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9 遭遇、悪魔憑き。
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「老舗の店主が?」
「はい……」
ある日、私の耳にこんな話が入ってきました。
とある商店の店主の様子がおかしいのだそうです。
その店は他国の品をメインに取り扱っており、ルーカハイト家の領地の中でも有力かつ古参。
ですが最近は若手の店に押され気味で、売上が芳しくないことは私も知っていました。
そこまでなら、そう珍しくもない話です。
業績悪化のストレスから、人となりに影響が出てしまうことだって、少なくはありません。
けれど、その変わりっぷりがあまりにもひどいとのことで。
穏やかで聡明だった男性が、今では酒に溺れ、家族に暴力をふるい、職場でも部下に当たり散らし、ひどい言葉を吐いていると。
それも、あることにはある話です。
人間は簡単に壊れる生き物です。悲しいけれど、それが事実。
とはいえ、放置するわけにもいきません。
過度な干渉はできなくとも、様子を見る、話しを聞くぐらいはしてもいいでしょう。
貿易や異文化交流によって発展したこの土地にとって、商店は大変重要な存在なのです。
……それは公の人間としての理由で、私個人としては、店主や周辺の人たちが心配だったりします。
歴史ある商店の方から話を聞きたいという名目で訪問の予定を取り付け、例の店へ。
家族に暴力をふるっているという話だった店主は――にこにこと人のよさそうな笑顔を浮かべて、私を出迎えました。
「ようこそおいでくださいました、リリィベル様。まさか、リリィベル様がこんなところに来てくださるなんて。ああそうだ、グラジオ様とのご婚約、おめでとうございます。お二人が夫婦となれば、この領地も安泰でしょう」
私は、以前にもこの男性に会ったことがあります。
前と変わらない穏やかな物腰に、優しそうな表情。
暴力や暴言とはとても結びつきません。
酒に溺れているという話でしたが、今の彼からはお酒の臭いもしませんし、そこら中に酒瓶が転がっているなんてこともありません。
貴族の訪問に備えて取り繕っている。
そう言われてしまえば、そうかもしれませんが……。
部外者の私には、彼が荒れている形跡など感じとれないのです。
世の中には、気に入らない者を陥れるために悪評をばらまく人もいます。
何店舗も展開する大規模な商店の長ともなれば、失脚するよう仕組まれることだってあるでしょう。
目の前にあるものしか見えない私には、何が本当なのか、わからなくなってしまいました。
どうしたものかと考えながらもこちらも笑顔を作り、婚約への祝福に対する礼を言ってから、店主に向かって手を差し出します。
「本日は、よろしくお願いします」
店主は少し慌てた様子で自分の手をぬぐってから、握手に応じてくれました。
手と手が……肌が触れ合った、その瞬間。
「っ……!」
一瞬、視界が真っ暗闇になり、背中にはぞわりとした感触が。
今のは、一体……?
「リリィベル様?」
店主に声をかけられ、はっとする。
「失礼いたしました。では、早速、おはなし、を……」
気を取り直して顔を上げ、店主に向き直ります。
私の視線の先、店主の背後では――黒いモヤのようなものが、うごめいていました。
「はい……」
ある日、私の耳にこんな話が入ってきました。
とある商店の店主の様子がおかしいのだそうです。
その店は他国の品をメインに取り扱っており、ルーカハイト家の領地の中でも有力かつ古参。
ですが最近は若手の店に押され気味で、売上が芳しくないことは私も知っていました。
そこまでなら、そう珍しくもない話です。
業績悪化のストレスから、人となりに影響が出てしまうことだって、少なくはありません。
けれど、その変わりっぷりがあまりにもひどいとのことで。
穏やかで聡明だった男性が、今では酒に溺れ、家族に暴力をふるい、職場でも部下に当たり散らし、ひどい言葉を吐いていると。
それも、あることにはある話です。
人間は簡単に壊れる生き物です。悲しいけれど、それが事実。
とはいえ、放置するわけにもいきません。
過度な干渉はできなくとも、様子を見る、話しを聞くぐらいはしてもいいでしょう。
貿易や異文化交流によって発展したこの土地にとって、商店は大変重要な存在なのです。
……それは公の人間としての理由で、私個人としては、店主や周辺の人たちが心配だったりします。
歴史ある商店の方から話を聞きたいという名目で訪問の予定を取り付け、例の店へ。
家族に暴力をふるっているという話だった店主は――にこにこと人のよさそうな笑顔を浮かべて、私を出迎えました。
「ようこそおいでくださいました、リリィベル様。まさか、リリィベル様がこんなところに来てくださるなんて。ああそうだ、グラジオ様とのご婚約、おめでとうございます。お二人が夫婦となれば、この領地も安泰でしょう」
私は、以前にもこの男性に会ったことがあります。
前と変わらない穏やかな物腰に、優しそうな表情。
暴力や暴言とはとても結びつきません。
酒に溺れているという話でしたが、今の彼からはお酒の臭いもしませんし、そこら中に酒瓶が転がっているなんてこともありません。
貴族の訪問に備えて取り繕っている。
そう言われてしまえば、そうかもしれませんが……。
部外者の私には、彼が荒れている形跡など感じとれないのです。
世の中には、気に入らない者を陥れるために悪評をばらまく人もいます。
何店舗も展開する大規模な商店の長ともなれば、失脚するよう仕組まれることだってあるでしょう。
目の前にあるものしか見えない私には、何が本当なのか、わからなくなってしまいました。
どうしたものかと考えながらもこちらも笑顔を作り、婚約への祝福に対する礼を言ってから、店主に向かって手を差し出します。
「本日は、よろしくお願いします」
店主は少し慌てた様子で自分の手をぬぐってから、握手に応じてくれました。
手と手が……肌が触れ合った、その瞬間。
「っ……!」
一瞬、視界が真っ暗闇になり、背中にはぞわりとした感触が。
今のは、一体……?
「リリィベル様?」
店主に声をかけられ、はっとする。
「失礼いたしました。では、早速、おはなし、を……」
気を取り直して顔を上げ、店主に向き直ります。
私の視線の先、店主の背後では――黒いモヤのようなものが、うごめいていました。
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