上 下
20 / 39
2章 学園生活

8 早く婚約したい男と、囲まれる妖精姫

しおりを挟む
 マリアベルが女子の標的となっていることには、いくつかの理由がある。

 1つは、貴族の娘なのに貧乏で、学費免除の特待生であること。
 この時点で、わりと特異な存在である。
 そのくせ急にきれいになって現れて、男子にちやほやされ始めた。
 マリアベルはあまり意識していないが、男たちは「妖精姫」にメロメロで、婚約者もいない彼女をなんとかランチデートにでも誘えないかと苦心している。
 マリアベルが異性からの「学食奢るよ」を受けたのは、アーロンただ一人である。

 それから、ちょっとした演習でもわかるほどの、魔法の才。
 彼女は短い歌を詠唱とし、簡素な魔法陣を描いて魔法を発動させるが、これは並大抵のことではない。
 本来は、高等な術になればなるほど詠唱は長くなり、複雑な魔法陣を必要とする。
 他の学生であれば、長い長い詠唱を口にしながら、間違えないよう気を張りつつ陣を描かなければいけない術を、マリアベルは歌い踊るように発動させるのである。
 丸の中に、三角を二つ。それから、サラマンダーのつもりのにょろにょろを描きながら、歌――それも5音ほどである――を歌い、大きな火の渦を作り出したときには、教師も唖然としたものである。

 妖精姫とまで呼ばれる美貌を持つ彼女の歌声と軽やかな動作、その圧倒的な才に心奪われる者もいるが、やっかむ者だって当然存在する。

 女子に嫌われる理由として、最も大きいかもしれないものが――みなの憧れの存在であるアーロンに、寵愛されていることだ。
 アーロンがマリアベルにご執心なことは、この学園では有名だ。
 彼がマニフィカ領に通っていることを知る人は多かったが、入学後、その愛しっぷりはさらに有名になった。
 なんたって、婚約すらしてないのに、わざわざ送迎するほどだ。
 寮もあるのにそんなことをするなんて、幼馴染だから、領地が近いから、だけでは説明できない。
 アークライト領とマニフィカ領は近いが、馬車で移動すればそれなりに時間がかかる。
 アーロンは、今までより早く起き、遅く帰り……。自分の時間を削ってまで、マリアベルとともに登下校しているのである。

 みんなの憧れの令息が、「鮮血」なんて二つ名を有していた貧乏暴力娘にご執心。
 他のご令嬢からすれば、「なんでよ! 私のほうがあの人にふさわしいじゃない!」といった具合である。
 



 マリアベルとコレット、女子二人のランチに、それっぽい理由をつけて混ざることに成功したアーロン。
 二人に「すごいお弁当ですね」なんて言われて苦笑しながらも、愛しのベルとの婚約話を、早く進めなければと考えていた。
 アーロンとて、マリアベルとともに登下校する自分を見る女子の視線や、今日のクラリスの態度で、彼女がいじめられる原因の1つが自分にあると気が付いていた。
 もちろん、自分が女子に人気のある物件であることも理解している。
 婚約もしていないのに、アーロンがマリアベルを特別扱いするから、彼女は他の女性に敵視されているのだ。

 婚約者でもないくせに、と思われるのなら、婚約してしまえば問題ない。
 結婚の約束さえしてしまえば、アーロンは今まで以上にマリアベルのサポートもできるだろう。
 学食を使う費用や弁当を受け取ってもらえるかもしれないし、ドレスや装飾品も「婚約者へのプレゼントだ」と言って堂々と渡すことができるようになる。
 今は制服通学をするマリアベルだが、上手くいけばアーロンが贈った私服で登校してくれる可能性だってある。
 そんなの、考えるだけでもう最高である。


 婚約の話は、現在調整中。
 突然のプロポーズをかましてしまいました、と正直に白状したうえで、正式に話を進めたいとアークライト家に……当主である自身の親に掛け合っているところだ。
 アークライト公爵家は強さを重んじる家系だから、おそらく、マリアベルと婚約したい旨は了承されるだろう。
 いずれ、マニフィカ家に正式に婚約を申し込むことになるはずだ。
 だが、今すぐに、とはいかない。
 婚約者として彼女を守れないこと、堂々と隣に立てないことが、歯がゆかった。


 まあとりあえず、このままお弁当仲間にはなれそうだから、昼休みはマリアベルの安全が確保されるだろう。
 
――明日は、昼休みに入ったら速攻で教室までベルを迎えに行こう。

 そんなことを思いながらも、アーロンはマリアベルとコレットとのランチの時間を楽しんだ。



 翌日、アーロンは「なにかの競技に参加中ですか?」と聞きたくなるような早歩きで、一年生の教室へと向かった。
 もちろん、昼休み突入と同時にマリアベルを迎えにいくためである。
 身体能力が高く、足も長い彼は、走ってはいなくともすぐに目的地にたどり着く。

「ベル! 今日も一緒に、おひる、を……」

 笑顔で一歩教室に入った彼が、そこで見た光景は。

「マリアベル様、一緒に学食に行きませんか?」
「魔法を教えて欲しいんだが、昼休みを少しもらえはしないだろうか。マリアベル嬢」
「実は俺も、魔研に入ろうかと思ってて……」

 そんなことを話す男たちに囲まれる、マリアベルの姿だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

赤貧令嬢の借金返済契約

夏菜しの
恋愛
 大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。  いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。  クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。  王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。  彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。  それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。  赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。

婚約破棄でみんな幸せ!~嫌われ令嬢の円満婚約解消術~

春野こもも
恋愛
わたくしの名前はエルザ=フォーゲル、16才でございます。 6才の時に初めて顔をあわせた婚約者のレオンハルト殿下に「こんな醜女と結婚するなんて嫌だ! 僕は大きくなったら好きな人と結婚したい!」と言われてしまいました。そんな殿下に憤慨する家族と使用人。 14歳の春、学園に転入してきた男爵令嬢と2人で、人目もはばからず仲良く歩くレオンハルト殿下。再び憤慨するわたくしの愛する家族や使用人の心の安寧のために、エルザは円満な婚約解消を目指します。そのために作成したのは「婚約破棄承諾書」。殿下と男爵令嬢、お二人に愛を育んでいただくためにも、後はレオンハルト殿下の署名さえいただければみんな幸せ婚約破棄が成立します! 前編・後編の全2話です。残酷描写は保険です。 【小説家になろうデイリーランキング1位いただきました――2019/6/17】

婚姻初日、「好きになることはない」と宣言された公爵家の姫は、英雄騎士の夫を翻弄する~夫は家庭内で私を見つめていますが~

扇 レンナ
恋愛
公爵令嬢のローゼリーンは1年前の戦にて、英雄となった騎士バーグフリートの元に嫁ぐこととなる。それは、彼が褒賞としてローゼリーンを望んだからだ。 公爵令嬢である以上に国王の姪っ子という立場を持つローゼリーンは、母譲りの美貌から『宝石姫』と呼ばれている。 はっきりと言って、全く釣り合わない結婚だ。それでも、王家の血を引く者として、ローゼリーンはバーグフリートの元に嫁ぐことに。 しかし、婚姻初日。晩餐の際に彼が告げたのは、予想もしていない言葉だった。 拗らせストーカータイプの英雄騎士(26)×『宝石姫』と名高い公爵令嬢(21)のすれ違いラブコメ。 ▼掲載先→アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ

【短編/完結】アーサー殿下は何度も九死に一生を得る

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のジュリアは、公爵令嬢のローザリンデに虐められ噴水に落とされてびしょ濡れになっていた。それを見た心優しき第四王子のアーサーはジュリアを助ける。 お礼をしたいが、自分は何も持っていないというジュリアにアーサーは優しく声をかけた。 『また会えた時に私が困っていたら助けて下さい。もちろん費用のかからないことで』 それから、アーサーの周りでは彼が困るたびに不思議なことが起こって……⁉︎ これは偶然なのか、それともジュリアが関係しているのか。 貧乏令嬢×優しいイケメン王子の物語 ハッピーエンド保証致します。

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

【完結】ただの悪役令嬢ですが、大国の皇子を拾いました。〜お嬢様は、実は皇子な使用人に執着される〜

曽根原ツタ
恋愛
「――あなたに拾っていただけたことは、俺の人生の中で何よりも幸運でした」 (私は、とんでもない拾いものをしてしまったのね。この人は、大国の皇子様で、ゲームの攻略対象。そして私は……私は――ただの悪役令嬢) そこは、運命で結ばれた男女の身体に、対になる紋章が浮かぶという伝説がある乙女ゲームの世界。 悪役令嬢ジェナー・エイデンは、ゲームをプレイしていた前世の記憶を思い出していた。屋敷の使用人として彼女に仕えている元孤児の青年ギルフォードは――ゲームの攻略対象の1人。その上、大国テーレの皇帝の隠し子だった。 いつの日にか、ギルフォードにはヒロインとの運命の印が現れる。ジェナーは、ギルフォードに思いを寄せつつも、未来に現れる本物のヒロインと彼の幸せを願い身を引くつもりだった。しかし、次第に運命の紋章にまつわる本当の真実が明らかになっていき……? ★使用人(実は皇子様)× お嬢様(悪役令嬢)の一筋縄ではいかない純愛ストーリーです。 小説家になろう様でも公開中 1月4日 HOTランキング1位ありがとうございます。 (完結保証 )

人質生活を謳歌していた虐げられ王女は、美貌の公爵に愛を捧げられる

美並ナナ
恋愛
リズベルト王国の王女アリシアは、 敗戦に伴い長年の敵対国である隣国との同盟のため ユルラシア王国の王太子のもとへ嫁ぐことになる。 正式な婚姻は1年後。 本来なら隣国へ行くのもその時で良いのだが、 アリシアには今すぐに行けという命令が言い渡された。 つまりは正式な婚姻までの人質だ。 しかも王太子には寵愛を与える側妃がすでにいて 愛される見込みもないという。 しかし自国で冷遇されていたアリシアは、 むしろ今よりマシになるくらいだと思い、 なんの感慨もなく隣国へ人質として旅立った。 そして隣国で、 王太子の側近である美貌の公爵ロイドと出会う。 ロイドはアリシアの監視役のようでーー? これは前世持ちでちょっぴりチートぎみなヒロインが、 前向きに人質生活を楽しんでいたら いつの間にか愛されて幸せになっていくお話。 ※設定がゆるい部分もあると思いますので、気楽にお読み頂ければ幸いです。 ※前半〜中盤頃まで恋愛要素低めです。どちらかというとヒロインの活躍がメインに進みます。 ■この作品は、エブリスタ様・小説家になろう様でも掲載しています。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

処理中です...