上 下
76 / 77
番外編

ジェラシーと、大好きなお父さん

しおりを挟む
 カレンとジョンズワートの再会、父と息子の初めての出会いから、数年が経ったころ。

 デュライト公爵邸に、ほぎゃあ、ほぎゃあ、と元気な産声が響く。
 雪国ホーネージュが新たな春を迎えようとしていたころ、カレンとジョンズワートの第二子が誕生した。
 二人目の子は、カレンに似た髪色に、父から受け継いだ青い瞳の女の子。
 第一子のショーンのように、どう見ても父親似、というよりは、両親どちらの要素も感じられる女の子だった。

 色々あって、ショーンの誕生には立ち会えず、息子に会うまでに3年を要したジョンズワート。
 生まれたばかりの我が子の姿を見るのは、今回が初めてで。
 ジョンズワートは、それはもう娘にメロメロだった。
 主に世話をするのは乳母だが、ジョンズワートは休憩時間のたびにまだ幼い我が子の様子を見に来る。
 小さな手に、自分の指をのせて。きゅ、と握られるとデレデレと破顔した。

 父と娘の微笑ましい光景ではあるのだが――それを、面白く思わない者もいた。
 誰って、ジョンズワートの長男・ショーンである。
 このころには、ショーンも公爵邸での暮らしに慣れ、ジョンズワートを父と呼ぶようになっていた。
 初めて会ったときからここまで、自分につきっきりだった父が、妹に取られてしまった。
 長男のショーン。妹にアイドルの座を奪われ、完全にジェラっていた。
 もちろん、みながショーンのことを大事にする姿勢は変わらないのだが……。
 ショーンからすれば、面白くないものは面白くないのである。
 だって今まで、ショーンがこの家の唯一のアイドルだったのだから。
 今日もショーンは、ベビーベッドの前で妹に話しかける父を、物陰からじいっと見つめていた。
 自分にもかまえ。そんなオーラが出ているが、流石は公爵家の長男といったところか、5歳ほどにも関わらず、わあわあと声をあげることはしない。
 だがその分、ジョンズワートを見つめるその姿には、凄みがあった。
 黒いオーラと、哀愁。その両方が、ショーンからにじみ出ていた。

 ジェラシーモードのショーンと、娘にデレデレしていて、息子が見ていることに気が付かないジョンズワート。
 そんな膠着状態を崩したのは、母であるカレンだった。

「ショーン? そんなところでどうしたの?」
「! ははうえ……」

 子供部屋の前を通りかかったカレンが、中には入らずに父と妹を見つめ続けるショーンを発見した。
 二人のやりとりのおかげで、ようやくジョンズワートもショーンがいることに気が付く。
 ぱあっと笑顔で振り向くと、きみたちもおいでよ、と妻子に向かって手招きをした。
 しかし、ショーンは動かない。

「……ショーン?」
「……」

 俯いてしまったショーンに、ジョンズワートが首をかしげる。
 ショーンは、ジョンズワートのことを父と呼ぶようになった。公爵家の長男としての扱いにも、もう慣れている。
 ショーンは、ジョンズワートを自分のお父さんだと思っていた。
 しかし、ジョンズワートのほうはどうかというと。
 自分が父である、父としてショーンを守り育てたいとは思っていたが、嫉妬の対象になるとまでは思っていなかった。
 ジョンズワートが感じていた以上に、ショーンの中で、ジョンズワートは大切な存在になっていたのだ。
 そのことをまだいまいち理解できていないジョンズワートは、俯いて黙る息子を前にして、困ってしまった。
 なにか、気に障るようなことをしてしまったのだろうか。
 おろおろするジョンズワートに助け船を出したのは、やはりカレンだった。

「ショーン。ちょっと待っててね」

 そう言って、ぽん、とショーンの頭に触れると、カレンはジョンズワートに近づき、内緒話をする。

「ワート様。ショーンは、あなたを妹にとられたと思って嫉妬してるんですよ」
「え? 嫉妬……?」
「大好きなお父さんなんですから、当然です」
「だいすきな、おとうさん……」

 カレンの言葉を繰り返しながら、ジョンズワートは、いまだ部屋に入ってこないショーンを見やる。
 ショーンは、悔しそうに、悲しそうに唇をかみながら、ぐす、と泣き出す寸前となっていた。

 大好きなお父さん。嫉妬。

 ショーンがそんなふうに思っていたことを知り、やはりジョンズワートは破顔した。
 息子の気持ちを感じ取ることができず、申し訳ないことをした。
 しかし、生まれてからの3年を離れて過ごしていた、あとからできた父親だというのに、そんなふうに思ってもらえることが、本当に嬉しくて。
 ジョンズワートは、隣にいたカレンも驚く速さで息子に近づき、がばっと抱き上げた。

「ショーン! ごめんよ、下の子ばかり見て……! もちろん、ショーンのことも大好きだから! 変わらず愛しているよ!」

 あまりの愛おしさに、ジョンズワートがショーンに頬ずりをする。
 ジョンズワートは誓った。自分の子らは、平等に愛すると。
 ショーンの「父親」としての自覚を、もっと持つと。
 だって自分は、ショーンの大好きなお父さんなのだから!
 急にテンションの上がった父に、息子もたじたじである。
 
「ちちうえ、やだ、やめて」

 ジョンズワートの頬に手を置いてつっぱるショーンだが、その声は、完全に父を拒絶してはいなかった。
 本当に嫌なら、もっと暴れるなり叩くなりするだろう。
 しかし、そこまではしない。
 ショーンだって、男の子として成長してきている。
 だから、父とのスキンシップが少し恥ずかしいだけで、こうして抱き上げられ、愛されること自体は嫌ではないのだ。
 
 じゃれあう夫と息子の姿を、カレンは愛おしそうに見守る。
 もう少しの時が経てば、仲のいい父と息子が触れ合う場に、第二子も加わるのだろう。

 カレンは、勘違い、思い込み、すれ違いを重ね、妊娠の可能性を隠してジョンズワートから逃げた過去を持つ。
 ジョンズワートにも非はあったが、逃げ出したのはカレンだ。
 父と子の時間を奪ってしまったことを、今も悔いている。
 彼らがこうして「親子」になってくれたことは、カレンにとって本当に嬉しいことで、救いだった。
 今があるのは、ジョンズワートがカレンを探すことを諦めなかったから。
 ショーンのことを愛してくれたから。
 ジョンズワートの頑張りのおかげで、こんなにも幸せな光景を見ることができる。

「……ありがとうございます、ワート様」
「……カレン?」

 愛おしさから、カレンは背伸びをしてジョンズワートの頬にキスを落とす。
 息子の前で、カレンがそういったことをするのは珍しい。
 きょとんとしたジョンズワートだったが、愛情たっぷりにほほ笑む妻を見て、同じ表情を返す。
 ショーンを片腕で支えながら、もう片方の腕ではカレンを抱きしめる。
 やはりショーンからは抗議の声があがったが、ジョンズワートが妻子を放すことはなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたの子ではありません。

沙耶
恋愛
公爵令嬢アナスタシアは王太子セドリックと結婚したが、彼に愛人がいることを初夜に知ってしまう。 セドリックを愛していたアナスタシアは衝撃を受けるが、セドリックはアナスタシアにさらに追い打ちをかけた。 「子は要らない」 そう話したセドリックは避妊薬を飲みアナスタシアとの初夜を終えた。 それ以降、彼は愛人と過ごしておりアナスタシアのところには一切来ない。 そのまま二年の時が過ぎ、セドリックと愛人の間に子供が出来たと伝えられたアナスタシアは、子も産めない私はいつまで王太子妃としているのだろうと考え始めた。 離縁を決意したアナスタシアはセドリックに伝えるが、何故か怒ったセドリックにアナスタシアは無理矢理抱かれてしまう。 しかし翌日、離縁は成立された。 アナスタシアは離縁後母方の領地で静かに過ごしていたが、しばらくして妊娠が発覚する。 セドリックと過ごした、あの夜の子だった。

亡くなった王太子妃

沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。 侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。 王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。 なぜなら彼女は死んでしまったのだから。

夫に離縁が切り出せません

えんどう
恋愛
 初めて会った時から無口で無愛想な上に、夫婦となってからもまともな会話は無く身体を重ねてもそれは変わらない。挙げ句の果てに外に女までいるらしい。  妊娠した日にお腹の子供が産まれたら離縁して好きなことをしようと思っていたのだが──。

「私も新婚旅行に一緒に行きたい」彼を溺愛する幼馴染がお願いしてきた。彼は喜ぶが二人は喧嘩になり別れを選択する。

window
恋愛
イリス公爵令嬢とハリー王子は、お互いに惹かれ合い相思相愛になる。 「私と結婚していただけますか?」とハリーはプロポーズし、イリスはそれを受け入れた。 関係者を招待した結婚披露パーティーが開かれて、会場でエレナというハリーの幼馴染の子爵令嬢と出会う。 「新婚旅行に私も一緒に行きたい」エレナは結婚した二人の間に図々しく踏み込んでくる。エレナの厚かましいお願いに、イリスは怒るより驚き呆れていた。 「僕は構わないよ。エレナも一緒に行こう」ハリーは信じられないことを言い出す。エレナが同行することに乗り気になり、花嫁のイリスの面目をつぶし感情を傷つける。 とんでもない男と結婚したことが分かったイリスは、言葉を失うほかなく立ち尽くしていた。

「本当に僕の子供なのか検査して調べたい」子供と顔が似てないと責められ離婚と多額の慰謝料を請求された。

window
恋愛
ソフィア伯爵令嬢は公爵位を継いだ恋人で幼馴染のジャックと結婚して公爵夫人になった。何一つ不自由のない環境で誰もが羨むような生活をして、二人の子供に恵まれて幸福の絶頂期でもあった。 「長男は僕に似てるけど、次男の顔は全く似てないから病院で検査したい」 ある日ジャックからそう言われてソフィアは、時間が止まったような気持ちで精神的な打撃を受けた。すぐに返す言葉が出てこなかった。この出来事がきっかけで仲睦まじい夫婦にひびが入り崩れ出していく。

婚約者の王子が結婚している幼馴染を妊娠させる。婚約破棄になって別れたけど助けてと泣きついてきた。

window
恋愛
アルベルト王子とエレン公爵令嬢は居心地の良い恋人関係。婚約した時には二人は幸福感で笑顔が浮かんでいた。 どちらも死ぬほど愛している両想いで、心の底から好きな気持ちがあふれている。しかしアルベルトの様子が最近おかしい?何となくエレンは勘付く。 「僕は料理教室に通う。料理を作る素晴らしさに目覚めた!」 不意打ちのように彼からそんな信じられないことを言われた。最初は王子の彼が料理……?と驚いて紅茶を吹き出しそうになる。 実際のところはていのいい方便に過ぎない。彼は幼馴染で講師のクローディアとただならない関係を続けていた。エレンは彼女が既婚者だったことにも呆れてしまうのです……

婚約したのに好きな人ができたと告白された「君の妹で僕の子を妊娠してる」彼に衝撃の罰が下される。

window
恋愛
「好きな人がいるから別れてほしい」 婚約しているテリー王子から信じられないことを言われた公爵令嬢フローラ。 相手はフローラの妹アリスだった。何と妊娠までしてると打ち明ける。 その日から学園での生活が全て変わり始めた。テリーと婚約破棄した理由を知った生徒の誰もがフローラのことを同情してくるのです。 フローラは切なくてつらくて、いたたまれない気持ちになってくる。 そんな時、「前から好きだった」と幼馴染のレオナルドから告白されて王子と結婚するよりも幸せな人生を歩むのでした。

旦那様、私は全てを知っているのですよ?

やぎや
恋愛
私の愛しい旦那様が、一緒にお茶をしようと誘ってくださいました。 普段食事も一緒にしないような仲ですのに、珍しいこと。 私はそれに応じました。 テラスへと行き、旦那様が引いてくださった椅子に座って、ティーセットを誰かが持ってきてくれるのを待ちました。 旦那がお話しするのは、日常のたわいもないこと。 ………でも、旦那様? 脂汗をかいていましてよ……? それに、可笑しな表情をしていらっしゃるわ。 私は侍女がティーセットを運んできた時、なぜ旦那様が可笑しな様子なのか、全てに気がつきました。 その侍女は、私が嫁入りする際についてきてもらった侍女。 ーーー旦那様と恋仲だと、噂されている、私の専属侍女。 旦那様はいつも菓子に手を付けませんので、大方私の好きな甘い菓子に毒でも入ってあるのでしょう。 …………それほどまでに、この子に入れ込んでいるのね。 馬鹿な旦那様。 でも、もう、いいわ……。 私は旦那様を愛しているから、騙されてあげる。 そうして私は菓子を口に入れた。 R15は保険です。 小説家になろう様にも投稿しております。

処理中です...