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最終章 数多の未来への選択編

年下組おまけ小話 緑猿は叫ぶ

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アイドル対抗番組の出演者控室。
そこでおれ達は待機していた。
絶対負けられない対決。
「悔しいっ!」
「滅茶苦茶悔しいっ!」
負けられない対決なのに、二人が負けて帰って来た事におれはちょっと不機嫌になっていた。
「………負けられないのに」
「空?どうかした?」
「………なんでもない。…ちょっと気分転換してくる」
言っておれは控室を出た。
何か飲みものでも買ってこようかな。
そう言えば、奏輔様達、何処に行ったんだろう?
さっき出番まで待機って言ってどっかに行っちゃったんだよね。
自販機はこの通路を右に曲がった所、だったはず。
と思って、角を曲がろうとしたけれど、話し声が聞こえておれは足を止めた。
「……いたか?」
「こっちにはおらへんかった」
「あっちも見て来たけどいなかったよー。透馬はー?」
「いなかった。…くそっ。折角鴇が寄越した情報だってのにっ」
「どこかのスタジオに入ってたら厄介やで」
「とにかくもう一度探ってこよー」
「だな。けど、奏輔。お前はもう一度控室に行ってあいつらの様子見て来い」
「……了解」
また急ぎ足で解散するのを見て、おれは戻るべきかと振り返る。
「……何をしてるんですー?」
「ッ!?!?」
思わず飛び跳ねた。
いつの間に背後に立ってたんだっ!?
こんなに美形で金髪の男の人がいて誰も騒がない訳ないっ。怪し過ぎるっ。
おれは慌てて距離を取る。
だけど、そんな距離なんて何の意味もなさず、一気に距離は詰められて男はおれの真ん前に立って、二つ折の紙を渡して来た。
「…うん。パラメータはちゃんとMAXになってるね。これなら歌える筈だよ。流石美鈴だ」
「えっ?」
「この歌には、『力』が込められている。今の君になら歌いこなせる筈だ。この歌は『君』にしか歌えない歌だよ」
意味が解らないっ。
詳しく聞こうと声を出そうとしたけれど、おれはどんなに頑張っても声を発する事が出来ず、金髪の男性は姿を消した。
言葉の通り、姿を消したのだ。目の前で。
おれは幻でも見てたんだろうか…?
目を擦ってみたけれど、やっぱりそこに男はいなくて、でも手にはいた形跡があって。
…意味は解らないけど、楽譜を見てみるか。
そこには見た事も聞いた事もない文字の羅列。音譜は読めるからどんな曲なのかは理解出来るけど、歌詞が解らない。
音にのせて適当に歌詞をつけて歌ってみる?
「…ら~、ららら~…」
うん。歌えなくはない、かな。
どのタイミングで歌っていいかは解らないけど、一応ポケットに入れて置こう。
飲み物買う事をすっかり忘れて、おれは控室へと戻った。
本番で歌う歌を練習しつつ、そろそろ出番だと舞台へと向かった。
その時だった。

「きゃああああああっ!!」

スタジオの中から叫び声が聞こえる。
その声に気付いたのはおれだけではなかった。
おれも、後ろに付いて来ていた陸と海も。そしてスタジオ周りにいた人達全員がその叫び声に驚きスタジオへと駆けつけた。
おれ達はスタジオのドアを開けて、中へ突入する。
何が起きているかは解らないけれど、兎に角夢姉達を守らなきゃっ。
背後にいる二人とアイコンタクトして、暗がりの中を移動して舞台袖まで移動する。
セットの後ろにいれば、バレる事はないだろう。
男が何かを持って話しているのは解るけど、ちゃんと聞こえない。
「おいっ、音声を切れっ!うぐぁっ!?」
鈍い、音が聞こえた。
音声を切れと言ったのは、プロデューサーか?

「出て来いよぉ、華ぁ?………大事に、大事に、育てたお前の子達が、死んでもいいのかぁ?んん?…あぁ、そうだった。今は、華じゃなかったなぁ―――なぁ、美鈴?」

犯人の言葉に一気に鳥肌が立った。
思わず左右にいる二人を見ると、二人も同じような表情、気色の悪さに嫌悪している顔をしていた。
とり先輩は、いつもこんな男に追われて怯えてたんだと思うと怒りすら湧いてくる。
今、とり先輩はこの番組を見ている筈だ。
「…………きっと、怖がってる」
「泣いてるかもしれねぇ」
「震えてるかもしれない…」
「…………許さない、アイツ」
おれが言うと二人も力強く頷いた。
でも今出て行くのは危険だ。
じっと、敵の動きを窺っていると、おれ達よりも先に動く人がいた。
「美鈴って、…もしかして、王子の事っ!?」
夢姉、駄目だっ。今動いちゃっ。
「そこに隠れているのは知ってるのよっ!とっとと出てきなさいよっ、卑怯者っ!」
夢姉が指さしたのは、カメラマン達がいる位置のライトが当たらない場所。
「邪魔な女がいるなぁ…」
ズル…ペタッ…。
何かを引きずっている音。
おれ達が目を凝らして見てみると、細身の男が現れた。
フードを被っていて顔はちゃんと分からないけれど。
その男は舞台に向かって何かを投げつけた。
「いやああああああっ!!」
「きゃあああああっ!!」
おれ達も下手すると叫んでいたかもしれない。
咄嗟に口を抑えたのは正解だった。
転がされたプロデューサーは血にまみれていた。さっき、音声を切れと叫んでいたのは多分プロデューサーだったんだ。
プロデューサーにまだ意識はある。
どこを刺されたのか解らないけど、どうにか手当てしないとっ。
観客が逃げ始めたから、それに紛れて出た方がいいか?
がしゃんと何かが倒れる音。この音、多分カメラだ。
とり先輩に恐怖映像が行く事がなくなるから、良かったのかもしれない。
「あぁ…、邪魔なの、女だけじゃないなぁ。…そこにいる未、それから申の三人。それに、いるだろぉ?丑に午が」
牛に馬?
丑而摩大地先生と天川透馬先生の事か?
だとしたら羊って未先輩の事だ。じゃあ、猿ってのは…。
おれ達は顔を見合わせて、セットの裏から出た。
すると、そこには犯人と対峙している先生二人がいた。
「ばれてちゃ世話ねぇな」
「隠れてる意味もなにもないねー」
「師匠っ」
「透馬兄っ」
陸と海が叫ぶ。
「お前らは避難誘導しろっ!」
「出口の確保だっ、いいなっ!」
「了解っ!」
「皆、急げっ!」
陸と海が直ぐに動き出すけれど、おれは何故か動けなかった。
今動いたら危ない気がしていたから。
「その前に、まずは出口、舞台袖に降りるよっ!」
夢姉が動いた。
それを男は見逃さなかった。
持っていたナイフを振り上げて、尋常じゃない素早さで夢姉を襲う。
「夢芽っ!待てっ!動くなっ!!」
隠れていた未先輩が飛び出して、夢姉に向かって手を伸ばす。
けれど、少し遅かった。
「えっ!?あっ!!」
ナイフが夢姉の顔に向かって振り下ろされる。
「夢芽っ!!」
未先輩の手は夢姉との間に割り込み、その腕にナイフが刺さる。
「まーくんっ!!」
夢姉の叫び声と、
「すまんっ、遅なったわっ!!」
奏輔様の声が同時に響いた。
「これ以上やらせて堪るかよっ!」
天川先生の蹴りが男の腰を狙う。
男が回避した先に、丑而摩先生がいて、拳がそいつの頬を捕らえた。
「も、もうイヤよっ!!」
「こんなのイヤッ!!」
この声は…あのアイドルの二人?
ヤバい。ここで暴れられたら、また怪我人が出てしまう。
出口を確保したくても、出口は男の向こうだ。
動くなと叫ぶのは簡単だけど。それであの男にまたつけいる隙を与えてしまうかもしれない。
じゃあ、おれはどうしたらいい?
皆の動揺を抑えるには?
戦っている奏輔様達を援護するには?
きっと凄く凄く心配してくれているだろうとり先輩を安心させるには?

『この歌には、『力』が込められている。今の君になら歌いこなせる筈だ。この歌は『君』にしか歌えない歌だよ』

声が、言葉が過った。
もし、本当に『力』があるのならっ。
おれはポータルレモンの二人の側に駆け寄って、二人の頭を撫でて、笑った。
絶対に大丈夫だと意味を込めて。
そのまま二人を背に庇うように立ち、大きく息を吸って。
歌った。
歌詞なんて解らないけど。
ただ、思うがままに。全力で。
「…え?何、この言葉…」
「聞いた事ない…けど、なんだろう…。心がぽかぽかする…」
おかしいな?
日本語で歌ってる筈なんだけどな?
何故かおれ以外には知らない言語で聞こえてるようだった。
もしかして、あの紙に書かれた歌詞になっているのかもしれない。
一体どんな『力』なんだろうか?
解らないけど、でもおれが出来るのは歌う事だけだから。
皆におれの気持ちが届けばいい。
「…ぐっ、なん、だっ…、この、だつ、りょく、かんは、…ッ」
「絶好のチャンスを、ありがとよっ、空良っ!」
天川先生の蹴りが男の腹部に減り込む。
態勢を立て直す前に、
「こっちからも行くぜっ!!」
丑而摩先生の拳が男の顔面に叩き込まれる。
ふらふらと血を流して、それでもナイフを捨てない男を前に、それまで控えていた他の男性アイドル達が舞台上にいる女性アイドル達を背に庇う。
陸実と海里も庇うように立つ。
奏輔様が止めとばかりに男を背後から倒し抑え付けた。
力は男の方が強いのか、奏輔様は直ぐに丑而摩先生と入れ替わり、丑而摩先生は男を抑え付けて、今まで被りっぱなしだったフードを取りさった。
顔面に殴られた傷とは別に古傷の青痣があった。
「……おい、お前っ。なんで、その『言語』を知っている?」
真っ直ぐこっちを見て男に言われたが。
「………………言わない」
と答えてだけおいた。
まぁ、言わないと言うか解らないんだけども。
それをこの男に教えてやる義理はないし。
男は丑而摩先生に止めの一撃を喰らわされて、意識を失った。
その後直ぐに警察が来て、この事件は幕を閉じた。

数日後。
おれはポータルレモンの二人と何故か一緒に稽古をしていた。
「ちょっと待って。そこのキーはそっちじゃないでしょっ」
「…………ヤダ。これがいい」
「そのキーにすると私達が歌い辛いのよっ」
「…………だったら別々に歌えばいい」
「「い、やっ!!」」
何で二人はおれと一緒に歌いたがるんだろう…?
正直喧嘩して対決した相手だと考えると、この状況は不思議で堪らないんだけど。
おれが首を傾げていると、二人は休憩する事に決めたらしく、床に座りおれにも座る様に促してきた。
逆らう必要もないし、素直に座ると二人はにやぁと笑った。
「それで?どうなの?美鈴さんとは進展した?」
「…………ん?」
「好きなんでしょう?彼女の事」
「…………うん」
「ライバルはいないの?」
「…………山程いる」
「じゃあちまちまアプローチしてちゃ駄目じゃんっ!任せてっ!いいアドバイスしてあげるからっ!!」
「…………マジか」
女目線のアプローチポイント。これは大事だ。
楽譜を裏返してペンを持ち、待機。
「素直過ぎでしょ」
「まぁ、いいや。まずはー」
「おーい、空良ー。おるかー?」
「奏輔様?」
二人から聞く前に呼び出しを喰らってしまった。
レッスン室を出て、おれは奏輔様の前に立つ。
「悪いな。割り込んで」
「…………大丈夫」
「…気になってると思ってな。お前の歌っていた歌がどんな歌だったのか教えとくわ」
聞きたい。
ずっと知りたかったから。
「確かお前はあの歌を金色の髪の男性から貰った、そう言うてたな」
「…………はい」
「……その人物はな、姫さんの父親や」
「…………え?だってとり先輩の父親は」
「せや。もう、亡くなっとる」
「…………じゃあ、幽霊?」
「みたいなもんと思っとった方がええな。で、お前が歌った歌やけどな。あれは『歌う人の想いを届ける歌』や」
「『歌う人の想いを届ける歌』…?」
「そうや。せやから、聞いた人皆違う言葉で聞こえてた筈や。あれには特殊な呪いがしてあってなぁ。想いを実現させる力があった。けどそれを使うには三つの条件が必要になる。一つ目は、当然歌が上手い事。音階を通して呪いが発動するからな。音が呪文の代わりを果たしていた。二つ目は体力だ。あの歌は歌う度に体力が奪われて行く。そやな…陸実が全力で踊った時以上には体力を奪われる。そして三つ目は想像力。歌に全ての表現を込めなければならない」
「…………最初の条件しか当てはまらない気がする」
「ハハッ。確かにな。けど、お前には陸実と海里がいるやろ。三人揃ってやっと発動したって所やろ。血の繋がりと同じ時を生き続けていたから出来たんや。まぁ、姫さんの努力も当然あるけどな」
「…………とり先輩の、努力?」
「…姫さんが、一度身内だと受け入れた人間を突き話す事なんて出来る訳、ないんよ」
「…………奏輔様?」
「ん?なんや?」
…気の所為か?
奏輔様の笑い方に少し違和感がある、ような…?
「姫さん、随分頑張ったんやねぇ。やり込んでしまうのはやっぱりゲーマーとしての性なのかもしれんし。あれをパーフェクトにする事も発動条件やったって事みたいやしね」
奏輔様が呟く言葉の半分も意味が解らず、何を答えていいか解らないでいると、そんなおれに気付いた奏輔様がおれの頭を撫でた。
「………このルートだと、お前はこんなしっかりしとるんやなぁ。……ルートは違えど、お前に少しは借りを返せたやろか?」
わしわしと頭を撫でられる。
結構な力で撫でられたので、下を向く羽目になったんだけど。おれの目に奏輔様が持っている一冊の本が写った。
「…………奏輔様、その本は…?」
聞いてみたけれど、奏輔様は笑うだけで答えてくれなかった。
そして、
「姫さんと、幸せになれ。…じゃあな、空良」
本当に小さな声でそう呟くと奏輔様はおれに背を向けて、去って行った。一度も振り返る事なく、スーツ姿の奏輔様は見えなくなった。
その姿を追う事も出来ずただ黙って見送って。姿が見えなくなったからレッスン室へ戻ろうとしたのを、
「お?空良。何で外におるん?珍しい」
「…………え?」
去っていった反対の方から歩いてきた奏輔様の声で足が止まった。
「…………謎?」
「ん?どうした?」
「…………今、奏輔様があっちに歩いてった」
「は?夢見るにはちぃっと早いで?」
そう言いながら奏輔様はおれの額に手を当てて熱を測りだす。
その手にはさっき持っていた本もなければ、力強さもない。…………別人?
「…ま、あんまり無理はすんなや?姦しいのは一生慣れるもんでもないからな」
しくしく泣き真似をする奏輔様はいつも通りで。
今会った奏輔様が一体誰だったのか。
これはずっとずっと解る事はない。
だけど…、奏輔様は借りを返しに来たって言ってた。
幸せになれって、あんなに苦しそうな、切なそうな顔で笑って。
去って行った奏輔様はとり先輩が好きなんだとその表情を見て一発で解ったのに。
幸せになれって、おれに言った。
……全てを理解した上で、おれにそう言ったのなら、おれは受け止めなければいけない。
だけどっ!!

「悔しいっ!!」
「うおっ!?なんや、急にっ!?」

真っ向から向き合う事が出来ない自分の力のなさがただただ悔しくて。
おれは、流れそうになる涙を堪えながら、奏輔様に悔しいと訴え続けた。
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