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第1章

第26話 表彰されてしまった

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 結果的にマーシャルの回復魔術は対処療法に過ぎず、一時的に生徒たちの腹痛を和らげるだけだった。
 校舎へ駆け込む生徒も出てきて、魔術大会どころではなくなってしまった。

 校舎に戻ってみれば、トイレ争奪戦が勃発していて混乱を極めていた。

「ウィル様の薬術なら」

 リューテシアの言う通り、薬術クラスの俺は下痢止めの薬を卒業研究の題材としている。

 ほら、男ってお腹緩いし。

 この騒動は収められないが、トイレ争奪戦はいくらか緩和できるはずだ。

「できるかな?」

「もちろんです」

「ありがとう。信じるよ。調合するから必要なものを集めてくれ」

 薬術クラスの特別教室に走ってくれたリューテシアとは反対に俺は教室へと急いだ。

 普段から使い慣れている調合グッズと試作品をいくつか持って、再び生徒たちが集まるトイレエリアへと戻る。

 でも、慌てふためく生徒たちが俺なんかの言うことを信じてくれるだろうか。
 この研究テーマを伝えた時、教員からもクラスメイトからも不評だったことを思い出した。

「あっ、ルミナリオ! 良いところに来てくれた。一つ頼みがあるんだ」

「どうした、親愛なる友よ。余にできることなら手伝うぞ」

 タイミング良く廊下の向こう側から歩いて来たルミナリオに試作品の薬を渡す。
 一国の王子に下痢止めの薬を配らせるなんて不敬にもほどがある。でも俺がやるよりも効率が良いはずだ。

「スープを飲んだ生徒が腹痛を訴えているんだ。これが一時的に通じを抑える薬で、一人でも多くの人に配ってほしい。俺よりもルミナリオが声をかけてくれた方が信じてくれると思うんだよ。追加分は今、作るから」

「うむ。なんだか分からんが、これを渡して回ればよいのだな」

 最初に薬が渡ったのは顔を真っ赤にした女生徒だった。

 よく見ると侯爵家の御令嬢だ。
 こんなにも切羽詰まった顔は初めて見た。

「……うそ。一瞬でお腹がっ!?」

「効果は一時的だから気をつけて。きみもルミナリオ殿下と一緒に他の人たちも配ってほしいんだ。さすがにこの状況は、ねぇ、まずいだろ?」

 ルミナリオと侯爵令嬢の声かけで一人また一人と生徒の元に薬が渡っていく。

 リューテシアから材料を受け取り、俺は調合に取り掛かった。
 不思議なことにこの世界には正露丸的な効能を持つ薬が存在しない。

 おかげで俺は剣術大会のような大舞台の日が嫌になってしまった。

 しかし、悪いことばかりではなく、俺の卒業研究のテーマはすぐに決まった。

 完全に私利私欲のために始めた研究が人の役に立っている。
 棚から牡丹餅とは、このことを言うのだろう。

 そんなこんなで薬を作っては飲ませるの作業が完了し、騒動もひと段落した。

 学園の廊下が大惨事にならなくて本当に良かった。
 彼らの尊厳は守られたのだ。

 これでまた平温な学園生活が戻ってくると思っていたのだが……。

「ウィルフリッド様、この度はありがとうございました」

 どうしてこうなった。
 俺の周りには先輩後輩関係なく、多くの生徒が集まっている。

 おかしい。
 俺はただの正露丸をあげただけなのに。
 しかも、後半はただ調合していただけで直接配っていたのはルミナリオなのに。

「そうだぞ。ウィルフリッドに感謝しろ。この男がしもの研究をしていなければ救われなかったのだからな」

 お前か、ルミナリオ。
 それに変な言い方をするな。生理現象だぞ。

 毎年、大会が催される剣術大会と魔術大会とは違い、薬術クラスは最高学年になってから研究課題の発表を行うことになっている。
 だから、俺の発表会はまだまだ先のはずだった。

「魔術、薬術の枠を超え、多くの生徒を救ったことを賞し、ウィルフリッド・ブルブラックを今年度の薬術大会特別賞とする。おめでとう。更なる研鑽に期待する」

 学園長から直接賞状を受け取った俺は涼しい顔でお辞儀したつもりが、背中からは汗が止まらなかった。

 なんで、主役である魔術クラスの先輩や同級生を差し置いて俺が一番に表彰されているんだよ。

 ただの下痢止めだぞ!?

 前例のない受賞をしてしまったことで、俺への待遇も決めかねるとのことだった。

 ちなみに、マーシャルは魔術大会での優秀賞を逃した。
 理由は回復魔術の出来栄えではなく、詰めが甘いというものだった。

 それから数日後、俺はリューテシアと北門の壁を見上げて、唖然とした。

「おめでとうございます、ウィル様」

「ありがとう。全然、実感がないけど」

 本当に俺の名前がある。
 まだ今年の薬術大会は開催されていないから、優秀賞受賞者の名前はない。
 魔術大会の後、学園長からの鶴の一声で特別に北門の壁に名前を彫ってもらえることになったのだ。
 
 視線を左にずらしていくと、ずっと前の方に母親の名前を見つけた。

 学園に入学して真っ先に東門と北門の壁に両親の名前を探したのは、もうずいぶんと昔のように感じる。

「ブルブラック夫人もお喜びのことでしょう」

「そうだといいな。来年は優秀賞を目指さないと」

「はい」

「そうだ。リュシーは何の研究をしているんだ? 頑なに教えてくれないけど。もう来年は発表だから、何か手伝えることがあるなら言ってくれ」

 リューテシアは少し憂うような表情になってから、いつものように微笑んだ。

「それは発表時のお楽しみということで。お手伝いをお願いしてもよろしいのですか?」

「もちろん。いつでも言ってくれ。あ、そうだ。創立記念日の休みだけど、どこかに出かけないか?」

 去年は一緒に過ごしたから今年もそうなるものだと疑いもしなかった。
 しかし、リューテシアは赤らめていた頬の熱を冷まし、頭を下げた。

「申し訳ありません。今年は、その、先約がありまして」

「あ、そうなんだ」

「あの、勘違いしないでくださいね! 男性ではありませんから! カーミヤ様からお誘いを受けまして。本当はわたしもウィル様と過ごしたいのですが、あっ、いえ、今のは別にカーミヤ様と過ごしたくないというわけでは!」

 あまりにも可愛い顔で身振り手振り必死に言い訳をするものだから、思わず笑ってしまった。

 別にそういう意味で婚約者殿を疑っているわけではない。

 ただ、相手がカーミヤだというのが気がかりだ。
 カーミヤ嬢の中に別人が転生してからというもの、彼女の言動は180度変わった。案の定、態度の変化は賛否両論だ。
 
 俺としてはその理由を知っていながら、リューテシアをはじめとするクラスメイトに説明できないことが心苦しい。

 カーミヤ嬢の現状を伝えてしまえば、俺やゲームのことも説明する羽目になり、リューテシアに拒絶されてしまうのではないかという恐怖心が拭いきれなかった。

「楽しんで来てね。気をつけて」

「はい、すみません」

「別に謝ることじゃないだろ。また今度出かけよう」

 婚約者だからといって常に一緒にいるわけじゃない。今回のように先約があることだってある。
 俺にはカーミヤが余計なことをリューテシアに話すことがないように祈ることしかできないのだ。
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