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第1章

第15話 クラスメイトを救ってみた

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 学園から少し離れた山で行われる伝統の校外学習は、全校生徒が強制参加させられるイベントで剣術、魔術、薬術クラスに別れてフィールドワークを行うことになっている。

 各クラスでチーム分けをして課題に取り組むことになっていて、うちのチームは俺、リューテシア、カーミヤ嬢、そして彼女の取り巻き二名というメンバーだ。

 カーミヤ嬢の取り巻きが騒ぐかと思っていたが、今日の二人はおとなしめの令嬢で真面目にレポートを作成していた。

「こんな場所にも薔薇が咲いていましてよ」

「時期的には今が見頃だからな」

「ですが、あまり元気がありませんね。土壌の問題でしょうか」

「そうでしょうね。水はけが良すぎるわ」

 取り巻きの一人の何気ない発言に対して、俺、リューテシア、カーミヤ嬢が解説を始める。

 俺とリューテシアはともかく、カーミヤ嬢も草木に関しての知識は豊富だ。なんでも毒性のある草木に興味があるとか。

「毒だと言うから悪いものだと感じるだけで、毒も薬も紙一重ですわ」
 とのことだ。毒草を片手に微笑んでいる姿にも違和感はない。

 それよりも、普段から派手な改造制服を好んでいる彼女が俺たちと同じフィールドワーク用の服を着ていることの方が驚きだった。

 それを指摘した取り巻き女子に対しては、「お馬鹿さんなのかしら。土や草木と向き合う気持ちがないなら帰りなさい」と突き放していた。

「カ、カーミヤ様!? そ、そ、それは何を持っておられますの!?」

「なにって。ミミズですけれど」

 公爵令嬢がミミズを手のひらに乗せているのが衝撃的すぎたのか、他のグループにいる彼女の取り巻きたちがよろめいていく。

 って、お前ら、自分たちのグループも戻りなさいよ。
 うちの取り巻きを見ろ。一生懸命、レポート書いてるだろ。

 一人に至っては食い入るようにミミズを見ながら絵を書いてくれている。

「リューテシア嬢。いや、黒バラ姫」

 ふいに声をかけられ、振り向いた俺と婚約者殿。
 リューテシアの目の前には花びらのしおれた一輪の薔薇が差し出されていた。

「私ならこの薔薇を復活させられます」

 そう言って、魔術師見習いのマーシャルは魔術で薔薇の花びらに潤いを与えた。

 他の女子たちはキャーキャー言っているが、突然現れていきなり魔術を披露されたリューテシアは言葉を失っていた。

 それは俺も、ミミズをそっと土に帰したカーミヤ嬢も同じだった。

「素敵な魔術ですね」

 優しい!
 やっぱり俺の婚約者殿は人格者だ。
 俺なら無視して課題を再開している。

「お気に召しませんか。では、青い薔薇を持って来ることができれば、お近づきになれますか?」

「おい、マーシャル。俺の目の前で婚約者殿を口説くな」

「まだ成婚していないのなら問題はないはずです」

 問題しかねぇよ!!
 ふざけんなよ、インテリが!

「ウィル様、ウィル様」

 腕をちょんちょんと突かれた俺は、暴発しそうな魔力を無理矢理に抑え込んで息を吐いた。

「自分のグループに戻れ、マーシャル」

 ごくりと誰かが息をのむ音が聞こえるほどの静寂の中、鳥のさえずり声で我に返った。
 気づけば、握っていたスコップの持ち手はひしゃげてしまっている。

「なーんちゃって! 人の婚約者を口説くなんて冗談やめろよ。危うく本気にしそうだっただろ!」

「どう見ても本気でしたわよ」

「またまた! ほら、課題の続きをするぞー」

 そこでマーシャルとは別れたのに数十分後、緊急事態を知らせる笛が鳴り響いた。

「魔力暴走だ!! 誰か、マーシャルを止めてくれ!」

 到着すると、体中から魔力を吹き出すマーシャルが暴れ回っていた。

 彼の足元にはさっき持っていたしなびた薔薇が落ちている。
 しかし、それは真っ赤ではなく、いびつな色をしていた。

「なにがあった!?」

「マーシャルが青い薔薇がなんとかって言いながら魔術を発動させて、暴走しちゃって!」

 駆けつけた引率の教師に説明しているがしどろもどろで要領を得ない。

 しかし、俺にとってはその断片的な情報だけで十分だった。
 マーシャルは禁断の魔術である『花の色を変える魔術』を試みたのだ。

 その結果がこれか。

 こんなにも危険な魔術だとは知らなかった。
 
 もしかすると、俺も同じ目になっていたかもしれない。
 そう思うと背筋が冷えた。

「マギアドレイクは!?」

「そんなもの持って来てない! 学園の実習室にしかありません!」

「先生、マジックイーターは!?」

「あれは学園長の許可がなければ使えない」

 魔術クラスの生徒や教師たちが右往左往しながらの会話を盗み聞きする。

 魔力を吸い尽くすマジックイーターは危険だから使用不可だろう。
 でも、一時的に魔力を抑えつけるマギアドレイクなら有効だ。ただ、物がないなら話にならない。

 このままでは、マーシャルが廃人になってしまう。

「マーシャルには私がついているから、お前たちは他の先生について下山しなさい」

 魔術クラスの教師の指示で校外学習は中止となり、順次下山を開始した。

「ウィル様?」

「俺たちでマギアドレイクを作れないか? どう思う、リュシー、カーミヤ嬢」

 俺が目配せすれば、二人は顔を見合わせて静かに頷いた。

「できなくはないと。ただ、栄養素と時間が問題になります」

「なんとでもなりましょう。必要な物は分かっているのだから、早く採取に取り掛かりましょう」

 言うが早いか、カーミヤ嬢はその場で薬草を摘み始めた。

「栄養素の問題はわたくしが。ですが、時間はどうにもできません」

 カーミヤ嬢の取り巻きその1はテキパキと動き出し、腕組みする取り巻きその2は真面目な声色で言った。

「指示違反なので内申点に響きます。あなたたちはともかく、カーミヤ様の経歴に傷をつける行為は見過ごせません」

「内申点は取り戻せる。でも廃人になったクラスメイトは取り戻せない」

 俺が断言すれば、カーミヤ嬢は構わないとでも言いたげな表情で取り巻きをひと睨みして作業に戻った。

 マギアドレイクとは、強烈な鳴き声を上げながら魔力を吸い取る貴重な薬草だ。

 あれを作るとなれば莫大な材料と時間がかかる。
 だから、俺たちはマギアドレイクに近い薬効がある薬の調合を試みることにした。

 それぞれが持ち寄ってくれた薬草をゴリゴリすり潰す。
 入手困難な材料は代用できるものをチームの誰かが採って来てくれる。これまでにないチームワークだった。

 そして、短時間でマギアドレイクもどきの丸薬を作った俺たちは暴れるマーシャルの元へと急いだ。

 しかし、俺一人でいいと言ったのに、無視したリューテシアがついてきてしまった。今更、戻れと言っても聞かないのは目に見えているので、手を取って早足で山を駆ける。

 泥団子のような見た目の丸薬を握りしめて走る俺の視界には剣を構えたクロード先輩が映った。

「待って! 切らないでください!」

「ウィルフリッド!? なぜ、戻った! 生徒に危害を加えるなら、ここで切り捨てるまでだ!」

「この薬で落ち着かせられる。これを! おわっ!?」

 ぬかるんだ斜面の土に足を取られてバランスを崩した俺は、とっさにリューテシアに丸薬を投げた。

「食わせろ、リュシー! 先輩、援護を頼みます!」

「はいっ!」

「好き勝手してくれる」

 伸ばした手で木のつるを掴みながら、マーシャルの元へ向かうリューテシアとクロード先輩を見守る。

 クロード先輩は見事にマーシャルを拘束し、リューテシアが丸薬を口に詰め込んだ。

 次第に暴走していた魔力が落ち着き、マーシャルが力なく倒れる頃に俺も二人と合流した。

「リュシー、怪我はないか?」

「はい。ウィル様も足をくじいたりはしていませんか?」

「俺も平気だよ。後のことは任せて下山しよう」

◇◆◇◆◇◆

 学園の医務室に運ばれたマーシャルは数時間後には目覚め、後遺症もなかった。

 ただ、禁断魔術に手を出したことが学園側にバレてしまい、魔術査問委員会が聞き取り調査に来ることになったらしい。

 俺としても、なぜマーシャルがあの魔術を使って薔薇の色を変えようとしたのか気になる。

 青い薔薇には特別な意味があるのか。
 なぜ、彼はリューテシアにこだわるのか。やっぱり俺の婚約者殿がこのゲームのヒロインだからなのか。

「リューテシア嬢、それにウィルフリッド、この度はご迷惑をおかけしました」

「まったくだ。でも無事で良かったよ」

 結果的にリューテシアがマーシャルを救ったことになり、彼女は更にその名を学園のみならず、学外にも轟かせることになった。

 もしも、マーシャルの行動がリューテシアの気を惹くためのもので、彼女がマーシャルに気を許していたなら、俺は自暴自棄になって破滅していたのだろうか。

「へー、大変だったな」

「他人事だな」

「まぁな。そういや、来週楽しみにしてるぜ」

 はて。来週の予定なんてあっただろうか。

 騎士の息子であるディードは男子寮に向かいながらそんなことを言い出した。

「剣術大会だよ。決勝戦で会おうな」

 は?
 エントリーなどしておらんが……?
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