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最終章 未来への選択編
※※※
しおりを挟む「それじゃあ、鴇お兄ちゃん。行ってくるね」
「あぁ、気を付けろよ」
「うんっ」
どちらからともなく、顔を近づけてキスをする。
……大学の校門前だって事は解ってるよ?解ってるけど…。
鴇お兄ちゃんと作戦会議をした翌日。鴇お兄ちゃんは大学まで送ってくれた。送ってくれた、んだけど…。
『美鈴。ほらこっちに来い』
『なぁに?鴇お兄ちゃん』
『男避けのキスさせろ』
とか言いながらキスを仕掛けてきたのです。流石に大学の前でそれはっ!って断固拒否ったら、
『なら、家の中でなら良いよな?』
とその翌日に、まだ寝惚けてベッドの上で目を擦ってる私にキスをして、首筋にキスマークまでつける始末。これはあかんっ!
鴇お兄ちゃんってこんなだっけっ?鷹村先輩の頃はストイックだったような…?
でもね、でもね…こんな鴇お兄ちゃんが可愛いなって、キスして貰えて幸せだなって思ってる私もいて…。
あぁ、うん。もうどうしようもないよね。分かってる。
だからね、いっそこうなったら受け入れちゃおうって思って。
鴇お兄ちゃんとキスして、大学の敷地内に入っていく。鴇お兄ちゃんは私が敷地内に入って誰かしらと合流したのを確認してから職場へと向かう。
「……なんてゆーか」
「本当なら衝撃受けなきゃいけない所だけど」
「美鈴ちゃんと鴇さんだと普通に、あ、くっついたんだ、で終わっちゃうよね」
「だな」
円と風間くん、華菜ちゃんと逢坂くんが何やら四人でヒソヒソと話している。
ごめんね、聞こえてる。
だってもう目の前にいるんだもん。私達は並んで校舎の中へと入っていく。
「あーあ。美鈴ちゃんもとうとう男のモノ、かぁ。憎いっ!」
「華菜。自分なんてもっと早い段階で男のモノになってるだろうが」
「それはそれっ!憎いっ!」
「でもさぁ、円。私だって、未だに逢坂くんマジ殺してぇっ、ってなる時あるよ?」
「し、白鳥。それは冗談だよな?な?」
「……さーてと。それじゃあ円。武蔵先生のお見舞いに行く日どり決めようか」
「うおーいっ!白鳥っ!?白鳥ぃっ!?」
「…やだ、素敵すぎ、美鈴ちゃん」
一つ言っておこう。七割は本気であるっ!
だって、だって華菜ちゃんって逢坂くんといる時、ほんとにほんっとーにっ!可愛いんだよっ!……殺意芽生えるでしょ?だから仕方ないと思うんだ。うん。
まだ講義の時間ではないからと私達は空き教室に向かい、いつもの様に中で話すことにした。
「私としては明日か明後日にしたい所なんだけど…」
「アタシは何時でも良いよ。バイトのシフトも夜からだしね」
「夜って…大丈夫なの?」
夜だよ?女一人で帰るんでしょ?危ないよ?幾ら風間くんって言う彼氏がいるからって…。
思っていると風間くんがくわっと。
「そうなんだよっ。聞いてくれよっ、白鳥っ。オレ毎日円に夜は危ないから止めろって言ってるのに聞かねーんだっ」
訴えてきた。まぁ、普通彼氏はそう思うよね?
「夜って言ったって、精々20時くらいまでだよ?そんな危なくないって」
「危ないんだっ!円を狙ってる男いるんだぞっ」
「は?」
「え?」
ちょっと待って。それ初耳。
「風間くん。ちょっとそこ詳しく」
「おうっ。円って今コンビニでバイトしてるだろ?オレいつも円を迎えに行くんだけどさ。ほら上がるまで時間があるから雑誌立ち読みしてんだ。そん時、必ずオレの隣に立つ男がいんだよっ!しかもチラチラと円の方見てんだっ!鼻息荒くっ!!」
……なんてこったい。
「……風間くん。私、良いもの持ってるの」
鞄を漁って…あ、あったあった。
そっと風間くんの手に握らせる。
「いーい?風間くん。これはスタンガンって言ってね?相手を痺れさせることが出来るの」
「おおっ!?すげーっ!?」
「こらこら、王子。ケンに一体何を」
「それからね。このスタンガンは金山さん特製で。このバッテリー横に隠されたボタンを押す事によって、電流が10倍に…。うふふ…これでどんな男もイチコロよ」
「こらーっ!王子っ!そのイチコロは意味が違うんじゃないかいっ!?」
うふふふ…。嫌だわ、円ったら。イチコロは一撃で殺すの意味に決まってるじゃないの…。
「ちょっとっ、王子の兄さん達っ!見てないで止めなよっ!」
あらやだ。円ったら焦っちゃって可愛いったら…うん?兄さん達?
くるっと振り返るとそこには双子のお兄ちゃんがニコニコと笑いながら立っていた。
「あれ?葵お兄ちゃん、棗お兄ちゃん、どうしたの?」
「僕達も今ちょうど講義がないんだ」
「樹も猪塚も留学しちゃったからね。僕達だけでいると、正直色々面倒で」
あぁ、成程ー。女が群がって来る訳だー。
しっかしこれも強制力と言えど、ほんと直ぐに行っちゃったな。優兎くん。来月の予定が一気に繰り上がって一昨日の夜の便で三人揃って行ってしまった。夏休み前には戻ってくるって言ってたけどさ。もしかしたらもっと早まるかもとも言っていたからいいけど。…寂しいよね。だって家族が一人いない訳だし…しょんぼり。
しょんぼりしている私の頭を撫でつつ、椅子を引いてお兄ちゃん達が隣に座る。
「所で葵さん、棗さん。美鈴ちゃんが鴇さんと付き合ってるって知ってるんですよね?」
「うん、勿論」
「知ってるよ。鴇兄さんがちゃんと皆の前で宣言してくれたから」
そうなのです。鴇お兄ちゃんはけじめだって言って。
いずれ俺が嫁に貰うと夕方の食卓にて宣言してくれました。
恥ずかしかったけど…それでもやっぱり嬉しかったな。
「あんなにはっきりと美鈴を貰うって言われるとね」
「そうだね。それに兄さんなら僕達も許せるよ」
「そうそう。鴇兄さんは昔から、今でも僕達の憧れだから。もし他の男だったり、鈴ちゃんが僕達を選んでくれたら話は別だけどね」
お兄ちゃん達…。優しい…。感動で涙がでそう。
「(…他の男。例えば樹先輩とかだったら?)」
「(……とりあえず、留学先から帰って来れないようにしないとね)」
「(例えば猪塚先輩とかだったら?)」
「(どんな仕事を押し付けようかな)」
「(例えば美鈴ちゃんが葵さんか棗さんを選んだら?)」
「(その時は全力で鴇兄さんとも戦うよ)」
「(鈴の選択した答えと言う事が何よりも一番大事なんだ)」
「(おおー)」
「(それに)」
「(うん。鈴ちゃんが鴇兄さんを選んだことによって、鈴ちゃんはずっと家にいてくれる訳だしね)」
「(そうそう。鴇兄さんは長男で家を出ないから、僕達が例え独り立ちして家を出ても、実家に帰ればいつでも会えるし)」
「(あー…)」
……ん?華菜ちゃんとお兄ちゃん達が何かひそひそと話してる?内緒話?
ポンッ。
うん?華菜ちゃん?どうしたの?私の肩に手を置いてゆったりと頭を振ってるけど。
「美鈴ちゃん。お兄さん達の愛は確かだよ。健在だった」
「ふみ?」
なんのこっちゃ?
一体何の話をしてたんだろう?
解らなくて感動でうるんでいた涙が引っ込んだ。
「えーっと…そうそう。王子。そろそろ本題に戻そう。何時にする?見舞い」
「あー…うん。明日でどう?今日の帰りにお見舞いの品買って行こうよ」
「了解。王子の今日の午後の予定は?」
「講義が一つ。それ以外はないよ」
「アタシもそうなんだ。じゃあ終わり次第…」
円とお見舞いの相談を詰めて行く。
鴇お兄ちゃんとママと私、三人で作戦会議をした時、決めた事がある。それは、攻略対象キャラであろうともなるべく他人を巻き込まない様にする事。
だから、双子のお兄ちゃん達も勿論、華菜ちゃんや円も武蔵先生へのお見舞いの意味を知らない。
知った事を知られたが最後、きっと狙われるから。それは絶対に避けたい。避けなきゃいけない。
私と鴇お兄ちゃんは今度こそ幸せになると誓ったんだ。その中には皆の祝福の下と言うのが当然含まれている。それには皆が生きているって事が最低条件だ。だから…教えない。例え感づかれたとしても決して私達の口からは語らない。
普通に恩師の見舞いに行く。
その態で話し合いを済ませ、時間は過ぎ、午後になった。
私は円と待ち合わせ、お見舞いの品を買いに商店街へと向かった。
何を買うかは事故の話を聞いた当日から、メールアプリのグループトークで皆で話し合っている。
お花は当日に華菜ちゃんの家で買うから良いとして。
雑貨屋さんに行って、武蔵先生が好きな香水を探す。…これもあのストーカーがずっと使っていた香水だ。
手に触れた瞬間にぞわりと鳥肌が立つ。思わず手に取った香水を戻して自分を抱きしめる様に両腕を擦った。
「王子?どうかした?」
「…うん。実は、この香水の香り苦手で…」
「あぁ、そうか。中学時代に来たあの気色悪いストーカーの手紙と同じ香りだからね。もし嫌ならアタシが買ってこようか?」
「お願いして、いいかな?」
「この位、お願いされるような事じゃないって。それじゃ行ってくる」
「うん。行ってらっしゃい」
円が香水を持って店内の奥へ歩いて行くのを見送りながら、私はそこに並んでいる香水を眺めていた。
「あれ?白鳥さん?」
ぞわっと鳥肌以上の寒気が私の体全身に走る。この声、は…。
振り返るとそこには都貴くんの姿があった。
ニコニコと微笑み、こちらへ歩いてくる。
『都貴静流にだけは油断するな』
『あいつがストーカーの初代だ』
鴇お兄ちゃんの言葉がぐるぐると脳内を支配する。
かと言ってここで可笑しな行動をとる訳には…いかないよね?
「……都貴くん?珍しいね、こんな場所にいるなんて」
「そう?」
不思議そうに首を傾げる。何て言うかこう見ると普通の男子なんだよね。
だけど、都貴社長の息子って事は結構お金持ちなんだろうし、優兎くんと話せるって事はそれなりのコミュ力がある訳で。…なのに、何で私なんかのストーカーになったのかな…?
じっと彼を観察していると、何故か恥ずかし気に視線を逸らされた。
「あ、あんまり見ないでくれるかな?白鳥さんみたいな美人に見られてると照れてしまうよ」
「ふみ?」
何をしようとしたのか分からないけど…分かりたくないけど、人にお酒飲ませて酔わせておいて、照れるとかおかしくない?
正直神経を疑う…。
近寄りたくないから一歩後ろへ退く。
「あ、そっか」
何がそっかなの?
もう一歩退く。
わっ!背中に香水の入ったガラス棚がぶつかった。あ、あれ?私二歩しか下がってないのに。
「だ、大丈夫?」
ち、近寄らないでっ!
と言いたいのに声が出ないから、とにかく触られないように距離をとる。
すると、…どうしてそんな悲しそうな顔するのよ。私が悪いみたいじゃない。うぅ…。
「もしかして、俺、嫌われてるのかな?」
「……嫌ってると言うか」
怖がってると言うか…。
なんて真正直には言えないよね。
「この前、その、醜態みせたじゃない?」
こうやって言い逃れるしかない。
そして、私の言った醜態。鴇お兄ちゃんにしたキス。聞きましたよ。えぇ、聞きましたとも。鴇お兄ちゃんから詳細をざっくりと。俺の前で以外は絶対に酒を飲むなとしっかりと注意されました。
と、今はそんな話はどうでもいいか。
今私がすべきは逃げる事。
「なんだ。恥ずかしがってたの?」
いや、全然。
「そんなの気にしなくていいのに。それにあのお酒用意したの俺だしね」
言われなくても知ってる。って言うか、何ケロっと言ってくれちゃってるの?言っとくけどそれ犯罪だからね?そもそも私も貴方も未成年だからね。
「あの時さ?親父はごり押ししてたけど俺的にはどっちでも良かったんだよ。白鳥さんが嫁さんになってもならなくても」
「…はぁ?」
「だけど、ちょっと悔しいんだよね。俺今まで欲しいと思ったもの手に入れられなかった事ないんだ」
……うん。やばいかもしれない。
この雰囲気。じりじりと迫ってくる感じ。本当に気持ち悪いぃっ!うえぇんっ!
「…白鳥さんさぁ?俺にだけ対応なんか違うよね?初めて会った時は男全員避けて歩いてた癖に、今は俺だけ避けて。しかも」
「ヒッ!?」
手、手ぇっ!?
掴まないでっ!!ひぃぃっ!!
「は、離してっ」
「……指輪まではめて…。一体何処の男に貰ったの?悔しいなぁ…。俺があげる筈だったのに…。この指に」
べちゃっ。
手が持ちあげられて、鴇お兄ちゃんに貰った指輪ごと薬指が舐められる。
「いやあああっ!!」
気持ち悪さが限界に達して、叫び声を上げた。
「王子っ!?」
私の為に早く会計を済ませて来てくれたのか、円が駆け寄って来てくれた。
すかさず私の指を舐めるそいつを突き飛ばして、私を抱き寄せてくれる。
「あんた…都貴静流、だったね。王子に何してんだい?」
「……何も?ただ、この間親父に連れられて見合いを受けさせられたんだ。その相手が白鳥さんで。これから長い付き合いになりそうだから、挨拶をと思ってね」
「挨拶?…嫌がる女を追い詰めて、舐めるのがアンタの挨拶かい?」
円がギッと都貴くんを…もう都貴で良いよね。都貴を睨みつける。
「知ってる?そういうのをセクハラって、もしくは性犯罪者って言うんだよ」
「ははっ、大袈裟な。ただちょっと話をして手を舐めただけだろ?」
「それでも、相手側が嫌な思いをしたなら立派な犯罪だ。この店の店長に掛け合って警察に突き出しても良いんだよ?」
円…カッコいいっ!
でも、心配にもなる。私の所為で目をつけられたら困るから。利用なんてされたら、円に傷一つでもつけらでもしたら…。そんな事になったら私は私を許せなくなる。
私も戦うって決めたじゃない。
それに…鴇お兄ちゃんは言っていた。こう言う時は直ぐに助けを呼べって。何時でも呼んで良いって。
ポケットから携帯を取りだして、私は直ぐに鴇お兄ちゃんに電話をかける。
コール音、一回も鳴りきらない内に電話が繋がった。
『美鈴?どうした?』
「鴇お兄ちゃんっ。お、お願いっ。迎えに来てっ」
ヘルプミーッ!!
まともに言えたかどうかは解らない。声もきっと震えてた。だけど、鴇お兄ちゃんは、
『すぐ行く。今どこだ?』
「商店街の雑貨屋」
『なら一先ず、大地の所に逃げ込め。あそこなら事情を知らずとも、お前の前に来た男は問答無用で殴りつけるから』
それもそれでどうなんだ、とも思うけど、今はその言葉が凄く頼もしい。
「分かったっ」
こくこくと電話ごしなのに頷いて。
私は抱きしめてくれている円の手を解いて、その手をしっかりと繋ぐと、都貴を睨みつける。
「私達もう行くから。それからもう私に話かけないでっ。こう言う風に言いたくはないけど…もし私に近づいて来たら貴方の家の会社との取引、全て打ち切るから。そのつもりでいて。じゃっ」
言いたい事だけ言って私は店を飛び出して、大地お兄ちゃんの家。八百屋さんへと飛び込んだ。
「天使っ!?」
「どうしたっ!?」
大地お兄ちゃんのお兄ちゃんである、勝利さんと将軍さんが出て来てくれて私達を匿ってくれた。
ここはある意味で確かに安全だ。この二人は本当に強いから。あの大地お兄ちゃんですら抑え付けるだけの強さがあるからねっ!
奥の方に案内されて、椅子に座る様に勧められた。でもその前に私は手を洗いたい。うぅ…感触が残って気持ち悪い…。
洗面所を借りて、指輪を外して落とさない所…ポケットにしっかりと入れて。石鹸でごしごしと洗う。
感触がとれない…。うわぁんっ、嫌だよぉっ。洗っても洗っても感触が残ってて…。
「王子。手が真っ赤だ。もう止めときなって」
「だ、だって…気持ち悪くて…」
「気持ちは分かるけど…あんまりやると皮がむけちゃうよ」
円が止める様に言うけれど。どうしても…気色悪くて、まだ全然とれてないような気がして。
そんな私の手に背後から暖かい手が重なった。
「美鈴。もういい。大丈夫だ」
キュッと蛇口が捻られて水が止められる。
「…向井。外に風間が待ってるから」
「了解です。それじゃあ、王子。明日ね」
足音が聞こえて円が出て行ったのが分かる。でも私はうまく挨拶も出来なかった。何でかは解らない。声が、上手く出ないの…。
「美鈴。…何をされた?」
そっと後ろから抱き寄せられて、散々洗っても未だ気持ち悪い感触の残る手が鴇お兄ちゃんの手に握られる。
パシッ。
思わず手を払ってしまった。だって、だってこの気持ち悪さが移っちゃったら…。
「……成程。手か?しかも、指輪をしていない所を見ると、薬指だな?」
「な、舐め、られて…、ごめ、ごめん、ねっ、鴇、お兄ちゃんっ、叩いて、ごめんっ」
「…あの野郎。俺の美鈴にやってくれるじゃねぇか。美鈴、手、寄越せ」
「え?あっ」
ぐいっと向かい合う形で抱き締め直されるながら、左手を掴まれて薬指の付け根をがぶっと。
「いったっ!?」
びっくりしたっ!!えっ?なんで齧られたの私っ!?
そもそも齧るのは私の専売特許だったはずっ!?しかも何故かがぶがぶと何度も齧られる。
「と、鴇お兄ちゃんっ!?い、痛いんだけどっ!?」
私の抗議を鴇お兄ちゃんは全く聞いていないっ!
あむあむと角度を変えて齧られて、やっと齧られなくなったかと思うと、
「…血が出てしまったな」
どんだけ噛んだのっ!?ぺろりと今度は薄く滲んだ血を舐めとられた。
「い、一体なんなの?」
「……これで、気色の悪さはなくなっただろう?」
「…あ…」
「それにこの指輪だったらどれだけあの屑に舐められようが齧られようが簡単に上書きは出来ないしな」
指輪…?確かに指についた輪だけど。歯型の。
「他にも舐められた場所、あるのか?」
「な、ないっ」
「本当か?」
遠慮しなくても良いぞ、と言いながら鴇お兄ちゃんは私をぎゅっと抱きしめてキスをしてくれた。
鴇お兄ちゃんのキスだ…。今ようやく安心感が広がって…。鴇お兄ちゃんの舌が唇をノックして…うん?口開けろって言ってる?
や、ちょっと待って?ここ大地お兄ちゃんの家だよね?大地お兄ちゃんは今まだ仕事中だし、勿論大地お兄ちゃんの家族も皆店で仕事中だけど、でもここ他人様のお家だよね?
ここでディープキスは出来ないよねっ!?
これは離れて抗議っ!鴇お兄ちゃんの体をそっと押して、ここじゃ駄目と口にしようとした瞬間。開いた口の中に鴇お兄ちゃんの舌が入って来た。
「んっ……」
ちょ、ちょっと鴇お兄ちゃんっ!?自由すぎやしませんかっ!?
口の中で鴇お兄ちゃんの舌が私の舌と絡み合う。その激しさとは裏腹に、優しく頭を撫でられて、手が首筋を撫でてと下へと降りて行く。触れられた場所から鴇お兄ちゃんの熱が伝わって…。
ほ、本格的に駄目だってっ!
流石にストップっ!私が軽く鴇お兄ちゃんの胸を叩くとようやっとキスから解放された。
「もっ、とき、おにいちゃんてば…」
「嫌だったか?」
「いや、じゃないから、困るんだってば…」
「そうか」
ドキッ。
鴇お兄ちゃんの柔らかな満開の笑みを直視して、心臓がドキッと跳ねた。
うぅぅ…もう、鴇お兄ちゃんは何か反則だ。
あうあうと言葉をさっきとは別の意味で失っていると、鴇お兄ちゃんは私を抱き上げて歩き出す。
大地お兄ちゃんのお兄ちゃん達に礼を言って、私を車の助手席に乗せて、自分は運転席に乗り込んだ。
直ぐ発進するのかと思いきや、鴇お兄ちゃんは私に自分の左手を差し出してきた。
「?、どうしたの?齧って良いとか?」
なーんちゃって。ついつい腕を出されると齧りたくなるよねー。と心の中で笑っていたら。
「あぁ。思いっきり噛め。俺がさっきしたのと同じようにな」
「え?本気?」
「あぁ。暫く痕が消えないくらい思い切りやれ」
意味は分からないけど。遠慮なく。
あーん…がぶっ。
「ッ…」
がぶがぶ…あぎあぎ…。
もうやめていいかな?
鴇お兄ちゃんを見るとまだだと首を振られる。
まだかー。がぶがぶ…。
もういい?だめ?もうちょっと?もうちょっとね。がぶがぶ…。
あれ?鉄の味がする。…血出ちゃったかな?
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「…その可能性もなくはないな」
「じゃあ、円と一緒にいたのは失敗だったかな」
「そうとも限らないだろ。むしろ一人でいた方が逆に警戒されかねない」
「警戒?誰に?」
「美鈴。忘れるな。敵は都貴静流だけじゃない。あいつの転生体もいるんだ。俺達が顔を知らないだけでまだまだいる可能性はある」
あ、そっか。そうだよね…。
「美鈴。今回みたいに何かあったら直ぐに呼べ。絶対一人で解決しようとするなよ。どんな些細な事でも良い。違和感を感じただけでもいい。変な気を回さず呼べよ。いいな?」
「うんっ。分かったっ」
商店街から家までなんてそう距離はない。
あっという間に到着した。車をしまって、私と鴇お兄ちゃんは車から降りる。
手を繋いで家の中に入ると、ちょうどリビングから出て来たママと出くわした。
「あら?お帰りなさい。美鈴」
「ただいま、ママ。ご飯ならこれから作るよ?」
「あらそう?でも私が言いたかったのはご飯じゃなくて、孫はまだかな?って」
「うぐっ!?げほっ、ごほっ!ま、ママっ、なな何言ってっ」
あっさりとした口調だったからてっきり、良くある『飯はまだか?』のパターンかと思ったらまさかの『孫はまだか?』だったっ!
なんて事言うのっ!?
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チラッと鴇お兄ちゃんを盗み見る。…わお。全然気にした様子ないや。あれ?でもそれって…。
「鴇お兄ちゃん。もしかして、私との間に子供、いらない?」
「そんな訳あるか。何でそう思ったんだ?」
「だ、だって無表情…」
言うと鴇お兄ちゃんはばつが悪そうに顔を逸らして言った。
「ここで照れたり何だりしたら佳織母さんの思う壺だろうが」
「あ、それは確かに」
「うふふ。何て言いながら照れてるんだから二人共十分可愛いわ。左手の薬指にお揃いの歯形をつけてるのも可愛いしね」
ボンッ。
恥ずかしくて顔が噴火状態に。
これは手洗いうがいを済ませてさっさとご飯作りに入ろうっ!
私は一旦会社に戻ると言う鴇お兄ちゃんを見送って、洗面所へ行き指輪を専用の洗剤につけて洗い、綺麗になった所でまた薬指へとつけて夕食の準備に取り掛かった。
―――翌日。
お昼過ぎに、円と合流し念の為に風間くんと逢坂くん、それから華菜ちゃんにも付いて来て貰い、私達は武蔵先生のお見舞いへと向かった。
病院に入るのは苦手だけど。苦手な理由は前世でのママとの記憶や、あの都貴静流の転生体である医者に犯されたと言う記憶があるからだと分かってからは、心構えが出来た所為か以前ほどの苦手感はなくなった。
受付の人に病室を聞いて病院内を歩く。エレベーターで階上へと上がり病室へと向かう。意識不明の重体なのに、これだけ生きれてるのはやっぱり…転生体だから、だろうか?
でも転生体だからこそ、自分から死のうとしたのであればもっと早く命を絶っていそうなものだけど…。
病室の前に辿り着き、コンコンとノックすると、中からドアが開けられた。
そこにいたのは、多分武蔵先生の母親だ。
「あら?どちら様かしら?」
「あ、すみません。初めまして。実は私達武蔵先生の教え子で」
「中学時代お世話になったのでお見舞いを」
私と円以外は違う中学だったから、二人が代表して返事を返す。すると武蔵先生の母親は、武蔵先生とそっくりな笑みを浮かべて私達を出迎えてくれた。
武蔵先生のお母さんの話によると。ニュースでは意識不明の重体と言われて、骨も折れたりして包帯でがんじがらめになった娘の姿を見て諦めかけていけど、何と奇跡的に容体は回復、安定したんだってさ。あとは意識が戻ってくれたら大丈夫…らしいんだけど。
私と円は武蔵先生が寝ているベッドの横へ行き、じっと様子を見る。
こうして見てると、顔には傷がついてないし。ちょっと老けたかな?くらいで、都貴の転生体とは思えないんだけどな…。
鴇お兄ちゃんが言うには、都貴の転生体は私の気配に敏感だから、行けば必ず意識を取り戻すって、そう言ってたけど…。取り戻しそうな感じはしないよね?
そう思って、少し距離を置こうとした、その時。
武蔵先生の目がパチッと開き、視線だけがギョロリとこちらを向いた。
一瞬ビビるも、直ぐに近寄り、
「武蔵先生?」
と声をかける。私の声に気付いた武蔵先生のお母さんや意識を他に回していた円も気付き急ぎ武蔵先生の側まで駆け寄ってきた。
「あぁっ、麗子っ!目を覚ましたのねっ!先生、せんせーいっ!」
お医者さんを呼びに武蔵先生のお母さんが駆けて行く。
武蔵先生の視線をずっと感じる。…この鳥肌が立つ感じ…。間違いなく都貴の気配だ。…でも、私が色々知っている事は隠さなきゃいけない。
私は微笑んで、武蔵先生の包帯の巻かれた手へと触れた。
「武蔵先生。私の姿、分かりますか?」
「久しぶりだね、先生」
円と二人軽く話しかけて、瞬きで返事をするのを確認しながら、私は話を続ける。
「円。そろそろお暇しないと邪魔になっちゃうだろうから。三人にそろそろ帰るって伝えて来てくれる?」
「了解っ」
病室を出て行く円を見送り、私は立ち上がり背を伸ばして、武蔵先生を見降ろした。
「…今、貴方の意識は都貴かしら?」
私が問うと、武蔵先生は驚いたように目を見開いた。酸素吸入器をつけているから話せないのは解るから、ただじっと先生の目を見つめる。先生も私の目をじっと見つめてきた。
「……武蔵先生?もしも、武蔵先生が武蔵先生としてこれから生きたいのであれば、これを飲んで?」
鴇お兄ちゃんに渡された、記憶を消す薬が入った小瓶を先生の枕元へ置く。
「…私としては、これを飲んでくれることを祈ってます。武蔵先生…。『貴方』もいい加減私から解放されてください」
聞こえるか聞こえないかの声で呟く。武蔵先生に今の言葉が届いただろうか?
立ち上がり、タイミング良くお医者さんと一緒に戻って来たお母さんと入れ違いでそこを離れる。
病室の入り口で待っていた円の側に駆け寄った。
「私達はもう帰ろうか。円」
「そうだね」
武蔵先生のお母さんにばれないように、そっと病室を抜け出して、廊下で待っていた三人と合流する。
…これでお見舞いは終わった。鴇お兄ちゃんの言う通りになったなぁ…。武蔵先生、本当に意識を取り戻した…。どれだけ自分は執着されてたんだろう。そして、今の武蔵先生は都貴の記憶と武蔵先生として生きた記憶。どっちが強いんだろう…。
悶々と考えながら、病院から出た時、走って追い掛けて来てくれた武蔵先生のお母さんに呼び止められて、
『貴方達が麗子を呼び戻してくれたのかもしれないわね。ありがとう。良ければまた来て顔見せて頂戴』
と涙ながらに言われた。…このまま健康を取り戻して、武蔵先生が都貴の記憶に打ち勝ってくれれば、私は何の問題もなくきっと会いに行くと思うの。
でも、もし…武蔵先生が自殺をしてしまったら…。
彼女がこれからどう出るかで、私達の今後の対応が変わる。
そう思うと何だかやるせなくて。
私はそっと後にした病院を振り返り眺めた。
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2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ
2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。
**********お知らせ***********
2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。
それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。
ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。
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