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第一章 幼児編

第一話 前世との再会

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「どうしてこうなった…」
机の上に置いた鏡と向かい合い、自分のやたら整った顔から零れた溜息混じりの呟きは宙に消えた。
この世に生を受けて5年目。まさに明日六歳の誕生日を迎える今、私は覚醒した。
いや、こんな言い方するとおかしいか。
正しくは『思い出した』だ。
でもね、あのね。一つ言わせて欲しい。
私だってこんな状況思いもよらなかったよ。
だってさ?誰が思う?
生まれ変わったら、前世でプレイしていた乙女ゲームのヒロインになっているなんて。
前世の私は所謂隠れオタって奴だった。
外では普通に三十路に近い何処にでもいるであろうOLに擬態し、家ではネットサーフィンをおやつに乙女ゲームを主食として生きてきた活字中毒者。
二次創作や薄い本も嫌いじゃない。と言うかむしろ大好き。腐女子って言葉を正しい意味で称号をわが物にしていた。
でも健康体だったし、まぁ脳内はある意味異常者かもしれないけどそれはそれなりに擬態してきた為、世間的にも悪い印象は与えていないはず。
そんな私は何故死んだのか。
これが、怖い話で家に押し入られたストーカーに刺されのだ。
刺された瞬間のあの男の顔は生まれ変わった今でも忘れられない。さっきまで忘れてたじゃんって突っ込みはなしの方向で。
そして、何より部屋に残った腐の産物、黒歴史を誰かが片したかと思うと私は新しい今の人生を投げ出したくなる程恥ずかしい。羞恥で死ねる。
もう、どっちを後悔していいのやら…。
いやいや。落ち着け私。
話が盛大にそれている。
前世の私の話は今は置いておくとして、問題なのは前世でプレイしたそこそこ気に入っていた乙女ゲームの世界に生まれ代わっていたって事だ。
こういうのってさ?普通はさ?
悪役令嬢、とか、学校一人気のクラスメート、とかさ?
そういうヒロインのライバル的な悪い立ち位置とか一切関係ない脇役とかに生まれ変わってさ?運命なんて変えてやるっ!!とか盛り上がっていくのが常套句って奴じゃないの?
え?なんでヒロインなの?
ヒロインなんかに生まれ変わったら面倒臭い事この上ないじゃん。
だって男がわらわら寄ってくるんだよ?
いい?皆落ち着いて考えて?
乙女ゲームにいるような男子が普通にいたら、正直どん引きじゃない?
壁ドン、無理矢理チュー、お姫様抱っこを突然だよ?
いやいや、あり得ないでしょ。
確かにそう言うのが好きな人はいると思う。
でも私は、前世の記憶が戻った私は、大の『男性恐怖症』であると言っても過言ではない。
前世の私は自慢じゃないけど結構モテた。世間では美人と言われてた。まぁ内側を知らないからなんだろうけども。
小学生の頃は誘拐未遂が数回、誘拐されたのが数回、中学生の時はラブレターや呼び出しで休憩時間は全て消え失せ、高校生の時は帰り道に暗がりに連れ込まれた事数十回。大学に入って少しは何か変わるかと思ったら連れ込まれ回数が増加、電車通学になり毎日痴漢の嵐。流石に社会人になってもそれは嫌だったから電車通いしなくてもいい様に必死に自動車免許を取り車で通勤するようになって危険が減ったと思ったらストーカーの被害にあい、終いには殺されるという…。
これで男性を怖がるなって方が無理じゃない?
それに私は前世に父はいない母子家庭だったから尚更だ。そんなお母さんも私が大学に入った時に亡くなっちゃったから私は一人で生きてきたんだけど。
ぶっちゃけて言えば、そこに男は不要だったわけで。
でも勘違いしないで欲しい。
男性にも良い人はいるって知ってるんだよ?
その証拠に遠くで見ている分には何の問題もないもの。
二次元の世界の男はいいんだよっ!
私を見てる訳じゃないからっ!
三次元でも観賞用なら全然OKっ!
私を見てる訳じゃないからねっ!
でも、でもさっ!?
ここは乙女ゲームの中で私はヒロインな訳でっ!!
って事はさっ!?って言う事はさっ!?
男が問答無用でやってくる訳じゃんっ!?
触られるだけでも、鳥肌ものなのに、あ、あ、あり得ないっ!!
想像するだけでも鳥肌が、あわわわわっ!!
私の人生既に詰んだかもしれない。
「どうしてこうなった…」
本日2度目。溜息を深くしてもう一度呟いた。
正直男なんて私の人生にはいらない。
なのに私は乙女ゲームのヒロインになってしまった。
私の苦手な男がもれなく付いて回ってくる。例えイケメンであろうと男は男。
となると、とれる手段は…

『攻略対象キャラと出会わなくする事っ!!』

これしかないっ!!
その為には今現在の情報を確認しなくてはっ!!
思い立ったが吉日。
私は、椅子からひょいっと飛び降りると、まだまだ低い身長ではやっと届く位置にあるドアノブを回して部屋を出た。
「えっと…ママは…居間かな?」
キョロキョロと辺りを見渡し、姿がない事を確認すると、そのまま部屋を出て右、廊下の奥へと向かう。因みに、私の部屋の右隣がママの部屋。迎えにお風呂、左へ行った奥が玄関だ。
隣のママの部屋からは仕事をしている音はしなかったから、多分、居間にいるはず。
てててっと早足で、廊下を進み背伸びしてドアノブを回し居間へ入ると、そこにはラグの上に直に座り、机の上にあるノートパソコンと睨めっこしているママの姿があった。
「ママー」
「あら?美鈴(みすず)どうしたの?」
呼びかけると、私に直ぐに気付いたママがにっこりと微笑んだ。
…ママ、目の下の隈さんが活性化してるよ?何徹目なんだろう…。綺麗な金髪もくすんでるし、碧い宝石のような瞳も曇っている。スタイル抜群で美しいママの背中は猫背。うぅ~ん…。
っと、いけないいけない。つい遠い目をしてしまった。ママの隈さんについては後でホットタオルでも作ってあげるとして今は当初の目的を果たさなくては。
「おえかきしてあそびたいから、みすずにノートちょうだい?」
「ノートが欲しいの?」
前世の記憶を取り戻したから、普通に喋れるものの、5歳児が急にシャキシャキ話し始めたら恐怖体験以外の何物でもないから敢えて舌っ足らずで話しかける。
すると、ママは優しく微笑み立ち上がると、居間にあるママ専用の棚からノートを一つ取り出してくれた。
「はい。これでいい?」
渡されたノートを満面の笑みで受け取り、その表紙を見て、私とママの時間は止まった。
『ヤンキー×優等生 ネタ帳』
黒のマジックペンでくっきりはっきりと書かれていた。ど、どうしよう…ママの黒歴史。
そっとばれないように、上目遣いでママの顔を窺うと、あ、…駄目だ。青ざめながら顔を赤くしてる。
ママって確か少女小説作家だったよね?
…もしかして、違う方面でも書いてるのかな?それとも二次?うぅん…悩み所だけど、今はそんな事より…。
「ママー?これなんてかいてるのー?」
ママの矜持を立て直すっ!
大丈夫だよ、ママっ!!私は理解がある娘だよっ!!
もう少し成長したら一緒に萌えトークしようねっ!!その為にも今は解らなかった事にするよ、ママっ!!
「こ、これはね。美鈴ちゃんがもう少し大人になったら分かる様になるから今は忘れていいのよー」
ママ、頑張ってっ!!遠い目から帰って来てっ!!
優しい笑顔カムバックっ!!
「こ、このノートはダメね。ちょ、ちょっと待ってねっ」
「うんっ」
バタバタと慌ててノートを本棚に突っ込み、妬けになったのか新品のパックされたノートを取り出し、パックをバリバリ剥ぎ取ると、一冊私に向かって差し出した。
「こ、これなら大丈夫。これを使いなさい」
「うんっ。ありがとー、ママ」
両手でノートを受け取り、一緒に鉛筆も受け取った。まだ手が小さいからシャーペンだと使い辛いので有難い。
やっぱりママは優しい。ちょっとママの黒歴史覗いちゃったけど、私には何の問題もない。むしろこんなママが大好き。
それを全力で伝えようと思うっ!!
「ママ、ママっ」
「なぁに?」
「わたしね、ママのこと、だいすきっ」
えへへっ。
照れながらも伝えると、ママは泣きながら全力で私を抱きしめた。
骨がきしむ音がするけどそこはぐっと我慢するよ。理解ある娘だからねっ!!
でも流石に骨が砕ける前に私は仕事の邪魔にならないように部屋に戻るねとたどたどしく伝えて戦利品を持って部屋に戻った。
さて、と。
部屋に戻り、椅子に座り机の上に置いておいた鏡を寄せると、ノートを広げる。
誰かに見られるようなへまをするつもりは無いけれど、万一見られると面倒だから態と3ページ目から書き始める。
何を書くかと言うと、乙女ゲーム転生ネタの定番のあれだ。
乙女ゲームのネタ帳だ。
記憶を元に、ここがどんな世界だったのか、攻略対象が何人いたのか。等々必要な記憶をここに書き残すのだ。
いざという時に焦らないように。
えーっと、まずは、このゲームの内容だ。
ここは前世で私がプレイしたゲーム『輝け青春☆エイト学園高等部』(世間では結構評価の低くやる人が限られているマイナーゲームだった)の世界だ。舞台は日本。ただし、前世の私が暮らしていた日本とは少し違う。地毛で私みたいな金髪で水色瞳がいてたまるか。いやいるかもしれないけど、こんなに光り輝かない。ってか周りを見れば、水色やら赤やら蛍光ピンクやらあり得ない髪色が歩いている。あり得ないよ。だからパラレルワールドと言った方がいいかもしれない。私の前世に生きた日本のようで日本ではないのだ。
その異なる日本にあるエイト学園と言う高校に主人公が入学する時から始まり、プレイヤーである主人公が三年間、己を磨き攻略対象キャラクターとデートやイベントを繰り返し、恋に落ちて卒業式に告白されエンディングと言う、普通の学園ものの乙女ゲームだ。
だが、このゲーム他の乙女ゲームと違う所がある。それはーーー。

攻略対象キャラが半端なく多いとと言う事。

男性恐怖症の私にこのゲームの世界にしかもヒロインに転生させるとか、神様どんだけ鬼畜なんだ。
普通の乙女ゲームなら数人のすり寄りで済んだはずなのに…。
このゲームの攻略対象キャラクターの人数は多すぎて正直ほとんど覚えてない。
そこまでやりこんでいなかったかな?そんなはずはないんだけど。
だって、ゲームってからにはフルコンプしないとね、ってのが私のモットーで好きじゃないキャラも攻略していたはず。
となると、何か前世の記憶を思い出させるのに邪魔なフィルターがかかっているのかな?
…念の為に攻略対象キャラクターを思い出せる限り書きだしてみよう。
記憶の順に。私はペンを走らせる。

樹龍也(いつきたつや) 三年生。生徒会長。メインヒーロー。必要パラメータ、文系、理系、運動、雑学、芸術、優しさ、色気を全てMAX状態で攻略可能。メインヒーローにつき、出会いは強制的。入学式の当日に主人公が廊下の曲がり角でぶつかると言うテンプレ的な出会いを迎える。美貌、権力、知力、体力全てを兼ね備えたオールマイティ型キャラ。実際にそんな人物がいたら怖いよねって笑い話が今現実のモノに。兎に角ここは全力回避したい人物。

白鳥葵(しらとりあおい) 三年生。生徒会副会長。必要パラメータ、文系、運動、優しさをMAX状態で攻略可能。白鳥棗(しらとりなつめ)とは双子の兄弟で葵の方が兄。そして、主人公の義理の兄である。ここ重要。赤丸チェック。

白鳥棗(しらとりなつめ) 三年生。生徒会書記。必要パラメータ、理系、運動、雑学をMAX状態で攻略可能。双子の弟。やはり主人公の義理の兄である。はい、ここも重要。赤丸チェック。

白鳥鴇(しらとりとき) 担任教師。必要パラメータ、文系、理系、雑学をMAX状態で攻略可能。双子の兄であり白鳥家長男。そしてやっぱり主人公の義理の兄である。ここもかなり重要、テストに出ます。

猪塚要(いのづかかなめ) 二年生。生徒会役員だったはずだけど、会計だったか文化部長だったか全く思い出せない。ただ、…綺麗な顔で雑な言葉遣いだったのはやたら覚えている。ギャップキャラの最たるキャラじゃなかったかな?

花島優兎(はなじまゆうと) 一年生。必要パラメータ、雑学、優しさ、色気をMAX状態で攻略可能。…だったはず。色気の所が定かじゃない。もしかしたら色気の所だけMAXじゃなくて半分だったのかも…?あ、でも確か主人公の幼馴染だった気もする。

……ピタッ。
私の手が止まった。
「ふふふ…全っ然思い出せないわ~…」
前世の記憶が甦ってもさ、ほら。前世の時ですら思い出せなかった事を今思い出せるわけがないじゃない?
このゲーム確かに全員攻略したはずなんだけどなー…。
攻略対象が多すぎて今書いた六人は多分半数にもいってない…。
やっぱり私の人生詰んだんじゃね?
メインヒーローは覚えてて当然だよね。ゲーム開始で強制イベントで必ず会されるからどのキャラ攻略するにしても見せられるシーンだし印象に強い。
白鳥家の三人は主人公と絶対関わるから記憶から消される事はない。同じ理由で優兎もだ。
猪塚は…多分私が一番好きだったキャラじゃないかなーと思う。だから思い出せた。が、攻略するためのパラメータが思い出せない。
やたら面倒だった気がするんだけど、それも微妙だ。残念過ぎる私の記憶力。
攻略キャラあと何人いたかなー…。
全然思い出せないけど、最低でも12人はいる筈だ。
何故断言できるかと言うと、攻略対象キャラの名前には、干支が含まれているからだ。
ゲーム製作者が分かりやすくするためにしたんだろう。
色んな男が選べるのがこのゲームの売りだし、別にいいんだけど…12人でも多すぎない?
な、何はともあれ、思い出せるところは全て書きだした。
これから思い出すたびにこのノートを更新していくとして。
次は自分の情報だ。一応これは書き留めずに脳内整理として、考えてみる。
まず、私の名前は美鈴。佐藤美鈴(さとうみすず)だ。これが今の人生の名前。前世は西園寺華(さいおんじはな)で、正直前世の方がよっぽど乙女ゲームヒロインっぽい名前である。
まぁ、それはいいや。
顔も髪色も瞳の色も全部母親似で瓜二つと言われている。ただ金髪ストレートのママと違って私の髪はふわふわのウェーブがかかってる。ここはどうやらパパに似たみたい。
パパは私が赤ちゃんの時に亡くなっていて、ママは女手一つで私を育ててくれている。
ママは少女小説作家で売れっ子。お蔭で生きて行く上で困ってはいない。…さっきの黒歴史の方が実は稼げているんではないか?って思うけれどあえてそれには触れない。…ママのあの黒歴史。パパは知ってたのかな…?
…っと、いけないいけない。ついまた現実逃避してしまった。
えっとなんだっけ。
あ、そうそう。自分の事の確認だよね。
ゲームでは祖父母の存在は描かれていなかったけど、ママの方の祖父母はもう既に亡くなっていて、パパの方にはママと私を溺愛する祖父母がいる。
毎年、夏休みと冬休みには里帰りしている。田舎だけどのんびりしていい所だよ、うん。
むしろあっちで暮らしたい。
変な男もいないし、イケメンとか面倒なのもいないし、あるのは畑と田んぼとお爺ちゃんお婆ちゃんだけ。
なんてパラダイス。
でも、ママの仕事上電波の欠片もない所にはいけないんだそうだ。
うぅ…お婆ちゃんの作ったおはぎ食べたいなぁ…。
私の身の上はこんな感じだろうか。
次は、これからの事を考えよう。
このゲームに出てくる中で真っ先に私と接触してくるのは幼馴染である優兎だろう。
確か私の通う小学校に転校してくるはずだ。
って事は私が学区内の学校へ行かなければ、優兎と出会う事はなくなるっ!?
そうだよっ、私が本来行く筈の学校に進学しなければどうとでもなるよねっ!?
小学校は共学しかないけど、中学になれば近所に一つ女子校がある。そこにいけばイケメンに会わずに済み、アルバイトをしつつママを養いながら隠居生活が出来るじゃないっ!!
確か白鳥家の旦那にママが一目惚れされるのは主人公が中学一年の時だから、ママには悪いけど上手く回避出来るかもしれない。
進む道が見えてきた気がした。
何としてでもイケメンとの出会いを回避し、ママと二人田舎暮らしをする為、私はイケメン回避作戦に打って出る事にした。
頑張れ私っ!!
しっかりとノートを胸に抱きしめ、私は勢いよく立ち上がった。
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