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 まあ、従うしかないよな。

 そんなことを思いながら、ヴィヒトは物陰からアリーシャを観察し続ける。
 罰を受けることを恐れ、聖女の派遣を諦めた。そう、思ったのだが。
 アリーシャはきっと顔を上げると、かつかつと音を立てながら教会の出入り口へと向かう。
 その表情が、なにかを覚悟している様子だったから。ヴィヒトは慌てて彼女の前に出て、その腕をつかんだ。

「……なんでしょうか」
「きみこそ、なにをするつもりなんだ。まさか、王に背いて動くつもりじゃないだろうな」
「……許可が出ないなら、勝手に行くまでです」
「そんなことをすれば、自分がどうなるかわかっているのか」
「さあ。処刑でもされるのでは?」

 アリーシャは、なんでもないことのように、さらりと言ってのけた。
 それから、お前も王側の人間か、と言いたげに、アリーシャはヴィヒトを睨みつける。
 アリーシャは、自分の腕を掴む少年が王子であることを、知らないようだった。
 少年と少女の年とはいえ、ヴィヒトのほうが身長は高く、体つきもしっかりしている。
 取っ組み合いにでもなれば、確実にヴィヒトが勝つだろう。
 それでも、アリーシャはひるまない。
 たとえ自分の命が危険にさらされようとも、聖女としての使命を全うする。
 彼女から感じられるのは、そんな意思と、覚悟だった。

「……見つけた」
「はい?」

 ヴィヒトの呟きに、アリーシャは訝しげに眉をひそめる。
 このときのヴィヒトは、王が絶対的な権力を持つこの国で、志を同じくする者を見つけたことに歓喜していた。

「きみが、アリーシャ・ヒリキュアだよね。僕は第二王子のヴィヒト。きみと、話がしたい」
「……話をしたいとおっしゃるのでしたら、まずはその手を放していただけませんか」
「これは失礼」

 相手が王子だと知ってもなお……いや、王子だからこそか。アリーシャの口調は、よりきついものになる。
 ヴィヒトはぱっと手を放したが、アリーシャが彼から逃げることはなかった。
 
 その後、二人は今の体制に不満を持つ者同士、意気投合した。

 アリーシャは、とても才能のある人だった。
 年齢が十に届く前には、聖女として働き始めていたそうだ。
 それから数年が経った今では、国でも屈指の実力者が集められる王城に召集された。
 最初こそ、言われた通りに力を使うことに疑問はなかったそうだが、年齢が上がるにつれて、国が人々を見捨てていることに気が付いてしまった。
 それがわかってしまってからは、国の言う通りにしか動けない自分やこの現状に、心を潰されるような思いだったそうだ。
 そして今日、その思いが爆発し、王の意思に背こうとした。
 ヴィヒトが現れなかったら、本当に無許可で西の地まで行くつもりだったらしい。

 それを聞いたとき、ヴィヒトは彼女を認め称える気持ちになりながらも、肝を冷やした。
 このまま放っておけば、アリーシャは王に背き、処刑されてしまうかもしれない。
 ヴィヒトはアリーシャという人のことをいたく気に入ったし、聖女としての力も素晴らしいものだと感じていた。
 これだけの意思と力を持つ人を、失いたくない。
 アリーシャは、ヴィヒトが目指す国作りに、必要な人なのだ。

「アリーシャ。きみの想いはよくわかった。僕も、同じ気持ちだよ。……でも、今日みたいな行動は、慎んでほしい。今はまだ、その時じゃないんだ」
「このまま、救える命を見捨て続けろというのですか」
「……そうなるね」
「……!」

 ヴィヒトの言葉に、我慢ならなくなったアリーシャが手を振りかぶる。
 彼の頬をひっぱたこうとしたが、その直前で思いとどまった。

「……今は、まだ?」
 
 ヴィヒトは頷く。

「僕は、次の王になる。そして、この国を変えるつもりだ。民を助け、寄り添う国へと。そのとき、きみの力が必要になる。今まで我慢していた分、存分にその力をふるってほしい。……でも、今の僕に、きみを守る力はない。きみの気持ちは、想いは、間違っていないよ。でも、気持ちのままに動けば、きみはおそらく処刑される」
「っ……」
「……きっと、変えてみせるから。きみが助けたい人たちを、助けられる国にしてみせるから。もう少しだけ、待っていて」

 ヴィヒトの言葉に、アリーシャはうつむく。
 しばしの沈黙のあと、「はい」と。小さな声だったが、たしかにそう言った。
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