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1章 突然のプロポーズまでの道のり

2 ご縁<<<<<領地の平和と肉

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「マリアベル様! 息子が森に入ってしまったのです! 魔物を見たと話す人もいて……。どうか、息子を」

 見回りを兼ねて領地を散歩するマリアベルに、一人の女性が駆け寄ってくる。
 今日は午後から予定が入っていたが、午前の今は空いていた。
 時間があれば、マリアベルは修業か見回りのどちらかを行うことにしているのだ。
 マリアベルを探していたのだろうか。彼女はぜえぜえと息を切らしながらも、息子を助けて欲しいと必死に訴える。
 領民の願いに対する、マリアベルの言葉は、もちろん。

「わかった! 任せて! 息子さんは私が連れ戻すから!」

 であった。
 12歳ほどとなったマリアベルは、積極的に魔物を狩りに出るようになっていた。
 過去に魔物が大量に出て以来、マニフィカ領は他の地と比べて魔物の数が多いままなのだ。
 急いで森に向かったマリアベルは、一般の人でも棒や農具で倒せる雑魚をいなしつつ、男の子を探す。
 このくらいの雑魚ならどこにでもいるものだが、マニフィカ領は、今も強力な魔物の数が多かった。

「どうして龍脈なんてできちゃったんだろうなあ……」

 マリアベルの小さな唇から、はあ、とため息が漏れる。
 そんなこと言ったって、できてしまったものはどうしようもないのだが……。
 龍脈なんてものができなければ、マニフィカ領が困窮することもなかったのだ。
 領主の娘として、苦々しく思うのも当然だ。

 マリアベルが5歳のころ――魔物の大量発生の時期だ――マニフィカ領内の森で、目視できるほどに魔力が奔出する場所が見つかった。
 魔力とは、一部の人間や魔物の中に存在するものとされているが、まれに、自然の中で激しくあふれ出すことがあるのだ。
 そういう場所のことを、龍脈と呼ぶ。
 運の悪いことに、マニフィカ領には龍脈が出現。
 最初ほどの勢いはないものの、時が経ってからも魔力の濃度は濃いままだ。
 魔物は、魔力に引かれて集まり、活発になり、増えやすくなる。
 マリアベルが成長してからも、マニフィカ領は通常以上の警戒が必要な状態であった。

「! 今の……」

 森を歩くマリアベルの耳に、かすかだが、子供の悲鳴のようなものが届く。
 弾かれるようにして駆け出し、声の発生源へ向かっていけば、そこには、イノシシのような見た目をした魔物に追い詰められる少年の姿が。

「マリアベル様!」
「すぐ助けるから! じっとしててね!」

 今すぐ攻撃したいところだが、少年との距離が近すぎる。
 このまま派手な魔法を使えば、彼も巻き込んでしまうだろう。
 マリアベルは、まず魔物の注意を自分に向けることにした。

 短く歌いながら杖を動かし、空中に素早く陣を描く。
 水の球が数個出現し、マリアベルが杖で示した方向へ発射される。
 人間に当たっても害がないほどの低威力に調整された、水魔法である。
 それらをぶつけられた魔物は、ターゲットをマリアベルに切り替えた。

 魔物が自分に向かってくるようになれば、あとは簡単だ。
 先ほどと同じ要領で氷の矢を作り出し、魔物に向かって放つ。
 正式な名称はたしか、アイスニードルだったはずだ。
 矢は魔物に深々と突き刺さり、絶命させた。

 男の子を親元まで送ったあと、マリアベルは森に戻る。
 魔物は危険で迷惑な存在ではあるのだが……中には、食用になるものもいる。
 先ほどのイノシシのような魔物は、肉が美味い。
 貧乏貴族のマリアベルからすれば、貴重な食糧である。
 ナイフを使い、その場で獲物の処理をする。
 一頭まるまるはマリアベルの体格では運べないから、肉を切り出した。
 氷魔法を付与して冷たい状態を保てば、お持ち帰り用お肉の完成である。

「晩御飯ゲットー!」

 領民を救い、食料も手に入れて。マリアベルはるんるんであった。
 


「今日はお肉! 今日はお肉! お父様! お肉をとってきました!」

 ご機嫌なマリアベル。歌うように元気にマニフィカ邸の玄関をくぐった。
 マニフィカ邸には、長年仕えた執事以外の使用人はいないから、出迎えなどない。
 なので、まあ誰もいないだろうなーと思っていたのだが。

「ひっ……!?」

 同年代の男の子と、その従者と思われる者が、そこにいた。
 おそらく、これから会う予定だった令息だろう。
 マリアベルの姿を見て、小さく悲鳴をあげて顔をひきつらせている。
 まだ約束の時間にはなっていないはずだが、どうやら少し早めに到着してしまったようだ。

「あ、あー……。ロベルト様、お初にお目にかかります。わたくし、マリアベル・マニフィカと申します」

 血に汚れたまま披露されるカーテシー。
 片手は肉の入った袋や毛皮でふさがっているため、それっぽい動きをしただけである。

「う、うわああああああ!」

 血濡れのご令嬢は、お坊ちゃんには、ちょっとだけ刺激が強かった。
 ロベルトと呼ばれた赤髪の令息は、悲鳴をあげて逃げ出した。

「これは破談ね」

 ロベルトが逃げ去る様子を眺めながら、マリアベルはぽつりとこう口にした。
 魔法の研究と魔物退治に明け暮れるマリアベル。これくらいはもう慣れっこである。
 まあこんな感じで、大体の令息はマリアベルから逃げ出していく。
 だが、一人だけ。マリアベルが血に濡れていようが、獲物を手にしていようが、普通に接してくれる人がいた。
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