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第七章 最古の里クラギラ
106.少女と人形
しおりを挟む冷たく硬い鉄の感触。過度な圧迫感に肺から絞り出す呼吸すらもままならない
バチンッ、と甲高い音が響くと同時に抉じ開けるように意識を取り戻す。
「ッッづ!!」
「起きろ。この出来損無いが」
次に反対の頬を打たれると口内を切り血が床に飛び散った
脳震盪を起こし、グラグラと視界が歪む
「ゔッ、ぐぅ……」
鋼鉄の椅子にガッチリと拘束され、特殊な札のようなモノが全身に巻き付き、全く身動きが取れない。
それどころか身を捩ろうとすればするほど、その札は益々リュドリカの身体を縛り付ける強度を増していく
「貴様に色々と聞きたい事がある。まだくたばるなよ」
「ハッ、ハァッ……、ハァ……」
漸く視界のモヤが晴れ目の前に立つ人物を捉える。そこに居たのは、最初に出会った先程のクラグ族の男で、その姿を目の当たりにしてリュドリカはやっと思い出す
この人、肌が焼けてて一瞬分からなかったけど、クラグ族の里長の側近だ……。名前何だったか……確か……
「ハンクス……」
「ハッ、実の父を呼び捨てとは。どこまでも無礼で愚鈍なヤツだ」
父親……?この人が、リュドリカの?
リュドリカは、本当にこの里を裏切って……
ハンクスは近くに置いていた手燭に火を付けると、静かにこちらに持ってくる。
寒くも無いのに、微かな悪寒と、脂汗が滲む。
ザリ、と子気味の良い音が地面から聞こえ、ふと視線を下に向けると、木の枝や極細の枯れ草が足元を覆っていた
何度も野営で見たことのあるこの草木の山が、何を意味しているのかは嫌でも想像が出来た
「貴様のせいでこの里は何もかも燃え尽くされた。里長も最期の力を振り絞り住人の保護に徹して焼け死んだ。……貴様の、妹すら……」
「な、なぁっ!?ちょっと待ってくれよ!!一体何のことか……」
「貴様には、痛覚を鮮明に感じ取る魔術を掛けた。すぐに死ねないよう自身の魔力を糧にした生命力を膨張させる術もな。これで死にたくても死ねずにじっくり肉体を焼きながら拷問を楽しめる」
「なっ!?」
冷酷な眼差しが、リュドリカを見据える。
聞く耳すら持たない嫌厭の目を向けるその男の手から、呆気なく蝋燭が滑り落ちた
「~~ッッ!!」
「やめてっ!!お兄ちゃんは何も悪くない!!」
バンッと男の背後の扉が勢いよく開かされる
何人もの他の住人に取り押さえられたまま、扉の外に立つ少女は、必死に叫びながら魔法のロッドを振りかざした
「っ!シナーシャ!?」
男が振り向きその名を叫ぶ。既のところで蝋燭の火は宙に留まり、ボタ、と溶けた蝋がリュドリカの足先に沈んだ
「し、シナーシャって……」
シナーシャと呼ばれたその少女の顔と両手は、酷く焼け爛れ、見るに堪えないものに変わり果てていた
……彼女は、確かクラギラの里で肉体強化の装飾品を売るただの売り子の少女だったはず……
シナーシャは何か呪文を唱えたのか、張り付く他の住人をぞんざいに蹴散らした
「お父様!!お兄ちゃんを今すぐ解放してっ!あんなの嘘よ!!」
少女は俺の姿を見て兄と叫ぶ。何が何だか訳が分からなくなり、頭が混乱する
「シナーシャ!まだ回復が終わっていないというのに、ここに来たらダメだ!コイツは自分の才の無さに魔王に寝返り、同胞を裏切り、この里をも壊滅させた!反逆者だ!」
「違う!違うの!!お兄ちゃんはっ皆を助けようとーーあぁッ!?」
少女は取り抑えられ、引き摺られるよう連れ出される
想像も絶する痛みが彼女を蝕もうとも、最後の力を振り絞り懐から何かをこちらに向けて投げつけた。
「お兄ちゃんっ、ごめんなさい……私を、私を許して……っ」
バタン、と扉が閉められると同時に、宙で留まる蝋燭が枯れ草に飛び込んだ
途端に火が燃え移り、リュドリカの肉を焼く
「あ゙ァ゙ッ!!?づッ!?グゥうゔッッ!!」
「やっと邪魔者は居なくなった。さあ、吐いて貰おうか。くたばる前に魔王の情報を全て吐け。簡単に死ねると思うなよ」
メラメラと腰まで火の手は上がり、肉や脂の焼ける臭いが窓もない暗がりの密室に充満する
意識を手放してしまいたいのに、何故かハッキリとその身を焼く光景が脳裏に突き刺す
「死んでいった同胞の仇だ。意識も飛ばせず生きたまま焼かれる身体は辛いだろう?皆お前を、恨みながらそうやって死んでいったんだ」
「ヴグぅ゙ゔぅ゙ぅ゙ッッガッあ゙ァ゙あ゙ッあ゙」
ハンクスの言葉が音として聞き取れない
ただ熱さと痛みだけがリュドリカの脳内を満たし、涙や汗すらも蒸発し、ただ肉体を焼いていく
『ーーー』
痛みで目すら開けられない状況の中、どこからか声が聞こえた
いつの間にか膝の上にある奇妙な人形が、こちらを見ている
身に覚えのない人形のハズなのに、俺はこれを知っているーー
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