上 下
89 / 359
幼児編小話

筋肉と筋肉と弟(日常:睦)

しおりを挟む
「大地お兄ちゃ~ん」
向こうから姫ちゃんが手を振っている。両側には双子がぴったりとくっついており、その後ろには鴇がゆっくりと付いて来ていた。
とりあえず姫ちゃんに笑顔で手を振り返す。なにを置いてもこれだけはしなければ。
「うおぉ…可愛い…」
「楽園だ…ここは楽園だ…」
「兄貴達、五月蠅い」
姫ちゃんが兄貴達の存在に気付いたのか、ピュッと音が聞こえてくる速さで棗の後ろに隠れてしまった。
そして、そーっと影から俺達を窺い見る。可愛い。
「真っ白な耳宛てに猫耳付きっ」
「ピンクのコートっ」
「真っ白なタイツっ」
「生きててよかったっ」
「今日は全力で目に焼き付けるっ」
………兄貴達の変態っぷりがエスカレートしている。
そっと双子が姫ちゃんの前に出た。あぁ、うん。正しい判断だ。
「よう。お待たせ」
「雪で遊ぶとか、子供か?」
透馬と奏輔が合流した。因みにここは公園である。
奏輔が言った通り、今日はここで皆で雪遊びする為に皆を呼び出した…のは、建前で。本当は、兄貴達が五月蠅かったからだ。

『あの天使と遊びたいっ!』
『眼福したいっ!』
『こんなに毎日仕事を頑張ってるんだから褒美の一つや二つあってもいいはずだっ!』
『大地っ!天使と戯れさせろっ!』
姫ちゃん、男苦手だから無理ー、と一応反撃を試みたが。
『奏んとこの女帝様だって一緒に遊んだと言っていたぞっ!』
女だからね。
『透馬の所のボーイッシュな女神だって遊んだと言っていたぞっ!』
うん。女だからねー。
『予定を組めっ!』
『俺達に癒しを寄越せっ!』
いや、だから、無理ー。
『次の日曜日はどうだっ!?』
『男が苦手なら公園でどうだっ!?』
聞いてー。って言うか家じゃなきゃいいって訳じゃないからー。
『あんまり寒くない方がいいなっ!』
『今、冬だからなっ!』
『午後にしようっ!』
『そうだなっ!』
だから聞けってー。ま、言った所で聞かないのは知ってるし。
きっと勝手に鴇にメールを出すんだろう事も分かっている。

だったらオレから出した方がまだマシだよね。
所でさっきから兄貴達が姫ちゃんをガン見してるんだけど。公園のど真ん中で。しかも正座。雪の上で正座。
溜息しか出ない。
肩を落として溜息をついていると、両サイドから肩をポンッと叩かれた。
「…分かるで。その気持ち」
「痛いほど解る」
同情された。なんだろう。この同情はやたらと心に優しい。

―――ペシッ。

ん?今、足に何か当たった?
足を見ると雪がついた跡と、足元には丸かったであろう雪の塊。
「えへへっ。大地お兄ちゃん、隙ありー」
きゃっきゃっと雪玉作って、姫ちゃんは鴇や双子と投げ合っていた。
「あー、やったなーっ」
固く握ると怪我させちゃう可能性もあるから、柔らかく握って姫ちゃんに投げる。
「きゃーっ」
楽しそうに逃げる姫ちゃんはそれを見事に回避した。
「楽園だ…」
「俺、今なら羽ばたけるっ」
……。本当なら何処にと突っ込むところだけどー…面倒だから、もう羽ばたいたらいいよ。いってらっしゃい。
「透馬お兄ちゃんにも、えいっ」
「っと、あぶねーなぁ。こっちも仕返ししてやろうか~?」
「きゃーっ。とか言いつつ、奏輔お兄ちゃんにえいっ!」
「おわっ!?こら、お姫さんっ。悪戯はあかんでっ?」
なんて言いながら、二人は姫ちゃんに当てる気はない。雪玉は柔らかく握られて、いつもその手前で落ちる。楽しそうだ。オレも混ざろー。
雪玉をきつく堅く握り、全力で鴇へ投げる。
「っ!?、あっぶねーなっ、大地っ!」
「もう一弾行くよー。おりゃっ!」
鴇へ投げるふりをして、透馬へ投げる。
「ふぎゃっ!?」
よしよし。ナイスコントロール。見事に顔に当たった。
「てんめぇ…良い度胸してるじゃねぇかっ!」
固く握られた雪玉がオレ目掛け飛んでくる。それを回避し、逃げ回る。
「透馬、加勢すんでっ」
「俺も加勢してやるっ」
「ちょっ、三対一はずるいーっ」
「とか言いつつ、ちょこまかと逃げてんじゃねぇかっ!」
三方向から飛んでくる雪玉を避けつつ、投げ返す。
逃げて投げて、逃げて投げて。
あ、流れ弾が姫ちゃんの方にっ。
「全く…危ないです、よっ!」
葵が姫ちゃんに当たる前に蹴りで雪玉を割った。おぉー。良い感じの回し蹴りだったなー。
「鴇兄さん。こっちには鈴ちゃんがいるんだから、気を付けて」
「大丈夫だった?鈴」
「んっ、平気っ。えへへ、楽しいっ」
「そっか」
「いっぱい遊ぼうね」
あー…可愛いなー…。双子も込みで可愛い。こうなると本気で鴇が恨めしい。
可愛い弟と妹。なんだそれ。こっちには筋肉ダルマが二つもいるというのに。
じと目で未だ正座で、雪玉の流れ弾があたっても微動だにしない兄貴達を睨む。雪にまみれても気にならないのかー。そうかー。残念だー。
視線を鴇達に送ると、しっかりと頷かれた。
アイコンタクトが出来るって良いよねー。
足元にある雪を掬い、それはそれは固く握って、全力で筋肉ダルマその一へ投げた。
「……可愛い…」
こっちを一切見ず。
「うわー…全然効いてない」
マジかー。続いて透馬と奏輔が全力で筋肉ダルマその二へ投げる。
「羽が見える…」
やっぱり反応なし。
「相変わらずの体だな」
「せやね。鴇、全力でいいんちゃう?」
鴇が頷いた。これでもかと固く握って。オレ達四人がかりでそれはもうきつくきつく握って。鴇に雪玉を渡す。
そして、鴇が全力で投げた。

―――ズバァンッ!

結構な音が響きそれは見事筋肉ダルマその一―――勝利(かつとし)兄貴の頬へ命中した。
「な、なんだっ!?今頬に何かあたったようなっ!?」
やっと気付いてくれたのはいいとして、なんでダメージゼロー?
「相変わらず、お前の所の兄貴は化け物だな」
「鴇の全力が全く効いとらんね」
「まぁ、でも、こっち向かせただけでも大したもんなんじゃね?」
確かにと頷きあう。
「成程…。お前達が投げたんだな」
「…ふっ、仕方ない。お前達にこの筋肉を見せる時が来たかっ」
ちょっと待って。兄貴達。なんで上着脱ぐっ!?
しかもダウンジャケットの下にタンクトップ一枚ってなんだそれっ!?
「行くぞっ!!」
「覚悟を決めろっ!!」
雪玉を構え始めた。
ゴキッ、バキッ。
「いやいやいやっ!雪玉握る音じゃねーだろっ!!」
「逃げよーっ!!」
「何処へ逃げるんっ!?あんなんぶつけられたら、公園の設備皆壊されてまうでっ!!」
筋肉がもりっと浮き出て、雪玉のターゲットは完全に俺達に向いている。
どうしよーっ、こういう時の兄貴達って手加減しないんだよなーっ。いっそ設備壊されても逃げるかっ?
三人で慌てていると、鴇が突然姫ちゃんの方へ歩きだした。双子が姫ちゃんに変な物を見せないように盾になっているそこへ辿り着くと、姫ちゃんへ何か話している。
「さぁっ、行くぞっ。小童どもっ!」
野球の全力投球の構えを筋肉ダルマその二―――将軍(しょうぐん)兄貴がとった。
あー、やばいかなー?
と覚悟した、その時。

―――ポスッポスッ。

「お兄ちゃん達、隙ありー?」
兄貴達の足に二つの雪玉があたった。
その当てた主に視線を合すと、えへへっと笑って双子の背後へ隠れてしまった。
兄貴達はそんな姫ちゃんを見て、わなわなと体を震わせると…。

「ありがとうございますっ!」
「ごちそうさまですっ!」

―――ズドォンッ。

顔を真っ赤にして兄貴達が直立不動でぶっ倒れた。
「えっ?えっ?」
「鈴ちゃん。奇妙な物は視界に入れちゃダメ」
「鈴。あっちで雪だるま、作ろうか」
にこにこと双子が姫ちゃんから奇妙な物(兄貴達)を隠す。
オレ達四人はその奇妙な物に近づき見下ろす。

「て、て、天使の…いたずら…」
「も、もっと…」

うわごとー?きめー。
「……よし。見なかった事にして帰るぞ」
鴇の宣言にオレ達は素直に頷いた。
……にしても、一撃でこの怪物を倒すんだから、姫ちゃん最強説?
ふと脳裏を過ったけれど、まぁ可愛いからいいかと一人納得して先を歩く皆と公園を去るのだった。
兄貴達?三日後に帰って来たよー?幸せそうにニヤケながら。
しおりを挟む
感想 1,230

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

骸骨令嬢の恋×濃〇物語~奪って見せます、王太子っ!~

三木猫
恋愛
とある不幸な事故で命を落とした女の子が異世界に転生しました。 前世でも色々可哀想な人生で今世こそはと奮起(斜め上方向に上昇)する。 今回は恋愛も人生も順風満帆にと願う女の子の、恋…ではなく、濃い物語。 ※毎週土曜日14時に更新致します。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

お犬様のお世話係りになったはずなんだけど………

ブラックベリィ
キャラ文芸
俺、神咲 和輝(かんざき かずき)は不幸のどん底に突き落とされました。 父親を失い、バイトもクビになって、早晩双子の妹、真奈と優奈を抱えてあわや路頭に………。そんな暗い未来陥る寸前に出会った少女の名は桜………。 そして、俺の新しいバイト先は決まったんだが………。

処理中です...