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最終章 数多の未来への選択編
※※※(カオリ視点)
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頭上で人の気配がした。
普通は頭上で気配なんてあり得ないのは解ってるけれど、この世界だとこの状況がごくごくまれにある。
今回は一体どんな奴?
寝ているふりをしながら、毛布越しに姿を確認すると、そこには珍しい程に美しい女の子が異国の服を着て回転していた。
生憎と私に【迷い人】の声を聞く事が出来ないから、何をしているのか、何を叫んでいるのか判断つかないが。
回転して回転して最終的には屋根をすり抜けて出て行ってしまった。
「…一応、リョウイチに報告しないといけないわね」
ハッキリ言いましょうっ!
めんどくさいっ!
最近リョウイチがいつも以上に面倒なのよね。
やたらと花をくれるし、いくら華巫女だからって私が花好きとは限らないんだけど?
そう言えば、花以外にもプレゼントくれる回数も増えたっけ?……服や宝飾品が多いけど…クローゼットに入らないからこんなにいらない。
……何だか鬱陶しい。
朝だと言うのになんでこんな鬱鬱としなきゃいけないのよ。
起きよう。起きてさっさと今日の仕事をこなしましょう。
毛布を剥いで、ベッドの脇に足を降ろして立ち上がる。必要な準備だけをして、部屋を出た。
一歩歩くたびにシャランと腕に嵌めたブレスレットがぶつかって音を響かせる。
寝室を出て軽く朝食のパンを10個食べて家を出た。片づけ?後でするわ。多分、きっと。
家に鍵をかけて、外に出て数歩歩くと、目の前を歩く黒髪が目に入った。この世界で黒髪は珍しく直ぐに誰だか分かった。
「ショウコっ!」
名を呼ぶと、驚く事もなく顔だけこちらに向けてにっこりと笑った。
「おはよう、カオリ」
「おはよっ」
少し足を速めて隣に立ち並んで歩く。
「どうしたの?いつもこの時間はまだご飯食べてる時間じゃない?」
「そうなんだけどね。部屋に迷い人が出て。リョウイチに報告しなきゃって思って」
「あぁ、そういうこと。そうよね、そうじゃなきゃカオリが早起きしてリョウイチ様に会いに行くなんて事あり得ないものね」
「あり得ないは言い過ぎじゃない?ただちょっと、人より多く寝て、人より多く食べて、人よりリョウイチの扱いが雑なだけよ?」
「それだけあれば十分だわ。リョウイチ様ももう少しカオリの人となりを学ばないと、落とすに落とせないわよね…」
「うん?何か言った?ショウコ」
「いいえ?空耳じゃない?カオリもすっかりボケたわねぇ」
「ちょっ、誤魔化し方が酷過ぎるっ」
じゃれ合いながら、笑い合いながら私とショウコは神殿へと向かった。
礼をしてくれたり話かけてくれる人に挨拶を返しながら歩いていると、反対側から歩いてくるプラチナ髪の女性。
「ミオっ、おはようっ」
「おはよっ、カオリっ」
手を振って駆け寄ってくれたミオを足を止めて笑顔で受け入れる。
「どうしたの?カオリ。具合でも悪い?」
「え?別にどこも悪くないけど、何でそんな心配そうな顔?」
「だって、こんなに早起き…」
「ほら、やっぱりミオも思ってた」
ケタケタと隣でショウコが笑う。ミオも釣られて笑うけれど、私は何か腑に落ちない。
そんなにだらけた生活を送ってるつもりはないのに。
納得は行かないけれど、笑ってるならいいかと私は神殿に足を向ける。
それに二人がついてくる。
「あ、そうそう。カオリ。言い忘れてた事があるんだけど」
「あ、私もある」
「二人して?一体何?」
「言おうかどうしようか迷ったんだけど」
「うん。私もよ、ミオ」
二人共深刻な顔をしている。これは何かヤバい事?警戒した方が良いみたいね。
「大丈夫。迷う必要はないわ。教えて」
「カオリ…分かったわ。意を決して言うわね。良いわよね?ショウコ」
「勿論よ」
ごくっとミオが唾を嚥下する音が聞こえて、私はミオの次の言葉をじっと待った。そして、聞かされた言葉は衝撃の一言だった。
「カオリ。口の周りにパン屑が一杯ついてるわ」
へっ!?
慌てて神殿側に流れている水路の水に自分の姿を映して、きゃーーーーっ!?
「早く言いなさいよーーーっ!!」
「ファッションかと思って」
「んな訳ないでしょーーーっ!!」
「皆に見せびらかしたいのかと思って」
「ぎゃーーーーっ!!皆に見られてるーーーっ!?」
水に手を突っ込んで顔にバシャバシャかける。
とれたっ!?全部とれたっ!?
やだっ!?髪にもついてるじゃないっ!?ひーーーっ!?
もう頭突っ込んじゃえーっ!!
ジャボッ!!
……ブクブクブク…。
「ちょっ!カオリっ!?」
「場所っ!場所考えなさいよっ!」
ぶーくぶーくぶーく…。
恥ずかしくて顔が熱い。熱が下がるまで、息が続く限り顔突っ込んでてやろうかな。
ぐいぐいと体が引っ張られるけど、力が一番強い私には二人は敵わない。
ひょいっ。
あれ?
ざばっと水から体ごと引き上げられて驚く。
私の体を持ちあげれる力なんて二人にあったっけ?
疑問を覚え、水を滴らせたまま、自分の腕に回された腕を見ると、男の手。
「バカ兄じゃない。なんでここにいるの?」
「リョウイチに呼ばれたんだよ。それより、カオリは何故水路に首を突っ込んでるのかな?」
「首を突っ込むと言うか、顔を洗ってたと言うか…」
「洗ってた?」
首を傾げた赤髪の男は、私の顔を覗き込んで、あぁと何か合点がいったと言う風に頷き笑った。
「そう言えば、街ですれ違った人が話していたよ。掲示板の前で何を話しているのかと思えば、時の巫女が一人、華巫女が顔中にパン屑つけて笑いかけてくれたって。あまりに無邪気で可愛かったって皆が」
「うきゃああああああっ!!」
恥ずかしさ復活っ!!やめてーーーっ!!これ以上言わないでーーーっ!!
「もうお嫁に行けないぃーっ!!」
「だったら私が貰うから何も問題ないよ」
「それはそれで嫌ーーーっ!!」
「酷いな、カオリ。よいしょっと」
私を肩に担ぎあげて、そんな私は顔を両手で隠したまま。顔はもう出せない。仮面を作ろう。そうしよう。
ぶつぶつと呟く私を無視して、三人は神殿の中へと入った。
真っ直ぐリョウイチがいるであろう書庫へと向かう二人と、担がれたままの私の四人で固まって向かうと、丁度書庫からリョウイチが出て来た。
「…えっと、マコト?想像は出来るし予測も出来るけど、一応聞いていいかな?その状況は一体?」
「想像通りで間違いないだろう」
「あぁ、やっぱり。カオリ。だから言ってるだろう?家を出る前に鏡はちゃんと見ないと駄目だって」
「うぅ…。今見に沁みて実感してるわ」
マコトに降ろして貰って、心から反省する。今度からは絶対鏡見てから家を出ます。絶対に。
リョウイチに頭を撫でられて、マコトに背中をポンポンと叩かれて慰められる。それがまた恥ずかしいって事、解ってる?
「それより、カオリ?こんな時間におれの所に来るって事は、何か用があったんだろう?」
「あ、そうだったわ。実はね、私の部屋に【迷い人】がいて」
「成程。ならおれが探しに行くのが良いね。行ってくるよ」
「うん。よろしく」
リョウイチはさっさと歩いて行った。それを見送り、早くついたのだからと仕事をする事にした。
私達巫女の仕事は、【迷い人】の管理や、【能力者(クロノス)】の補佐等色々あるが、一番は成人した女性の割り当てだ。私達が誰が誰にあっているか査定して、能力者の補佐を決める。だからこそ、男が持っている能力も管理しなければいけないから、…要はお役所仕事って所でしょう。
本当なら時間交代制で三人で回すんだけど、今、ミオとショウコは妊娠中だから。二人共まだお腹目立ってはいないけどね。リョウイチが言うには、二人のお腹に新しい時の流れを感じるって言ってたから、間違いないと思う。
と言う訳で今私は三人で回していた仕事を全て引き受けている。
神殿の割り当てられた間へ入り、そこで訪れる成人したての女の子に指示を出す。因みにこの世界の成人は10歳である。
早く出勤した所為か、仕事は順調に終わり、家へ帰宅する事が出来た。
そして翌日。
今日はしっかりと鏡を見てから出勤した。
どうやら神殿にリョウイチは既に来ているらしく、しかも記憶の間にいるらしい。先に来ていたミオとショウコと合流し記憶の間へ急ぐ。
記憶の間にいると言う事は迷い人を帰そうとしてるって事で、私達はリョウイチの補佐をする為にも急ぎその場へと向かった。
リョウイチは二人の迷い人(しかも一方は昨日私の部屋にいた女性)と話しをしていた。まだ帰していないと言う事は…簡易帰還では帰せない人って事ね。
「リョウイチっ」
「リョウイチ様っ」
「リョウイチ様」
三人で駆け寄り、リョウイチの側へ寄ると膝をついて、手を合わせて指を組む。そして頭を下げた。
「おはよう」
にっこりと微笑むリョウイチに私達は一瞬戸惑う。ここまで機嫌が良いリョウイチも珍しい。理由を聞きたい所だけど今はそれよりも。
「帰還出来なかったの?」
「あぁ、うん。ちょっと女の子の方が複雑でね。帰還方法を書庫で探して来ないといけない」
「そこまで複雑な人って珍しいね」
「………そうだね。嬉しいやら悲しいやら複雑な気分にさせられるよ」
リョウイチの言葉を理解出来ず私達は首を傾げた。
リョウイチは何も語ってくれないみたいだから、それ以上口を挟むことはせずに、私は仲良さげな迷い人の二人を見た。
すると彼女の方が私の視線に気付き、にっこりと可愛い顔で微笑むので私も笑顔で返す。手を振られたので、振り返すとまた嬉しそうに笑った。可愛い。何故かしら?可愛い女性なんて沢山いるのに、彼女が特に可愛く感じるのは…。
私が彼女をじっと見つめていると、ミオが迷い人の言葉を理解したらしく、会話をし始めた。
一体何を話しているのか解らないけれど、どちらにせよ口を挟めないし、リョウイチ達の会話が終わるのを待つ。
彼女がふよふよと浮かんでいるのを眺めていると、やっと会話が終了したのかリョウイチはこっちを見て、
「おれはちょっと書庫へ行ってくるよ。巫女、二人を頼んだよ」
と真剣な顔をして言うので、「了解」と三人で頷いた。
「それじゃあ、どうしましょうか?」
「仕事は私が引き受けるわよ?」
「でも、カオリ」
「でもも何も他に選択肢ないでしょう?ミオもショウコも今は神殿に挨拶に来る以外仕事は禁止されているでしょ?」
妊娠している間は、祈りの間で祈りを捧げる以外の仕事をする事は禁じられている。だから私が引き受けるのは当然の事で。
「けど、カオリがいないと迷い人の姿を確認する事が出来ないわ。私は触れる事が出来るけれど、それだとずっとどこかしらに触れていないといけない事になるし」
「ミオがいるじゃない?」
「私は、声が聞こえるだけで何処にいるか解らないし、何かあった時直ぐに対応出来ないから」
「そう言われれば、そうね…」
三人で顔を突き合わせ悩んでいると、ふよふよと私の上に彼女が現れた。
実際に感触はないのだけれど、背中から抱きしめれれる様に首に腕を巻かれる。
『※※※※※?』
解らない言語だ。けれどミオは理解している為、直ぐに返事をする。
「迷い人はなんて?」
「『仕事があるなら待ってるよ~。どうせなら観光しつつ待ってる~♪』ですって」
私が横にある彼女の顔を見ると、やはりにっこりと微笑んでいる。
理解あるのね…。
ならばお言葉に甘えよう。
ミオを通じて、仕事の終了時間と行ってはいけない場所、それから待ち合わせ場所を伝えると、彼女達は頷いて天井をすり抜けて行った。
しかしいくら理解あると言えど、あまり待たせる訳にはいかない。
私はいつもの倍のスピードで今日の仕事を終わらせた。
迎えに行くべきかしら?
そうも思ったけれど、入れ違いになるといけないので、待っていようと待ち合わせ場所である神殿の前へと向かった。
あら?もう既に皆集まってるわ。
ミオとショウコの間に迷い人である彼女が座って、その彼女を守る様に彼が後ろから抱きしめる様に座っている。
にしても楽しそうね。何を話しているのかしら?と言うか、混ぜてー。
少し駆け足で四人の所へ向かうと、あちらも私に気付いたのかこっちを向いて手招きしていた。
「お待たせっ」
「大丈夫よ。むしろ早くて驚いたわ。それより聞いてっ。彼女ミスズって言うらしいんだけど、話し方と良い、考え方と良い、カオリにそっくりなのよ」
「私に?」
「えぇ。私も直接的に話しが出来た訳じゃないんだけど、行動とか見てるとカオリと被るの。面白いわ」
ええー?
マジマジと彼女を見ると、彼女もこっちを見詰め微笑んだ。
そうかしら?彼女の方が圧倒的に可愛いと思うんだけど。こう…ぎゅっと抱きしめたくなる可愛さと言うか…。
「あ、それでねっ、カオリ」
「なに?」
「さっきミスズちゃんとも話してたんだけど。今日私達カオリの家にお泊りしても良いかしら?」
「それは構わないけど、二人共旦那は?」
「二人共討伐隊参加でいないのよ」
そう言えば、二人の旦那の能力は攻撃特化だものね。そして一昨日から街の外にいる亡者達が荒れているって回ってきた陳情にもあったし。だからマコトもいないのよね。すっかり忘れてた。
「確かに一人でいるよりは安全よね。じゃあ今日は皆でパジャマパーティしましょうか」
同時にミオに訳して貰い、ミスズへ伝えると彼女も嬉しそうに万歳して…その手が後ろの彼の顎へ直撃したのは可哀想としか言いようがない。
早速今日のパジャマパーティの買い出しをして、私達は帰宅した。
女四人の中に男一人は可哀想なので、ナツメと言う彼にはリョウイチの所へ行って貰う事にした。
料理能力が皆無の私は、ミオとショウコに食事を作って貰い、それをテーブルに並べて行く。ミスズは作られている料理に興味があるのか、作られている過程を上から真剣に眺めている。
こうして三人で集まって騒ぐのはいつ以来かしら?
二人が妊娠する前からだから…。
記憶を巡らせるように、上を向くとミスズの顔が。驚いて目を丸くすると、嬉しそうにミスズが笑い、その笑顔が可愛くて釣られて私も笑ってしまう。
料理が完成して、皆が席につくと食事を開始した。
「おいしいっ。相変わらず二人の作るご飯は美味しいわっ!」
「私達が作るのが美味しいんじゃなくて、カオリが作る料理が不味過ぎるのよ」
「そうそう。いつも余計な一手間を加えるんだから。え?そうなの?ミスズが『私のママも料理は壊滅的だよ~。因みに壊滅させられるのは周りね』ですって」
「名前が一緒だと中身も似るのかしら?」
「ちょっとショウコ。カオリ以外の全てのカオリさんに滅茶苦茶失礼な事言っちゃダメよ」
「ミオ。その言葉だと私には失礼なこと言って良い事になるんだけど」
「そうよ?」
「言い放題よ?」
「あっらーっ?そんな事言っちゃう?二人共」
「ミスズが『諦めろ』ですって」
「ミスズまでっ!?三人共酷いわっ!!」
「『酷いって言いながら笑ってるじゃない』ってミスズが」
ミスズの言葉を聞いて、知らず私達は笑い合っていた。
楽しいパジャマパーティは、その日だけで終わらず、ミオとショウコの旦那が戻るまで暫く毎夜行われた。
毎日を楽しく過ごし、夜が待ち遠しくなるなんて初めてだった。そんな充実な日々を過ごして数日。
今日も今日とて楽しい食事を過ごして、皆でベッドに入り眠りにつく。簡易ベッドを運びこんで、二つくっつけて大きなベッドにして三人川の字で眠りにつく。そしてそんな私達の上でふよふよと浮かびながらミスズは窓の外を眺め、スッと外へと消えて行く。
一体何処へ行くのか。気になって一度後を追った時、ミスズはナツメと二人屋根の上で抱き締め合っていた。直ぐに二人の関係を理解し恋人同士の邪魔をすまいと撤収したのも記憶に新しい。
今日もきっと同じだろう。
そう思っていたのだけれど―――今日の夜は違った…。
外に出て行った筈のミスズが、天井をすり抜けて血相を変えて戻って来たのだ。
いつもミスズが出て行くのを見届けてから本格的な眠りに入る私は、直ぐに体を起こしミスズに答えようとしたが何分言葉が解らない。
非常事態だっ、ミオもショウコも起こそうっ!
まずはミオを起こして、ミスズの言葉を聞いてくれている内にショウコも起こす。
「カオリっ!【亡者】が街の中へ入りこんだそうよっ!しかもバカ兄達が追い詰められてるってっ!」
「何ですってっ!?」
毛布を剥いで、急いで着替えてクローゼットの中にあるグローブを手に装備して、
「ミオ、ショウコっ!私が出たらすぐに鍵を閉めるのよっ!良いわねっ!?」
「待ってっ!カオリっ!危ないわっ!」
「場所も解らないのに闇雲に走っていたら返って危険よっ!」
止められそうになるが、それを制止したのはミスズだった。
「『私が案内する』って…ミスズ」
「でも、そうね。ミスズなら案内も出来るし何処へでも逃げれるわ」
ミスズとミオが会話をして頷き合い、そしてミスズは壁をすり抜けた。
それを視線で追い掛けてから、私も直ぐに家を飛び出した。
ミスズの後を全力で追い掛ける。
私の耳に微かだけど、戦いの音が届き始めた。
音がするのは…街の南口。そちらは、【黒雨平原(こくうへいげん)】がある。…場所が悪いわね。
黒雨平原は、月に一度平原の名の通り、黒い雨が降る。その雨は【亡者】を呼び覚ますのだ。
【亡者】とは【迷い人】のなれの果て。帰る事が出来なかった迷い人がそのまま元の世界との繋がりが切れ、自我を失い、自分の体の代わりを求め人を襲いだす。本来は大量に亡者が現れることはない。だけど、黒い雨はその亡者を呼び寄せる力がある。どんなに遠くにいても呼び寄せてしまうのだ。
本来はマコトやミオ、ショウコの旦那がいる討伐隊が亡者を浄化しているのだが、黒雨平原にいるのであれば話が別。
雨が止むまで、亡者は湧き続ける。
それに対処出来るのは、【忘却】の力を持つ私だけ。
私は南口を抜けて、黒い雨の降る場所へと急ぐ。ただし、
「ミスズッ!」
足を止めて、前を飛ぶミスズを呼ぶ。
ミオを通じて覚えた言葉を口にした。
「キケンッ!!リョウイチッ、呼ブッ!!」
あっているかしら?
例え合っていないくても、ミスズは賢い。きっと通じる筈。
私は真っ直ぐミスズの目を見た。
ミスズはゆっくりと頷くと、今来た道を急ぎ戻って行く。
良かった。通じた。
姿が小さくなっていくミスズを見届け、再び走りだす。
亡者の見た目は、足のない人の姿。正し、瞳がない。目の部分が闇そのもの。
「くそっ!!こいつらっ!!」
「もう少し持ちこたえろっ!きっと直ぐに応援がっ!」
斬りつけても斬りつけても消える事のない亡者。当然だ。
だって、そこにあるのは魂のみなのだから。精神体なのだから。
でも、私には関係ない。
ぎゅっと拳を握り、亡者を力の限り殴りつける。
――ジュワッ。
音がして、亡者の姿は水蒸気の様に消える。
「来たわよっ!マコトっ!!」
叫ぶと、マコトがこちらを見て駆け寄ってきた。
「助かったっ、カオリっ」
「今、リョウイチに援護を要請したわっ。私も出来うる限り浄化していくけど、援護よろしくっ」
「任せてくれっ」
亡者は、自分の体を求める。それは何故か。亡者の中にある己の体に対する【記憶】があるから。そして私にはその記憶を【忘却】させる力がリョウイチから与えられている。亡者を記憶から解放する事で、浄化させることが出来るのだ。
「行くわよっ、マコトっ」
「あぁっ!」
パンッ。
拳を片手にぶつけ、気合を入れ私は戦いへと赴いた。
普通は頭上で気配なんてあり得ないのは解ってるけれど、この世界だとこの状況がごくごくまれにある。
今回は一体どんな奴?
寝ているふりをしながら、毛布越しに姿を確認すると、そこには珍しい程に美しい女の子が異国の服を着て回転していた。
生憎と私に【迷い人】の声を聞く事が出来ないから、何をしているのか、何を叫んでいるのか判断つかないが。
回転して回転して最終的には屋根をすり抜けて出て行ってしまった。
「…一応、リョウイチに報告しないといけないわね」
ハッキリ言いましょうっ!
めんどくさいっ!
最近リョウイチがいつも以上に面倒なのよね。
やたらと花をくれるし、いくら華巫女だからって私が花好きとは限らないんだけど?
そう言えば、花以外にもプレゼントくれる回数も増えたっけ?……服や宝飾品が多いけど…クローゼットに入らないからこんなにいらない。
……何だか鬱陶しい。
朝だと言うのになんでこんな鬱鬱としなきゃいけないのよ。
起きよう。起きてさっさと今日の仕事をこなしましょう。
毛布を剥いで、ベッドの脇に足を降ろして立ち上がる。必要な準備だけをして、部屋を出た。
一歩歩くたびにシャランと腕に嵌めたブレスレットがぶつかって音を響かせる。
寝室を出て軽く朝食のパンを10個食べて家を出た。片づけ?後でするわ。多分、きっと。
家に鍵をかけて、外に出て数歩歩くと、目の前を歩く黒髪が目に入った。この世界で黒髪は珍しく直ぐに誰だか分かった。
「ショウコっ!」
名を呼ぶと、驚く事もなく顔だけこちらに向けてにっこりと笑った。
「おはよう、カオリ」
「おはよっ」
少し足を速めて隣に立ち並んで歩く。
「どうしたの?いつもこの時間はまだご飯食べてる時間じゃない?」
「そうなんだけどね。部屋に迷い人が出て。リョウイチに報告しなきゃって思って」
「あぁ、そういうこと。そうよね、そうじゃなきゃカオリが早起きしてリョウイチ様に会いに行くなんて事あり得ないものね」
「あり得ないは言い過ぎじゃない?ただちょっと、人より多く寝て、人より多く食べて、人よりリョウイチの扱いが雑なだけよ?」
「それだけあれば十分だわ。リョウイチ様ももう少しカオリの人となりを学ばないと、落とすに落とせないわよね…」
「うん?何か言った?ショウコ」
「いいえ?空耳じゃない?カオリもすっかりボケたわねぇ」
「ちょっ、誤魔化し方が酷過ぎるっ」
じゃれ合いながら、笑い合いながら私とショウコは神殿へと向かった。
礼をしてくれたり話かけてくれる人に挨拶を返しながら歩いていると、反対側から歩いてくるプラチナ髪の女性。
「ミオっ、おはようっ」
「おはよっ、カオリっ」
手を振って駆け寄ってくれたミオを足を止めて笑顔で受け入れる。
「どうしたの?カオリ。具合でも悪い?」
「え?別にどこも悪くないけど、何でそんな心配そうな顔?」
「だって、こんなに早起き…」
「ほら、やっぱりミオも思ってた」
ケタケタと隣でショウコが笑う。ミオも釣られて笑うけれど、私は何か腑に落ちない。
そんなにだらけた生活を送ってるつもりはないのに。
納得は行かないけれど、笑ってるならいいかと私は神殿に足を向ける。
それに二人がついてくる。
「あ、そうそう。カオリ。言い忘れてた事があるんだけど」
「あ、私もある」
「二人して?一体何?」
「言おうかどうしようか迷ったんだけど」
「うん。私もよ、ミオ」
二人共深刻な顔をしている。これは何かヤバい事?警戒した方が良いみたいね。
「大丈夫。迷う必要はないわ。教えて」
「カオリ…分かったわ。意を決して言うわね。良いわよね?ショウコ」
「勿論よ」
ごくっとミオが唾を嚥下する音が聞こえて、私はミオの次の言葉をじっと待った。そして、聞かされた言葉は衝撃の一言だった。
「カオリ。口の周りにパン屑が一杯ついてるわ」
へっ!?
慌てて神殿側に流れている水路の水に自分の姿を映して、きゃーーーーっ!?
「早く言いなさいよーーーっ!!」
「ファッションかと思って」
「んな訳ないでしょーーーっ!!」
「皆に見せびらかしたいのかと思って」
「ぎゃーーーーっ!!皆に見られてるーーーっ!?」
水に手を突っ込んで顔にバシャバシャかける。
とれたっ!?全部とれたっ!?
やだっ!?髪にもついてるじゃないっ!?ひーーーっ!?
もう頭突っ込んじゃえーっ!!
ジャボッ!!
……ブクブクブク…。
「ちょっ!カオリっ!?」
「場所っ!場所考えなさいよっ!」
ぶーくぶーくぶーく…。
恥ずかしくて顔が熱い。熱が下がるまで、息が続く限り顔突っ込んでてやろうかな。
ぐいぐいと体が引っ張られるけど、力が一番強い私には二人は敵わない。
ひょいっ。
あれ?
ざばっと水から体ごと引き上げられて驚く。
私の体を持ちあげれる力なんて二人にあったっけ?
疑問を覚え、水を滴らせたまま、自分の腕に回された腕を見ると、男の手。
「バカ兄じゃない。なんでここにいるの?」
「リョウイチに呼ばれたんだよ。それより、カオリは何故水路に首を突っ込んでるのかな?」
「首を突っ込むと言うか、顔を洗ってたと言うか…」
「洗ってた?」
首を傾げた赤髪の男は、私の顔を覗き込んで、あぁと何か合点がいったと言う風に頷き笑った。
「そう言えば、街ですれ違った人が話していたよ。掲示板の前で何を話しているのかと思えば、時の巫女が一人、華巫女が顔中にパン屑つけて笑いかけてくれたって。あまりに無邪気で可愛かったって皆が」
「うきゃああああああっ!!」
恥ずかしさ復活っ!!やめてーーーっ!!これ以上言わないでーーーっ!!
「もうお嫁に行けないぃーっ!!」
「だったら私が貰うから何も問題ないよ」
「それはそれで嫌ーーーっ!!」
「酷いな、カオリ。よいしょっと」
私を肩に担ぎあげて、そんな私は顔を両手で隠したまま。顔はもう出せない。仮面を作ろう。そうしよう。
ぶつぶつと呟く私を無視して、三人は神殿の中へと入った。
真っ直ぐリョウイチがいるであろう書庫へと向かう二人と、担がれたままの私の四人で固まって向かうと、丁度書庫からリョウイチが出て来た。
「…えっと、マコト?想像は出来るし予測も出来るけど、一応聞いていいかな?その状況は一体?」
「想像通りで間違いないだろう」
「あぁ、やっぱり。カオリ。だから言ってるだろう?家を出る前に鏡はちゃんと見ないと駄目だって」
「うぅ…。今見に沁みて実感してるわ」
マコトに降ろして貰って、心から反省する。今度からは絶対鏡見てから家を出ます。絶対に。
リョウイチに頭を撫でられて、マコトに背中をポンポンと叩かれて慰められる。それがまた恥ずかしいって事、解ってる?
「それより、カオリ?こんな時間におれの所に来るって事は、何か用があったんだろう?」
「あ、そうだったわ。実はね、私の部屋に【迷い人】がいて」
「成程。ならおれが探しに行くのが良いね。行ってくるよ」
「うん。よろしく」
リョウイチはさっさと歩いて行った。それを見送り、早くついたのだからと仕事をする事にした。
私達巫女の仕事は、【迷い人】の管理や、【能力者(クロノス)】の補佐等色々あるが、一番は成人した女性の割り当てだ。私達が誰が誰にあっているか査定して、能力者の補佐を決める。だからこそ、男が持っている能力も管理しなければいけないから、…要はお役所仕事って所でしょう。
本当なら時間交代制で三人で回すんだけど、今、ミオとショウコは妊娠中だから。二人共まだお腹目立ってはいないけどね。リョウイチが言うには、二人のお腹に新しい時の流れを感じるって言ってたから、間違いないと思う。
と言う訳で今私は三人で回していた仕事を全て引き受けている。
神殿の割り当てられた間へ入り、そこで訪れる成人したての女の子に指示を出す。因みにこの世界の成人は10歳である。
早く出勤した所為か、仕事は順調に終わり、家へ帰宅する事が出来た。
そして翌日。
今日はしっかりと鏡を見てから出勤した。
どうやら神殿にリョウイチは既に来ているらしく、しかも記憶の間にいるらしい。先に来ていたミオとショウコと合流し記憶の間へ急ぐ。
記憶の間にいると言う事は迷い人を帰そうとしてるって事で、私達はリョウイチの補佐をする為にも急ぎその場へと向かった。
リョウイチは二人の迷い人(しかも一方は昨日私の部屋にいた女性)と話しをしていた。まだ帰していないと言う事は…簡易帰還では帰せない人って事ね。
「リョウイチっ」
「リョウイチ様っ」
「リョウイチ様」
三人で駆け寄り、リョウイチの側へ寄ると膝をついて、手を合わせて指を組む。そして頭を下げた。
「おはよう」
にっこりと微笑むリョウイチに私達は一瞬戸惑う。ここまで機嫌が良いリョウイチも珍しい。理由を聞きたい所だけど今はそれよりも。
「帰還出来なかったの?」
「あぁ、うん。ちょっと女の子の方が複雑でね。帰還方法を書庫で探して来ないといけない」
「そこまで複雑な人って珍しいね」
「………そうだね。嬉しいやら悲しいやら複雑な気分にさせられるよ」
リョウイチの言葉を理解出来ず私達は首を傾げた。
リョウイチは何も語ってくれないみたいだから、それ以上口を挟むことはせずに、私は仲良さげな迷い人の二人を見た。
すると彼女の方が私の視線に気付き、にっこりと可愛い顔で微笑むので私も笑顔で返す。手を振られたので、振り返すとまた嬉しそうに笑った。可愛い。何故かしら?可愛い女性なんて沢山いるのに、彼女が特に可愛く感じるのは…。
私が彼女をじっと見つめていると、ミオが迷い人の言葉を理解したらしく、会話をし始めた。
一体何を話しているのか解らないけれど、どちらにせよ口を挟めないし、リョウイチ達の会話が終わるのを待つ。
彼女がふよふよと浮かんでいるのを眺めていると、やっと会話が終了したのかリョウイチはこっちを見て、
「おれはちょっと書庫へ行ってくるよ。巫女、二人を頼んだよ」
と真剣な顔をして言うので、「了解」と三人で頷いた。
「それじゃあ、どうしましょうか?」
「仕事は私が引き受けるわよ?」
「でも、カオリ」
「でもも何も他に選択肢ないでしょう?ミオもショウコも今は神殿に挨拶に来る以外仕事は禁止されているでしょ?」
妊娠している間は、祈りの間で祈りを捧げる以外の仕事をする事は禁じられている。だから私が引き受けるのは当然の事で。
「けど、カオリがいないと迷い人の姿を確認する事が出来ないわ。私は触れる事が出来るけれど、それだとずっとどこかしらに触れていないといけない事になるし」
「ミオがいるじゃない?」
「私は、声が聞こえるだけで何処にいるか解らないし、何かあった時直ぐに対応出来ないから」
「そう言われれば、そうね…」
三人で顔を突き合わせ悩んでいると、ふよふよと私の上に彼女が現れた。
実際に感触はないのだけれど、背中から抱きしめれれる様に首に腕を巻かれる。
『※※※※※?』
解らない言語だ。けれどミオは理解している為、直ぐに返事をする。
「迷い人はなんて?」
「『仕事があるなら待ってるよ~。どうせなら観光しつつ待ってる~♪』ですって」
私が横にある彼女の顔を見ると、やはりにっこりと微笑んでいる。
理解あるのね…。
ならばお言葉に甘えよう。
ミオを通じて、仕事の終了時間と行ってはいけない場所、それから待ち合わせ場所を伝えると、彼女達は頷いて天井をすり抜けて行った。
しかしいくら理解あると言えど、あまり待たせる訳にはいかない。
私はいつもの倍のスピードで今日の仕事を終わらせた。
迎えに行くべきかしら?
そうも思ったけれど、入れ違いになるといけないので、待っていようと待ち合わせ場所である神殿の前へと向かった。
あら?もう既に皆集まってるわ。
ミオとショウコの間に迷い人である彼女が座って、その彼女を守る様に彼が後ろから抱きしめる様に座っている。
にしても楽しそうね。何を話しているのかしら?と言うか、混ぜてー。
少し駆け足で四人の所へ向かうと、あちらも私に気付いたのかこっちを向いて手招きしていた。
「お待たせっ」
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「確かに一人でいるよりは安全よね。じゃあ今日は皆でパジャマパーティしましょうか」
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早速今日のパジャマパーティの買い出しをして、私達は帰宅した。
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料理能力が皆無の私は、ミオとショウコに食事を作って貰い、それをテーブルに並べて行く。ミスズは作られている料理に興味があるのか、作られている過程を上から真剣に眺めている。
こうして三人で集まって騒ぐのはいつ以来かしら?
二人が妊娠する前からだから…。
記憶を巡らせるように、上を向くとミスズの顔が。驚いて目を丸くすると、嬉しそうにミスズが笑い、その笑顔が可愛くて釣られて私も笑ってしまう。
料理が完成して、皆が席につくと食事を開始した。
「おいしいっ。相変わらず二人の作るご飯は美味しいわっ!」
「私達が作るのが美味しいんじゃなくて、カオリが作る料理が不味過ぎるのよ」
「そうそう。いつも余計な一手間を加えるんだから。え?そうなの?ミスズが『私のママも料理は壊滅的だよ~。因みに壊滅させられるのは周りね』ですって」
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「ちょっとショウコ。カオリ以外の全てのカオリさんに滅茶苦茶失礼な事言っちゃダメよ」
「ミオ。その言葉だと私には失礼なこと言って良い事になるんだけど」
「そうよ?」
「言い放題よ?」
「あっらーっ?そんな事言っちゃう?二人共」
「ミスズが『諦めろ』ですって」
「ミスズまでっ!?三人共酷いわっ!!」
「『酷いって言いながら笑ってるじゃない』ってミスズが」
ミスズの言葉を聞いて、知らず私達は笑い合っていた。
楽しいパジャマパーティは、その日だけで終わらず、ミオとショウコの旦那が戻るまで暫く毎夜行われた。
毎日を楽しく過ごし、夜が待ち遠しくなるなんて初めてだった。そんな充実な日々を過ごして数日。
今日も今日とて楽しい食事を過ごして、皆でベッドに入り眠りにつく。簡易ベッドを運びこんで、二つくっつけて大きなベッドにして三人川の字で眠りにつく。そしてそんな私達の上でふよふよと浮かびながらミスズは窓の外を眺め、スッと外へと消えて行く。
一体何処へ行くのか。気になって一度後を追った時、ミスズはナツメと二人屋根の上で抱き締め合っていた。直ぐに二人の関係を理解し恋人同士の邪魔をすまいと撤収したのも記憶に新しい。
今日もきっと同じだろう。
そう思っていたのだけれど―――今日の夜は違った…。
外に出て行った筈のミスズが、天井をすり抜けて血相を変えて戻って来たのだ。
いつもミスズが出て行くのを見届けてから本格的な眠りに入る私は、直ぐに体を起こしミスズに答えようとしたが何分言葉が解らない。
非常事態だっ、ミオもショウコも起こそうっ!
まずはミオを起こして、ミスズの言葉を聞いてくれている内にショウコも起こす。
「カオリっ!【亡者】が街の中へ入りこんだそうよっ!しかもバカ兄達が追い詰められてるってっ!」
「何ですってっ!?」
毛布を剥いで、急いで着替えてクローゼットの中にあるグローブを手に装備して、
「ミオ、ショウコっ!私が出たらすぐに鍵を閉めるのよっ!良いわねっ!?」
「待ってっ!カオリっ!危ないわっ!」
「場所も解らないのに闇雲に走っていたら返って危険よっ!」
止められそうになるが、それを制止したのはミスズだった。
「『私が案内する』って…ミスズ」
「でも、そうね。ミスズなら案内も出来るし何処へでも逃げれるわ」
ミスズとミオが会話をして頷き合い、そしてミスズは壁をすり抜けた。
それを視線で追い掛けてから、私も直ぐに家を飛び出した。
ミスズの後を全力で追い掛ける。
私の耳に微かだけど、戦いの音が届き始めた。
音がするのは…街の南口。そちらは、【黒雨平原(こくうへいげん)】がある。…場所が悪いわね。
黒雨平原は、月に一度平原の名の通り、黒い雨が降る。その雨は【亡者】を呼び覚ますのだ。
【亡者】とは【迷い人】のなれの果て。帰る事が出来なかった迷い人がそのまま元の世界との繋がりが切れ、自我を失い、自分の体の代わりを求め人を襲いだす。本来は大量に亡者が現れることはない。だけど、黒い雨はその亡者を呼び寄せる力がある。どんなに遠くにいても呼び寄せてしまうのだ。
本来はマコトやミオ、ショウコの旦那がいる討伐隊が亡者を浄化しているのだが、黒雨平原にいるのであれば話が別。
雨が止むまで、亡者は湧き続ける。
それに対処出来るのは、【忘却】の力を持つ私だけ。
私は南口を抜けて、黒い雨の降る場所へと急ぐ。ただし、
「ミスズッ!」
足を止めて、前を飛ぶミスズを呼ぶ。
ミオを通じて覚えた言葉を口にした。
「キケンッ!!リョウイチッ、呼ブッ!!」
あっているかしら?
例え合っていないくても、ミスズは賢い。きっと通じる筈。
私は真っ直ぐミスズの目を見た。
ミスズはゆっくりと頷くと、今来た道を急ぎ戻って行く。
良かった。通じた。
姿が小さくなっていくミスズを見届け、再び走りだす。
亡者の見た目は、足のない人の姿。正し、瞳がない。目の部分が闇そのもの。
「くそっ!!こいつらっ!!」
「もう少し持ちこたえろっ!きっと直ぐに応援がっ!」
斬りつけても斬りつけても消える事のない亡者。当然だ。
だって、そこにあるのは魂のみなのだから。精神体なのだから。
でも、私には関係ない。
ぎゅっと拳を握り、亡者を力の限り殴りつける。
――ジュワッ。
音がして、亡者の姿は水蒸気の様に消える。
「来たわよっ!マコトっ!!」
叫ぶと、マコトがこちらを見て駆け寄ってきた。
「助かったっ、カオリっ」
「今、リョウイチに援護を要請したわっ。私も出来うる限り浄化していくけど、援護よろしくっ」
「任せてくれっ」
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「行くわよっ、マコトっ」
「あぁっ!」
パンッ。
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