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16.地属性で膵臓は操れるか
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「スイゾーってなんですか?」
【地の勇者】ドリスは首を傾げる。
それもそうか、と【大陸一の賢者】は頷く。五臓六腑を呼び分けることのできる者など、賢者か医者か食肉加工業者くらいのものだ。
「膵臓というのは、内臓の一種だね。腹の中にある、心臓とか肝臓の仲間」
「無理でしょ」
ドリスは即答し、賢者は頷き返した。
とはいえ、諦めるのはまだ早い。
「膵臓って、消化液を出す器官なんだよ」
体内のどの辺りにあるのかは賢者もうろ覚えだが、膵液が三大栄養素をすべて分解できる消化液だったことは覚えている。
「消化って食べ物を溶かす? みたいな奴ですよね? 胃じゃないんですか?」
「胃液もそうだし、唾液とかも消化液だよ」
「そういえば涎で鎧溶かす魔物とかいますよね」
「膵臓を異常活性させて、消化液を飛ばして攻撃とかってできる?」
「賢者様ってあたしを何だと思ってんですかね」
ドリスも、食べ過ぎると胃が重くなることくらいは知っているし、胃酸が食べ物を溶かすというような話はぼんやりと知っている。自慢にはなりようもないが、嘔吐で喉が焼けた経験だってある。
ただ、それを自分で操る等、できるはずもない。仮に可能だったとしても、相手に自分の吐瀉物をひっかけるような攻撃は、理性と羞恥心のある人間として、承服しかねただろう。
「で、何でそのスイゾーが出てきたんです?」
「五臓六腑の五臓もそれぞれ五行に対応するんだけど、土気は脾、つまり膵臓に当たるんだね。脾臓じゃなくて」
「またわからないこと言い始めた……」
「で、腑の方では胃に対応する」
「あ、あたし胃は強い方ですよ。村でも誉められましたし」
「おう、うん、さっすが」
声を低めて絡んでくるドリスをなだめ、賢者は膵臓案を一旦取り下げた。
しかし、体調を崩させる、という発想は有りだろう。いかな属性無効だろうが、老いや病では死ぬのだ。死体から生まれたゾンビの類だろうが、【不死】の特性を持った魔物だろうが、正しい方法で適切に殺せば、基本的には何でも死ぬ。
「胆石、尿路結石……で即死はしないか」
病を治すには高位の治癒魔法が必要だが、魔王軍四天王なら治癒魔法使いなんて簡単に用意できるだろう。
言ってしまえば、金と死体があれば死者蘇生すら可能だが、魔王城の結界は一度要石の魔族を殺すだけで解除はされる。【地属性以外完全無効】も魔王によって後天的に与えられた状態なので、死ねば解除される。その後いくら生き返っても、どうということはない。
「胎内に仏像? 魔族って胎生なんだろうか」
「あ、体の中に石を作るとかはできませんよ」
「あれ、そうだっけ?」
魔法の発動には、接触も、目視も、空間予約も必要なかったはずだ、と賢者は首を傾げる。
しかし、言われてみれば、相手の体内から石槍を突き出すような魔術は聞いたことがないような気もする。自分の体内から石槍を突き出す魔物なら見たことがあるのだが。天鵞絨針鼠と言い、顔面を穴だらけにされる寸前で旅の仲間に救われた、賢者にとっては思い出深い魔物だ。
「生物の体内は無意識で防衛しようとしますから、あたしと賢者様くらいの魔力差がないとゴリ押しも無理です」
「じゃあ何、俺、いつでも心臓の中に尖った石とか生成されちゃうの?」
「そんなことしなくても軽く殴れば、ポン、ですよ」
「擬音が軽いよ」
要するに、体内への魔力干渉は、本能が死ぬ気で防御に徹するので格下相手ですら防がれる、ということらしい。逆に、体内への干渉を長時間続ければ魔力切れで昏倒させられるのかもしれないが、四天王相手では難しいだろう。ただ守りに徹する方が、攻める側より魔力の消費も少ないこともある。
「長時間の干渉……体調不良……要は回復する暇を与えなければ、弱体化くらいはさせられるよなぁ」
かくして数時間後、風の四天王城周辺は賢者主導の開発計画により、延々と城に向けて岩を投げつけるゴーレムと、その下に岩を運んでくるゴーレムに囲まれた。投石による睡眠不足を目的とした作戦である。
しかし、ドリスと賢者は与り知らぬことながら、その日の風の四天王城は、一日中留守宅となっていたのだ。
***
その頃、魔王軍【風の四天王】ヴェゼルフォルナは外勤に出ていた。
四天王たるもの暇ではない。「死なない」ことで魔王城の結界を守ることが最大の仕事ではあるが、死なない仕事は回される。要請を受け、大規模な人間の都市の駆除等、比較的安全ながら厄介な仕事に駆り出されることもままある。
「建物は残さなきゃ駄目なんでガス」
「ええ、理解していますわ」
副官のガス状生物の説明にヴェゼルフォルナは片手を挙げて答える。事前に話は聞いているし、人事・命令権のある自身が納得したからこそ赴いたのだから、繰り返しの説明は必要ない。
単に町村を駆除するだけであれば、囲んで火でも放てば終わりだ。しかし、質の良い建材を何かに使いまわすこともあるし、立地によっては、建物自体を清掃して魔王軍で利用する場合もある。専門の部署もあるが、今回は特に規模が大きい。対象が港湾都市となり、対処に高度な技術を要するということもある。
ヴェゼルフォルナは市壁を包み込むように風の幕で覆い、外気の循環を遮断して、都市全域に【清浄気】を散布した。
【清浄気】は、密閉空間で炭を焚いた時に出る空気を生み出す魔術だ。数分程度で人間の息の根を止め、後に有毒成分が残らないのも利便性が高い。相手が地下に籠っていても、余裕もって一晩も見ておけば取り溢しもほぼない。
それから半日程、ヴェゼルフォルナは魔術の行使を続けた。
「流石はヴェゼルフォルナ様。お見事でガス」
一応の確認として副官と二人で都市を回れば、所々に人間の死骸が転がっている。中心部や教会には山のように積まれており、あまり見ていて気分の良いものでもない。【清浄気】での駆除であれば体液等も漏れず、後片付けも比較的容易だが、放置しておけば腐敗するので、取り溢しのないように注意しなければならない。
鳥掃班の監督は副官に任せ、ヴェゼルフォルナは現場を後にした。
***
自動操縦の投石ゴーレムを設置した賢者とドリスは、地下秘密基地に戻り、それぞれ一台ずつのソファに寝転がっていた。
今回の仕込みは即時の効果は期待できないが、成功すれば、四天王の弱体化くらいは出来るだろう。慢性的な体調不良は、当人がそれを認識できなくなり、治癒や療養に思い至らなくなる点こそが危険なのだ。
「あとは、足つぼマッサージとかどうだろう」
本来健康に良いとされる足つぼマッサージだが、長時間であったり、強過ぎる力を込めたそれは逆効果にもなる。回復魔法であれば初見で無意識の抵抗を行うことは難しいし、足つぼマッサージ魔術を作り出せば上手く嵌る場合もあるかもしれない。
「何ですそれ。壺に閉じ込めて振り回すとかですか?」
寝転がったまま、ドリスは賢者に視線を向ける。
「青竹踏みって知らない?」
「聞いたことないですね」
賢者は身を起こし、ドリスの足側に歩み寄る。
「ちょっと靴脱いでみて」
「良いですけど、何するんですか?」
相変わらず素直に応じるドリスに、賢者は不安感すら覚えた。
「足の裏には全身の内臓に対応したツボがあって、健康状態で押した時の痛みが変わったり、押した部分が健康になったりする、という話がある」
リフレクソロジーが確実な効果を持つかは疑問だし、足つぼを押して患部が健康になるという話自体、賢者はまともに信じてもいなかった。だが、少なくとも痛むツボを押し続けることで体調を崩すことは確実なのだ。賢者自身も貧血で倒れたことがあるのだから。
「膵臓は確か土踏まずの、この辺だったかな」
「あっ、ああーっ……、気持ちいいですね、これ……」
「君は健康だなぁ」
しかしながら、四天王に靴を脱がせてツボを押すというのは現実的に不可能である。靴の底に凹凸を付ける案も、履いた途端に気付かれる。
実用的な案等そうそう出てくるものではない。魔王軍との戦いは、それほどまでに困難な物なのだ、と、ドリスは改めて気を引き締めた。
【地の勇者】ドリスは首を傾げる。
それもそうか、と【大陸一の賢者】は頷く。五臓六腑を呼び分けることのできる者など、賢者か医者か食肉加工業者くらいのものだ。
「膵臓というのは、内臓の一種だね。腹の中にある、心臓とか肝臓の仲間」
「無理でしょ」
ドリスは即答し、賢者は頷き返した。
とはいえ、諦めるのはまだ早い。
「膵臓って、消化液を出す器官なんだよ」
体内のどの辺りにあるのかは賢者もうろ覚えだが、膵液が三大栄養素をすべて分解できる消化液だったことは覚えている。
「消化って食べ物を溶かす? みたいな奴ですよね? 胃じゃないんですか?」
「胃液もそうだし、唾液とかも消化液だよ」
「そういえば涎で鎧溶かす魔物とかいますよね」
「膵臓を異常活性させて、消化液を飛ばして攻撃とかってできる?」
「賢者様ってあたしを何だと思ってんですかね」
ドリスも、食べ過ぎると胃が重くなることくらいは知っているし、胃酸が食べ物を溶かすというような話はぼんやりと知っている。自慢にはなりようもないが、嘔吐で喉が焼けた経験だってある。
ただ、それを自分で操る等、できるはずもない。仮に可能だったとしても、相手に自分の吐瀉物をひっかけるような攻撃は、理性と羞恥心のある人間として、承服しかねただろう。
「で、何でそのスイゾーが出てきたんです?」
「五臓六腑の五臓もそれぞれ五行に対応するんだけど、土気は脾、つまり膵臓に当たるんだね。脾臓じゃなくて」
「またわからないこと言い始めた……」
「で、腑の方では胃に対応する」
「あ、あたし胃は強い方ですよ。村でも誉められましたし」
「おう、うん、さっすが」
声を低めて絡んでくるドリスをなだめ、賢者は膵臓案を一旦取り下げた。
しかし、体調を崩させる、という発想は有りだろう。いかな属性無効だろうが、老いや病では死ぬのだ。死体から生まれたゾンビの類だろうが、【不死】の特性を持った魔物だろうが、正しい方法で適切に殺せば、基本的には何でも死ぬ。
「胆石、尿路結石……で即死はしないか」
病を治すには高位の治癒魔法が必要だが、魔王軍四天王なら治癒魔法使いなんて簡単に用意できるだろう。
言ってしまえば、金と死体があれば死者蘇生すら可能だが、魔王城の結界は一度要石の魔族を殺すだけで解除はされる。【地属性以外完全無効】も魔王によって後天的に与えられた状態なので、死ねば解除される。その後いくら生き返っても、どうということはない。
「胎内に仏像? 魔族って胎生なんだろうか」
「あ、体の中に石を作るとかはできませんよ」
「あれ、そうだっけ?」
魔法の発動には、接触も、目視も、空間予約も必要なかったはずだ、と賢者は首を傾げる。
しかし、言われてみれば、相手の体内から石槍を突き出すような魔術は聞いたことがないような気もする。自分の体内から石槍を突き出す魔物なら見たことがあるのだが。天鵞絨針鼠と言い、顔面を穴だらけにされる寸前で旅の仲間に救われた、賢者にとっては思い出深い魔物だ。
「生物の体内は無意識で防衛しようとしますから、あたしと賢者様くらいの魔力差がないとゴリ押しも無理です」
「じゃあ何、俺、いつでも心臓の中に尖った石とか生成されちゃうの?」
「そんなことしなくても軽く殴れば、ポン、ですよ」
「擬音が軽いよ」
要するに、体内への魔力干渉は、本能が死ぬ気で防御に徹するので格下相手ですら防がれる、ということらしい。逆に、体内への干渉を長時間続ければ魔力切れで昏倒させられるのかもしれないが、四天王相手では難しいだろう。ただ守りに徹する方が、攻める側より魔力の消費も少ないこともある。
「長時間の干渉……体調不良……要は回復する暇を与えなければ、弱体化くらいはさせられるよなぁ」
かくして数時間後、風の四天王城周辺は賢者主導の開発計画により、延々と城に向けて岩を投げつけるゴーレムと、その下に岩を運んでくるゴーレムに囲まれた。投石による睡眠不足を目的とした作戦である。
しかし、ドリスと賢者は与り知らぬことながら、その日の風の四天王城は、一日中留守宅となっていたのだ。
***
その頃、魔王軍【風の四天王】ヴェゼルフォルナは外勤に出ていた。
四天王たるもの暇ではない。「死なない」ことで魔王城の結界を守ることが最大の仕事ではあるが、死なない仕事は回される。要請を受け、大規模な人間の都市の駆除等、比較的安全ながら厄介な仕事に駆り出されることもままある。
「建物は残さなきゃ駄目なんでガス」
「ええ、理解していますわ」
副官のガス状生物の説明にヴェゼルフォルナは片手を挙げて答える。事前に話は聞いているし、人事・命令権のある自身が納得したからこそ赴いたのだから、繰り返しの説明は必要ない。
単に町村を駆除するだけであれば、囲んで火でも放てば終わりだ。しかし、質の良い建材を何かに使いまわすこともあるし、立地によっては、建物自体を清掃して魔王軍で利用する場合もある。専門の部署もあるが、今回は特に規模が大きい。対象が港湾都市となり、対処に高度な技術を要するということもある。
ヴェゼルフォルナは市壁を包み込むように風の幕で覆い、外気の循環を遮断して、都市全域に【清浄気】を散布した。
【清浄気】は、密閉空間で炭を焚いた時に出る空気を生み出す魔術だ。数分程度で人間の息の根を止め、後に有毒成分が残らないのも利便性が高い。相手が地下に籠っていても、余裕もって一晩も見ておけば取り溢しもほぼない。
それから半日程、ヴェゼルフォルナは魔術の行使を続けた。
「流石はヴェゼルフォルナ様。お見事でガス」
一応の確認として副官と二人で都市を回れば、所々に人間の死骸が転がっている。中心部や教会には山のように積まれており、あまり見ていて気分の良いものでもない。【清浄気】での駆除であれば体液等も漏れず、後片付けも比較的容易だが、放置しておけば腐敗するので、取り溢しのないように注意しなければならない。
鳥掃班の監督は副官に任せ、ヴェゼルフォルナは現場を後にした。
***
自動操縦の投石ゴーレムを設置した賢者とドリスは、地下秘密基地に戻り、それぞれ一台ずつのソファに寝転がっていた。
今回の仕込みは即時の効果は期待できないが、成功すれば、四天王の弱体化くらいは出来るだろう。慢性的な体調不良は、当人がそれを認識できなくなり、治癒や療養に思い至らなくなる点こそが危険なのだ。
「あとは、足つぼマッサージとかどうだろう」
本来健康に良いとされる足つぼマッサージだが、長時間であったり、強過ぎる力を込めたそれは逆効果にもなる。回復魔法であれば初見で無意識の抵抗を行うことは難しいし、足つぼマッサージ魔術を作り出せば上手く嵌る場合もあるかもしれない。
「何ですそれ。壺に閉じ込めて振り回すとかですか?」
寝転がったまま、ドリスは賢者に視線を向ける。
「青竹踏みって知らない?」
「聞いたことないですね」
賢者は身を起こし、ドリスの足側に歩み寄る。
「ちょっと靴脱いでみて」
「良いですけど、何するんですか?」
相変わらず素直に応じるドリスに、賢者は不安感すら覚えた。
「足の裏には全身の内臓に対応したツボがあって、健康状態で押した時の痛みが変わったり、押した部分が健康になったりする、という話がある」
リフレクソロジーが確実な効果を持つかは疑問だし、足つぼを押して患部が健康になるという話自体、賢者はまともに信じてもいなかった。だが、少なくとも痛むツボを押し続けることで体調を崩すことは確実なのだ。賢者自身も貧血で倒れたことがあるのだから。
「膵臓は確か土踏まずの、この辺だったかな」
「あっ、ああーっ……、気持ちいいですね、これ……」
「君は健康だなぁ」
しかしながら、四天王に靴を脱がせてツボを押すというのは現実的に不可能である。靴の底に凹凸を付ける案も、履いた途端に気付かれる。
実用的な案等そうそう出てくるものではない。魔王軍との戦いは、それほどまでに困難な物なのだ、と、ドリスは改めて気を引き締めた。
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