチにかぶりつくアーミィ。
俺はなんとも思わないけれど、マナー的には良くない。
「とっても美味しいです! こんな食べ物に出会えるなんて感動です!」
そうだろう。そうだろう。
めちゃくちゃジャンキーな味付けだからな。
某ハンバーガーチェーン店が恋しくて、シェフにお願いした秘伝のサンドイッチだ。不味いわけがない。
最初はリューテシアも目を見開いていた。
コーラがないのは残念でならないが、紅茶で我慢してもらおう。
朝食を終え、王宮の廊下を進む。
廊下ですれ違う人たちに会釈を返す度にアーミィは肩を振るわせて、自らも会釈していた。
「公爵令嬢でも頭を下げるんだな」
「失礼ですね。私だって最低限の礼節はわきまえているのです」
初対面の時から感じていたことだが、アーミィは貴族令嬢らしくない。
リューテシアかカーミヤ嬢かどちらに雰囲気が似ているかと問われれば、間違いなくリューテシアだ。
きっと良い友人になれるだろう。
「やぁ、マーシャル。少し時間を貰えるか?」
「おはようございます。王立学園への出向は終わったのですか? この一週間、ルミナリオ様の落ち着きがなく、色々と大変だったと聞いていますよ」
「なんだそれ。あいつが俺を推薦したってのに。まぁいいや、あとで顔を出すよ。今日はマーシャルにお願いがあって来たんだ」
アーミィはどこかと探せば、俺の背中に隠れていた。
頬を両手で覆い、体を丸める姿に呆れる。
――お前が紹介しろって言ったんだろ。
「ほら、アーミィ」
右にずれて彼女の背中を押すと、一歩前に歩み出てマーシャルの前でもじもじし始めた。
「あ、アーミィ・イエストロイです」
声ちっちゃ!
俺との初対面の時と大違いじゃないか。
なんでマーシャルにはそんなに乙女全開なんだよ。
既婚者差別か!?
「イエストロイ!? 公爵家の御令嬢がなぜ、あなたと!?」
「変な想像するなよ。この子はマーシャルに会いたかったんだってさ。魔術の才能がある。見てやってくれ」
「それは構いませんが……」
「アーミィ、一人で帰れるよな。俺はもう行くから気が済んだら学園に戻れ。家にも学園にも迷惑を掛けすぎるなよ」
「分かっていますよ」
一変してぷくっと頬を膨らませたアーミィをマーシャルに任せて、ルミナリオの執務室へと向うことにした。
「あ、先生! ありがとうございました!」
「あいよー」
適当に手を振る俺の背後ではマーシャルの爆笑する声が聞こえて、少しだけ不愉快だった。
「煩いぞ、マーシャル。後進を育てるのも大切な仕事だろ。頼むぞ、王宮魔術師様」
こうして、俺はアーミィとの約束を果たしたのだった。
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