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第2章

第4話 学園に戻ってみた

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 ルミナリオからのお願い、もとい業務命令によって約二年ぶりに王立学園を訪れた俺は大講堂で全校生徒を前に挨拶したわけだが、あまりの歓迎ぶりにたじろいだ。

 大講堂から学園長室へ移動し、勧められるままに着席する。

「久しいの、ウィルフリッド。卒業生のきみが来てくれて嬉しいよ。……人件費を削減できるし」

「本音が漏れていますよ。給金は三倍払ってくださいね」

 学園側は国に剣術、魔術、薬術クラスの臨時講師を務められる人材の派遣を依頼した。当初は三名の男女を派遣する手筈だったそうだが、話を聞きつけたルミナリオが手を挙げたらしい。

 そして、俺がここにいる。

 学園長は始終ご機嫌だが、俺の負担を考えて欲しいものだ。
 てか、魔術クラスは教えられないし。

「先生もご存知の通り、俺は魔術を使えません。魔術クラスの講師はできませんよ」

「魔力を知覚できるだけでも逸材なのだ。その感覚すらも掴めない学生も多い。少しヒントを与えてやってくれるだけで構わん。魔術指導は学園の教師にやらせればよい」

 俺は卒業式の日に【花を変色させる魔術】を発動させたが、その時のことを覚えているのは俺と父とルミナリオだけだ。
 リューテシアだって記憶を書き換えられているのだから、当然、学園長も俺が魔術師であるということは知らない。

「そういうことでしたら」

「リューテシアは元気かね。あれから薬術から離れてしまったと聞いたが」

「今やこの国を代表する劇団の経営者ですからね。忙しそうですよ」

「結構なことじゃ。いつまでもきみたちが仲良く過ごせることを願っておるよ」

 俺はその発言がフラグにならないことを願いますよ。

◇◆◇◆◇◆

 初日は適当に過ごせるかと思っていたが、考えが甘かった。
 早速、剣術クラスの教師に捕まった俺は闘技場へ連れられ、野郎共の前に放り出された。

「第110回大会の優勝者だ。一つでも多くのことを学んでくれ。なんでも聞くといいぞ」

 相変わらず、むさ苦しいクラスだ。

 イケメンとはいえ必死に汗を流す光景は誰かに需要があるのだろか。

 毎度、忘れそうになるがここは乙女ゲームの世界だ。
 ここにいるほとんどが俺と同じでモブキャラのはずだが、きっとあの赤髪の青年は重要なキャラクターだろう。他とオーラが違う。

 絡まれる前にその辺のモブに指導しよう。

「騎士ディードに勝ったってのは本当なのか!」

 残念。逃走失敗。 

 速攻で絡まれた俺は嫌々答えることにした。

「二戦二勝無敗だ」

「ちっ。俺だって去年の大会で優勝したんだ。俺と勝負しろよ!」

 面倒くさっ。

 なんで上から目線で喧嘩を売られないといけないんだ。

「いいよ。気に入らない人は順番にどうぞ」

「はぁ!? 舐めんじゃねぇ!」

 それから数十分。
 息を切らす生徒たちと、満面の笑みで眺める教師を横目に俺はため息をもらした。

「もういいだろ。疲れたよ」

「あんた、一歩を動いてないだろ!」

 学園を卒業後、騎士になったディードの訓練に付き合い、長期休暇中のトーマの特訓に付き合い、アインドリッヒ先生から免許皆伝を受けた俺だ。
 その辺の学生には負けない自信がある。

「一応、臨時講師だから仕事をしているだけだぞ」

 ただボコボコにしているだけではなく、各生徒の悪癖を指摘しているのだ。
 少しでも強くなって未来の国王であるルミナリオに仕えてくれ、と願いを込めてな。

 授業後の昼休み。
 学園の食堂に移動した俺を待っていたのは剣術クラスの生徒たちだった。

「ウィルフリッド先生、昼食は何をご所望でしょうか!」

 部活かよ。いや、ヤンキー漫画かよ。

 さすがは体育系集団。
 周囲など気にせず、横一列で俺に頭を下げる光景はドン引きである。
 しかも先頭に立っているのはあの赤髪の生徒だった。

「そういうのいいから。散りなさい」

「明日も是非、剣術クラスに来てください!」

「明日は薬術クラスだから無理だ。また今度な」

 適当にあしらいたいのだが、彼らの後ろで今か今かと待っている女生徒の集団を見れば、邪険に扱いにくいのも事実だ。

 んー、野郎共の方が破滅しなさそうか。

「他の生徒の邪魔になるから席に行くぞ。メニューは日替わり定食にする」

 野郎数十人を連れて、食堂の一角を占拠した俺は予鈴がなるまでの間、彼らの質問に答え続けた。

 話してみると意外にも良い学生ばかりだった。
 血の気が多い子も目立つが、それも個性だ。学園卒業後はディードに面倒をみさせよう。

 俺は選択必修科目の臨時講師だから、日によっては午前中で仕事が終わる。

 それに王立学園から王都の屋敷までは距離があるから通勤に時間がかかるのだ。
 夕方まで学園に残っていれば、絶対に家に帰れない。

 俺は何としてもリューテシアのいる家に帰りたいから、それを条件に出してこの仕事を引き受けた。

 馬車に揺られること数時間、やっとのことで王都に戻った頃にはすっかり日が暮れていた。

「おかえりなさい、ウィル様」

「ただいま。やっぱり学園は遠いね。でも、リュシーが起きてる時間に帰ってこれてよかった」

「あらあら。そんなに早く寝ませんよ」

 今日の朝も可愛かったけれど、夜も可愛い。
 俺の奥さんは婚約者時代からより可愛さが増している。

「リュシーと会えるなら俺はどんなに早起きだってするし、さっさと仕事を終わらせてくる」

「その件ですが、臨時講師を請け負っている間は学園の教員用の寮を借りることはできないのでしょうか」

「な、な、なな、なんで、そんなことを言うの……!? め、迷惑だった?」

「ち、違います! 違います!」

 両手を振って強く否定するリューテシア。
 俺はきっと涙目になっている。少しでも気を緩めれば涙腺が崩壊する自信がある。

「ウィル様のお体を案じればこそです。早朝に出発して、夜に帰ってくるのは健康的とは言えません」

「さ、寂しくならない?」

「寂しくない、と言えば嘘になります。ですが、ウィル様に万が一のことがあっては耐えられません」

 俺は寂しくてどうにかなりそうだよ、リューテシア。
 きみと離れることが一番の毒だよ。

「あと6日も離れるんだよ?」

「そうですね。早く6日経てばよいのですが。わたしだって、不安でいっぱいです。ですが、ウィル様のお体を優先していただきたいのです」

 確かに主人不在となれば不安にも感じるか。
 ただでさえ、リューテシアは可愛くて美人だからな。

「俺も不安だよ。きみが他の男に言い寄られないか」

「それは、わたしのセリフです。学園には若くて可愛い生徒が大勢いるのですから」

 珍しくリューテシアの細くて整った眉が右肩上がりになっている。

「それはない。あと、リュシーも十分若いじゃないか」

「学生さんには敵いません。人は今が一番若いのですよ。数秒前にすら戻れないのです」

 なるほど。言いたいことは分かった。
 俺が浮気しないか不安に思っているのだな。

 あのリューテシアがそんな感情を抱くなんて初めてじゃないか!?

 初めてじゃなかったとしても、こうして正直に話してくれるなんて異例の出来事だ。

 まぁ、でも、俺としては少し嬉しいわけで。

「リュシーはやっぱり可愛いね。安心して欲しい。俺はリュシーとだけは離れるつもりはない。心はいつだって、きみの側にいるよ」

「ウィル様。早くわたしの胸の中に帰ってきてくださいね」

 この後、熱い夜を過ごしたことは言うまでもないだろう。
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