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第五章 全面対決編(高校生)

第二十六話 大地の失敗

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「透馬お兄ちゃん。ご飯だよー?」
透馬お兄ちゃんが泊まっている客室をノックすると、数分も待たずに透馬お兄ちゃんがドアを開けて姿を現した。
「おお。わざわざありがとな、姫…とちまっこいの四人」
「ちまくないですっ」
「です!」
「ボディーガードっ!」
「なのっ!」
旭筆頭に私と透馬お兄ちゃんの間に割って入る弟達。これが滅茶苦茶可愛いんだよね。思わず頬が緩む。
「ボディーガードか。姫、随分立派なボディーガードだな」
「ふふっ。でしょう?」
透馬お兄ちゃんと一緒にリビングへと向かう。旭達には鴇お兄ちゃん達を呼びに行って貰った。
あれから数日。
特に何があった訳でもなく、普通に過ごしている。
でもいつまた透馬お兄ちゃんの偽物が出るかと思うと怖くて仕方ない。
ゲーム内のイベントじゃないから、ママも予測がつかないって言ってた。一人で行動しないように、とも。
……迷惑、かけてるなぁ…。
私が男性恐怖症なんかじゃなかったら、こんな事にはならなかったのかな…。考えても仕方ない事なんだけどさ。
気持ちを切り替えようっ!
まずは皆でご飯を食べて学校に行くっ!
そうと決まれば朝ご飯を食べようっ!
リビングに入ると、そこには既に席についている誠パパがいた。
「どうだい?透馬君。腕の調子は」
「あぁ、はい。だいぶ良いですよ。こんな数日で痛みが引けるとか逆に怖いですよ」
「ははっ。金山印だからね。でも体に悪いの物は入ってないから」
「それは疑ってませんって」
誠パパが透馬お兄ちゃんの相手をしていてくれるので、私はご飯の準備です。
今日の朝ご飯はー、秋さんまの混ぜ込みご飯にー、出し巻き卵にー、お漬物にー、牛乳にー、味噌汁ですっ!
朝食を並べ終えると、起きてきた皆がリビングに入って席についた。
そこから朝食がスタートです。

「蓮?おかわりは?」
「いるっ!」
「お姉ちゃん、僕もっ」
「蘭もね。燐は?」
「僕はもういいかな。あ、旭兄さん。醤油とって」
「ほい。あ、棗兄さん。この前の宿題でさ?」
「あぁ、悩んでたって言うあれ?それがどうかした?葵。それ鴇兄さんの卵じゃない?」
「あれ?あぁ、ほんとだ。ごめん、鴇兄さん。間違って食べちゃった」
「別に良い。俺は親父の食うから」
「って言いながら、鴇っ、俺のとってんじゃねーよっ」
「……佳織?それ私出汁し巻き卵…」
「大丈夫よ。誠さんっ。とっても美味しいわっ」
「ママっ。鴇お兄ちゃんもっ。どうして他の人のをとるのっ、もうっ。はい、誠パパ、透馬お兄ちゃん。念の為に寄せておいた出汁巻き卵あげるね」
「ほんっと美鈴は良い子だね…」
「誠さん。この家族の中で姫だけ真っ直ぐ育ってるのって奇跡ですよ」
「本当にその通りだよね」
「ねぇ、透馬さん、誠さん。そんな事言ってると」
「あら?美味しそうな出汁巻き卵が落ちてるわー」
「盗られるよ、ってもう遅かったね。馬鹿だなぁ、二人共。女の人は怖いんだよ?」
「……優兎。すっげー説得力だな」
「あはは。透馬さんも三年間女性の中で暮らせば分かりますよ」
「いや。母親と妹で十分だわ」

相変わらずの賑やかさでした。
透馬お兄ちゃん一人加わっても騒がしさは変わらない。
そんな透馬お兄ちゃんと鴇お兄ちゃん、そして優兎くんの四人で登校。
お兄ちゃん達は真っ直ぐ職員室へ。職員会議があるんだって。
私は優兎くんに送られて教室に入った。そこには既に華菜ちゃんの姿があって、おはようと挨拶しながらとりとめない会話を楽しんだ。
一人二人とクラスの子達が登校してきて、四聖の皆もクラスにおはようと言いながら入って来る。
遅刻ギリギリの子もいたりして、その子が教室に入った数秒後に鴇お兄ちゃんが入って来てHRが始まる。
いつもの日常に戻っている。
こうなって来るとこの前のあの偽物騒ぎが嘘の様に思えるけど…。透馬お兄ちゃんの腕の傷が、あれは現実だったんだって、嘘じゃないんだって私に突きつけてくる。
もう二度と同じ事が起こらないとは断言出来ないよね。
次はいつ襲ってくるのか…。
っといけないいけない。こーゆーのは考えてるとフラグになるって言うよね。
来た時は来た時。どうにかなるって思ってどんと構えてた方が良いよね?……怖くてあんまり考えたくない、とも言う。
普段通り授業を受けて、昼休み。
優兎くんが今日は生徒会室で皆でご飯食べようと誘ってくれたので、四聖の皆を引き連れて生徒会室へ向かった。
途中、四聖の恋人達が合流して、結構な大人数で生徒会室へと到着。
「お待たせー。優兎くん、逢坂くん」
「あ、大丈夫。そんなに待ってないよ。僕達も今来た所。もうちょっと待ってね。机寄せちゃうから」
書類の乗ってる机を寄せて窓際に座るスペースを作ってくれる優兎くん達を男子達が手伝い、その代わりに私達は広くなった床に持ち込んだシートを広げて靴を脱いで上がるとシートの中央にお弁当を広げて行く。
「かなりの量作って来ちゃったけど平気かな?」
「大丈夫だよ。だって男子がこんなにいるんだもん」
「そうそう。それに男子だけじゃなくて」
「アタシらも結構食べるでしょ」
「王子の作ってくれたものは一通り制覇がモットーっ!」
「ふふ。夢子さんは本当に王子の手料理がお好きですよね」
箸と取り皿。コップに飲み物。よし、準備オッケーっ!
準備が終わったタイミングで男子達が各々恋人の隣へと座る。自然と優兎くんは私の隣に来る事になるよね。
お手拭きを配り、皆で一緒にいただきますして食事。朝も賑やかだけどお昼も賑やかだ。

「あっ!犬太っ!それ私が狙ってた天ぷらっ!」
「うめーっ!白鳥マジで料理上手だなーっ!」
「ケン。アタシが作ったのも食べてくれるかい?ほら、口開けて」
「円君達も仲睦まじいな。だがハニーと私の仲には遠く及ばないよ」
「ダーリン、とても嬉しいですわ。あ、あの、こちらも是非召し上がって下さいませっ」
「お嬢が幸せそうでなによりでざる。…むむっ!?どうにも食べ辛いでござるっ!?」
「覆面取ったら良いでしょ。あ、そうだ。包帯あるわよ。上手く撒いてあげようか?」
「包帯?あれはきしめんに見えるんだが、私の気のせいだろうか…?」
「あ、恭くん」
「ほら」

皆元気だなー。
四聖の初々しさと華菜ちゃん達の熟年夫婦感のギャップがパない。
ぼんやりと皆の様子を眺めていると、私の手にあるお皿に何かが置かれた。
ふと手元を見ると、フルーツサンドがある。
「ぼんやりしてないで美鈴ちゃんも食べなきゃダメだよ。兄達にまた言われるよ?」
「あ、うん。ありがとう、優兎くん」
そのフルーツサンドを手に取って口に含む。
うぅ~ん…何だろう、この既視感。昔もこんな事あったような…?
んんー?
ちょっと記憶を探って、ポンッと思いだした。
そうだそうだ。あの時だ。
思わず笑みが零れる。
「美鈴ちゃん?どうかしたの?」
「ふふっ。ううん、何でもないの。ただ昔もこんな事あったな~って思って」
「昔?」
「そう。それこそ優兎くんと出会う前。鴇お兄ちゃん達と出会ったばかりの頃。あの時初めて奏輔お兄ちゃんと会ったんだよ~。ママにお弁当配達頼まれて、鴇お兄ちゃんの通ってたこの学園に来て。皆でご飯食べたの。こうやって窓の側で。あの時はやっぱりこの生徒会室が大きく感じたんだけど、今はそうでもないなぁ」
「そんな事あったんだ。でもその時って男子校だったでしょ?良く来れたね、美鈴ちゃん」
「あはは。一人じゃ無理だったよ。当然、葵お兄ちゃんと棗お兄ちゃんに付いて来て貰ったよ。私はずっと棗お兄ちゃんの後ろに隠れっ放し。それは今でも変わらないか。ふふっ」
懐かしいなぁ~。あれからもう10年以上経ってるんだ。
メンバーもすっかり変っちゃったしね。まさかこのメンバーでこうやってご飯を楽しく食べれる時がくるなんて思わなかったなぁ。
「白鳥先生の高校時代か~。全く想像つかないね」
「えー?そう?見た目完全にホストだったよ?」
「美鈴ちゃん。鴇さんをディスってる?」
「……ホストだったよーっ」
「何で二回言ったの?」
「いや、何となく」
「私は白鳥先生より双子のお兄さんの方が印象強かったな~」
「そうなんですの?」
自然と会話の流れはそれて、私の兄弟の話になってる。でも鴇お兄ちゃんがホストっぽかったのは間違いないっ!……後で確実に怒られるわ、これ。
ポンポンッと会話が弾み、休憩が終わる10分前。
綺麗に空っぽになったお弁当箱を片付けて、と。
腹ごなしに優兎くん達の仕事を手伝おうかな。
そう思って立ち上がった、その時。

「きゃあああああっ!!」

『―――ッ!?』

叫び声が校内に響き渡った。
咄嗟に優兎くんが生徒会室のドアを開けて飛び出して行く。
一体、何が…?
「アタシも行ってくる。何があったのか分からないけど、女の叫び声だったなら女の手助けも必要だろうし」
「円っ、オレも行くっ!」
風間くんと円も生徒会室から飛び出して行った。
「どうしよう、大丈夫かな」
「…優兎さんと円さんが向かいましたから、大丈夫だと思いますが…」
「私達も行くべき?」
皆が顔を見合わせて首を傾げていると、飛び出して行った筈の風間くんが凄い速さで戻って来た。
「白鳥っ!隠れろっ!」
「え?」
「星ノ茶の生徒が乗りこんできたんだっ!しかも白鳥美鈴を寄越せって言ってるらしいっ!今すぐ隠れろっ!」
か、隠れろって言われたってっ!どうしたらっ!?
「奴らこっちに向かってくるっ!悩んでる暇はねぇっ!!」
「美鈴ちゃん、こっちっ!」
生徒会長の机の下へ華菜ちゃんに押し込まれる。
「恭くんっ、美鈴ちゃんをお願いっ!私達がまとまってたらかえってバレる可能性があるっ!皆、散らばるよっ!」
『了解っ!』
ここぞとばかりに皆は手際の良い連携を見せて生徒会室を飛び出して行く。
副会長の優兎くんが様子を見に行ったのに、会長である逢坂くんが行くのはおかしい。だから華菜ちゃんは逢坂くんを残したんだろう。そんな逢坂くんは椅子を引くとゆったりと腰をかけた。
「……大丈夫か?白鳥」
「大丈夫、だけど…。皆が…」
「……大丈夫だろ。あいつらなら。殺しても死にそうにないし」
そうだと、良いんだけど…。
殺しても死にそうにないって鴇お兄ちゃんがいつも言ってた透馬お兄ちゃんが私の所為で傷つけられた。シルバーアクセ職人として大事な大事な腕を。
私、ここに隠れてていいのかな…?
せめて学校を離れた方が…。
「……白鳥。馬鹿な事考えるなよ。華菜も皆もお前を助けたくて動いてるんだ。それを無駄にするような事は絶対にするな」
「逢坂くん…」
机の下で小さくなってる事しか出来ないなんて…。自分が情けない。情けなさ過ぎて泣く事すらしたくない。
ぐっと拳を握って、皆が戻ってくるのをじっと待つ。
逢坂くんと二人。生徒会室にいる筈なのに、耳に届くのは時計の音と、階下の声のみ。…先生達の声もする。先生達が対処してくれるなら一安心、だろうか?
一気に階下の声も静まった。
もう、出ても平気、かな?
そっと机の下から出ようとしたら、逢坂くんの手で制された。
まだ、何かあるの?
大人しく机の下に戻り耳を澄ませば、足音が聞こえる。

トン、トン…。

徐々に音が近寄ってくる。
一人の足音。だけど、高校生の足音じゃない。もっと軽い…そう、まるで小学生のような…。
子供なら恐れる必要ない。そう思うのに、異様な気配と近付く足音にぞわぞわと恐怖心が込み上げてくる。
男の子、なんだろうか…?
鳥肌がこんなに立つんだから。女の子だったらここまではならないよね…?
…平気になって来たと思ってたんだけど、気の所為だったのかな?
体の震えを抑えようとぎゅっと自分を抱き締める。
恐怖にバクバクと心拍が上がっていく。
足音が完全にドアの前で止まった。

ガチャリッ。

ドアが開いた音がする。

「……ガキ?ガキがここに何の用だ?」
「あぁ、すみません。ノックもせずに。私の用は直ぐに終わりますよ。そこにいる私のモノをとりに来ただけですから」
「私のモノ?何の話だ?」
「……いるでしょう?そこに。私の大事な大事な『華』が」

ヒッ!?
思わず声になりそうで慌てて両手で口を塞ぐ。
華って…華って言ったっ!
じゃあ、こいつは…こいつは私の前世を知ってるって事っ!?

「花?何を言ってんだかわかんねーけど。ここには見てわかるようにいるのはオレだけだ。分かったならさっさと帰れ」

逢坂、くん…。
どんな顔をしてるのか、ここからじゃ見えないけど空気で威圧感を与えてるって事は解る。
ふと逢坂くんの手を見ると、横を指していた。
こっそりと抜け出ろと、そう言いたいのかな?
でも…相手は入口にいる。
絶対にバレる。

「すみませんが、帰れませんねぇ。確認させて貰いますよ。そこにいるのは解ってるのですから」
「はぁ…。勝手にしろよ。ただし書類とか崩すなよ?後で直すの面倒なんだからな」
「おや。それはそれは。分かりました。書類には触れないようにしますね」

スタスタと歩いてくる。
逢坂くんの手を見るとさっきとは逆の方を指さしていた。
右側から相手が歩いてくるってこと、だよね?
そっと抜けだして左側にある寄せられた机の影に移動する。
そこから更に音を立てずに開けっ放しのドアに向かう。

もう少し…もう少しでドアの外へ…。

「全く。私にバレていないとでも?…私がどれだけ貴女を追い掛けて来たと思っているのです?」
「ちっ!逃げろっ!白鳥っ!」

逢坂くんの声で弾かれた様に走りだす。
振り向けない。
振り向いたら絶対に足が凍ってしまうっ!
どうして私の前世を知ってるのっ!?
あいつは誰っ!?
知りたいけどそれよりも、怖いっ!
怖いよっ!!
一心不乱に走る。
「美鈴ちゃんっ!!」
私を呼ぶ声に、ハッと視線を向ける。
そこには華菜ちゃんがいて。
手招きしてくれてる。
そっちへ走ると男の人がいない道を誘導して、辿り着いたのは家庭科部の部室。
そこには四聖が既にいて辺りを見張っていてくれる。
家庭科部室の鍵は私が持っている。慌てて鍵を開けて中に逃げ込み鍵をしめた。念の為にドアの前に円が立ってくれている。
「大丈夫っ!?美鈴ちゃんっ!」
「か、華菜ちゃん、ごめっ、逢坂くんがっ」
「あいつは男だからどうとでもなるよっ!そんな事より美鈴ちゃんの方が大事っ!」
「王子、何もされてないっ!?」
「逢坂くんが逃がしてくれたから」
「華菜も夢子も声大きい。静かにしろ」
「あ。ごめん…」
部室の真ん中に座りこむ私を守る様に華菜ちゃんとユメが座る。
「……おかしいですわ」
「どうした、桃」
「先程の騒がしさが嘘のように…静かですわ。誰の声も…聞こえません」
「……確かに」
そう言われれば、華菜ちゃんに導かれて走った時はそれなりに声が聞こえてたのに。
……もう、何の音もしない。どうして…?

「簡単な話ですよ。丸薬を使って皆様に寝て貰ったんです。流石に鬱陶しいですからね」

ドアの向こうから声だけがして、円が咄嗟にドアから距離を取る。

ガァンッ!

勢いよくドアが蹴破られ、直ぐに星ノ茶の生徒が二人入り込んでくる。そして悠々と現れる小学生の男子。
四聖の皆が私の前に立ち、華菜ちゃんが私を抱きしめてくれる。
「華。本当に貴女と言う人は、誰彼構わず魅了していきますね。…私は心が狭いんです。嫉妬しますよ?」
「……アンタ。死んだんじゃなかったの?」
「死んだとは思えなかったけど。まさか、本当に生きてるなんて…」
円とユメはこいつを知ってるの?
じゃあ、私はこいつと会った事がある?
…思い出せない。
でも華って言ってた。
私の前世の名前を言っていた。だとしたらこいつが私の事を知っているのは間違いない。
「…さて。取引しましょうか。華」
「とり、ひき…?」
「えぇ。そうですよ」
幸せそうに微笑んだと同時に指が鳴らされる。
すると、そいつの前に一人の男子生徒が現れた。
「コタっ!?」
小学生男子を守る様に立つ、近江くんだった。覆面は外されて、その綺麗な瞳が真っ直ぐに私を見ている。
欲を孕んだその瞳が…怖い。
怖い、けど…。
愛奈を見る。
普段と違う恋人の表情に不安と心配の入り混じった顔をして、ただただ近江くんを見つめていた。
「今、この近江虎太郎は私の手の内にある」
「……操ってる、って事?」
「原理は違うけど、まぁ、そう思って貰っても構わないよ」
「……近江くんを元に戻したければ、貴方と一緒に来い、って、そう言いたいの?」
「ははっ。違うよ、華。私が華に出した条件は、この『近江を含めた学校にいる全員の解放』と『華の全て』だ」
「私の、全て…?」
嫌だ…。
怖い…。
行きたくない…。
だけどっ。
こいつは学校にいる全員の解放って言った。
逆に言うなら、学校にいる人間は皆こいつの手の中にあるって事なんだ。
そして、そいつを解放出来るのはこいつだけ。それが私の身と引き替えに解放される。
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「……分かった。行く」
行くけど、ただじゃ転ばないんだから。
怖いけど…怖くて怖くて仕方ないけど…でもっ。
「王子っ!」
「駄目ですわっ!」
「王子っ…」
「行っちゃ駄目っ!」
私は四人の間を真っ直ぐ歩く。
すると、パシッと腕を掴まれた。振り向くとそこには真っ直ぐな華菜ちゃんの瞳があり。
「……美鈴ちゃん?」
私の目を見て、私の気持ちを察してくれたのか、頷いて手を離してくれた。
一歩二歩と歩き、小学生の前に立つ。
「…良い子だ。今度の華も本当に美しいよ」
手をとられ、甲にキスされる。
気持ち悪い…。泣きそうだ。倒れそうだけど、我慢。
絶対絶対にやられっぱなし何かになるものかっ。
「さぁ、行こうか」
腰に腕を回されて部室の外へ出る様に促される。
廊下を歩いていると、歩く場所全てに生徒が倒れている。慌てて近くで倒れている女子の首に手を当てて脈拍を確かめたが、どうやら寝てるだけ。ちゃんと温かい。
他の人も皆同じ。寝てるだけ。
…そうだ。携帯は…?
こっそりポケットに手を入れて携帯の画面を開くと圏外になっていた。
…やっぱりね。
手を引かれるまま、今分かる事の状況確認をしていると気付けば玄関まで来ていた。
待ってっ!待って待ってっ!
慌てて足を止めて、私は抗議した。
「待ってっ。行く前に、学校の人を元に戻してっ!貴方の側に私はいるし、こうして手を繋がれてるんだから逃げれないの分かってるでしょ?ちゃんと取引してよっ」
睨み付けると、そいつは一瞬目を丸くして、とても嬉しそうに微笑んだ。
「君は本当に可愛いな。私が取引をするって信じてるんだから。私だったら怪しい人間の取引に何て乗らないよ?ましてや自分を殺した相手の取引だよ?」
「ころした、あいて…?」
「おや?まだ思い出して無かったのかい?確か今回の華は前世の記憶を持っているのではなかったのかな?」
一瞬不思議そうな顔をして、あぁと直ぐに何かに納得した。私にはさっぱり分からないけれど。
「記憶を封じられてるんだね。可哀想に。私が今すぐにその記憶を呼び戻してあげるよ」
にやりと気味悪く笑って。
唐突に手を引かれた直後―――口に何か触れていた。
そいつの顔が目の前にある。

―――気持ち悪いっ!

キスも当然ながら、そいつの瞳がとにかく気持ち悪くて。
抵抗するけれど両手を引っ張られ、前かがみになっている状態だとどうする事も出来ない。

「んっ!んんぅっ!」

早く逃げたくて。触れていて欲しくなくて。
私は必死に抵抗する。

『無駄ですよ』

声が、聞こえた。
キスしてるんだから言葉を発せる訳ないのに。

『私から逃げようなんて思わない事です』

また…。
どうして声が聞こえるの?
それともこれは…私の記憶?

―――(駄目だっ。そいつの言葉に耳を貸すなっ!)

一つずつ記憶を取り戻して…。
まるでパズルのような記憶のピースが一つ一つ組み合わさっていく。
私の脳内で男の声が響いた。

『あぁ…可愛い…。君はいつでも可愛いですよ。どこもかしこも…貴女は私の物だ。誰にも…渡さない』

組み合わさった記憶のピースが前世の小学生の時の記憶を形どる。

『私に抱かれる以外、貴女に道はない。…貴女の母親がどうなってもいいのですか?』

母親…ママ…お母さん…。
中学生の時の姿の記憶のピースが増える。

―――(華っ!駄目だっ!思い出すなっ!華っ!)

頬を張られた…。
縛られて閉じ込められそうにもなった…。

『逃げてもいいですよ。追い掛けて、貴女の逃げ道を塞いだ瞬間を想像するだけで最高の気分になれますから』

逃げても逃げても逃げられない。
高校生の時、男から逃げられないと知って、絶望した。

―――(華っ!!華っ!!くそっ!!やってくれるっ!!)

前世での記憶がどんどん一つの形となっていく。

『あぁ…君は血の一滴まで美しい…』

私を殺した人間…私を殺した男…。
唇がゆっくりと離されて、目の前には笑みを浮かべ続ける狂気的な…見慣れた瞳。

「あ、…あぁ…っ…」
「言ったでしょう?貴女の逃げ道を塞いだ瞬間を想像するだけで私は最高だと」

冷めた口調。煙草と香水の香り…。

『やっと会えましたね』

遊園地のあの時の男の子…。
全ての記憶が一つへと繋がった。
目の前の恐怖の塊に足が震え、全身が拒否反応をおこす。

「いや、…いやっ…いやぁっ!!触らないでっ!!来ないでっ!!」
「やっと私の事を思い出してくれましたねぇ。嬉しいですよ。華。…涙を流して喜んでくれてるんですねぇ?」
「いやぁっ!!」

―――怖いッ!!

――――死にたくないっ!!

―――――誰かっ!誰か助けてっ!!

心も体も限界を訴えていた、その時……ふと、脳裏をよぎった優しい声。

『お前を助けてやれるのはお前しかいないんだ。勿論俺達だって美鈴を出来うる限り守りたい。だが俺達が美鈴の側に駆け寄れるまで、助けに行くまでの時間を稼げるのはお前だけなんだ』

―――怖くて。

――――辛くて。

それでも私の脳は思い出させてくれた。
鴇お兄ちゃんの言葉を。お兄ちゃん達の存在を。
今の私は、『華』じゃない。『美鈴』なんだと。

―――味方は沢山いるのだ、と。

ぐっと全身に力を入れて、抵抗を止める。
「おや?もう抵抗しないのですか?はははっ。抵抗をしない『君』は初めてですよ」
「…ぃに…」
「え?」
「怖いに、決まってるじゃないっ!!離してって、ばっ!!」
私は持てる力全てでそいつを蹴り飛ばした。

「なにっ!?」

バァンッ!!
生徒用玄関のストーカーの体が激突する。
もう一発っ!!
近くにあった傘立てを持ちあげてストーカーに投げつけて、私は一目散に校舎内に引き返す。

誰かっ!

誰か助けてっ!

お願いっ!

もう、もうっ、あんな風に死にたくないっ!

死にたくないよっ!!

「待てっ!!」
ストーカーが生徒を操って追い掛けて来た。
どんどん数が増えて、恐怖に体が震えて速度が落ちる。
息が苦しい。
職員室まで行っても無駄。
何処に行ったら私は助かるのっ!?
逃げ惑う私の視界に保健室がうつった。
これ以上走っても捕まるだけ。
もう、ここに賭けるしかない。
保健室のドアに手をかけると鍵が閉まっていた。
それでも、それでもっ!

「大地お兄ちゃんっ!!大地お兄ちゃんっ!!お願いっ!!助けてっ!!」

ガンガンとドアを叩く。
怪我をしても構わないっ!
大地お兄ちゃんっ!起きてっ!!

「目を覚ましてっ!!大地お兄ちゃんっ!!」

丸薬の所為で大地お兄ちゃんもきっと倒れてしまってる。
それは分かってる。
分かってるの。
でも、…だけど…。

「全く、無駄な抵抗をしますねぇ。華。……さぁ、行きますよ」
「いやぁっ!!」

追い付いてきたストーカーの腕が腰に絡みつく。
逃げられない。
その気持ちの悪い手が私の髪に触れて、

「あぁ、そうだ。貴女の綺麗な髪、私に少しくれますか?」
「―――ッ!?」

ザクッと音がした。
首元がすっとする。
棗お兄ちゃんの為に伸ばしていた髪が…。
我慢していた恐怖が一気に覚醒する。

「大地お兄ちゃあああんっ!!」

助けてっ!!
私は全力で叫び―――極限まで達した恐怖に抗えず、暗闇へと身を投げ出した。


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