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第三章 中学生編
第十四話 白百合の王子と四聖
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入学式も無事に終わり、寮生活にも慣れて来た、六月の中旬。
問答無用で学級委員長にされた私は、教師に呼び出され職員室にいた。
「…新田(にった)さん、ですか?」
「えぇ、そうなの。彼女お友達もいないみたいだし、いつも一人で化学室にこもって何かしてるのよ。もしかしたらイジメにでもあってるのかと思って先生心配で~」
…だったら先生、自分で見に行けばいいんじゃないんですか?
そう反論したくなる言葉を飲みこみ、教師をマジマジと見やると、彼女は甘えたような表情で私の前で手を合わせて言った。
「お願~い、白鳥さん。様子見て来てくれない?白鳥さんなら大丈夫だと思うの~」
…先生。女同士だと甘えも媚も通用しないんですよ。年齢関係なく、ね。
にしても今年の担任私の苦手なタイプ過ぎる。
前世でいたんだよ、こーゆー媚売るタイプの上司。こういうのが上にいるとほんっと最悪だよね。自分より上の奴にはクネクネして媚びを売って取入ろうとして、反対に部下には自分の仕事ばかりを押し付ける変に要領の良い奴。嫌いだわー。
「白鳥さん?」
こうやって下から見上げて来て、私可愛いのアピールも死ぬほど嫌いだ。けど、ここでは我慢。
「分かりました。様子を見て来たらいいんですね」
「うんっ、そうなのぉっ」
「では何かあり次第ご報告致します」
一礼して、そのまま職員室を出ようと思ったんだけど、ちょっとだけ仕返ししても、いいよね?許されるよね?
ドアの前でくるっと顔だけで振り返り、こっちを見ていた先生を見て、口の端っこだけ上げて笑う。
「あ、そうそう。先生。何かあり次第ご報告致しますね」
「え?うん。やだ、白鳥さんったら。さっきもそう言ったじゃない。うふふっ」
「はい。ちゃんとご報告いたしますよ。学年主任の佐原(さわら)先生に」
「えっ!?」
「では失礼します」
驚いた先生を無視して私は職員室を出た。追われると面倒なのでさっさと廊下の角を曲がってしまう。
さて、どうしようかなぁ~。
新田さん、かぁ。同じクラスだけど、彼女は自分から人に関わるような子じゃないと思うんだよねぇ~…。
正確には、『教室で人と関わるのが嫌』なタイプだと思う。ちょっとだけ話した事があるけどそんな感じだったと思うんだよね。となるとグループ行動って辛いよねぇ…。そんな子に無理矢理話しかけても…。
……まぁ、もう少し話してみなきゃわからない、か。
どうやって接近しようかな。教室の中で話しかけたら嫌がられそうだし。
狙い目としては、放課後の部活動の最中かな。
因みにこの学校部活動は必須です。なのですが、私は帰宅部です。何故なら、
『お願いっ!寮長やってっ!』
と椿先輩に頼みこまれたから。
何でも、この学校生徒会長―――(生徒会長、副会長は部活免除が出来る)―――と寮長は兼任なんだって。それで、一年の時に面倒見の良さそうな人を前以て選出しとくらしい。そしてその中でも決定権が高い条件が『料理上手』。これが重要だと椿先輩が言っていた。
生徒が体調不良で倒れた時、料理を作って栄養のあるものを食べさせてあげられるのが最低条件。まぁ、要するに寮長は寮内のお姉さん、もしくはお母さんの役割を果たしているのだそうだ。
でもさ?だったら二年は?って話になったんだけど、今年の二年は全滅だと椿先輩が哀しんでいた。今の二年生が入学の時の歓迎会は消し炭の嵐だったとか。…大変だっただろうな…。
椿先輩も後任が決まったら進学の勉強に集中したいそうで。一学期一杯は引継ぎをしてくれるらしいけど、二学期からは私が寮長兼生徒会長になる訳だ。それに…。
「あ、美鈴ちゃん、みっけ。どうだった?先生の話」
「優ちゃん」
階段を上ってると上から優兎くんが降りてくる。
「生徒会の話とかだったの?だったら私も行った方が良かった?一応美鈴ちゃんの補佐になる訳だし」
「あぁ、うん。それとはちょっと関係ない話だったよ」
と今の会話からも分かる様に、見事に優兎くんを巻き込んでしまった。椿先輩曰く。同室の人が補佐をした方がやりやすい、って事らしいので、要するに、優兎くんが生徒会副会長兼副寮長になってしまったのだ。
「…ほんと、ごめんね。優ちゃん」
「うん?何が?」
「色々と。ほんと、ごめんっ」
階段を降りて来た彼の胸に抱き着く。
「わっ、ちょっ、美鈴ちゃんっ!?」
「私、ほんと、優ちゃんに対して罪悪感がいっぱいで…うぅ」
お兄ちゃんに抱き着くように、胸に額を摺り寄せると、
「だ、大丈夫っ。私なら大丈夫だからっ、お願いっ、離れてっ」
と真っ赤な顔で言われてしまった。一瞬なんでか解らなかったけど、そうかと直ぐに納得する。
中身がこんなのとは言え、ヒロインだし、何よりこんな風に女の子に抱き着かれる事ないよね、普通。
私は慌てて離れる。
「ごめんね?もう、いきなり抱き着いたりしないから。嫌な思いさせてごめん」
「べ、別に嫌な訳じゃないからっ。驚いただけで。…うん。えーっと…えいっ」
「わっ!?」
今度は逆に優兎くんに抱きしめられる。流石に驚いて、でも、すっかり家族枠の彼に体が拒絶する事はない。
「これでお相子。ね?」
「うん。そうだね」
優兎くんが茶化すように微笑みながら言うから、私も彼の腕の中で、見上げながら微笑む。
にしても優兎くん可愛い。
「……うぅ…可愛いよ…」
うん。可愛い。優兎くんのエンジェルスマイルは可愛い…ってあれ?私今声に出してた?
「棗兄の偉大さを今感じたよ…。毎日こんな可愛いの抱いて寝てるなんて拷問だよね…」
うん?もしかして、可愛いってのは私の声じゃなくて優兎くんの声だったのか?
そっかぁ…。ヒロイン補正ってこんな所まで効果があるんだね。増々ごめんね、優兎くん。中身がこんなのに抱き着かれて赤面させて。
取りあえず優兎くんから離れて、私は先生に頼まれた事を話した。
「新田さん、か。私もそんなに話した事、ないなぁ」
「そうだよね。私もなんだけど…」
「でも新田さんって、教室で話しかけられるの嫌そうなタイプでしょ?」
「優ちゃんもそう思う?」
「うん」
「だよねぇ。私もそう思う」
「となると、…部活中かしら?」
「が、いいかなと」
思うんだけど、新田さんの情報がもう少し欲しい所。
「行くのは明日の放課後かな。今日は情報収集に徹する事にするよ」
言うと、優兎くんは頷く。
「そうね。じゃあ、今日は予定通り、買い物して帰りましょうか」
「そうだね。そうしよう」
私達は止めていた足を動かし、教室へと戻った。
昼休憩が終わり、午後の授業が始まる。
幸い私の席は窓際の一番後ろ。席替えでここを引いた時はやったと本気で喜んだ。
だって何やっててもばれないし、観察も出来るし、最高だよね。
なので、そっと教室中央付近に座る新田愛奈(にったあいな)さんの様子を窺い見る。
……無表情だ。授業中に笑えとは言わないけど、そこまで表情筋を殺すのかって程に無表情だ。
これは…ちょっと難関かもしれない。彼女の持ってる物とかでもう少し彼女を知る事が出来れば…。
視線を彼女の机の上に動かしてみる。…缶のペンケースに教科書にノート。全て無地。おおーい…特徴がなーい。
ならば服装は?姿は?
制服はちゃんと校則に倣っている。髪は藤色で肩まである。黒いヘアピンで留めてるけど、それにも大した飾りはない。前髪は長めで瞳を隠してるのかな?瞳の色は…黒?違うか、光の加減で紫にも見える。
…本当に特徴がなーい。
違うか。多分これ、特徴がないように見せかけてるんだ。ふむ。成程。ペンは動いてるけど、授業を聞いてる感じでもないなぁ。いや、まぁ、私もだから人の事は言えないけどさ。
午後の授業を彼女の観察に費やし、私は授業が終わると同時に下校準備をして教室を出た。
「あ、あの、白鳥さんっ、ごきげんよう」
「うん。ごきげんよう。部活頑張ってね」
「は、はいっ」
「し、白鳥さんっ、これ、良かったらっ」
「ん?あぁ、クッキーか。いいの?」
「はいっ」
「嬉しいな。ありがとう。一口、食べてもいいかな?」
「は、はいぃっ」
「ん。…美味しいっ。ありがとう。残りも大事に食べるね」
廊下で優兎くんを待ってる時の何時もの光景。そこへ、優兎くんが追い付いてくると、
「美鈴ちゃん、お待たせ」
「ううん。大丈夫だよ。さ、行こうか」
「うん」
女子の渦から解放される。何故か優兎くんが来ると皆遠巻きになるんだよね。これが。
理由を優兎くんに聞いた事があるけど、優兎くん曰く。
『私は女子に好かれたいって思ってないから』
と言っていた。攻略対象なのに?とか思わなくもないけど。それにそう言った時の優兎くんの瞳はちょっと怖かった。いつも通りの笑顔だったはずなのにな。なんでだろう?
「それで?今日は何買うの?」
歩きながら、優兎くんが楽し気に聞いてくる。
「今日は、晩御飯の材料と布が欲しい」
「晩御飯の材料は解るとして、布って?」
「クッションが欲しいなって思っててね。ラグはこの前買ったけどクッションは買わなかったでしょう?」
「うん。不思議に思ってたよ」
「実は、その時に隣の手芸屋さんで売ってた布が可愛かったんだ。それでクッション作りたいなって思って」
この学校。山奥にあるうえに、外に出ることを禁止されているので、実は学校の横に売店と称したスーパーが置かれている。そこには食材から機械まで色々売っているし、何なら生徒の代わりに通販もしてくれる。
私達はそのスーパーへ真っ直ぐ向かう。
目を付けていた布と綿とペレットを買い、後は晩御飯の食材を買い込んでレジに並んでいると、ふと藤色の髪が目に止まった。
「美鈴ちゃん?どうかした?」
「え?あ、ううん。なんでもない」
あの場所は、文房具売り場、か。でも確かあっち側って…。いや、でも気のせいかも知れないし。
もう少し、ちゃんと状況を確かめてからじゃなきゃ。
うんうんと頷き、私は会計を済ませた。買った物を袋に詰めると、重たい方を優兎くんが率先して持ってくれる。
……羨ましい。ひょいっと持つんだよ。あんな重いの…。
「……優ちゃんが、憎い」
「なんでっ!?」
「私にもその筋肉分けて」
「無茶言わないでよっ」
「むー」
「はいはい。もう行くよ」
拗ねる私を置いてさっさと行ってしまう優兎くん。
彼は最近私の扱い方を覚えてきてしまった。…切ない。
寮の自室へ戻り、食材を冷蔵庫へ入れて、私達はさっさと制服から私服へと着替える。
では、早速、クッションを作ろうっ。買ったのは黒い星入りの真っ赤な布と緑の布。これで苺型のクッションを。黒の布で兎型のクッションを。二つとも大きめに作って寝転がりやすいようにするのだ。
糸と針を裁縫箱から取り出し、チャコペンと鉛筆、それから紙も取り出して、型紙を作っていく。
「美鈴ちゃん。私も一緒にいてもいい?」
ロフトで勉強していた筈の優兎くんが教科書を持って降りて来た。
勿論断る理由はないので、笑顔で頷いておく。リビングのローテーブルに教材を広げつつ、私は床に広げた型紙を布と一緒に待ち針で止めてそれを裁ちつつ、会話をする。
「一応、私も調べてみたんだけど…」
「…学食のおばちゃんのウエストの話?」
「なんでよ。違うよ。ちょっと気になるけど」
「あ、気になるんだ。じゃあ後で教えてあげるね。それで?新田さんの何を調べたの?」
「うん。あの子、化学部所属らしいよ。それから虐められてる形跡はなし。ただ、常に単独行動をしてる上に、態度がつっけんどんな所為で周囲から浮いている」
「…ふぅん…」
「あと…」
「あと?」
「……何でも、たまにニヤニヤして歩く事がある、とか」
ニヤニヤ?にこにこの間違いではなく?
意味が分からないと首を傾げると、優兎くんも理解出来てないのか苦笑した。
「隣のクラスの子の話によるとね。その…私と美鈴ちゃんを見てニヤニヤしてる事が多い、とかで」
「私達を見て?それはまた不可解な」
「うん。そうだよね…。あ、美鈴ちゃん。ここ教えて」
「どれどれ?」
優兎くんの教科書を覗き込み、説明しつつ、頭は新田さんの事を考えてみる。
うーん…。もしかして、新田さんってさぁ…。
思い至った一つの答えに、私は思わず笑みを浮かべてしまった。
それを不思議に思った優兎くんに何でもないと返し、私は再び説明に戻るのだった。
そこから数日。私は彼女の行動を観察していた。
確かに、意識してみると、私と優兎くんが一緒にいる時に視線を感じ、そっと伺い見るとニヤニヤしている。
わざとそちらを見るとパッと顔を逸らし、自分の持っている本を読み始めてしまう。
「…美鈴ちゃん?」
突然視線を逸らした私を不審に思った優兎くんが真正面から問いかけてくる。私はそれに、
「いや。可愛いなって思って」
と呟くとふふっと小さく笑った。
6時間目は体育か。しかも今日はバレーボール。正直腕のほっそい私には苦行でしかないんだけど…。
女子校ならではの授業とも言えるけどね。バレエじゃなかっただけまし。因みに更衣室はない。だって女子しかいないから。優兎くんにとってはこっちの方が苦行だよね。頑張って。とりあえず適当な理由付けてトイレにGO。…何か怪しむ声が出始めたら私も一緒にどっかで着替えよう。うん。
体育はA組B組合同だから、体育館は結構な女子に埋め尽くされる。って言うか一年が全員そろうんだよね。一クラス40人。でも二クラスしかないから結局体育は合同になる。
チャイムが鳴り、先生が来ると、皆先生の周りに集まり体育座りをして話を聞く。バレーの説明だからそんなにかからない。むしろ時間がかかるのはこれからのグループ分け。6だと割り切れないから5人態勢。
「…今回はどれくらいかかるかな?」
「さぁ。もういっそのこと先生が決めたらいいのに」
「下手に悪印象つけたくないんでしょ」
先生の合図によりグループ分けが始まる。仲の良い人達同士でパパパっと決まる所はいいけど、私と優兎くんはこういう時遠巻きにされるんだよね。私に至っては前世からこうだから今更何も思わないけど。それに今世は優兎くんがいてくれる。それだけで千倍、万倍もいい。
「…あ、あの…白鳥さん」
「のんちゃん?どうしたの?」
話かけられて、かのんちゃんに微笑むと真っ赤になって、一緒に組まないかとお誘いが来た。かのんちゃんときららちゃんは二人でワンセットだから丁度いい。喜んでお誘いを受け入れる。
となると、あと一人、か。
ふと視線を新田さんに向けると案の定外をこっちを見ていた。調度いいか。
私は立ち上がり、新田さんの前で膝を折り視線を合わせた。
「ねぇ、新田さん?一人なら私達と組まない?」
「…え?」
「私達四人で、貴方がいると丁度良く五人になるんだ。どうかな?」
微笑み手を差し出す。すると戸惑ったように一瞬視線を彷徨わせつつ彼女は私の手をとった。
「……構わない、けど…」
「そう。良かった」
彼女の手を握り立ち上がると、彼女を連れて、優兎くん達の所へ戻る。
私達のチーム番号は3で、次の試合だから、コートから外れて、体育館の壁に背を凭れて座る事にした。
「ららちゃんとのんちゃんはバレー得意なの?」
「そ、その…スポーツ全般苦手で」
「私も…」
「そっかぁ。因みに新田さんは?」
優兎くん、話術レベル高いなぁ…。うんうんと感心しつつ心で頷く。一方話がふられた新田さんはふるふると頭を振っていた。
うん。だろうね。彼女のこの感じだとそんな気がした。
にしても。今日の新田さんはいつもより漂白されてるなぁ。いつも真っ白な肌だけど更に白い気がする。
「…新田さん。大丈夫?」
「え?」
思わず心配で声をかけてしまうが、彼女は何を言われてるのか理解出来ずに首を傾げる。
「体調悪そうに見えたから。平気ならいいんだけど」
「…平気。体が少しだるいだけだから」
「そう…。気を付けるんだよ?」
言って彼女の頭を撫でると、彼女は目を真ん丸くしてから顔を真っ赤に染め上げた。
「次っ!チーム3と4の試合。準備してっ」
先生に言われて立ち上がる。
歩き出すと、先に立ちあがって歩いていた新田さんがふらっと体を傾けた。
慌てて、抱き寄せ支えると、彼女は更に白い顔をしている。これは…。
「……徹夜明け?」
「えっ!?」
小さく彼女の耳元で囁くと、盛大に驚いてくれた。やっぱりなと確信を得る。でも具合が悪いのはそれだけじゃなさそう。これは…。私は優兎くんをじっと見て。
「優ちゃん。さっさと試合終わらせるよ」
「え?う、うん。分かった」
優兎くんに宣言し、新田さんをちゃんと自分の足で立たせ私は彼女の背中を優しく撫でる。
「なるべくボールがいかないようにするけど。何とか頑張って」
そっと新田さんの耳を隠す髪を耳にかけてあげてそこで小さく囁く。
周りからキャーキャー声がするけど、今は無視っ!
早速コートに入り、挨拶を交わし、配置につく。ローテーション式のバレーで優兎くんのサーブからスタート。
…ん?相手方の方ってバレー部員で固まってませんか?こりゃあ、明日筋肉痛と青痣のダブルアタックで手が上がらないパターンだね。
相手のスパイクを防ぎ、ボールを打ち上げて貰い、反撃をする。
ちっ、しぶとい。流石本職。しかも嫌がらせの様に私と優兎くん以外を狙ってくる辺りが腹立つ。
暫くラリーが続き、学校の授業なのであくまで一点だけど先取する事が出来た。それが相手側のプライドを刺激してしまったようで。
「きゃっ!」
「くっ!」
「のんちゃんっ!無事っ!?」
ボールがかのんちゃんの顔面に目掛けて飛んできたのを優兎くんが咄嗟に弾き飛ばす。しかし、それにより相手側に一点点数をとられてしまう。
こういう時教師は役に立たない。こっちを見ていない時を生徒は上手くついてくるんだから。
そして、その地味な攻撃は何度も続き…。
「ッ!?」
「新田さんっ!」
新田さんのお腹にボールが直撃した。衝撃に立っていられず尻もちをついてしまった彼女に慌てて走り寄る。かなり辛そうだ。
流石にプチンと何かが切れた。
「優兎。付き合え」
「……分かったわ」
「三人共、ちょっと下がってて。いいね?」
私は新田さんを二人に頼みながら、極力優しい笑みで新田さんの頭を撫でて、振り返る。
勿論、相手チームを叩き潰す為である。
丁度良くサーブは私の番。
ボールを軽く弾ませてから、己のタイミングを計り、ジャンピングサーブを全力で打ち込む。
驚き、反応出来なかった彼女達の間にボールは叩きつけられて、点数を奪い取った。
「……即行で終わらせるから。覚悟しとくんだね」
そして、宣言通り。私と優兎くんの二人で5点を先取し、先に5点を獲ったチームの勝ちなので私達の勝利。茫然とする相手チームなど無視して、きららちゃんとかのんちゃんに支えられて立っている新田さんに駆け寄る。
ふと、ふらつく彼女の足に視線が行く。この学校の体育着はジャージだけど夏は短パンに変わる。今の時期は短パン。その短パンから覗く白い足に赤い…血だ。
私は慌てて彼女の腰に自分の着ていたジャージの上着を巻き付けて、新田さんを抱き上げた。うぬぬ…。全力バレーの後にキツイ。キツイけど我慢。こればっかりは優兎くんにさせる訳にはいかないから。
ふらふらしてたら優兎くんが自分が運ぶと言いかねない。
「優ちゃん。私、ちょっと先に寮に戻るから、先生に連絡よろしく」
「分かった。けど、美鈴ちゃん、本当に大丈夫?」
心配気に近寄って来た優兎くんの耳元に唇を寄せて、私はこそこそと事情を説明する。
すると、顔を真っ赤にしながら頷いた優兎くんを確認して私は新田さんを抱き上げたまま、寮の私の部屋へと直行した。
寮の部屋の鍵を開けて、私は彼女をお風呂場へと連れて行く。
「ごめんね。私の部屋で。本当は新田さんの部屋へ連れてってあげたい所だったけど。持ってないでしょう?生理用品」
「せい、り…?」
「そう。初潮。今日ずっと下腹痛かったんでしょう?」
浴槽の縁に座らせて、私はそっと目の前に膝をついて新田さんの手を握った。
「大丈夫。徹夜のし過ぎで病気になった訳でも、ボールが当たって怪我した訳でもないから。だから大丈夫」
安心させるように、白く震える手を優しく撫でると、その手の甲にポタッと滴が落ちた。
「…ぁ…っ…ふっ」
「我慢しなくて大丈夫。女の子なら誰でもなるものだから。感情が不安定になるのも普通。泣きたくなるのも普通。ね?」
彼女を抱きしめて、泣きたいだけ泣かせてあげる。女の子ってさ。生理があるってだけで男より不利だよね。そもそも男はなんであんなに威張れるの?女の腹から産まれてくる癖に。あぁ、もう腹立つわーっ!
一頻り泣いたのを確認して、彼女にシャワーを浴びるように言うと、浴室を出る。私も着替えてしまおうかな。
手早く私服に着替えて、彼女用の着替えも用意する。…タオルに血が付いたら気になるだろうし目立たない色のタオルを用意しよう。新しいサニタリーショーツとナプキンと必要な物を用意して脱衣所に置いておくと、そのままキッチンに行き、暖かい飲み物を用意する。ホットミルクがいいかな?…少し砂糖を入れておこうかな。甘味は女子の味方。
お菓子も必要かな?焼き菓子でいいか。
準備が整う頃に脱衣所から新田さんが顔を覗かせた。
「さっぱりした?」
「………うん」
「こっちに来て座って座って。お菓子食べようよ」
「う、ん……ありがとう、王子」
「どういたしまして……って、はい?」
今王子って聞こえたような…?気のせい、かな?
私の服は少し大きかったようで、ダボついたTシャツワンピ姿で近寄って、私特製の座布団の上に座った。その背中にこれまた私特製苺型巨大クッションを置く。
「はい。ホットミルクとシフォンケーキ。甘いもの苦手だったらごめんねー」
「……大丈夫。大好き」
「そう。良かった」
ローテーブルの上にトレイに乗せたホットミルクとシフォンケーキを置いていく。
「甘いものは体を冷やすから生理中は良くないって言うんだけど。生理中はストレス堪るんだからこれくらい食べさせなさいってのよねー」
言いながら階段を上り、勉強机の椅子にかけてあるひざ掛けをとって降りて、彼女の足の上にかける。
新田さんは小さくお礼を言いながら、フォークを手に取り、ケーキを一口食べてほんわりと嬉しそうに笑った。
「所で、新田さん」
「………何?」
「聞きたいんだけど、次のイベントはいつ?」
目の前に座って、ローテーブルに肘をつき、両手で顔を支えながらにこにこと笑って問いかけると、彼女の動きがぴたりと止まった。
「……何のこと?」
「うん?だって、徹夜したり、画材を買いに行くくらいには好きな作品があるんでしょう?夏フェスとかだと流石にまだ焦る必要はないだろうし。って事はオンリーか何かあるのかなー?って」
「………」
「新田さんは、何が好きなの?押しCP(カップリング)は?二次派なの?それともオリジ派?腐り寄りの人?それとも真っ当王道派?」
にこにこ。笑顔を崩さずに怒涛の質問攻め。
「……これ」
彼女は観念したのか、一冊の本を自分の脱いだ体操服のポケットから取りだして私へと渡した。『星を巡る勇者』と言う題が書かれていて、それを見た瞬間今度は私の動きが止まる。
「こ、これっ…」
……。
ママの馬鹿あああああっ!!
これはママが趣味で最近出したファンタジー小説。主人公の男の子と敵の男の子がヒロインに一目惚れするってストーリーなんだけど。それだけじゃ終わらないのがママクオリティ。主人公と敵が腐女子視点で見るとイチャイチャしまくりなのです。しかもママはそれを狙っている。作者の思惑込みの性質が悪い本。
「……知ってるの?」
「誰にも言わないでね。…私の母さんの本なの」
言った瞬間。新田さんの目は光輝いた。
「ほんとっ!?ほんとにほんとっ!?」
「嘘であって欲しいと願う程ホント。ちょっと待ってて」
自室に戻り、ママから届いた『星を巡る勇者』のグッズが入った紙袋を手に持ち、リビングへ戻る。
「これが証拠。もう手に入らないグッズとか、試作品のグッズとか入ってるの。欲しかったら持ってって」
「い、いいのっ!?」
「うん。私グッズには興味ないの。中身は興味あったから読んだけどね」
紙袋をテーブルの上に置くと彼女は嬉しそうにそれを受け取り中からグッズを取り出しては、キャーキャー騒いでいる。…元気が戻って何よりです。
「ねぇ、王子?」
「うん?」
王子って何だろう。って聞ける雰囲気の声ではなく、私はただ首を傾げると新田さんは顔を赤らめて俯いた。
「王子は、その……こっちよりの、人?」
「うーん。そっちよりだった人、かな。最近は離れちゃったけど」
間違いではない。前世では腐ってたけど、今世では一切触れてないから。
「でも、他の人よりは理解あるし、何なら手伝えるよ?新田さんは物書き?絵描き?」
「物書き…」
「そっか。私の絵で良かったら挿絵やるよ?」
もう一度ロフトへ上がり、筆記用具とルーズリーフを袋ごと持ってくると、机に置いてサラサラっと星を巡る勇者の主人公を書いていく。これね、見た目完全に透馬お兄ちゃんなんだよね。ちょっとチャラい感じを参考にしたってママが言ってたし。
出来上がった絵を見せると、彼女は無言で歓喜する。
絵を手渡すと、上にあげたり下にしてみたり。うん。喜んでもらえて何より。
ハッと我に返った新田さんは堰を切ったように話し出した。
「あ、あのねっ、王子っ。私ねっ。この話のトール×ガイラが好きなのっ。でもねっ、最近ねっ、百合もいいかなって思っててね。私、王子×従者も好きなのっ!」
トールって『星を巡る勇者』の主人公の名前でガイラって敵側の子の名前だよね。へぇ、王道派なんだ。しかし、後半が解らんぞ。
「王子×従者って?」
「え?王子知らないの?」
「うん。漫画?アニメ?ゲーム?」
「違う違う。この学校で流行ってるカップルの話。王子は白鳥さん。従者は花島さん」
「はぁっ?」
予想外の返答が来たぞーっ!
いや、女子が妄想好きってのは知ってたけど、え?まさか、生身で想像しました?アイドルとかそんな所じゃない三次元に足を踏み入れちゃいました?
「ねっ!王子っ!王子は攻め受けどっちっ!?」
「………えーっと…諸々の事踏まえて受け、かな?」
「許しませんっ!!」
なら聞かないでよっ!!王子って呼ばれてるって事は分かったけど。色々知りたくない情報も入って来たよっ!!
因みに受けと言った理由は簡単。私が女で、従者と言われてる優兎くんが男だからです。流石に攻めにはなれないのですよ。優兎くん相手ならね。彼が女なら…って違う。帰ってこい私。
「ねぇ、王子?」
あぁ、もう、その呼び名デフォルトなんだね。うん。分かった。もう気にしない。
「なぁに?新田さん」
「その…どうして私が腐女子って分かったの?」
「あぁ。それは簡単だよ。まず恰好ね。普通の人に紛れてる風にしてる。きっと筆箱の缶ペンケースの裏にはシールとか貼ってるでしょう?」
「……うん」
「それに、売店で文具のコーナーに良く行ってるでしょ?コピー用紙の補充と、トーンを見に行ってたんでしょう?挿絵依頼とかで髪色考えたりするのに実際に目で見た方が感じ掴みやすいものね」
「………もう、いい。モロバレ感半端なくて恥ずかしい…」
もそもそとシフォンケーキを食べるのを再開してしまった。
その後は暫く、今ハマってるジャンルなどの話をして盛り上がる。
ある程度時間が経って。玄関のドアが開き、優兎くんが戻って来た。手には私の鞄と新田さんの鞄、そして優兎くん自身の鞄と3つ持っている。
「ごめんね。優ちゃん。ありがとう」
「う、うぅん。大丈夫。…その、私にはこれ位しか出来ないから…」
ああー。優兎くん、そうやって真っ赤になって顔を逸らしたりすると…。
「ほらっ、やっぱり従者受けよっ!」
新田さんに餌を撒く事になるから。とは流石に面と向かっては言えず。ごくりと言葉を飲みこみ意味を理解出来ない優兎くんから鞄を受け取る。
「新田さん。優ちゃんはノーマルだから」
「えっ!?そうなのっ!?」
「そう。それから、優ちゃん。新田さんは、ママ寄りの人間です」
「あ、あぁー…そう言う事なのね」
はい。これで全ての説明終了っ!
その後、新田さんを含め、ママの書いた本について盛り上がり、一緒にご飯を食べて部屋まで見送った。
次の日から、新田さんは私達と行動を共にするようになり、一人行動をしなくなった事をしっかりと学年主任に報告をさせて貰った。
問答無用で学級委員長にされた私は、教師に呼び出され職員室にいた。
「…新田(にった)さん、ですか?」
「えぇ、そうなの。彼女お友達もいないみたいだし、いつも一人で化学室にこもって何かしてるのよ。もしかしたらイジメにでもあってるのかと思って先生心配で~」
…だったら先生、自分で見に行けばいいんじゃないんですか?
そう反論したくなる言葉を飲みこみ、教師をマジマジと見やると、彼女は甘えたような表情で私の前で手を合わせて言った。
「お願~い、白鳥さん。様子見て来てくれない?白鳥さんなら大丈夫だと思うの~」
…先生。女同士だと甘えも媚も通用しないんですよ。年齢関係なく、ね。
にしても今年の担任私の苦手なタイプ過ぎる。
前世でいたんだよ、こーゆー媚売るタイプの上司。こういうのが上にいるとほんっと最悪だよね。自分より上の奴にはクネクネして媚びを売って取入ろうとして、反対に部下には自分の仕事ばかりを押し付ける変に要領の良い奴。嫌いだわー。
「白鳥さん?」
こうやって下から見上げて来て、私可愛いのアピールも死ぬほど嫌いだ。けど、ここでは我慢。
「分かりました。様子を見て来たらいいんですね」
「うんっ、そうなのぉっ」
「では何かあり次第ご報告致します」
一礼して、そのまま職員室を出ようと思ったんだけど、ちょっとだけ仕返ししても、いいよね?許されるよね?
ドアの前でくるっと顔だけで振り返り、こっちを見ていた先生を見て、口の端っこだけ上げて笑う。
「あ、そうそう。先生。何かあり次第ご報告致しますね」
「え?うん。やだ、白鳥さんったら。さっきもそう言ったじゃない。うふふっ」
「はい。ちゃんとご報告いたしますよ。学年主任の佐原(さわら)先生に」
「えっ!?」
「では失礼します」
驚いた先生を無視して私は職員室を出た。追われると面倒なのでさっさと廊下の角を曲がってしまう。
さて、どうしようかなぁ~。
新田さん、かぁ。同じクラスだけど、彼女は自分から人に関わるような子じゃないと思うんだよねぇ~…。
正確には、『教室で人と関わるのが嫌』なタイプだと思う。ちょっとだけ話した事があるけどそんな感じだったと思うんだよね。となるとグループ行動って辛いよねぇ…。そんな子に無理矢理話しかけても…。
……まぁ、もう少し話してみなきゃわからない、か。
どうやって接近しようかな。教室の中で話しかけたら嫌がられそうだし。
狙い目としては、放課後の部活動の最中かな。
因みにこの学校部活動は必須です。なのですが、私は帰宅部です。何故なら、
『お願いっ!寮長やってっ!』
と椿先輩に頼みこまれたから。
何でも、この学校生徒会長―――(生徒会長、副会長は部活免除が出来る)―――と寮長は兼任なんだって。それで、一年の時に面倒見の良さそうな人を前以て選出しとくらしい。そしてその中でも決定権が高い条件が『料理上手』。これが重要だと椿先輩が言っていた。
生徒が体調不良で倒れた時、料理を作って栄養のあるものを食べさせてあげられるのが最低条件。まぁ、要するに寮長は寮内のお姉さん、もしくはお母さんの役割を果たしているのだそうだ。
でもさ?だったら二年は?って話になったんだけど、今年の二年は全滅だと椿先輩が哀しんでいた。今の二年生が入学の時の歓迎会は消し炭の嵐だったとか。…大変だっただろうな…。
椿先輩も後任が決まったら進学の勉強に集中したいそうで。一学期一杯は引継ぎをしてくれるらしいけど、二学期からは私が寮長兼生徒会長になる訳だ。それに…。
「あ、美鈴ちゃん、みっけ。どうだった?先生の話」
「優ちゃん」
階段を上ってると上から優兎くんが降りてくる。
「生徒会の話とかだったの?だったら私も行った方が良かった?一応美鈴ちゃんの補佐になる訳だし」
「あぁ、うん。それとはちょっと関係ない話だったよ」
と今の会話からも分かる様に、見事に優兎くんを巻き込んでしまった。椿先輩曰く。同室の人が補佐をした方がやりやすい、って事らしいので、要するに、優兎くんが生徒会副会長兼副寮長になってしまったのだ。
「…ほんと、ごめんね。優ちゃん」
「うん?何が?」
「色々と。ほんと、ごめんっ」
階段を降りて来た彼の胸に抱き着く。
「わっ、ちょっ、美鈴ちゃんっ!?」
「私、ほんと、優ちゃんに対して罪悪感がいっぱいで…うぅ」
お兄ちゃんに抱き着くように、胸に額を摺り寄せると、
「だ、大丈夫っ。私なら大丈夫だからっ、お願いっ、離れてっ」
と真っ赤な顔で言われてしまった。一瞬なんでか解らなかったけど、そうかと直ぐに納得する。
中身がこんなのとは言え、ヒロインだし、何よりこんな風に女の子に抱き着かれる事ないよね、普通。
私は慌てて離れる。
「ごめんね?もう、いきなり抱き着いたりしないから。嫌な思いさせてごめん」
「べ、別に嫌な訳じゃないからっ。驚いただけで。…うん。えーっと…えいっ」
「わっ!?」
今度は逆に優兎くんに抱きしめられる。流石に驚いて、でも、すっかり家族枠の彼に体が拒絶する事はない。
「これでお相子。ね?」
「うん。そうだね」
優兎くんが茶化すように微笑みながら言うから、私も彼の腕の中で、見上げながら微笑む。
にしても優兎くん可愛い。
「……うぅ…可愛いよ…」
うん。可愛い。優兎くんのエンジェルスマイルは可愛い…ってあれ?私今声に出してた?
「棗兄の偉大さを今感じたよ…。毎日こんな可愛いの抱いて寝てるなんて拷問だよね…」
うん?もしかして、可愛いってのは私の声じゃなくて優兎くんの声だったのか?
そっかぁ…。ヒロイン補正ってこんな所まで効果があるんだね。増々ごめんね、優兎くん。中身がこんなのに抱き着かれて赤面させて。
取りあえず優兎くんから離れて、私は先生に頼まれた事を話した。
「新田さん、か。私もそんなに話した事、ないなぁ」
「そうだよね。私もなんだけど…」
「でも新田さんって、教室で話しかけられるの嫌そうなタイプでしょ?」
「優ちゃんもそう思う?」
「うん」
「だよねぇ。私もそう思う」
「となると、…部活中かしら?」
「が、いいかなと」
思うんだけど、新田さんの情報がもう少し欲しい所。
「行くのは明日の放課後かな。今日は情報収集に徹する事にするよ」
言うと、優兎くんは頷く。
「そうね。じゃあ、今日は予定通り、買い物して帰りましょうか」
「そうだね。そうしよう」
私達は止めていた足を動かし、教室へと戻った。
昼休憩が終わり、午後の授業が始まる。
幸い私の席は窓際の一番後ろ。席替えでここを引いた時はやったと本気で喜んだ。
だって何やっててもばれないし、観察も出来るし、最高だよね。
なので、そっと教室中央付近に座る新田愛奈(にったあいな)さんの様子を窺い見る。
……無表情だ。授業中に笑えとは言わないけど、そこまで表情筋を殺すのかって程に無表情だ。
これは…ちょっと難関かもしれない。彼女の持ってる物とかでもう少し彼女を知る事が出来れば…。
視線を彼女の机の上に動かしてみる。…缶のペンケースに教科書にノート。全て無地。おおーい…特徴がなーい。
ならば服装は?姿は?
制服はちゃんと校則に倣っている。髪は藤色で肩まである。黒いヘアピンで留めてるけど、それにも大した飾りはない。前髪は長めで瞳を隠してるのかな?瞳の色は…黒?違うか、光の加減で紫にも見える。
…本当に特徴がなーい。
違うか。多分これ、特徴がないように見せかけてるんだ。ふむ。成程。ペンは動いてるけど、授業を聞いてる感じでもないなぁ。いや、まぁ、私もだから人の事は言えないけどさ。
午後の授業を彼女の観察に費やし、私は授業が終わると同時に下校準備をして教室を出た。
「あ、あの、白鳥さんっ、ごきげんよう」
「うん。ごきげんよう。部活頑張ってね」
「は、はいっ」
「し、白鳥さんっ、これ、良かったらっ」
「ん?あぁ、クッキーか。いいの?」
「はいっ」
「嬉しいな。ありがとう。一口、食べてもいいかな?」
「は、はいぃっ」
「ん。…美味しいっ。ありがとう。残りも大事に食べるね」
廊下で優兎くんを待ってる時の何時もの光景。そこへ、優兎くんが追い付いてくると、
「美鈴ちゃん、お待たせ」
「ううん。大丈夫だよ。さ、行こうか」
「うん」
女子の渦から解放される。何故か優兎くんが来ると皆遠巻きになるんだよね。これが。
理由を優兎くんに聞いた事があるけど、優兎くん曰く。
『私は女子に好かれたいって思ってないから』
と言っていた。攻略対象なのに?とか思わなくもないけど。それにそう言った時の優兎くんの瞳はちょっと怖かった。いつも通りの笑顔だったはずなのにな。なんでだろう?
「それで?今日は何買うの?」
歩きながら、優兎くんが楽し気に聞いてくる。
「今日は、晩御飯の材料と布が欲しい」
「晩御飯の材料は解るとして、布って?」
「クッションが欲しいなって思っててね。ラグはこの前買ったけどクッションは買わなかったでしょう?」
「うん。不思議に思ってたよ」
「実は、その時に隣の手芸屋さんで売ってた布が可愛かったんだ。それでクッション作りたいなって思って」
この学校。山奥にあるうえに、外に出ることを禁止されているので、実は学校の横に売店と称したスーパーが置かれている。そこには食材から機械まで色々売っているし、何なら生徒の代わりに通販もしてくれる。
私達はそのスーパーへ真っ直ぐ向かう。
目を付けていた布と綿とペレットを買い、後は晩御飯の食材を買い込んでレジに並んでいると、ふと藤色の髪が目に止まった。
「美鈴ちゃん?どうかした?」
「え?あ、ううん。なんでもない」
あの場所は、文房具売り場、か。でも確かあっち側って…。いや、でも気のせいかも知れないし。
もう少し、ちゃんと状況を確かめてからじゃなきゃ。
うんうんと頷き、私は会計を済ませた。買った物を袋に詰めると、重たい方を優兎くんが率先して持ってくれる。
……羨ましい。ひょいっと持つんだよ。あんな重いの…。
「……優ちゃんが、憎い」
「なんでっ!?」
「私にもその筋肉分けて」
「無茶言わないでよっ」
「むー」
「はいはい。もう行くよ」
拗ねる私を置いてさっさと行ってしまう優兎くん。
彼は最近私の扱い方を覚えてきてしまった。…切ない。
寮の自室へ戻り、食材を冷蔵庫へ入れて、私達はさっさと制服から私服へと着替える。
では、早速、クッションを作ろうっ。買ったのは黒い星入りの真っ赤な布と緑の布。これで苺型のクッションを。黒の布で兎型のクッションを。二つとも大きめに作って寝転がりやすいようにするのだ。
糸と針を裁縫箱から取り出し、チャコペンと鉛筆、それから紙も取り出して、型紙を作っていく。
「美鈴ちゃん。私も一緒にいてもいい?」
ロフトで勉強していた筈の優兎くんが教科書を持って降りて来た。
勿論断る理由はないので、笑顔で頷いておく。リビングのローテーブルに教材を広げつつ、私は床に広げた型紙を布と一緒に待ち針で止めてそれを裁ちつつ、会話をする。
「一応、私も調べてみたんだけど…」
「…学食のおばちゃんのウエストの話?」
「なんでよ。違うよ。ちょっと気になるけど」
「あ、気になるんだ。じゃあ後で教えてあげるね。それで?新田さんの何を調べたの?」
「うん。あの子、化学部所属らしいよ。それから虐められてる形跡はなし。ただ、常に単独行動をしてる上に、態度がつっけんどんな所為で周囲から浮いている」
「…ふぅん…」
「あと…」
「あと?」
「……何でも、たまにニヤニヤして歩く事がある、とか」
ニヤニヤ?にこにこの間違いではなく?
意味が分からないと首を傾げると、優兎くんも理解出来てないのか苦笑した。
「隣のクラスの子の話によるとね。その…私と美鈴ちゃんを見てニヤニヤしてる事が多い、とかで」
「私達を見て?それはまた不可解な」
「うん。そうだよね…。あ、美鈴ちゃん。ここ教えて」
「どれどれ?」
優兎くんの教科書を覗き込み、説明しつつ、頭は新田さんの事を考えてみる。
うーん…。もしかして、新田さんってさぁ…。
思い至った一つの答えに、私は思わず笑みを浮かべてしまった。
それを不思議に思った優兎くんに何でもないと返し、私は再び説明に戻るのだった。
そこから数日。私は彼女の行動を観察していた。
確かに、意識してみると、私と優兎くんが一緒にいる時に視線を感じ、そっと伺い見るとニヤニヤしている。
わざとそちらを見るとパッと顔を逸らし、自分の持っている本を読み始めてしまう。
「…美鈴ちゃん?」
突然視線を逸らした私を不審に思った優兎くんが真正面から問いかけてくる。私はそれに、
「いや。可愛いなって思って」
と呟くとふふっと小さく笑った。
6時間目は体育か。しかも今日はバレーボール。正直腕のほっそい私には苦行でしかないんだけど…。
女子校ならではの授業とも言えるけどね。バレエじゃなかっただけまし。因みに更衣室はない。だって女子しかいないから。優兎くんにとってはこっちの方が苦行だよね。頑張って。とりあえず適当な理由付けてトイレにGO。…何か怪しむ声が出始めたら私も一緒にどっかで着替えよう。うん。
体育はA組B組合同だから、体育館は結構な女子に埋め尽くされる。って言うか一年が全員そろうんだよね。一クラス40人。でも二クラスしかないから結局体育は合同になる。
チャイムが鳴り、先生が来ると、皆先生の周りに集まり体育座りをして話を聞く。バレーの説明だからそんなにかからない。むしろ時間がかかるのはこれからのグループ分け。6だと割り切れないから5人態勢。
「…今回はどれくらいかかるかな?」
「さぁ。もういっそのこと先生が決めたらいいのに」
「下手に悪印象つけたくないんでしょ」
先生の合図によりグループ分けが始まる。仲の良い人達同士でパパパっと決まる所はいいけど、私と優兎くんはこういう時遠巻きにされるんだよね。私に至っては前世からこうだから今更何も思わないけど。それに今世は優兎くんがいてくれる。それだけで千倍、万倍もいい。
「…あ、あの…白鳥さん」
「のんちゃん?どうしたの?」
話かけられて、かのんちゃんに微笑むと真っ赤になって、一緒に組まないかとお誘いが来た。かのんちゃんときららちゃんは二人でワンセットだから丁度いい。喜んでお誘いを受け入れる。
となると、あと一人、か。
ふと視線を新田さんに向けると案の定外をこっちを見ていた。調度いいか。
私は立ち上がり、新田さんの前で膝を折り視線を合わせた。
「ねぇ、新田さん?一人なら私達と組まない?」
「…え?」
「私達四人で、貴方がいると丁度良く五人になるんだ。どうかな?」
微笑み手を差し出す。すると戸惑ったように一瞬視線を彷徨わせつつ彼女は私の手をとった。
「……構わない、けど…」
「そう。良かった」
彼女の手を握り立ち上がると、彼女を連れて、優兎くん達の所へ戻る。
私達のチーム番号は3で、次の試合だから、コートから外れて、体育館の壁に背を凭れて座る事にした。
「ららちゃんとのんちゃんはバレー得意なの?」
「そ、その…スポーツ全般苦手で」
「私も…」
「そっかぁ。因みに新田さんは?」
優兎くん、話術レベル高いなぁ…。うんうんと感心しつつ心で頷く。一方話がふられた新田さんはふるふると頭を振っていた。
うん。だろうね。彼女のこの感じだとそんな気がした。
にしても。今日の新田さんはいつもより漂白されてるなぁ。いつも真っ白な肌だけど更に白い気がする。
「…新田さん。大丈夫?」
「え?」
思わず心配で声をかけてしまうが、彼女は何を言われてるのか理解出来ずに首を傾げる。
「体調悪そうに見えたから。平気ならいいんだけど」
「…平気。体が少しだるいだけだから」
「そう…。気を付けるんだよ?」
言って彼女の頭を撫でると、彼女は目を真ん丸くしてから顔を真っ赤に染め上げた。
「次っ!チーム3と4の試合。準備してっ」
先生に言われて立ち上がる。
歩き出すと、先に立ちあがって歩いていた新田さんがふらっと体を傾けた。
慌てて、抱き寄せ支えると、彼女は更に白い顔をしている。これは…。
「……徹夜明け?」
「えっ!?」
小さく彼女の耳元で囁くと、盛大に驚いてくれた。やっぱりなと確信を得る。でも具合が悪いのはそれだけじゃなさそう。これは…。私は優兎くんをじっと見て。
「優ちゃん。さっさと試合終わらせるよ」
「え?う、うん。分かった」
優兎くんに宣言し、新田さんをちゃんと自分の足で立たせ私は彼女の背中を優しく撫でる。
「なるべくボールがいかないようにするけど。何とか頑張って」
そっと新田さんの耳を隠す髪を耳にかけてあげてそこで小さく囁く。
周りからキャーキャー声がするけど、今は無視っ!
早速コートに入り、挨拶を交わし、配置につく。ローテーション式のバレーで優兎くんのサーブからスタート。
…ん?相手方の方ってバレー部員で固まってませんか?こりゃあ、明日筋肉痛と青痣のダブルアタックで手が上がらないパターンだね。
相手のスパイクを防ぎ、ボールを打ち上げて貰い、反撃をする。
ちっ、しぶとい。流石本職。しかも嫌がらせの様に私と優兎くん以外を狙ってくる辺りが腹立つ。
暫くラリーが続き、学校の授業なのであくまで一点だけど先取する事が出来た。それが相手側のプライドを刺激してしまったようで。
「きゃっ!」
「くっ!」
「のんちゃんっ!無事っ!?」
ボールがかのんちゃんの顔面に目掛けて飛んできたのを優兎くんが咄嗟に弾き飛ばす。しかし、それにより相手側に一点点数をとられてしまう。
こういう時教師は役に立たない。こっちを見ていない時を生徒は上手くついてくるんだから。
そして、その地味な攻撃は何度も続き…。
「ッ!?」
「新田さんっ!」
新田さんのお腹にボールが直撃した。衝撃に立っていられず尻もちをついてしまった彼女に慌てて走り寄る。かなり辛そうだ。
流石にプチンと何かが切れた。
「優兎。付き合え」
「……分かったわ」
「三人共、ちょっと下がってて。いいね?」
私は新田さんを二人に頼みながら、極力優しい笑みで新田さんの頭を撫でて、振り返る。
勿論、相手チームを叩き潰す為である。
丁度良くサーブは私の番。
ボールを軽く弾ませてから、己のタイミングを計り、ジャンピングサーブを全力で打ち込む。
驚き、反応出来なかった彼女達の間にボールは叩きつけられて、点数を奪い取った。
「……即行で終わらせるから。覚悟しとくんだね」
そして、宣言通り。私と優兎くんの二人で5点を先取し、先に5点を獲ったチームの勝ちなので私達の勝利。茫然とする相手チームなど無視して、きららちゃんとかのんちゃんに支えられて立っている新田さんに駆け寄る。
ふと、ふらつく彼女の足に視線が行く。この学校の体育着はジャージだけど夏は短パンに変わる。今の時期は短パン。その短パンから覗く白い足に赤い…血だ。
私は慌てて彼女の腰に自分の着ていたジャージの上着を巻き付けて、新田さんを抱き上げた。うぬぬ…。全力バレーの後にキツイ。キツイけど我慢。こればっかりは優兎くんにさせる訳にはいかないから。
ふらふらしてたら優兎くんが自分が運ぶと言いかねない。
「優ちゃん。私、ちょっと先に寮に戻るから、先生に連絡よろしく」
「分かった。けど、美鈴ちゃん、本当に大丈夫?」
心配気に近寄って来た優兎くんの耳元に唇を寄せて、私はこそこそと事情を説明する。
すると、顔を真っ赤にしながら頷いた優兎くんを確認して私は新田さんを抱き上げたまま、寮の私の部屋へと直行した。
寮の部屋の鍵を開けて、私は彼女をお風呂場へと連れて行く。
「ごめんね。私の部屋で。本当は新田さんの部屋へ連れてってあげたい所だったけど。持ってないでしょう?生理用品」
「せい、り…?」
「そう。初潮。今日ずっと下腹痛かったんでしょう?」
浴槽の縁に座らせて、私はそっと目の前に膝をついて新田さんの手を握った。
「大丈夫。徹夜のし過ぎで病気になった訳でも、ボールが当たって怪我した訳でもないから。だから大丈夫」
安心させるように、白く震える手を優しく撫でると、その手の甲にポタッと滴が落ちた。
「…ぁ…っ…ふっ」
「我慢しなくて大丈夫。女の子なら誰でもなるものだから。感情が不安定になるのも普通。泣きたくなるのも普通。ね?」
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準備が整う頃に脱衣所から新田さんが顔を覗かせた。
「さっぱりした?」
「………うん」
「こっちに来て座って座って。お菓子食べようよ」
「う、ん……ありがとう、王子」
「どういたしまして……って、はい?」
今王子って聞こえたような…?気のせい、かな?
私の服は少し大きかったようで、ダボついたTシャツワンピ姿で近寄って、私特製の座布団の上に座った。その背中にこれまた私特製苺型巨大クッションを置く。
「はい。ホットミルクとシフォンケーキ。甘いもの苦手だったらごめんねー」
「……大丈夫。大好き」
「そう。良かった」
ローテーブルの上にトレイに乗せたホットミルクとシフォンケーキを置いていく。
「甘いものは体を冷やすから生理中は良くないって言うんだけど。生理中はストレス堪るんだからこれくらい食べさせなさいってのよねー」
言いながら階段を上り、勉強机の椅子にかけてあるひざ掛けをとって降りて、彼女の足の上にかける。
新田さんは小さくお礼を言いながら、フォークを手に取り、ケーキを一口食べてほんわりと嬉しそうに笑った。
「所で、新田さん」
「………何?」
「聞きたいんだけど、次のイベントはいつ?」
目の前に座って、ローテーブルに肘をつき、両手で顔を支えながらにこにこと笑って問いかけると、彼女の動きがぴたりと止まった。
「……何のこと?」
「うん?だって、徹夜したり、画材を買いに行くくらいには好きな作品があるんでしょう?夏フェスとかだと流石にまだ焦る必要はないだろうし。って事はオンリーか何かあるのかなー?って」
「………」
「新田さんは、何が好きなの?押しCP(カップリング)は?二次派なの?それともオリジ派?腐り寄りの人?それとも真っ当王道派?」
にこにこ。笑顔を崩さずに怒涛の質問攻め。
「……これ」
彼女は観念したのか、一冊の本を自分の脱いだ体操服のポケットから取りだして私へと渡した。『星を巡る勇者』と言う題が書かれていて、それを見た瞬間今度は私の動きが止まる。
「こ、これっ…」
……。
ママの馬鹿あああああっ!!
これはママが趣味で最近出したファンタジー小説。主人公の男の子と敵の男の子がヒロインに一目惚れするってストーリーなんだけど。それだけじゃ終わらないのがママクオリティ。主人公と敵が腐女子視点で見るとイチャイチャしまくりなのです。しかもママはそれを狙っている。作者の思惑込みの性質が悪い本。
「……知ってるの?」
「誰にも言わないでね。…私の母さんの本なの」
言った瞬間。新田さんの目は光輝いた。
「ほんとっ!?ほんとにほんとっ!?」
「嘘であって欲しいと願う程ホント。ちょっと待ってて」
自室に戻り、ママから届いた『星を巡る勇者』のグッズが入った紙袋を手に持ち、リビングへ戻る。
「これが証拠。もう手に入らないグッズとか、試作品のグッズとか入ってるの。欲しかったら持ってって」
「い、いいのっ!?」
「うん。私グッズには興味ないの。中身は興味あったから読んだけどね」
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「ねぇ、王子?」
「うん?」
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「王子は、その……こっちよりの、人?」
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「ごめんね。優ちゃん。ありがとう」
「う、うぅん。大丈夫。…その、私にはこれ位しか出来ないから…」
ああー。優兎くん、そうやって真っ赤になって顔を逸らしたりすると…。
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その後、新田さんを含め、ママの書いた本について盛り上がり、一緒にご飯を食べて部屋まで見送った。
次の日から、新田さんは私達と行動を共にするようになり、一人行動をしなくなった事をしっかりと学年主任に報告をさせて貰った。
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森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
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