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最終章 数多の未来への選択編

第三十三話 天を駆ける騎士と白猫

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「透馬お兄ちゃんっ!!」

そう、私は叫んで、透馬お兄ちゃんの背中に飛びついていた。
驚いた透馬お兄ちゃんの顔が私の眼前にある。
―――間に合った。
そう安堵したと同時に、背中にトスッと衝撃が走る。
「姫っ!?」
焦った透馬お兄ちゃんの声が耳に響く。
「…ッ…」
背中が熱い。じんわり広がる熱の中に痛みが混じり始め、じわじわとその痛みが全身に伝わっていく。痛い…けど、我慢。
痛みがあるって事はまだ意識があるって証明だし。こうして考える事が出来るって事はまだ生きてるって事だし。大丈夫っ!
私はぐっと歯を噛み締めて痛みに耐える。
だけど、そんな私よりも、透馬お兄ちゃんの方が余程焦った顔をしていた。
「姫っ!大丈夫かっ!?背中に、矢が…っ、大地っ!!」
透馬お兄ちゃんの声が痛みで少し遠くに聞こえる。
ヤバいかな?痛みで意識を保ってたようなものなのに、今度は痛みで意識を失いそうだ。
兎に角、透馬お兄ちゃんに怪我がないかだけは確かめたい。私を助けてくれたお兄ちゃん達に怪我をさせるなんて絶対嫌だから。
震える唇を気合で動かす。
「お、兄ちゃ、…けが、ない?」
「馬鹿っ。俺の心配なんて後で良いっ!」
足に力が入らなくなりそうな脱力感を覚えるけど、これに負けちゃいけない。ここで私が倒れたら透馬お兄ちゃんを苦しめる事になる。気合を入れ直している間に大地お兄ちゃんが一緒に駆けつけてくれた。
私の背に刺さっている物を見て、一瞬息を飲みながらも大地お兄ちゃんの手が私の背に触れた…んだと思う。痛みであんまり感覚が…。
「矢を抜いて、手当てする。その後直ぐに医者だっ」
透馬お兄ちゃんが私をぎゅっと抱きしめてくれた。
「…とうま、おにいちゃ…爪、立てたら、ごめ…」
「そんな事気にするなっ!むしろ立てろっ!」
抱き締められている腕に力がこもる。本来なら多少の痛みを感じるそれも、今は透馬お兄ちゃんの熱を感じるからむしろ有難い。
矢を引き抜く為にぐっと力が込められて、背中に激痛が走る。痛いっ!けど我慢っ!
透馬お兄ちゃんの体に腕を回してきつく抱き付く。
「抜くよ、姫ちゃん」
大地お兄ちゃんの言葉に頷いて、いざ矢が抜かれる、そう覚悟した瞬間。
「駄目でござるっ!!」
制止の声が届いた。
この話し方は…。
「今それを抜いたら駄目でござるっ」
カキンッ。
意識が朦朧としているから合っているか曖昧だけど今金属同士がぶつかる音がした。それに近江くんの声も。
「くそっ。撤退するぞっ」
今の声は、後藤鉄平?その割には声が若い。…もしかして、真珠さんに化けてた人?…うぅ、顔だけでも確認しておきたいのに。
矢に何か塗られてたのか、それともただ単に出血が多いからなのか。解らないけど、気合で保っていた意識が遠のき始め、目が霞む。
段々と意識まで遠くなってきた…。
これは、ヤバい、かな?
折角死なずに済んだかもしれないのに。
もう、やり直しは効かないのに。
力が、抜けて行く…。
そんな私に気付いた透馬お兄ちゃんが私を抱え直してくれる。
「姫っ!?おい、姫っ、しっかりしろ…姫…、…美鈴っ…」
透馬お兄ちゃんの声が遠くなる。
お兄ちゃん達が何か話しかけてくれてる、けど、全然耳に入って来ない。
あぁ、もう、完全に意識が飛ぶ…。ダメだぁ…。

ふっと意識が浮上した。意識が闇に落ちて、どれくらい経ったのか。
ふふふ…またセーブの所に戻ったらどうしよう。確かセーブしたのは、私が背中に矢を刺されるちょっと前だから、今度はどう対処したらいいのかな?うふふふふ…。
こうなったら体、動かしちゃうぞーっ!
ズキンッ!!
ふみーっ!?背中いってーっ!!
…ってあれ?背中が痛い。痛いって事は、時間が戻ってないって事だよね?
と言う事は…?
ゆっくりと目を開くと、辺りは薄暗くて。
目が慣れるまでちょっと時間がかかりそう。目を擦りたい所だけど、少しでも体動かすと痛いからそれも辛い。
今この態勢で解る所を把握しましょう、そうしましょう。
えっと、まず目の前にあるのは何?
背中が痛いから、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、どうにかこうにか動いてみる。
…もしかして目の前にあるのって、壁じゃなくて人?この感じ、胸板だよね?って事は男の人?
何で一緒に寝てるんだろう?
私今うつ伏せになって寝てる?理由は多分背中刺されたからだよね?
で、私の手は胸板に触れてる。って事は?私、誰かのお腹の上にいるってこと?それは、どうなの?
ぐっと腰に力が込められる。一瞬ビックリしたけど、次に聞こえた心配そうな声に、ホッと力を抜いた。
「…姫?目が覚めたのか?」
声が凄く近くで聞こえて。その声が透馬お兄ちゃんの声だって事が解ると更に体から力が抜けた。
私は今透馬お兄ちゃんと一緒にいる。なら危険な状況では絶対にない。
「にゃ。透馬、お兄ちゃんにゃにょ?」
安心して口を開いたけど、後悔した。
………。
いや、違うっ。違うよっ!
私は噛んでないっ!噛んでないよっ!?私だって予想外だよっ!?
声を出したら、勝手に語尾に『にゃ』が付いたのっ!嘘じゃないっ!嘘じゃないからーっ!!
……誰に弁明してるんだろ、私。
そう、もう一度声を出したらきっと解る。わざとじゃないって事がっ。
「透馬お兄ちゃん」
おお?ちゃんと呼べたよっ!?これはさっきのは気の所為だったのではっ!?
「ここ何処だにゃ?透馬お兄ちゃんの家にゃ?」
ふおおおおぉぉぉ……駄目だったあぁぁぁっ。この恥ずかしい語尾は何なのおぉぉぉ…。
恥ずかしさに死にそう。
なんで?どうしてこうなった?
もう、こうなったら立て続けに話してくれるわっ!
「…透馬お兄ちゃん、何で下にいるにゃ?重くないにゃ?この言葉遣いはなんにゃ?にゃんでこんにゃ喋り方を私はしてるにゃ?」
「落ち着け、姫。全部説明するから」
ポンポンと頭を撫でられた。
むむ?何だろう?超気持ちいいぃ。透馬お兄ちゃんの手が離れて行くのが惜しくて、自分から頭を擦り付けると、透馬お兄ちゃんは更に優しく頭を撫でてくれる。
ふわぁ~…気持ち良いぃ~…。ダメだ、癖になる気持ち良さ~…ふみぃ~…。
思わず、こう…透馬お兄ちゃんの服をにぎゅにぎゅしたくなると言うか…にぎゅにぎゅ…。
気持ち良過ぎて、ゴロゴロと喉が鳴りそうだよ~…ゴロゴロ…。
「…姫。俺の顔、見えるか?」
透馬お兄ちゃんに話かけられて、ハッと我に返る。
そうだそうだ。
透馬お兄ちゃんに癒されてる場合じゃなかった。
今私の目の位置に透馬お兄ちゃんの胸があるから…ちょっと顔を上げて…じー…あ、視えた。おお、目が馴染むとちゃんと顔の輪郭が解るな。
透馬お兄ちゃんの顔に手を伸ばして触れようとしたら逆にその手を掴まれた。
そして、パチッとスイッチの音がして、一気に辺りが照らされた。照明をつけてくれたんだね。
暗闇からいきなり明るくされて、目がしぱしぱする。
「姫、見えるか?」
「にゃにをにゃ?」
透馬お兄ちゃんの顔ならバッチリ見えるよ?
それじゃないの?
透馬お兄ちゃんが何か見てる。私の手…?
………ん?
え?待って。待って待って?
手が何かふさふさしてるんだけど。え?なんで私の手の甲が真っ白でふさふさになってるの?
反対の手は…?ふさふさしてる。
マジマジと確認してしまう。いつもより爪が伸びてしかも鋭い、手の甲には真っ白な毛が生えている。もふもふしている。
「と、透馬お兄ちゃん、鏡持ってるにゃ?」
「鏡はねーけど、ほら。そっちに窓ガラスがあるだろ」
言って、透馬お兄ちゃんは私を支えるようにして窓ガラスに映る様に上半身を起こした。
……えぇ?
耳が生えてる…。しかもこの感じ、完全に猫耳である。
耳に意識を向けるとぴくぴくと動く。猫だ…。
「透馬お兄ちゃんにょ趣味にゃ?」
「好きか嫌いかと聞かれたら正直かなり好きだけどな。けど俺がどうこうした訳じゃないぜ?これは、姫に刺さった矢に塗られた毒の効果だ」
「毒にゃ?」
「そうだ。順を追って話すから、ほら、俺に体重預けてろ。高級なキャンピングカーとは言え、あの金山さんですら荒く運転してしまう山道を大地の運転で越えるんだ。気を付けないと下の階に落ちるぞ」
キャンビングカーの中?
窓ガラスの方をもう一度見ると、確かに外の景色がどんどん移り変わっていく。
間違いなく車の中のようだ。揺れを感じなかったら気付かなかった。透馬お兄ちゃんが支えていてくれたからだろうけど。
「姫はどこまで覚えてる?」
「刺された後、近江くんにょ声がしたにょは覚えてるにゃ」
「そっか。んじゃそっから説明するわ。あの後―――」
私は透馬お兄ちゃんの話をしっかり聞こうと真剣に耳を傾けた。
………猫耳の所為か、頭の上に耳があるから透馬お兄ちゃんの声がとても擽ったかったけど、それは顔に出さないで我慢した。


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