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第3章 真のスローライフ編
第38話 婚約破棄を目撃する悪役令嬢
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神聖なる教会で、突然始まった糾弾に場の空気は冷え切っていた。
何故こんなにもつまらないものを見せられているのだろう。
私たちはわざわざ時間を作って馬車なら一週間もかかる他国までやってきたというのに。
などと愚痴っても、長男の転移魔法で近場まで送ってもらい、途中からはジーツーに乗せてもらって山を越えたから大した移動時間ではなかったのだけれど。
こっちはスローライフを返上しているのよ、ふざけないでちょうだい!
大勢の参加者を代表して文句を言ってやろうかと思ったが、不穏な空気感を察した息子が私の腕を掴んだ。
「べつに何もしないよ。あんたこそ、その握り締めた拳を解きなさい。魔力があふれたら大変なことになるでしょ」
私と同じで白に近い銀髪を持つ末っ子は、闇魔法の発動に欠かせないマギアインディゴだけを受け継いでいる。つまり、魔力コントロールに失敗すれば世界は闇に覆われる可能性を秘めている。
母が代わりにイライラしてあげるから心を落ち着かせて欲しいものだわ。
いざとなったら、すぴろんにお願いしましょう。
それにしても「うちの王太子が婚約式をするから是非参加して欲しい」と頭を下げられて来てみれば、婚約破棄の瞬間を目の当たりにするとはね。
「懐かしいなぁ」
思わず、呟いてしまった。
息子たちには私が彼らの父親から一度婚約破棄されたことを話している。
黒歴史を掘り起こすつもりはなかったのだが、末っ子の成人祝いのお酒の場で語ってしまったのだ。
愛する息子たちが友くんを一斉に責め始めた時は感動して涙が出た。
「なぁ、なんで俺を連れてきたんだよ。ファイじゃダメだったのか?」
「んー。たまには親子水入らずでお出かけしたいじゃん。最近は魔族領に行ったきりで帰ってこないから」
「それは仕方ないだろ」
悪態をついたとして、可愛い息子には変わりない。
もう22歳でいい年の子だけど。
マギアインディゴを失った私の代わりに魔物たちの餌を管理してくれているのがこの子だ。
魔族の連中とも馬が合うようで、王子のくせに普段から王国にいない問題児でもある。
その代わりに一番マオさんに可愛がられている。
次期魔王にすると言い出した時は流石の私も怒った。
「それで、人間でも魔族でもいいけど、彼女できた?」
「うっせー」
この調子である。
長男は幼い頃から教育を受けさせ、王太子として経験を積んでもらい、少し前に結婚して順風満帆だ。
父親の影響からか、文化や歴史に興味を持った次男は幼い頃から友《とも》くんと一緒に他国へ行く機会が多く、一目惚れした女の子の家に婿入りした。
その女の子が王族の娘だったと言われて焦って挨拶に行ったのはいい思い出だ。
彼は今、いわゆる王配という身分になっている。
本当は精霊魔法を国外に持ち出さない方がよいのだろうが、初恋を実らせようとしている息子のためならお安いものだった。
そして、三男にして末っ子は未婚。
魔物を管理しているからか、王国の令嬢からは恐れられているとか。
友くんは「唯さんに似て可愛い顔なのになぁ」と度々ぼやいていた。
正直、他国の王太子が婚約破棄しようが私たちには関係ない。
はやく帰りたい、ただそれだけだ。
「この国の王太子はあれでいいのか? 一国の王子が情けない」
息子よ、やめなさい。
それは友くんには絶対に言っちゃダメよ。お母さんとの約束。
友くん、絶対に寝込むから。
うちの家庭事情はともかく、あの王太子は確かに空気を読めていない。
おまけに新しい婚約者まで出てきて、教会内の雰囲気は最悪だ。
こんな大勢の前で糾弾されれば、私なら文句の一つでも言ってやるだろう。
しかし、彼女は口答えせずに耐えていた。
小さく揺れる彼女の肩に王太子は気づいているのだろうか。
可哀想に。
あっ、いいこと思い付いちゃったかも。
「ねぇ、デルティ」
可愛い末子は心底嫌な顔をして私の方を向いた。
「あのお嬢さん、可愛いね。あんな感じの子好きよね?」
「は? なんでこの年になって母親とそんな話しなくちゃいけないんだよ。……嫌いじゃないけど」
まぁ、なんてひねくれた子。
どこぞのお猫様を護衛につけたせいかしら。
「じゃあ、あのお嬢さんをいただきましょう」
私はさぞ悪い顔をしていたのだろう。
デルティの頬が引きつっていた。何かを言おうと口が開かれようとしたが、王太子の言葉にかき消されて聞こえなかった。
「醜く、陰湿な女め! 貴様との婚約を解消する!」
あっ、と声が漏れた時にはもう遅かった。
「その言葉、撤回しろよ」
昔は友くんがよく「あちゃー」という顔をしていたが、今回は私がその顔になってしまった。
デルティは椅子を倒しながら立ち上がり、全身からマギアインディゴを撒き散らしている。
まったく、誰に似たのやら。
王太子をはじめ、参列者の全員が信じられないものを見るような目でデルティを見ている。
ここは母として毅然に振る舞おう。
「この痴れ者が!」
あぁ、これも懐かしい。
昔、友くんと王宮に連れ戻されたときに先代の王が彼を叱りつけた言葉と全く同じだわ。
やっぱり父親ってこうやって怒るのね。
「息子の無礼をご容赦いただきたい!」」
そうそう。こうやって頭を下げるのよね。
私の父は無視していたけれど、あのご令嬢のお父様はどうなさるのかしら。
私も今では三人の子を持つ母親だ。
今なら私の父の気持ちも、あの令嬢の父親の気持ちも痛いほどよく分かる。
「謝罪は不要です。娘は連れ帰ります」
そうだ。あのとき、うちの父も大人の対応をしてくれていた。
私ならブチ切れて物に当たっているだろう。
「お待ちください!」
向こうの国王とその臣下たちが押し留めようと必死だが、聴く耳を持たず足を止める気配もない。
一生懸命、マギアインディゴを体内に引き戻している息子のために一肌脱いでやるとしよう。
「失礼ながら、よろしいでしょうか」
すでに立ち上がっているデルティに手を伸ばすと、私の意図を察したのか手を引いてくれた。
優雅に立ち上がり、膝を曲げて挨拶する。
「グッドナイト王妃」
他国の王とはいえ、友くんには借りのある人だ。
額から滝のような汗を流している姿は少し可哀想になってしまった。
私は婚約破棄されたばかりの娘の手を引く男性に向き直った。
「久しいですね、最後にお会いしたのは昨年だったでしょうか」
「わたくしのような者にお声をかけていただき、恐悦至極に存じます。妃陛下におかれましては、ご機嫌麗しく、何よりでございます」
軽い挨拶を交わし、国王へ問いかけてみる。
「この婚約は破棄というころでよろしいのですね?」
「とんでもございません!」
必死に否定しているが、もうどうにもならない雰囲気だった。
「あまり他国でこういった話はなんですが、愚息の相手を探しているのです。どうでしょうか、うちの子。三男なので格が下さってしまいますが、伴侶としていかがでしょう」
傷心中の彼女にかける言葉ではないだろうが構うもんか。何か一つでも収獲がなければ割に合わない。
なにより私はあのお嬢さんを気に入ったのだ。
「妃陛下、もったいないお言葉です」
意外と好感触。
これは押せばいけそうね。
本人たちのことは後回しにして、話だけ通しておきましょう。
「ただ、しばしお時間をいただきたく存じます。後ほど正式にお返事を差し上げたいと存じます」
「もちろんですわ」
あぁ、ここ数年で一番いい声を出した気がする。
今なら高笑いできそう。
「子を持つ親としては、娘のために声を上げてくださったデルティ王子に感謝しています」
「心中、お察し致します。そちらのお嬢さんも」
彼女は慎ましく頭を下げ、教会から出て行った。
「グッドナイト王妃。先ほどの話は……」
「なにか? これ以上、末子の感情を揺さぶりたくはありません。うっかりミスに繋がりませんから」
そのとき、教会の壁が揺れ、一人の男性が入れ替わるように入ってきた。
ジーツーが彼を出張先から連れてきたのだろう。
「フェルド陛下」
一同が頭を下げる中、背筋を伸ばして歩みを進める友くん。
「入り口ですれ違ったのは今日の主役ではなかったか? 何があった?」
「陛下、タイミングを逃しましたね。婚約式は中止となりました。陛下がすれ違ったお嬢さんはデルティの伴侶になるかもしれません」
「ほぅ。続きは帰り道で聞こう」
格好良くマントを翻し、私をエスコートする友くんは誰が見ても威厳のある王様だ。
しかし、小声で「なんで? デルティのお嫁さん? は? 唯さん、何やったの?」と混乱している彼の可愛らしい姿を知っているのは私だけ。王妃である私だけの特権なのである。
何故こんなにもつまらないものを見せられているのだろう。
私たちはわざわざ時間を作って馬車なら一週間もかかる他国までやってきたというのに。
などと愚痴っても、長男の転移魔法で近場まで送ってもらい、途中からはジーツーに乗せてもらって山を越えたから大した移動時間ではなかったのだけれど。
こっちはスローライフを返上しているのよ、ふざけないでちょうだい!
大勢の参加者を代表して文句を言ってやろうかと思ったが、不穏な空気感を察した息子が私の腕を掴んだ。
「べつに何もしないよ。あんたこそ、その握り締めた拳を解きなさい。魔力があふれたら大変なことになるでしょ」
私と同じで白に近い銀髪を持つ末っ子は、闇魔法の発動に欠かせないマギアインディゴだけを受け継いでいる。つまり、魔力コントロールに失敗すれば世界は闇に覆われる可能性を秘めている。
母が代わりにイライラしてあげるから心を落ち着かせて欲しいものだわ。
いざとなったら、すぴろんにお願いしましょう。
それにしても「うちの王太子が婚約式をするから是非参加して欲しい」と頭を下げられて来てみれば、婚約破棄の瞬間を目の当たりにするとはね。
「懐かしいなぁ」
思わず、呟いてしまった。
息子たちには私が彼らの父親から一度婚約破棄されたことを話している。
黒歴史を掘り起こすつもりはなかったのだが、末っ子の成人祝いのお酒の場で語ってしまったのだ。
愛する息子たちが友くんを一斉に責め始めた時は感動して涙が出た。
「なぁ、なんで俺を連れてきたんだよ。ファイじゃダメだったのか?」
「んー。たまには親子水入らずでお出かけしたいじゃん。最近は魔族領に行ったきりで帰ってこないから」
「それは仕方ないだろ」
悪態をついたとして、可愛い息子には変わりない。
もう22歳でいい年の子だけど。
マギアインディゴを失った私の代わりに魔物たちの餌を管理してくれているのがこの子だ。
魔族の連中とも馬が合うようで、王子のくせに普段から王国にいない問題児でもある。
その代わりに一番マオさんに可愛がられている。
次期魔王にすると言い出した時は流石の私も怒った。
「それで、人間でも魔族でもいいけど、彼女できた?」
「うっせー」
この調子である。
長男は幼い頃から教育を受けさせ、王太子として経験を積んでもらい、少し前に結婚して順風満帆だ。
父親の影響からか、文化や歴史に興味を持った次男は幼い頃から友《とも》くんと一緒に他国へ行く機会が多く、一目惚れした女の子の家に婿入りした。
その女の子が王族の娘だったと言われて焦って挨拶に行ったのはいい思い出だ。
彼は今、いわゆる王配という身分になっている。
本当は精霊魔法を国外に持ち出さない方がよいのだろうが、初恋を実らせようとしている息子のためならお安いものだった。
そして、三男にして末っ子は未婚。
魔物を管理しているからか、王国の令嬢からは恐れられているとか。
友くんは「唯さんに似て可愛い顔なのになぁ」と度々ぼやいていた。
正直、他国の王太子が婚約破棄しようが私たちには関係ない。
はやく帰りたい、ただそれだけだ。
「この国の王太子はあれでいいのか? 一国の王子が情けない」
息子よ、やめなさい。
それは友くんには絶対に言っちゃダメよ。お母さんとの約束。
友くん、絶対に寝込むから。
うちの家庭事情はともかく、あの王太子は確かに空気を読めていない。
おまけに新しい婚約者まで出てきて、教会内の雰囲気は最悪だ。
こんな大勢の前で糾弾されれば、私なら文句の一つでも言ってやるだろう。
しかし、彼女は口答えせずに耐えていた。
小さく揺れる彼女の肩に王太子は気づいているのだろうか。
可哀想に。
あっ、いいこと思い付いちゃったかも。
「ねぇ、デルティ」
可愛い末子は心底嫌な顔をして私の方を向いた。
「あのお嬢さん、可愛いね。あんな感じの子好きよね?」
「は? なんでこの年になって母親とそんな話しなくちゃいけないんだよ。……嫌いじゃないけど」
まぁ、なんてひねくれた子。
どこぞのお猫様を護衛につけたせいかしら。
「じゃあ、あのお嬢さんをいただきましょう」
私はさぞ悪い顔をしていたのだろう。
デルティの頬が引きつっていた。何かを言おうと口が開かれようとしたが、王太子の言葉にかき消されて聞こえなかった。
「醜く、陰湿な女め! 貴様との婚約を解消する!」
あっ、と声が漏れた時にはもう遅かった。
「その言葉、撤回しろよ」
昔は友くんがよく「あちゃー」という顔をしていたが、今回は私がその顔になってしまった。
デルティは椅子を倒しながら立ち上がり、全身からマギアインディゴを撒き散らしている。
まったく、誰に似たのやら。
王太子をはじめ、参列者の全員が信じられないものを見るような目でデルティを見ている。
ここは母として毅然に振る舞おう。
「この痴れ者が!」
あぁ、これも懐かしい。
昔、友くんと王宮に連れ戻されたときに先代の王が彼を叱りつけた言葉と全く同じだわ。
やっぱり父親ってこうやって怒るのね。
「息子の無礼をご容赦いただきたい!」」
そうそう。こうやって頭を下げるのよね。
私の父は無視していたけれど、あのご令嬢のお父様はどうなさるのかしら。
私も今では三人の子を持つ母親だ。
今なら私の父の気持ちも、あの令嬢の父親の気持ちも痛いほどよく分かる。
「謝罪は不要です。娘は連れ帰ります」
そうだ。あのとき、うちの父も大人の対応をしてくれていた。
私ならブチ切れて物に当たっているだろう。
「お待ちください!」
向こうの国王とその臣下たちが押し留めようと必死だが、聴く耳を持たず足を止める気配もない。
一生懸命、マギアインディゴを体内に引き戻している息子のために一肌脱いでやるとしよう。
「失礼ながら、よろしいでしょうか」
すでに立ち上がっているデルティに手を伸ばすと、私の意図を察したのか手を引いてくれた。
優雅に立ち上がり、膝を曲げて挨拶する。
「グッドナイト王妃」
他国の王とはいえ、友くんには借りのある人だ。
額から滝のような汗を流している姿は少し可哀想になってしまった。
私は婚約破棄されたばかりの娘の手を引く男性に向き直った。
「久しいですね、最後にお会いしたのは昨年だったでしょうか」
「わたくしのような者にお声をかけていただき、恐悦至極に存じます。妃陛下におかれましては、ご機嫌麗しく、何よりでございます」
軽い挨拶を交わし、国王へ問いかけてみる。
「この婚約は破棄というころでよろしいのですね?」
「とんでもございません!」
必死に否定しているが、もうどうにもならない雰囲気だった。
「あまり他国でこういった話はなんですが、愚息の相手を探しているのです。どうでしょうか、うちの子。三男なので格が下さってしまいますが、伴侶としていかがでしょう」
傷心中の彼女にかける言葉ではないだろうが構うもんか。何か一つでも収獲がなければ割に合わない。
なにより私はあのお嬢さんを気に入ったのだ。
「妃陛下、もったいないお言葉です」
意外と好感触。
これは押せばいけそうね。
本人たちのことは後回しにして、話だけ通しておきましょう。
「ただ、しばしお時間をいただきたく存じます。後ほど正式にお返事を差し上げたいと存じます」
「もちろんですわ」
あぁ、ここ数年で一番いい声を出した気がする。
今なら高笑いできそう。
「子を持つ親としては、娘のために声を上げてくださったデルティ王子に感謝しています」
「心中、お察し致します。そちらのお嬢さんも」
彼女は慎ましく頭を下げ、教会から出て行った。
「グッドナイト王妃。先ほどの話は……」
「なにか? これ以上、末子の感情を揺さぶりたくはありません。うっかりミスに繋がりませんから」
そのとき、教会の壁が揺れ、一人の男性が入れ替わるように入ってきた。
ジーツーが彼を出張先から連れてきたのだろう。
「フェルド陛下」
一同が頭を下げる中、背筋を伸ばして歩みを進める友くん。
「入り口ですれ違ったのは今日の主役ではなかったか? 何があった?」
「陛下、タイミングを逃しましたね。婚約式は中止となりました。陛下がすれ違ったお嬢さんはデルティの伴侶になるかもしれません」
「ほぅ。続きは帰り道で聞こう」
格好良くマントを翻し、私をエスコートする友くんは誰が見ても威厳のある王様だ。
しかし、小声で「なんで? デルティのお嫁さん? は? 唯さん、何やったの?」と混乱している彼の可愛らしい姿を知っているのは私だけ。王妃である私だけの特権なのである。
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