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10.地属性で朽化はできるか
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【大陸一の賢者】は食事中、不意にフォークを立てて尋ねた。
「石化魔法はできたわけだけど、朽化? 砂化? みたいなのはできる?」
風の四天王対策秘密基地出張所・地上物見砦。
地下秘密基地にこもってばかりでは健康を害するということで、賢者と勇者は、風の四天王城から少し距離を取った場所に一部屋とキッチンのみの簡単な砦を作って、屋上で昼食を摂っていた。
「何でふかそれ」
【地の勇者】ドリスは、口腔いっぱいに賢者特製ミックスピザを頬張りながら聞き返す。
賢者の料理には、ドリスが王都の有名店でも見なかったような不思議な物が時折ある。見たことのあるような料理でも、ドリスの知るそれより強い芯を持ち、遥かに洗練されている。
四勇者の招集があってから旅立ちまで十日程の間があったが、王都に友人も知人も用事もないドリスは、国からの支度金を使って、一人で王都の美食巡りをしていた。賢者の料理は、田舎料理にしては洗練され、手間がかかっているし、思い付きの創作料理にしては長い時を経て研究されてきた跡が見える。そして珍しいだけではなく、単純に旨い。
食べながら会話をすることになるのも已む無し。ドリスは己に許しを与えた。
「敵や物を一瞬で砂に変えるとか、そういう」
「んぐっ……できませんよそんなの。人を何だと思ってるんですか」
賢者は軽く頷くと、フォークをサラダに突き立てた。
「賢者様いつも結構無茶ぶりしますけどね、いっぺん自分でやってみてくださいよ」
「無理だよ、俺魔力ないし」
「あっても無理ですよ」
石化の術陣から結合力を奪えば砂になりそうなものだが、結合力がなければ陣の維持は難しく、連鎖的な発動は行えないだろう。一部が砂になる程度なら、回復自体は魔法で可能だと思われる。そもそも、石化は既に防がれているのだ。
「あー、石でできた建物を砂にするとかは普通にできますよ。あと、カラカラに乾いた木材なら、真面目に殴れば粉にできます」
ドリスは考え込む賢者にそう告げて、口の向かう先をピザへと移す。
「こう、砂で水分を吸着して、相手をカラカラに乾かすとか」
「んっ……くん。乾かすとか、それって水属性じゃないですか?」
「君の話聞いてると、水属性も大概物騒だよね」
毒に、酸に、相手から水分を奪う。ないとは思うが、仮に四勇者がドリス並みの魔力量を持つのだとしたら、洪水やウォータージェット切断、気化による冷凍等もお手の物だろう。ドリスの半分ほどの力でもあれば、四天王の始末もそう時間はかかるまい。実際の所、風の四天王城の【地属性無効】が、障害として大きすぎるのだ。
他の三人が仕事を終えた後でドリスだけが取り残されるようでは賢者の名折れだし、ドリスとしても本意ではないはずだ。
それなりにペースを上げよう、と賢者は決めた。
まぁ次回から、とも決めた。
「朽化……風化、となると、普通は風属性になるのかな」
風化。つまり、小さな衝撃に晒し続けることで、少しずつ脆くして、削っていく。
「地震のエネルギーを細かい振動にして、相手に与え続けるってのはできる?」
「あー。よく勘違いされるんですけど、それ無理なんですよね」
ドリス曰く、地震魔法は振動を起こすのではなく、地面を動かし、エネルギーを蓄積して、暴発させるものであり、細かい振動は原理的に不可能とのことだった。
「地震でマッサージしてくれーとかいう阿呆がいましたけど、家ごと揺らしたら泣かれましたね」
「なるほどなぁ」
「そのまましばらく止めませんでしたが」
朽化、風化は、地属性では難しいらしい。
「体が砂になる、ってのは、地属性魔法効果的にも良い感じだと思ったんだけどなぁ」
実験に入る前に「できない」ということがわかってしまうと、何をしようもない。賢者は砂を噛むような表情でサラダを咀嚼する。
自分の身体を砂にする魔物というのは存在する。賢者がまだ権威も財力も持たなかった頃に――といってもほんの数ヶ月前だが――そういうモンスターに襲われたのだ。
スナオオネズミという獣系魔物で、脳以外の全身が砂で構築されている。心臓が破壊されても土で心臓を構築することはできる、とは以前にドリスが言っていたことだが、それを常日頃から行っているのが、このスナオオネズミだ。脳自体も体の大きさの割には小さいため、短時間であればただの地面に擬態することができる。ただ、長時間身体を崩していると脳が壊死するため、野生ではほとんど行われないらしい。
「自分の身体を砂に変えるとかはできる?」
「賢者様はあたしを何だと思ってるんですかね」
可能不可能で言えば可能なのかもしれないが、よくよく考えてみれば、風の四天王戦では何の役にも立たない気もする。詳細を語ることもなく、賢者はこの案を棄却した。
「黄砂、砂肝。時の砂……は流石に現実的じゃないよなぁ」
「あれって凄いのは砂時計の器の部分で、砂自体はちょっと綺麗な普通の砂ですよ」
「あ、あるのはあるんだ」
朽化を諦めて砂に範囲を広げても、なかなか良案は浮かばない。
「あ、サンドペーパー?」
「痛そう!!」
袋に砂を詰めてブラックジャックをこしらえても、結局は単なる鈍器に過ぎない。
「また砂風呂ってわけにもなぁ」
「ご飯に砂混ぜられたら、すごい嫌じゃないですか?」
「食事中にする話でもないよね」
といった所で会議は一旦終了し、二人は食事へと意識を戻した。
***
その日、魔王軍【風の四天王】ヴェゼルフォルナは、平穏な一日を過ごした。
「石化魔法はできたわけだけど、朽化? 砂化? みたいなのはできる?」
風の四天王対策秘密基地出張所・地上物見砦。
地下秘密基地にこもってばかりでは健康を害するということで、賢者と勇者は、風の四天王城から少し距離を取った場所に一部屋とキッチンのみの簡単な砦を作って、屋上で昼食を摂っていた。
「何でふかそれ」
【地の勇者】ドリスは、口腔いっぱいに賢者特製ミックスピザを頬張りながら聞き返す。
賢者の料理には、ドリスが王都の有名店でも見なかったような不思議な物が時折ある。見たことのあるような料理でも、ドリスの知るそれより強い芯を持ち、遥かに洗練されている。
四勇者の招集があってから旅立ちまで十日程の間があったが、王都に友人も知人も用事もないドリスは、国からの支度金を使って、一人で王都の美食巡りをしていた。賢者の料理は、田舎料理にしては洗練され、手間がかかっているし、思い付きの創作料理にしては長い時を経て研究されてきた跡が見える。そして珍しいだけではなく、単純に旨い。
食べながら会話をすることになるのも已む無し。ドリスは己に許しを与えた。
「敵や物を一瞬で砂に変えるとか、そういう」
「んぐっ……できませんよそんなの。人を何だと思ってるんですか」
賢者は軽く頷くと、フォークをサラダに突き立てた。
「賢者様いつも結構無茶ぶりしますけどね、いっぺん自分でやってみてくださいよ」
「無理だよ、俺魔力ないし」
「あっても無理ですよ」
石化の術陣から結合力を奪えば砂になりそうなものだが、結合力がなければ陣の維持は難しく、連鎖的な発動は行えないだろう。一部が砂になる程度なら、回復自体は魔法で可能だと思われる。そもそも、石化は既に防がれているのだ。
「あー、石でできた建物を砂にするとかは普通にできますよ。あと、カラカラに乾いた木材なら、真面目に殴れば粉にできます」
ドリスは考え込む賢者にそう告げて、口の向かう先をピザへと移す。
「こう、砂で水分を吸着して、相手をカラカラに乾かすとか」
「んっ……くん。乾かすとか、それって水属性じゃないですか?」
「君の話聞いてると、水属性も大概物騒だよね」
毒に、酸に、相手から水分を奪う。ないとは思うが、仮に四勇者がドリス並みの魔力量を持つのだとしたら、洪水やウォータージェット切断、気化による冷凍等もお手の物だろう。ドリスの半分ほどの力でもあれば、四天王の始末もそう時間はかかるまい。実際の所、風の四天王城の【地属性無効】が、障害として大きすぎるのだ。
他の三人が仕事を終えた後でドリスだけが取り残されるようでは賢者の名折れだし、ドリスとしても本意ではないはずだ。
それなりにペースを上げよう、と賢者は決めた。
まぁ次回から、とも決めた。
「朽化……風化、となると、普通は風属性になるのかな」
風化。つまり、小さな衝撃に晒し続けることで、少しずつ脆くして、削っていく。
「地震のエネルギーを細かい振動にして、相手に与え続けるってのはできる?」
「あー。よく勘違いされるんですけど、それ無理なんですよね」
ドリス曰く、地震魔法は振動を起こすのではなく、地面を動かし、エネルギーを蓄積して、暴発させるものであり、細かい振動は原理的に不可能とのことだった。
「地震でマッサージしてくれーとかいう阿呆がいましたけど、家ごと揺らしたら泣かれましたね」
「なるほどなぁ」
「そのまましばらく止めませんでしたが」
朽化、風化は、地属性では難しいらしい。
「体が砂になる、ってのは、地属性魔法効果的にも良い感じだと思ったんだけどなぁ」
実験に入る前に「できない」ということがわかってしまうと、何をしようもない。賢者は砂を噛むような表情でサラダを咀嚼する。
自分の身体を砂にする魔物というのは存在する。賢者がまだ権威も財力も持たなかった頃に――といってもほんの数ヶ月前だが――そういうモンスターに襲われたのだ。
スナオオネズミという獣系魔物で、脳以外の全身が砂で構築されている。心臓が破壊されても土で心臓を構築することはできる、とは以前にドリスが言っていたことだが、それを常日頃から行っているのが、このスナオオネズミだ。脳自体も体の大きさの割には小さいため、短時間であればただの地面に擬態することができる。ただ、長時間身体を崩していると脳が壊死するため、野生ではほとんど行われないらしい。
「自分の身体を砂に変えるとかはできる?」
「賢者様はあたしを何だと思ってるんですかね」
可能不可能で言えば可能なのかもしれないが、よくよく考えてみれば、風の四天王戦では何の役にも立たない気もする。詳細を語ることもなく、賢者はこの案を棄却した。
「黄砂、砂肝。時の砂……は流石に現実的じゃないよなぁ」
「あれって凄いのは砂時計の器の部分で、砂自体はちょっと綺麗な普通の砂ですよ」
「あ、あるのはあるんだ」
朽化を諦めて砂に範囲を広げても、なかなか良案は浮かばない。
「あ、サンドペーパー?」
「痛そう!!」
袋に砂を詰めてブラックジャックをこしらえても、結局は単なる鈍器に過ぎない。
「また砂風呂ってわけにもなぁ」
「ご飯に砂混ぜられたら、すごい嫌じゃないですか?」
「食事中にする話でもないよね」
といった所で会議は一旦終了し、二人は食事へと意識を戻した。
***
その日、魔王軍【風の四天王】ヴェゼルフォルナは、平穏な一日を過ごした。
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